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『うそつきジョン』

作者: 臥龍鳳雛

「残念だが・・・・・・今の職場でこれまでの業務を続けてもらうのは難しい」




課長から話があると会議室に呼び出された。

「これまで自分の仕事に誇りをもってやっています。足りない所は指摘してください」

普段は温厚で冗談も言い合ったりする仲だが課長の表情は硬かった。

「特別転進を進める。今の仕事は諦めるんだな」

特別転進・・・・・・簡単に言えば退職だ。

「退職には本人の同意が必要だと組合から聞いています」

「残れると思うのは君や組合の勝手な考えだ。法的にはそうだが会社には会社の考えがある」

目の前が周りから少しずつ暗くなる。心臓の鼓動が激しくなって口の中が乾いていく。

「少し考えさせてください」

「来週までに結論を出してもらう。別な仕事に移るか、特別転進に手を上げるかだ、もし君が言う通り会社の役にたつ人材であれば、今週中に契約の一つも取れるよな?」

「あたりまえです!」


売り言葉に買い言葉で答えたものの、契約のあてなど無かった。


「はぁ・・・・・・」

夕暮れの公園のベンチで一人ため息をついた。

病院と組合事務所に行ってみた。医師からは面談を中止するようアドバイスを受けた。

これ以上のストレスは病状によくないと言われた。

組合は違法なことは顧問弁護士と相談して会社に申し入れると言われた。

できるだけ証拠を残すようにと。会話は「念のため記録取らせて頂いていいですか?」といってメモを取り出しながら、ボイスレコーダーを気づかれないように作動させると良いと言われた。



「どうしたのおっさん。しょぼくれた顔して、何か心配事か?」

見るからにちゃらちゃらした男が声をかけてきた。

「暇なら酒付き合わないか?約束してたツレがドタキャンしやがって暇にしてたんだ」

どうとにもなれ・・・・・・彼の言葉に誘われてふらふらとついていった。




「なるほどな。今週中に契約が取れないと首になるわけだ」

バーでカウンターに座り乾杯を済ませた後、男は言った。

「すぐ首になるわけではないけど・・・・・・まあ似たような感じだ」

目の前のグラスのビールを一気に飲み干す。

「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はジョン。この店の常連だ」

ジョンはグラスを掲げてカウンターの中に差し出した。マスターやバイトがグラスを

掲げる。

「話は何となくわかった。契約が取れればいいんだろ」

「まあそうなんですけどね。中々簡単には・・・・・・」

ジョンは胸をドンと叩くと

「任せろよ。何の契約か知らないが俺が入ってやるよ」

「本当ですか?」

「ああ、そのかわり、この店の飲み代払ってくれたらだがな」

契約内容を考えると店の飲み代なんて微々たるものだ。

「本当ですか、そのくらい払います」

カバンから書類を出して

「この書類にサインを頂けますか」

「おう任せとけ!その前に飲み代を払ってもらっていいか。俺はトイレに行ってくる」

「お安い御用です」

マスターを呼びチェックしてもらった。2人の飲み代くらいなら、契約内容に比べれば安いものだ。



「マスター、ジョンさんは?」

「あれ?さっき先に帰るっていって出てったよ?」

なんてこった。あれだけ飲んでたから契約の事忘れたのかも知れない。

「そうですか。すみません」

肩を落として店を出た。




「この職場でこれまで通りの業務をするのは難しい」

会社でまた課長から会議室に呼び出された。

「何度も言いますが、私は会社を辞める気はありません。組合とも相談しましたが、解雇の四要件を満たしているとは思えません」

「法律にふれない方法など幾らでも・・・・・・いや何でもない」

課長は机の上の書類に目を通した。

「この前の面談から一件も契約が無いみたいだが。給料泥棒と言われても仕方がないな」

「先日はもう少しで契約が取れる所でしたが、トラブルがあって・・・・・・まだ週末までには時間があります。後、主治医からも面談はやめるように言われています」

医師の診断書を見せる。課長は面倒くさそうに書類を見ると

「業務なので、面談をやめるわけには行かない。出てこない場合は業務命令違反だ」

唇を噛んで下を向く。上司だって各課から何人減らせと上からノルマが出て必死なのだろうが。



翌日、有給休暇を取り病院に行った。

医者からは、面談で悪化しているからやめるなどストレスがたまらないようにしろと言われた。

酒もタバコもやらないが、ストレスの発散になればと思い、先日のバーに向かった。



カウンターでマスターに軽い酒を頼んだ。レッドアイの後シャンディガフを飲んでいると「久しぶりだな!この前は悪かった」

横に座った男が話しかけてきた。

「どちらさまで?」

「冷たいな!ジョンだよ。この前は酔いつぶれちまって悪かった。

いい店があるから飲みなおそうぜ」

ジョンは精算すると店を出て行った。

もしかしたら・・・・・・そう思いジョンについて行った。

「どうだい。この店は」

ジョンについていった店に入ると、若い女の子が椅子の横に座った。

「いいだろ。俺の指名だから間違いはない。とりあえずこの前の契約を

済ませないとな。シャンパンで乾杯しようぜ」

シャンパングラスが目の前に置かれ乾杯をした。

ジョンは愉快で女の子との楽しい時間が過ぎた。



「そろそろ帰ろうぜ。チェック頼むわ」ジョンは店員に言った。

店員は恭しく請求書を持ってきた。

「・・・!?」

桁が2桁違う?

「これは?」

ジョンはニヤリと笑うと「どうやら知らなかったみたいだな。このあたりでキングが付く店はだいたい組がやってるボッタクリ店なんだ。おれはカモをひっかけるのが仕事さ」

いつの間にか屈強な店員達に囲まれていた。

「おとなしくそれを払った方が身のためだぜ。後、今後二度と俺と契約しないと誓え。痛い目に会いたくなかったらな」

二度と契約しないという誓った後、身分証明書をコピーされ借用書にサインさせられた。




「まず予定を聞こう。特別転進施策に応募する気はあるか?」

また課長に呼び出された。これで何十回目だろうか。

「ありません!」

「残りたいなら会社にとってどんな貢献ができるのか具体的に言ってください」

「何度も言っていますが」

「実績が伴わないとね。結局1件も契約が取れなかったわけだが」

「それは・・・・・・」



翌月から「所内に業務が無い」と言われ派遣会社に出向になった。

組合に相談しても雇用は守られているから違法では無いとのことだった。

出向先で体と心を壊し、今のままでは派遣会社から他の会社に行くと二重派遣になるため仕事が限られるという会社の説明を聞き派遣会社への転籍を承諾した。



今は閑職の受付窓口の仕事をしている。

何年も経ち仕事にもなれ諦めもついた所だ。

「やあ、受付はこっちでいいかな?」

どこかで見たような人物が現れた。

「天国に行ってみたら、受付拒否されてこっちに回されたんだ」


「残念ですが、ジョンさん。お断りします」名前を思い出すと同時に当時のことも思い出した。

ジョンは「はぁ?」こちらの顔を覗き込むとしばらく考えて思い出したようだ。

「お前は!あの時の・・・・・・」

「契約できないので、地獄でも貴方を迎えることはできません。あの時の誓いをお忘れですか?」

「何のことだ?」

「あの契約は望みを叶える代わりに魂を頂き、地獄に落ちるという契約でした。残念ながら貴方の魂を取って地獄に入れることはできません」

「なんだと!」



とぼとぼと道を引き返していくジョン。足元が暗いというので駄賃に地獄で燃えている炎の塊のかけらを渡してやった。



天国にも地獄にも行けず現世を彷徨う彼を人はジョンの愛称のジャックで「ジャック・オ・ランタン」と呼ぶと風の便りに聞いたが

善良なる悪魔である私には関係の無いことだ。



Fin

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