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FanTaSy  作者: 冬雅
第1章
1/2

1

これは誰かの【物語(ファンタジー)】。

とても不思議な夢を見た。

頭に響くような、優しい声音。

暗闇の中に青く光る何かが、その声を発しているようだった。


―起きて


起きる?


―起きて。私を見つけて。


あなたは誰?


―私は貴女の……。


段々と声が掠れ、上手く聞き取れない。

私はそのまま目を覚ました。



✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩



私―ユウメは、今日は珍しく目覚まし時計より早く起きた。

その不思議な夢を見たせいだろうか、はたまたほんとにたまたま早く起きただけなのかは分からないが、とても目覚めがいいことだけは確かだ。

カーテンの隙間から覗く朝日を眩しそうに見つめ、んーっと身体を伸ばすと、ベッドから降りて制服に着替え始めた。

肩の辺りで揃えた髪に櫛を通し、身だしなみを整え、今日の荷物の確認を始める。

……今日から新学期なのである。


「いってきまーす」

早々に準備を済ませ家の外へ出ると、玄関横にある花壇の前に1人の人影が見える。腰の辺りまで伸びた黒髪の少女は、家から出てきたユウメに気付くと

「おはよ、ユウメ。今日は早いんだね」

と嬉しそうに声をかけてきた。

「おはよう、ヨウちゃん。なんか変な夢を見てね、早く起きちゃった」

「変な夢ねぇ……。その話聞かせて!」

ユウメはヨウの返事に「うん」とだけ言うと、2人は通学路を歩き出した。



桜並木の連なる道を始め、校舎をぐるりと囲むようにして桜の木々が並ぶこの学校は、所謂名門と呼ばれる高校と大学の一貫校である。

学問は勿論のこと、スポーツも連覇を遂げる程強豪揃い、更には芸能人や若き著名人も通う、ほんとにすごい学校である。

そんな学校の、進級して高校2年生になった2人は、桜が満開に咲く校門に張り出されたクラス割りを見て顔を見合せた。

「今年も!同じクラス!」

「やった!ヨウちゃんと同じ!」

きゃっきゃと喜ぶ2人の周りでも、誰々と同じクラスだ!とか、一緒になれなかった……とか、一喜一憂する他の生徒の声も聞こえる。

そんな中でポツリ、

「同じクラス……」

はっきり聞こえたような気がした声に、ユウメが振り返るが、どの人が発した声なのかは分からなかった。



✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩



校舎内へ入り新しい教室に入ると、もう既にほとんどの生徒が登校を終え、新しいクラスメイトとの談笑を楽しんでいた。

その中でひとつの机に群がる女子生徒の集団を見るや否や、ヨウは「また同じクラスか……」と呟いた。

「去年も凄かったけど、今年も凄い人気だね」

「確かにかっこいいんだけどねえ」

女子生徒の壁の隙間から見える1人の男子生徒に目を向ける。

綺麗な黒髪の彼は容姿端麗と言う言葉を持ってしても足りないくらいに美しい顔立ちをしていた。それこそ、この世のものとは思えないくらいである。

そんな彼は、切れ長の目を閉じ、鬱陶しそうにため息をついているが、周りの生徒はそのため息にすらも黄色い声を上げる。

「幼馴染の私達からしたら、見慣れてるからね」

ユウメとヨウ、そして男子生徒……ユウは、ヨウとユウメは家が隣同士、道路を挟んで向かい側がユウの家というご近所さん……所謂幼馴染である。

幼稚園の頃からお互いを知っているし、小さい頃は毎日のように遊んでいた。

小学生の頃から、ユウはその見た目からよく女子に囲まれることが多かった。

加えて、スポーツ万能成績優秀というチートのような能力を兼ね揃えていた彼が、中学生から続けている陸上で、去年優秀な成績を収めている。

そんな彼を目当てに入学した1年生達も加わり……あとは言わずとも分かるであろう。それが今目の前にある光景である。

そんな光景から目を逸らし、2人は黒板に貼りだされた自分たちの席を確認した。

「また前後ろの席だね」

「まあうちら、苗字同じだしね」

窓側の真ん中辺り。前がユウメで、後ろがヨウ。

前後の席に座り、ユウメが後ろを振り向く。

「あれ」

「ん?」

ユウメの視線を辿るようにヨウも振り返ると、そこには先程まで女子の黄色い声を浴びていたユウが、いつの間にか立っていた。

「おはよう、ユウ。今日もモテモテじゃない」

ヨウがニヤニヤとからかうように言う。しかしそこは幼馴染、慣れているかのようにかわすユウは、そんなヨウに返事もせずユウメを見ていた。

「お前、今日は珍しく早いんだな」

「うちのことは無視か」と口を尖らせるヨウに苦笑しつつ、「珍しくね」と笑った。

「ユウメ、変な夢を見たから早く起きたんだってさ」

「変な夢?」

「そー。来る時聞いたけど、なんかアニメみたいな夢だったよ」

ねー、と言うヨウに頷き、ユウメはヨウに話したようにユウにも夢の内容を話した。

「へぇ」

ユウはたった一言そう言うと、少し考える素振りを見せてから続ける。

「それ、今日が初めてか?」

「え?……うん、今日が初めて」

「そうか」

ユウはそれだけを聞くと、そのまま足早に教室を出ていった。

「何、どうしたの?」

教室を去るユウの背中に問いかけるようにヨウは呟いた。当然、彼から返事が返ってくるはずも無い。

「……さあ?」

ユウメも首を傾げて、同じく教室を去るユウの背中を見ていた。



✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩



午前の授業があっという間に終わり、お昼休み。

「あっ、お弁当玄関に置いてきちゃった」

鞄の中を漁りながら、ヨウが言った。

「じゃあヨウちゃん、学食行く?」

「んーん、購買で適当に買ってくる」

「じゃあいつもの場所に先に行ってるね?」

「うん、行ってて!」


走り去る彼女を見送り、ユウメもお弁当を持って“いつもの場所”へ向かった。



✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩



三階建ての高等部の階段を上りきり、“立ち入り禁止”と書かれた赤い三角コーンを無視し、ユウメはさらに階段を上っていく。

鍵のかかっていない鉄の扉を開けると、涼しい風が一気に駆け抜けていく“屋上”に出た。

ぐるりと自分の身丈よりも高いフェンスに囲まれた屋上は、手前の階段に置かれていた3角コーンのとおり、立ち入り禁止区域である。

勿論、他の生徒はいない。ただ風が吹き抜ける音と、木々のざわめきと、遠くから小さく聞こえる生徒の笑い声や車の行き交う音だけが聞こえていた。

ドアを囲うように建てられた小さな小屋の裏側にまわりこみ、小屋の壁に背中をつけて座った。

ここが“いつもの場所”である。

誰もいない、フェンスとこの小屋以外に何も無い殺風景な屋上。

だが逆に、その静けさが2人にとっては心地よい場所でもあった。

(今日も雲ひとつない青空……)

ユウメは空を見上げ、ぼんやりと考えながら視線を弁当へ戻そうとしたその時だ。

「ここは立ち入り禁止なんだけどなあ〜?」

目の前にいつの間にか1人の生徒が目線をあわせるようにしゃがんでいた。

「っ!?」

あまりに唐突なことに驚いて声を出せないユウメに、クスクスと笑う。目の前にいる生徒は制服は男子のものだが、中性的な顔立ちをしていた。正直、声音でも性別の判断は難しい。服を隠したら男か女か分からないと思う。

「ごめんねぇ、びっくりさせちゃって」

首を傾げる男子生徒を目を見開いたままじっと見つめるユウメに、またクスクス笑って

「僕はダイチ。ここの2年生だよ〜。君は?」

「えっと……ユウメです……2年生……」

「君がユウメちゃんか〜!お隣のクラスかな〜?宜しくねぇ」

辿々しく自己紹介をするユウメの手を掴み、半ば無理矢理握手をする。

音もなく急にどこからか出てきた男子生徒……ダイチに驚きをまだあらわにするユウメに、ダイチは終始変わらず笑顔を向けている。

「ところでユウメちゃんはどうしてここに?ここは立ち入り禁止区域だよぉ?」

マイペースな喋り方をするダイチの質問に一瞬ハテナを浮かべたが、ハッとなって今の状況を認識した。

ここは立ち入り禁止の屋上である。

「あ、えっとそれは……」

「誰にも言わないから安心して。なんなら僕も立ち入り禁止のところに来ちゃってるし」

あはは、と笑うダイチのペースに完全に飲まれている気がしてならない。

「1年生の時からずっと、ここでヨウちゃんとお昼を食べてるの。他の生徒もいないし、静かでいいから」

いつ教師にバレるかは心配なところではあるけれど。

「へぇ、確かに誰もいないもんねぇ」

「ダイチくんはどうしてここに?」

「ダイチでいいよぉ。僕もユウメちゃんと同じ理由。ここでよくお昼寝するんだぁ」

他の生徒がここにいたところなんて今まで見た事がなかった。

唯一の出入口である扉を囲うようにして建てられている小さな小屋以外、誰かを隠せるようなものは無いこの空間で、彼はどこでお昼寝をしていたのだろう。

ドアとは反対側にあたる、小屋の壁にせなかをつけていつもヨウとふたりで昼食をとっていたが、ダイチの姿は1度も見た事がなかった。

「ところでユウメちゃん。ここが何で立ち入り禁止区域なのか知ってるぅ?」

唐突な問いに、ユウメは「えっ」と首を傾げる。

何故ここが禁止区域なのか?

ザァアアッと一際風が強くなった。春先だと言うのに、強く吹く風は少し肌寒さを感じる。

「それはねぇ」

ユウメの答えも待たず、ダイチは言葉を発した。

それと同時に、ユウメの頭上で腕を振る。

ザンッと何かを切ったかのような音が響く。

ガアアアッと断末魔が聞こえ、急に視界に紫の液体が飛び散った。


「こわぁい魔物が出るからだよぉ」


相変わらずのマイペースな声が、今の状況には不適切な程弾んでいた。



✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩



状況を整理しようと思考を巡らせても、目の前の光景に頭は追いつけなかった。

いつの間にかダイチの手には紫の液体がついた一本の剣が握られている。その剣の持ち手には赤い宝石が付いていた。

「……え?」

素っ頓狂だがやっと出た声はその一言だけ。

頭も言葉もぐるぐるとまわる中、渦中のダイチは笑顔も声音も崩さずにユウメに話しかける。

「怖い怖い魔物が出るから、ここは立ち入り禁止なの。だから誰も近寄らないし、誰も来ようともしない」

紫の液体を振り払うように剣を一振しダイチがパッと剣を離すと、その剣は地面に落ちる前に赤い光の粒子となってひとつの塊となる。

その粒子は手のひらサイズほどの小さな人の形を成し、ダイチの肩の上に座った。

「僕みたいな変わり者なら、よく来るけどねぇ」

ふふふ、と笑う彼に問いかけることも出来ず、ただ周りを見渡す。いつの間にか紫の液体も消え、いつもの屋上の光景が戻ってきた。

「あの、これはどういう……?」

ようやく絞り出した問いの答えを聞きたくてダイチの方を見たが、彼の目線は自身の横に向けられていたことに気付き、視線の先を追う。

「っ!?」

驚いて声も出なかった。音もなく、そこにはユウが立っていたのだ。

何故こうもみんな、音もなく現れるのだろうという疑問を1度飲み込み、ユウの顔を見つめる。相変わらず整ってるなあ……とかそんな呑気なことを考えている場合ではない。

「ダイチお前……」

「ごめんねぇユウ。本当は隠れてやるつもりだったんだけどぉ、ユウのお姫様気になって声掛けた時に襲われちゃった」

語尾に☆でも付きそうなくらいのテンションで話すが、内容はそんな可愛いものでは無い。

隠れてやる?

襲われた?

一体何に?

「ユウのお姫様?」

色んな疑問が飛び交う中、何故かそこだけを声に出してしまい、慌ててユウメは口を押さえる。

違うだろ、今聞きたいのはそこじゃない。落ち着くのよ、私。

「……誰か説明プリーズ……」

全部の疑問を解決したい。その意味を、このひとことに込めて。



ダイチの説明とユウの補足によれば、この学校は特殊な位置に建てられた学校なのだと言う。

俗に言う異次元には、精霊界、魔界、天界で構成される【三大世界】と呼ばれる世界が存在し、その世界に囲まれた中央の世界を【人間界】……所謂、地球と言うらしい。

三大世界の他にも小さな世界がごまんと存在する中、人間界というのは全ての世界に対して中立的な立場の世界であると言う。

そしてこの学校の建てられているこの土地は、その人間界の真核が眠っている場所なのだという。

「この真核は、中立な立場である人間界にとって侵されては行けない領域なんだけど、魔物みたいに理性もない生き物が力を求めて狙いに来るんだよねぇ」

「そんな魔物からここの世界を守っているのが、俺たち【剣士】って呼ばれる人間」

ここまでは分かった?と問いかけられる。

何となくだけど理解はしたと思う。多分。

というか、この状況で理解をしないと何も説明がつかない。

「まあ、今のは凄い簡潔に話したから、もっと詳しく言うと結構ややこしいんだけど」

ユウは付け足すようにそう言う。これ以上ややこしくされると、私の頭がもっと追いつかないんですけど。

「……私がユウのお姫様っていうのは……?」

「それは勝手にダイチがお前をそう呼んでいるだけだ。ほんとにややこしい話になるから、それはまた後でだな」

ユウが制服のポケットからスマホを取り出すと、画面をパッとつけて時間を確認した。

「もうすぐ予鈴がなる。そろそろ教室に戻るぞ」

「え!?」

ビックリして、ユウメも自身のスマホを取り出し時間を確認した。

「嘘!?ヨウちゃんは!?」

ご飯を食べ損ねた上に、購買へ走っていったヨウがまだここに来ていない。

「ヨウなら俺が声をかけた。ユウメは学食で先に食べてるって」

「そ、そっか……」

彼女はご飯を食べ損ねていない……。ほっと一息を着く。

「さっき話したこと、魔物のことは他の人には言えないからねぇ。ユウメちゃんも内緒だよ?」

ダイチが顔の前で人差し指を立てる。「しー」という声に、ユウメはこくりと頷いた。



✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩



屋上から教室へ戻ると、ユウメはヨウに「何で1人で食べちゃったの!?どこにいたの!?」と責められた。

返答に困りユウの方を見ると、ユウメにはひと目もくれず自身の席に座る。

「色々あってね」と曖昧に返答を返すと、不服とばかりに口を尖らせるヨウの姿に苦笑で返すしかなかった。

「まあ、ユウが急用でユウメは先に学食行って食べてるって言ってたから、なんかあったんだろうけど」

「うん、まあ色々……」

ほんとに色々。夢なのかと言われたら夢だろうと言ってもおかしくないくらい、色々。

「なんか面倒事?」

「んー……面倒事かな」

ヨウは「えぇ」と分かりやすく嫌そうな顔をして、「どんまい」とユウメの肩を叩いた。

うん。どんまい、私。

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