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16. ギンリョウソウ

「この子が例の人間。星賀 聖 君」


  翡翠がアダチネ様の前に立ち、俺を紹介すると、パラパラと僅かな拍手が起こった。どうやら俺は、全然歓迎されてないらしい。


「そんなことより早く適性を調べろ!」


  その証拠に、俺が頭を下げて挨拶しようとするよりも前に、一番前にいた男がそう怒鳴った。

  翡翠は若干不機嫌そうな顔をするも、俺に手招きして、早くアダチネ様の前に立って、と言う。

  黙ってその通りにすると、俺の体はアダチネ様から出てきた謎の緑色の光に包まれた。御神体と言われるだけあって、やはり神々しい。






  誰もが見守っている中、それは突然に起こった。





  緑色の光は突然赤くなり、まるでそれに追随するかのように雨が降り出す。どういうことか、と考えるよりも前に翡翠の手が伸びてきて俺を後ろに下げようとする。

  が、そんな翡翠でさえ弾き飛ばされ、混乱が巻き起こった。


「あの女も、アダチネ様の適正が消えたぞ!」

「やはり人間とはくだらん生き物だ。一緒にいたら汚される」

「次の村長はーー銀朱様か」

「やはり女より腕っ節の立つ男の方が安心できるわい」


  喧騒に包まれた辺りでは、そんな言葉が飛び交う。

  一体どういうことだ?

  結論を出すより早く翡翠に引っ張られ、俺達は翡翠の部屋へと逆戻りした。


「聖、今日からこの村出るよ」

「ちょっと待ってどういうこと?」

「ここの村人達は、この村への適正を一番気にするから、ここにいたら危ない。たぶん夜中のうちにお陀仏になる。だから今夜中に、ここを出るわ」

「戦争はどうなるんだ?」

「大丈夫。こういうこともあろうかと、早目に貴方を買いにいったから。ここが戦地になるのは早くても一年後。それまでだったら、戻ってこれるはずよ。アダチネ様の機嫌も良くなってるだろうし」


  神様なのに、機嫌で適正決めるのかよ……


「それより、早く出るわよ。用意は……そもそも必要ないか。私は準備、もう終わるから、門で待ってて。あ、村人に気づかれないようにだけ、気をつけてね」


  俺は分かった、と返事し、門への道を歩いた。幸い俺は、方向感覚はしっかりしているのだ。


  門に着くと、一人の男性がいた。あと、傍には小さな女の子も。

  村人に会うことはないように、と翡翠に口が酸っぱくなるほど言われていただけに、緊張する。

  俺、もしかしてここで殺されるんだろうか……


「あ、ごめんな、怖がらないで」

 

  男が俺を気づかうように言った。どうやら悪い人ではないらしい。


「あ、いえ」

「最後に村長に、会いたくてな。俺はあの子のーー父親のようなものだったから」


  哀愁漂う返事をし、彼は目を伏せた。


  三人してどうしようもなく黙っていると、しばらくして翡翠が現れた。大きなリュックを背負い、例のフードロープを羽織っている。


「あれ、熊五郎さん?」


  翡翠が首を傾げた。

  どうやら目の前の男は、至極純日本風な名前だったらしい。いや、最近の日本にだってないぞ、そんな名前。


「行ってしまう前に、会いたくて」

「ありがとう。あ、伽羅ちゃんも、ありがとう」


  翡翠はにこにこと笑うと、熊五郎さんの影に隠れるように立つ少女の頭を撫でた。

  伽羅、と呼ばれた少女も翡翠に笑い返す。


「お姉ちゃん、渡したい物があるの」


  伽羅が嬉嬉としてごそごそとポケットの中を探った。首を傾げる翡翠に、はい、これ、と何か渡す。

  後ろから覗き込むと、何か花のようなものだった。


「ギンリョウソウ、この前、見つけたの。あのね、あたし、お姉ちゃんがどこかに行ってしまうのは悲しいけれど、お父さんが仕方ないって言ったの」


  翡翠はゆっくりと頷いた。

  どうやらお父さんとは、熊五郎さんのことらしい。伽羅はお父さん、と言うとき、熊五郎さんのの目を見ていた。


「でね、あたしがいい子にしてたら絶対いつか帰ってくるから、一緒に待ってようって言われたの。だからあたし、良い子にしてるね。だから絶対、帰ってきてね」


「それでね、そのお花は、お守り代わり」


  翡翠はまた頷いて、ハンカチに包むと、ポタリ、と一粒涙を落とした。翡翠の光に照らされて輝くその結晶は、ハンカチの中に染み込んでいった。

  それから慌ててごしごしと拭い、ありがとう、と呟いて、伽羅をそっと、抱きしめる。

  伽羅も涙を浮かべていたが、微笑んでいた。


  それからおもむろに立ち上がると、キリッとした顔で熊五郎さんの方を向く。


「いつか絶対、戻ってくるんだぞ」


  翡翠ははい、と鼻声で言った。

  それから熊五郎さんは俺に手招きをして、耳元で囁く。


「翡翠はああ見えて繊細だからな。しっかり守ってやれよ」


  確かに娘のような存在が、どこの馬の骨とも知らない奴と一緒に、旅に出るって言うんだ。父親としては、とんでもなく不安だろう。だから、俺はその不安を押し消すように、頷いた。



  「強く生きろよ」


  熊五郎さんの言葉に、俺達ははい、と力強く返事をし、門をくぐった。





 ーー不思議にもそれは、俺があの時助けた子供に放った言葉と一緒だったんだ。

 


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