prologue
「暑すぎだろ」
さんさんと輝く太陽に、少年は目を細めた。
確かに海水浴にもってこいの天気ではあるが、これは暑すぎる。
「せい兄〜、一緒に泳ごうよ〜」
「分かったけど、こけるなよ〜」
遠くのテントから駆けてくる小柄な少女に、せい兄と呼ばれた少年は手を振った。テントの中には、にこにこと笑う母親と父親らしき人物がいる。
久しぶりだな、家族と海水浴だなんて。
少年は、足に飛びついてきた少女に、笑いかけた。
*****
この少年の名は、星賀聖。この春めでたく高校に入学した十五歳である。
家族構成は、おっとりした母親に、厳格な父親、それにやんちゃな妹。妹がまだ六歳だということを除けば、なんら変わった点のない、ごくごく普通の高校生であった。
今は高校生活初めての夏休みを謳歌し、家族と久々の海水浴に来ている、というわけ。
*****
「ねぇ〜、せい兄と一緒だったら泳いで良いって、お母さんが言ってるの」
少し不満そうに告げた妹ーー愛羅ーーは、ぶんぶんと聖の手を振りながら言った。
こういう面を見れば、まだ幼稚園児だなと感じるが、ぽんぽんと頭に置いた手は、明らかに前よりも高い位置にあって。大きくなったもんだ、と聖は安定のシスコンぶりを発揮しつつ、愛羅に手を引かれるまま、海へと向かった。
海に足をつける直前、念の為愛羅と絶対に繋いだ手を離さないこと、と約束する。なんせ今日は人が多い。ここ数日続いている良い天気のせいかもしれないし、単に今景気が良いからかもしれない。
ただ、ここまで混んでいると、小さい愛羅にとってこの海は危険極まりない。もし誰かに押されて溺れてしまったら、なんて考えると、気が気じゃなかった。
「浮き輪してるけど」
「でも危ないからちゃんと手、繋いでろ」
頷いた愛羅に、ほっと胸を撫で下ろす。昔から愛羅は、変に頑固なところがあるからな。それがまた可愛いんだけど。
さて足をつけようとなった瞬間、目の前でドボン、と派手な音がした。しばらくした後に、バシャバシャと上がる水飛沫。見れば、溺れている小さな人影が見えた。
慌てて隣を見るが、愛羅との手は繋がれたまま。というかそもそも、海にさえ入っていない。
愛羅にちょっと待ってて、と告げ、手を離して海に潜る。
運の悪いことに、周りに気づいている人はあまりいないらしく、その人影はどんどん遠くへと向かっていく。
しばらく泳いだ後、その人影をどうにか捕まえた。が、呼吸が苦しいのかバタバタ暴れるその子にバランスを取られ、完全に泳ぎのフォームが崩れた。ごぽり、と大量の塩水を何度か飲み、意識が遠のきかけたところで兄ちゃん、と焦った男の声がする。
強く生きろよ。
決死の思いで子供を男に託すと、聖は意識を失った。
目を瞑る瞬間、最愛の妹の悲鳴が聞こえた。