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六色恋模様  作者: 中村ゆい
第四章 山田美蘭
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(3)新しい「推し」

「お姉ちゃんの、彼氏候補さん……」


 愛莉が集合場所にやって来た広瀬を見て、品定めするようにううむ、と唸る。


「愛莉、候補じゃないよ」

「えっ、じゃあ正式な彼氏に格上げ?」


 調子こいたことを言う広瀬を肘でどついてやると、彼はうっと大げさにうめきながら倒れる真似をした。


「息ぴったりだ、お笑いコンビみたい」


 愛莉がけらけらと笑う。

 不本意ながら、今日はこの三人で出かける。先日お兄ちゃんからもらったチケットの舞台へ。

 皐月と行く予定だったのに、彼女は急な部活で行けなくなった。なんでも、予選落ちするはずのコンクールが通過してしまい、本選に向けて練習日が増えたらしい。

 しかもあろうことか、広瀬が自分が代わりに行きたいと名乗り出て、皐月は余ったチケットを広瀬に譲ってしまった。皐月いわく「悪い子じゃなさそうだし、行きたいってんなら連れてってあげれば? ポジティブに考えればボディガードにも荷物持ちにもなるよ」とのこと。

 昼公演だから夜遅くもならなければグッズを荷物になるほど買い込むつもりもない。だけどまあ、知らない人にSNSで募集をかけてチケットを譲る手間暇を想像したら、広瀬でいいやという結論に至った。

広瀬がそれでいいのかはわからないけど。


「広瀬、この舞台に興味ないうえに女の人ばっかのとこに連れてかれて居心地悪くない?」


 そもそも、女性向けゲームが原作のお芝居なのだ。観客の九割が女性。客席に座ったところで、右隣りの広瀬に尋ねる。


「大丈夫、美蘭先輩の行く場所ならどこでもついていきたい」

「ああ、そう……なんかほんとに犬飼ってる気分になってきた」

「ほんとって何だよ。というかそれ言うなら先輩は猫みたいだけど」

「わかるー。お姉ちゃんってつんとしてるとこが猫っぽいよね」

「だよね。そのつんとしてる感じが良いんだよなあ」


 私の左隣りに座る愛莉が笑って同意する。猫とか言われても、私自身にはよくわからないんですけど。


「先輩、こういうとこよく来るの?」

「こういうとこ?」

「お芝居的な」

「そんなにしょっちゅうは行かない。チケット高いもん」


 いつも気になる舞台の公演情報をチェックしながら女子高生の経済力のなさに歯ぎしりしている。今回はただでチケットもらえたから特別だ。

 広瀬は安心したように息を吐きだした。


「そっかあ。実はオレ、こういうとこ来たことなくて。うち、貧乏だからこんな高尚な趣味持ってる家族いないし」

「高尚って……」


 グランドミュージカルでもあるまいし、と思いかけて、なんとなく言葉に詰まる。

 2.5次元だってミュージカルはミュージカルだ。

 あまり気にしたことがなかったけれど、経済力のない女子高生とか嘆きつつも、たぶん私はかなり恵まれた環境で育っている。

 ピアノをやっているお兄ちゃんは今の大学に入るまでのレッスン代や大学での勉強にものすごくお金がかかっているけれど、お父さんとお母さん、おじいちゃんはおばあちゃんまで嫌な顔ひとつせずにお兄ちゃんを援助している。

 今日は息抜きと言って観劇に来た受験生の愛莉も、学費が高い私立女子高が第一志望。

 習い事もしていなくて公立高校に通っている私はおそらく一番お金がかかっていない子どもだけれど、それでもチア部の部費とか親に出してもらってるし、お小遣いもバイトしてない分多めにもらえる。

 お母さんが宝塚ファンだったり、お兄ちゃんが音楽やってる関係で、ミュージカルやコンサートはきっと十七歳にしては連れて行ってもらっているほうなんだと思う。

 私にとっての当たり前は、広瀬にとっての当たり前とは限らない。


「広瀬、これ貸すよ」

「……双眼鏡?」


 お母さんから借りたオペラグラスだ。


「俳優さんとか舞台セットとか衣装とか、気になるところはこれで見るんだよ」

「おお、これが上級者の観劇方法か……借りていいの? ありがとうございます」


 うむ、かまわん。私は今日、作品そのものを楽しむために来たから特に推しの役者がいるわけでもない。

 せっかくだから初観劇の広瀬には色々と楽しんでほしい。


「えっ、お姉ちゃんそれ、お母さんから借りた? あたしもお母さんから借りた、見て」

「愛莉も持ってんの?」


 お母さんいったい何個オペラグラス持ってんだ……。


「そういえば愛莉ちゃんも、美蘭先輩と同じでこの作品のファンなの?」

「あたしは違うんですけど、好きな俳優さんが出てるんです」


 広瀬の質問に愛莉は目を輝かせて答えた。愛莉といえば少し前からエミリア姫シリーズという洋画にドはまりしていて、どうやら最近は吹き替え声優の追っかけまで始めたらしい。今回も声優のうちの一人が出演しているそうだ。


「まだ新人の役者さんで、エミリア姫ではすごく小さな脇役だったんですけど、このお話では主役なんですよ。ていうか出演してる人みんな若くないですか? ポスター見たけど、アイドルみたいなかっこいい俳優さんばっかり」

「それでミュージカルだから歌って踊るって、実質アイドルじゃん」


 それなりに打ち解けたらしい愛莉と広瀬が私を挟んで会話する。それを聞きいているうちに、劇場が暗くなって開演の時間になった。

 ステージの上が明るくなる。真ん中に躍り出てきた主演俳優に、物語の始まりだな、とわくわくした気分になる。主人公の台詞とともに音楽が流れ、歌とダンスが始まる。

 主演以外の役者たちが舞台上に登場したとき、それは突然にやって来た。

 何人もいる中の一人の役者に、登場人物に、わけもなく目を奪われる。

 本物だ。彼を見て、そう思った。

 これは私の好きなゲームの舞台化。ゲームの中で何度も見てきたキャラクターが、そこにいる。

 すらりとした立ち姿が、色っぽい声が、キレのあるダンスが。

 全部、かっこいい。

 私の目は完全に、その俳優にくぎ付けになる。

 ……かっこいい!


「お姉ちゃん、使う?」


 私の変化に素早く気づいた愛莉がオペラグラスを私の手に乗せてくれる。

 私は胸を高鳴らせてオペラグラス越しに彼の姿を追いかけた。


 それはただ、応援したい俳優を見つけたファンの興奮、というものかもしれない。恋とは違う、異質なものかもしれないけれど。

 中学生のときに大橋くんを好きになった瞬間のような。

 そんな、痛いくらいの胸のどきどきを含んだ感情が、確かに私の中に生まれた。




 菊池樹(きくちいつき)。二十歳。舞台俳優。

 十七歳のときに陸上ものスポーツ漫画原作のミュージカル『駅伝の王子様』でデビュー。その後、いわゆる2.5次元俳優として活動中。

 きりっとした意志の強そうな眉と目が印象的で、無口でクールな役とかをいくつかやっていて超似合ってる。かと思えば、ひょうきんな三枚目みたいな役も経験があるみたい。

 私は舞台で一目惚れしたその俳優に、一気に夢中になった。

 物販で財布が軽くなるまでグッズを買いあさり、帰りの電車で菊池さんのSNSをフォローした。


「お姉ちゃん、すっかりその人のファンじゃん」


 電車で左隣に座っていた愛莉が私のスマホをのぞき込む。右隣に座っていた広瀬もつられたように私のスマホ画面を見た。


「先輩、そういう男がタイプなの?」

「タイプってわけではないけど……まあ顔は好きかなあ」

「いやいや、お姉ちゃんのタイプでしょ。こういう真面目そうっていうか……ほら、涼さんも」


 愛莉に小さな声で言われて、大橋涼の顔を思い浮かべる。確かに菊池さんと似てるかも、真面目で誠実で真っ直ぐな印象の顔。

 私と皐月の間にあった、大橋くんをめぐる一件は愛莉に説明はしていないけれど、私の好きだった人が皐月と付き合っている、という最低限の状況は愛莉なりに理解しているらしい。

 皐月の彼氏として家に来た彼と顔を合わせたこともある彼女は、いつでも何食わぬ顔で私たちの妹分として無邪気に愛嬌を振りまいて彼に接してくれる。知らないふりをしてくれるのはありがたいかぎりだ。

 それに加えて今は、私を好きだという広瀬に遠慮して涼さんの名前を小さく口にしてくれた。のに、広瀬はどストレートに「涼さんって誰?」と訊いてきた。


「同級生」

「え、好きな人?」


 あからさまに悲しそうな顔をされて、私は慌てて首を横に振った。いや、なんで私が慌てる必要があるのかわかんないんだけど。


「前に好きだった人! 今は皐月……友だちの彼氏。ほら、今日来れなくなって広瀬にチケット譲った子」

「ちなみにお隣に住んでる幼なじみ。今、お姉ちゃんの隣のクラスなんだよね」

「ああ、今日のチケットの……。てか幼なじみの彼氏……しかも前に先輩が好きだった人……うわ~、関係性ややこしくない? 友だちでいれんの、それ?」


 頭抱えてる広瀬の気持ちもわからなくもない。確かにややこしい。


「お姉ちゃんたち、仲良しだもんね?」

「……うん。ちゃんと今も友だち」


 これからもそうでありたい。


「まあ、一緒に舞台観劇する予定だったくらいだし、そりゃ仲良しか。変なこと言ってごめん。それよりも、こんな男前の顔にオレ勝てる気しねえ~。どっちかっつーとなよっとしてる顔だしなあ」


 気の抜けた広瀬のぼやきで皐月の話題はどこかへ飛んでいく。


「そもそもファンの愛と恋愛は別物だから……」


 言いながら、私はまじまじと彼の顔面を凝視した。

 なよっとしてると彼は言ったけれど、良く言えば甘いマスクというやつじゃないだろうか。とにかく彼だって整った顔立ちをしている。


「……広瀬は広瀬で男前だよ、うん」

「ほんと?」


 広瀬がくしゃっと笑う。人懐っこい犬みたいだ。


「……あれ? せんぱーい?」


 広瀬を凝視したまま固まっていた私を、彼が不思議そうにのぞき込む。


「なに」

「や、ぼんやりしてどしたんかなって」

「どうもしない。顔近い、離れろ」

「はあい」


 一瞬、笑顔に見とれていた。……なんて言えるわけがない。


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