8. 運命の出会い
「あれ、白夜族ですかい?」
「ええ」
「なぜそう驚いた顔をなさる」
「白夜族だなんて呼ばれたのは久しぶりだったのよ。普段は蔑称でしか呼ばれないから」
「発光人間、でしたっけ?」
「まぁ、そうね」
あの金髪が来てからしばらくして、珍しく女の声が聞こえてきた。いや、別に大してそれは珍しくないのだが、その声が、若く瑞々しいものであったことが、珍しいことなのだ。
ここに来るのは、ほとんどが年配の男性。要するに、生涯かけて稼いだ金で、老後の生活のために奴隷を雇うというパターンが多いらしい。女性が来るときは、ほとんどそいつらのお手伝いさんのときだ。
それに、白夜族、というのも聞いたことがなかった。
俺は、この檻の中でそこそこの時間を過ごしているため、奴隷商と客の世間話を聴いてなんとなく今の世界情勢を把握しているが、そんな単語は話の中に出てきたことがない。
また、この世界に獣人などはいるものの、優位に立つのは人間で、だからこそ人間以外と思われる者が買い手として来るのは、俺が知る限り、これが初めてだった。
「今日は、どんな奴隷を買いにきたんですかい?」
「あまりお金は持ってないわ。けれど、できれば人だと助かる。私と同じくらいの歳の」
「あぁ、じゃあ良いのがいますよ。十七歳でね。どうぞこちらへ」
「ありがとう」
しばらく奴隷商と女のコツコツと歩く音が聞こえてきた。今日は誰なんだろうなぁ、と思いつつ、かと言ってどうもすることができないので、壁にもたれて意味もなくスキルの画面を開けた。あの画面はどうやら今でも開けるようで、あの奴隷商に飲まされているプロテインのせいか、日に日に体力と筋力が上がっていっているのが見て取れた。他は何一つとして変わらない。
「これは、能力の突出したスキルを一つ持っていましたね。ダークホース、というんですが」
突如足音がやんで、奴隷商が話しだした。どうやら俺のことを勧めるようだ。売れ残っているから、奴隷商としても、早く誰かに買って欲しいんだろう。
檻の外にはタブレットのようなものもついているらしく、そこで奴隷のスキルやレベルを見ることができるらしい。つまり、俺がさっき見ていた画面が、そこでも見れるということだ。これも、たぶん奴隷商の魔法なんだろう。
「共闘している仲間の灯りを消すことができる、というものでね。白夜族であるお嬢さんにはぴったりだと思いますよ」
「確かに、そうね」
「お買い求めになられますかい?」
「本人に聞いてみないと」
そんなことを言ったやつは、初めてだったので、少し驚いた。みんな強引だ。奴隷の意思など尊重しない。奴隷商も、さぞかし驚いた顔してるだろうな。
しばらくして布がめくられた。久しぶりに檻の中に淡い光が射し、けれどそれすらも眩しくて目を細める。
「ねぇ、君」
果たして彼女は、独特の髪色をした美少女だった。翡翠色の髪に、翡翠色の目。丸っぽくて大きなアーモンドアイに、すっと通った鼻筋。猫っぽい顔をしている。
「君は、私と一緒に来ても大丈夫?」
俺を真っ直ぐ見て、彼女が言った。
今までにも、そういう奴らは何人かいた。
ただみんな善人ぶっているだけで、どうやら俺には何の興味もないようだった。彼らは単純に、俺という奴隷に優しくして、慕ってもらおうとしているだけで、そういう魂胆が透けて見えていた。
その証拠に、スキルの内容を聞いたら、誰もが離れていく。
「それは構いませんが、あなたは俺のこと、何だと思いますか?」
こういう場面で、客にいつも聞くことにしている言葉。どうしてもこれが、気になるのだ。
このとき奴隷商は鬼のような顔をしているが、そんなことは気にしない。聞いても意味がないかもしれないが、自分にとってはすごく重要なことだった。
少女は分かりやすくう〜ん、と悩んだ。
「私はあなたのことまだ、何も知らないわ」
ーー初めてだった。
そんな風に言われたのは。
それまではずっと奴隷、とか人間、とかだったから。ずっと、生物として見られることしかなかったから。
だから、この世界に来て初めて、"俺"という存在として見てもらえた気がした。
「よろしくお願いします」
ーーあとから考えればこれは、運命の出会い、というやつだったのだろう。