表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六色恋模様  作者: 中村ゆい
第三章 如月楽
20/48

(4)うたたねの中で見る夢

 カズが朝食の準備をする音と、テレビから流れるアニメの音が混ざって、まだ半分寝ている俺の頭に入り込んでくる。

 授業がないおれたちの休日は、わりと適当だ。お互いが好きな時間に起きて、好きなように過ごす。

 朝食もカズは出かける日以外は抜くことが多いし、おれも食べたり食べなかったり。

 今日は日曜日のはずなのにローテーブルに並ぶトーストと目玉焼き、コーヒー。

 どうやら今日のカズには外出する予定があるらしい。

 スウェット姿のままふらふらと向かいに座ると、無言でおれの分のコーヒーも淹れてくれた。


「今日、なんかあんの?」


 おれが訊くと、じっとアニメを見ていた目がこちらを向いた。このあいだうちに円盤が届いていたアニメだ。カズは食事中に好きな作品をテレビに流しておくのが好きだ。おれは食べているときは食べることだけに集中するから、そういうながら食べみたいなことはあまりやらない。というわけで、おれらの食事風景には大抵いつも深夜アニメが寄り添っている。


「午前中に、ファッション誌の撮影。午後から大学で練習」

「日曜なんだしウチ帰ってから練習すればよくね?」

「オケと合わせるんだよ。今度の学園祭で協奏曲(コンチェルト)やる予定だから」

「ふーん」


 よくわからんけど合奏練習するから家じゃ駄目ってことか。つーか、それよりもファッション誌って何だ。


「ファッションモデルになんの?」

「ならない。たまたま特集組んでもらったけど、コンクールのほとぼり冷めたら声もかからなくなるよ」

「そんなん言って、数年後にはファッションショー出てたりしてな」


 カズはなんだかんだで身長あるし顔も良いから、意外とその道で食っていけるかも、というのは身内びいきだろうか。

 だが、実際にコンクールの一位で注目を浴びてから、ネットでは「かっこいい」と言われている。

 おれの心の内などどこ吹く風で、カズはないないと笑った。


「でもモデルになる気はないけど、雑誌の編集の人とかカメラマンと会うのは好きかな。俺がやってる音楽とは全然違う分野だけど、ファッション写真とか誌面デザインとかの話が聞けるのは面白い」

「へー。そういやお前の大学、写真専攻もあるんだっけ。うちの学科の友達がモデル頼まれたって言ってたわ」

「あるね。確か二つ隣の部屋に住んでる人も写真専攻だったと思う」


 たわいない会話をしているうちにカズは朝食を終えてまたアニメに視線を戻した。そうしているうちに時間になったのか、おもむろに立ち上がって鞄を手にしてテレビを消そうとする。


「あ、おれこのまま続き見る」

「わかった。じゃ行ってきます」

「行ってらー」


 部屋の中にひとりになると、急に寂しさが膨れ上がる。カズは別に騒がしく喋っていたわけではないのに、いなくなるととても静かになった気がした。

 テレビ画面では、主人公の男が敵を蹴り飛ばしていた。カズ曰く、この作品はアクションシーンの作画が丁寧で良いらしい。言われてみれば迫力のある面白いシーンだ、と思わなくもない。要するにカズが厳選した良作画アニメしか見ないおれは、悪い例を知らないからよくわからないのであった……。

 テレビを消してしんとした部屋の中で目をつぶると、さっきまで寝ていたのにまた眠くなってくる。どこかの部屋からピアノの音が聞こえる。聴きなれたカズの演奏よりも、荒々しい響き。カズの音はもっと、柔らかい。


 短い夢を見た。おれもカズも高校生くらいに戻っていた。カズの髪があの夕焼け色をしている。

 何をしているのかよくわからない夢だった。体は高校生なのに、場所は小学校の階段の踊り場。二人でふざけながら階段を駆け下りる。と、最後の数段でカズがつまずいて転んだ。

 ひやりと頭の奥が冷える。

 カズは大丈夫、と笑っているけれど、駆け寄ると鼻血が出ている。

 おれだったら転ぶときは手を前に出すのに、カズはいつも顔面ダイブする。突き指が怖いから、と。

 そういうところがおれとは違う。おれだってサッカー部だったけど、足を怪我する代わりに顔を差し出す勇気はない。こいつはそれを当たり前のようにやる。

 そこまで大事なものを背負っているこの幼なじみを尊敬しているし、かっこいいとも思ってる。

 なのに、胸のあたりがちりちりと痛い。

 目の前で夕焼け色がさらさらと揺れる。立ち上がったカズはじゃあねとおれに手を振って背を向けた。

 彼は、どこへ行こうとしているのだろう。きっとおれの知らない遠い場所だ。待って。

 手を伸ばすけれど足が動かない。焦りが大きくなる。待って。待って。待って。


 目を開けると、床に放り出していたスマホがメッセージの通知で振動していた。ついでにインターホンも鳴っている。

 おれは額に浮いた嫌な汗を手のひらで擦るように拭ってから、まずスマホを見た。

 皐月からだ。今、部屋の前にいるらしい。

 玄関のドアを開けると、スマホ片手にインターホンを再び押そうとしていた妹と目が合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ