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戦場のハッカー  作者: 森
8/12


 訓練が終わったのは午後四時すぎだった。

 遠泳を挟んでの砂浜ダッシュは、想像通りの地獄となった。天助はふらつきながらも形だけは参加した。生徒には惨敗したが、途中から体面など気にならなくなっていた。

 終了の合図を聞いたときには、人生で感じたことのないほどの幸福を味わった。生き物にとって最上の幸福とは、苦痛から逃れることだ。この世の真理を見たような気分になった。

 生徒たちは三十分の休憩を挟んで、課外授業を受ける。その間、研究員は生徒を労うための懇親会の準備をした。お菓子やジュースなども用意する予定だ。

 天助と観月はその買い出しに行くように命じられていた。観月は、なぜお前なんかと、と文句を言いながら歩いていた。その割には天助が着いていける程度に速度を緩めてくれている。

 買い物は海岸から帰る途中のスーパーで済ませた。結構な重さになったが、半分以上は観月に持ってもらった。「俺が持つよ」と形だけ言ってみたが「持てるわけないだろう」と呆れられた。情けない話だが、その通りだった。

 大きめの通りを抜けて、古い住宅街へ入る。駐屯地まではスーパーから直線で五百メートルもないが、目的地はその中の工科学校だ。敷地が南北に一キロを超えると、自然と使う入り口も違ってくる。

 風景は住宅街から田園地帯に移り変わる。周囲が静かになったところで、天助は話かけようと思った。ふたりきりになれる機会など滅多にない。けれど、何を言えばいいのか。疲れた頭を巡らせても、アイデアは一滴たりとも出てこない。そのとき、どこからか猫の声が聞こえた。これだと思った。

「そういえば、猫の声が聞こえるね」

 言ってから少し後悔した。あまりにも間抜けな話題だった。

「猫?」観月は足を止めて、耳を済ませる。「本当だ。どこにいるんだ?」

 周囲を見回すが、田んぼと畑以外は何もない。稲の間に隠れているにしても、稲穂が全く揺れないとはいかないだろう。他に猫が隠れられそうなものは、電信柱、道路脇の側溝、何気なくおいてある段ボール箱。

「あー、……ここにいたよ」

 段ボール箱蓋を開けると、子猫が二匹顔を見せた。もらってくださいとマジックで書かれたコピー用紙も一緒だ。

「どうしよう、これ」

 散歩なら時間もあるが、今は買い出しの帰りだ。小さなことでも任務は任務。遅刻は許されない。

「どうしようも何も管轄外だ。保健所に連絡するしかないだろう」

「保健所?」天助は息を呑む。「それじゃ処分されちゃうじゃないか」

「だが、それがルールだ」

 観月は冷たく言い放つ。いや、冷たい、というのは天助の主観であって、観月は正しいことを言っていた。軍人は間違えてはならない。事と次第によっては一つのミスが戦いの趨勢にも関わるのだから。

「……でも、やっぱり放っておけないよ」

「おい、懇親会をサボる気か!? 猫にかかずらって欠席など前代未聞だぞ!」

 観月は怒りを露わにした。けれど、天助は考えを改めるつもりはなかった。

「荷物運びはちゃんとやるよ。これを置いたら、猫の引き取り手を探しに行く」

「お前という奴は……。もう知らん! ひとりでどこへでも行け!」


 荷物を基地に運んだあと、天助は猫のいた場所に戻った。猫たちも天助を覚えていたのか、手を伸ばすとペロペロと指を舐めてきた。その頭を撫でながら、とある場所に電話をかけた。

 今の御時世、里親を見つけるのは容易ではない。家を順繰りに回って預かってもらえる人を探すなど非現実的だ。

 頼みの綱は猫カフェだった。生後間もない捨て猫なら、猫カフェは里親が見つかるまで預かってくれる。もちろん、空きスペースがなければ預かれないため、必ずではない。

 神奈川県なら横浜市内に数件の猫カフェがある。そのうち一件に電話をかけたところ、二匹なら預かれると言ってくれた。

「預かってもらえるって」

 電話の結果を告げると観月は「よかった」と安堵の息を吐いた。

「引き取ってくれるそうだぞ。嬉しいか?」

 観月が猫を抱き上げると、猫は甘えるような声で鳴いた。彼女は結局、天助をひとりで行かせなかった。「待っていろ」と告げるやいなや、いきなり染島に電話をかけた。

 数分も議論をしたあと、買い出しを終えたら猫の飼い主を探してよし、という許可を取り付けた。やはりこの後に懇親会しかないのが功を奏したのだろう。ただ、身勝手な行動に対する懲罰からは逃げられない。観月も天助も帰り次第、罰を受けることになった。

「なんにせよ、目処(めど)がついてよかったな」

 観月はしみじみと言った。

「うん。……でも、よかったの? 規律を破るみたいな形になって……」

「いいわけがないだろう。むしろ最悪だ」

「それでも、猫を助けようと思ったんだよね」

 天助は観月が抱いている猫を指差して言った。

「そうなんだよな」

 猫の頭をくすぐり、観月は困ったように笑った。こんな顔を見たのはいつ以来だろう。仕事以外の会話も久しぶりで、懐かしい気持ちになった。

「隊長から二時間以内に戻れと言われている。間に合うか?」

「結構離れてるけど、二時間あれば大丈夫だよ」

 目的地は横浜だった。駐屯地からはバスと電車の乗り継ぎになる。往復で一時間半というところだった。

「なら、早く行こう」

 ダンボール箱を抱え、観月は率先してバス停に歩いて行った。


 猫カフェに無事猫を送り届け、帰路についた。再度、田園地帯を歩く。観月は不意にこう言った。

「お前はいつもこうなのか?」

「こうって?」

「自分を犠牲にして他人を助けることだ」

 質問の真意を計りかねた。猫を助けるために遠出をしたことを言っているのだろうか。だが、それだけでは、いつも、という単語は出てこない。最低、二度以上同じようなことがなければならない。

「横田から聞いた。お前、あのとき私をわざと怒らせたそうだな」

 なんとかしてやる、という横田の言葉を思い出した。彼は天助が話した内容をそのまま観月に聞かせたのだ。多少なりとも嘘が混じったあの説明を。

「下手な芝居だった。まんまと騙された私もどうかしていた。おかげで助かったわけだから、一応、礼は言うが……」

 観月は感謝の言葉を口にした。だが、肝心な部分を誤解したままだった。

「全然、お礼を言われることなんかじゃないよ」

 天助はそう言って、顔を逸らした。

 過去は覆らない。どれほどの時間が経とうとも、罪が消えることはない。

 自分は観月に比べて、あまりにも汚れすぎていた。

 近づくことは、たぶん、許されない。

「双海……?」

 天助は無言のままだった。観月が気を遣ってくれても、生返事をするだけだった。



 夜。研究員が参加する演習の全行程が終了し、防情学校との懇親会の場は、そのまま宴会の席となった。

 椅子と机が教室の隅に寄せられ、部屋の真ん中に机をくっつけた島が三つ作られていた。島には生徒用のお菓子とジュースが用意されていたが、いつの間にか酒とつまみに変わっていた。

 遅れてやってきた天助と観月には規律違反の罰として、デートの内容をつまびらかに語ることが要求された。天助は初めての懲罰にビクビクしていたが、内容が内容だけに拍子抜けだった。他方の観月は猫を助けた一部始終をクソ真面目に語り、大いに場を冷めさせた。

「まぁそうだよな」「高森に期待した俺がバカだった」などの意見が出され、なし崩し的に懲罰は終了となった。話をしたのに無視された観月は面白くなさそうな顔をしていたが、ビールを渡され、そそくさと酒宴に混じっていった。

 天助はひとり残され、ぽつんとしていた。横田がいれば話し相手になってくれただろうが、彼は今も特別チームで任務を遂行中だ。

 天助は仕方なく席の端っこで時間をつぶすことにした。


 ふとしたきっかけで飲み比べが始まった。研究所勤務と言えど、元は肉体派の軍人ばかりだ。この手の勝負はしょっちゅうあるようだ。よりによって観月はここでも負けず嫌いを発揮した。身の丈二メートルはあろうかという防情学校の教官と一騎打ちをして、日本酒を三号飲んだあたりで潰れた。

「自分で歩ける? 肩に掴まって」

 天助はなおも飲もうとする観月を酒の席から引っ張り出し、宿舎に連れて行くことにした。

 観月はクラゲみたいにぐにゃぐにゃで、肩を支えていてもまっすぐ歩けていなかった。そのくせ、ひとりで歩ける、などと言い張るのだからたちが悪い。

 宴会場と化した講義室から宿舎へ行くには、敷地の中を経由する。階段を降りて校舎を出ると、門番が敬礼をしてくれた。自分たちがいるためか、未だ入り口は施錠されていなかった。酔っぱらいを連れて宿舎に向かう自分がなんだか申し訳なくなる。

 夜の駐屯地には静寂が満ちていた。消灯時間が近いため、敷地には人ひとりいなかった。物寂しすぎて、物音を立てるのもはばかられた。

 肩により掛かる観月は酒臭い息で悪態をついた。

「くそっ、もう少しで勝てたのに」

「どう見ても勝てなかったよ」

「そんなことは百も承知だ!」

「矛盾してるって……」

「だが、小娘などと見下されて、引き下がれるわけがないだろう! 私がどんな気持ちで努力していると思ってるんだ!」

 観月は声量を絞らずに怒鳴る。周囲が静かなだけにやたらと響く。

「言いたい奴には言わせておけばいいんだよ。技術者は実力で語るべきだと思う」

 思ったままを答えた。それが観月にはピンときたらしく、にやりと笑った。

「たまにはいいことを言うな。酔うと頭が回るタイプか?」

「飲んでも頭が痛くなるだけだし、そもそも飲んでないよ」

「なんだと!? では、飲みに戻ろう!」

「戻らないって! 落ち着いてよ!」

 戻ろうとする観月を引き止める。酔っぱらいのくせに力は強い。今日一日の演習でボロボロだった体は、悲しくも女性に力負けする。

 引きずられるように天助が歩き出すと、突然、観月は足を止めた。何かを探すように周囲を見回す。観月は酔うと面倒くさいタイプだ。

「今度は何を探してるの?」

「海が見たい」

「海?」

「海に行こう。命令だぞ」

 ため息が出た。

「……わかったよ」

 しかし、従う。逆らったらまた大声を出されるからだ。

 それに、実際のところ、少し嬉しかった。観月が自分に無茶を言ってくれている。頼られているようで心地よかった。

 駐屯地の西端は海に面していた。海軍の教育施設も兼ねるため、実際に船の出入りもある。外見だけ見れば小さな港だ。

 埋め立てられた海辺を歩いた。眼下数メートルには暗い海が広がっている。観月が落ちないよう天助は両手で彼女の腕を掴んでいた。観月は煩わしそうにしていたが、酔っ払いを自由にするわけにもいかない。

「母親は元気か?」

 脈絡なく観月は言った。

「元気だよ。怪我してたの、よく知ってるね」

「隊長から聞いた。他にもいろいろ」

「いろいろ?」

 観月の纏う空気が変わった。泥酔して支離滅裂な発言をしていたのが嘘のようだった。理性的な光を両目に宿し、観月は言った。

「お前の実力がどうしても腑に落ちなかったんだ。フリーのプログラマーがなぜあんなに他者を攻撃することになれているのか」

 核心を突かれ天助は汗をかいた。べたついた嫌な汗だった。

「私は聞いたんだ」

「……何を?」

「お前の過去を」

「……」

 観月は決定的な言葉を告げた。

「クラッカーとして生計を立てていたそうだな」

 打ち寄せる波の音ばかりが耳についた。頭がぐらぐらと揺れていた。言い訳が思いついては消えていく。どれも満足な説明にはならなかった。

「……バレてたのか」

 そう言うのがやっとだった。

「怪しいと思えば身元調査くらいはする。軍とはそういうものだ」

 観月は淡々と言う。考えてみれば、当たり前のことだった。

「そうだよね。気づかれないはずがなかったんだ」

 忘れていた恐怖がよみがえってきた。前期教練の期間中は、いつ露見するのかと怯えていた。四ヶ月が経った今では、もうバレる心配はないと安心しきっていた。不自然に活躍しすぎた。……そんなことで疑われるとは思わなかった。

 遠くの海は暗く、夜の闇を映していた。その考えは唐突に降りてきた。それは恐ろしい思考だった。今の自分は昼間の訓練で疲労しきっている。

 今、この海に飛び込めば、泳ぐこともできずに沈むだろう。そうなれば、罪を問われることもなくなる。

「お前は自分のしたことをどう思っている」

 観月は冷ややかに問うた。観月の腕を掴んでいた右手が観月の左手に掴まれていた。その目は逃げるなと言っていた。

 天助は腹をくくった。向き合うことを選んだ。

「後悔してるよ」

「本当に?」

「本当に。捕虜を救出する作戦のあと、何が起こったか聞いてる?」

「報復攻撃の話か」

「そう」

 一連の救出劇は敵勢力の反感を買っていた。大勢が解析に当たったのだろう。日本から現地の端末を遠隔操作していたことまで突き止められた。そうなってからというもの、敵は報復として日本企業を片っ端からハッキングするようになった。

 特に中小企業が狙われた。規模の小さい企業は総じてセキュリティに対する意識が甘い。地方都市に本拠地を置く企業から個人情報の流出が立て続けに起こった。零細企業にとっては致命的な打撃だった。

 小売業を営んでいた一家などは損害賠償のために負債を抱えたという。別のケースでは自殺未遂にまで発展したという。遠く離れた国から日本人を殺すのに十億円の巡航ミサイルは必要ない。型落ちのパソコンが一台あれば事足りるのだ。

 天助が手を染めていたのも、全く同じ行為だった。

 都合四年。それだけの期間があれば、似たような結果を招いた事例もあっただろう。

 この手は血に汚れている。穢れの染み付いた手なのだ。

 だから、転職活動中は常に悩み続けた。今更、真っ当に生きようなど虫が良すぎるのではないか、と。

 けれど、研究所に来てからは考え方が変わった。汚れた手だからこそできることもあると思えた。

 手を汚さずにはいられない仕事なら、誰よりも前に出てその役目を引き受けたかった。

 そうすることで役に立てると思ったから。

 だから、研究所に入れてよかった、と思うのだ。

「今でもわからないんだ。なんで自分がクラッカーになったのか。軽い気持ちだったんだ。自分のしていることの意味を考えることもなかった。後悔してもし足りない」

 天助は訥々と語った。感情を適切に言葉にできたか自信はなかった。何度もつっかえながらも、最後まで話した。

 観月は黙って聞いていた。一度も口を挟まず、怒鳴ることもなかった。酔っていたのが嘘のように落ち着いた様子だった。

 ぽつりと言った。

「悔いているのなら、私から言うことはない」

 罵倒されてしかるべき局面だったが、彼女の物言いは穏やかだった。

「これは私見だが、お前が卑屈になる道理はないだろう。手が汚れているというのなら私もお前と同類だ。もう何人も人を傷つけてきた。明確に殺すつもりでやったこともある」

「でも、動機が違うよ。法律だって破っていない」

「無論、そうだ。作戦行動である以上、私の行いは正義のためだった。だが、なんと言おうと事の本質はお前のやったことと違わない」

 だから、私はお前を非難しようとは思えない。

 観月はそうまとめた。軍籍に身を置かねば出てこない言葉ばかりだった。

 世界のどこを探しても理解者などいないのだと思っていた。罪を犯した人間は社会的に異端であり、死ぬまで(なじ)られると信じていた。そうではない世界があるなど想像したこともなかった。お前と私は同じだ。そう言ってくれたことが支えになった。

「ありがとう」天助は目元を拭った。「……折を見て、自首しようと思う」

 そう告白すると、観月は静かに首を振った。

「残念だが、それはできない」

「……どうして?」

「お前を刑務所に入れて得られる社会秩序よりも、お前が生み出す戦果の方が国益となるからだ。隊長が言っていた。お前の素性は面接時点で調査されていたが、禰屋司令の後押しで入隊が決まったそうだ。使える人間なら、司法と調整する予定だと聞いている」

 隠せたつもりでバレていたこと、知っていた上で雇われたこと、成果さえあれば軍が匿うつもりだということ。驚きの連続だった。知らないところで、そんな話になっていたなんて。

「私も先日、隊長から聞いたばかりだ。ただ、一つ言えるのは、司法も警察も軍隊も本質は国を守ることだ。その仕組みが、お前を処分するよりも活かした方がためになると判断した。それだけの期待をかけたのだと私は思う」

 天助は観月の言葉を噛み締めた。多くの人が自分に賭けていた。自分がすべきは脱走でも自主でもない。努力だった。

「……ひとりでびくびくしてただけなんて。情けないな」

「いかにも双海らしいじゃないか。悪人だったくせに、女の経験はないわ、酒は飲めないわ、捨て猫は見捨てられないわ、母親を大切にするわ。変な奴だ」

 観月はバカにするように言う。そして、天助を見た。天助も観月を見た。不思議と肩から力が抜けていった。気兼ねすることなく、自然に言えた。

「猫を見捨てられないのは高森さんもじゃないか」

 すると、観月は少しだけ驚いたような顔をして、笑った。

「そうだな。お前と一緒だ」

 月明かりの下に日に焼けた観月の笑みが浮かんだ。淡い桃色に染まった頬が鉛筆一本ほど離れた場所にあった。

 天助はこの笑みを一生忘れないだろうと思う。



 翌朝。天助は工科学校の食堂で朝食を取った。工科学校は防情学校同様に技術者を育成する防衛省配下の学校だ。技術教育を施す点は共通するが、こちらは機械工作に重点を置き、配属先も陸上自衛軍になる。生徒数も防情学校に比べればずっと多い。そのため、食堂も一度に数百名を収容できるほどの広さを誇る。

 研究員は生徒の邪魔をしないよう、食事の時間をずらしていた。広い食堂は閑散としていた。

「お前たち昨日の夜どこに行っていたんだ?」食事をしながら染島は言った。「俺もあとから宿舎に行ったんだが見当たらなかったぞ」

 昨晩は天助が観月を宿舎に連れて行くことになっていた。長い寄り道をしたために、本来なら顔を合わせるべき染島とすれ違ったようだった。

 夜。酔っ払った女を介抱する男。誰も知らない空白の時間。

 四方から興味本位の視線を向けられる。

 なんと答えればいいのだろう……。天助がまごついていると、観月は淡々と答えた。

「私は宴会場から宿舎へ直行しましたが」

「なら、俺と会っているはずだろうが」

「隊長」観月は真顔で言った。「お酒を控えられた方がよいのでは?」

「それを高森さんが言うのか……」

 たぶん、その場にいた全員が思った。が、染島だけは身に覚えがあるらしく、それ以上の追及をしてこなかった。何はともあれ結果的には誤魔化せた格好だった。

 話題を変えようと、染島は仕事の話を振ってくる。

「双海、高森の二名には新しい任務がある。今日の休暇は取り消しだ。このあと、百里基地へ向かうぞ」

「百里基地ですか?」

 茨城県にある百里基地は、首都圏で唯一戦闘機を運用している基地だった。天助の脳裏に未だ概要がふせられたままの作戦がちらつく。

「イ五十一号作戦。――――イカヅチノカミ作戦ですか?」

「そうだ。今日から本格始動すると連絡があった。作戦メンバーの顔合わせがある」

「ということは、横田も来るんですか?」

「もちろんだ。完成品を見せてくれるだろう」

 完成品。横田は特別チームとしてウイルス作成をしていたはずだ。軍用のウイルスには開発に数年を要するものもあるというが、まさかたった三週間で仕上げてくるとは。

 作戦自体がそれほどの緊急性を求めているのだろう。

 捕虜救出作戦のような突発的なものとは違う。数週間の準備を経て実行される作戦とは一体、どのようなものなのだろう。


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