1話 過去と現在は紙一重
俺は春が大好きだ。暑くもなく寒くもなく、それでいて湿度も丁度いい感じに保たれている。そんな季節の中で催眠魔法を使ってくる教師がいたらどうなるだろうか。答えは簡単だ、クリティカルヒットが発生して俺は確実に状態異常になる。
「……ろ……きろ……起きろ!」
教師は手に持っている教科書で寝ている俺の頭を叩いた。すると、俺は急いで目を開けあたりを見まわした。周りの生徒はいつものやり取りが始まったなと教師と俺を交互に見ながらニヤニヤしている。そんな中俺はというと……
あ、やべっ。そっか、今授業中か。まあいつものことなんだし、いい加減先生も俺のことほっといてくれないかなぁ~。にしても今日は変な夢見たような、なんか女の子とでっかいドラゴンが戦っていたような。
なんていうことを考えてたり考えてなかったりする。
「お前は授業を貴重な睡眠時間か何かと勘違いしてるんじゃないか?」
「あはは……そんな訳ないじゃないですか」
「次の定期考査はそんなので大丈夫なのか? じゃあ続きを始めるぞ。この式を分解すると……」
はあ、言い訳になるけど最近寝れない日が多いんだよなぁ。ゲームのし過ぎっていうのもあるんだけど、熱があるときに寝ようとしても中々寝付けないってことあるだろ? そんな状況が続いてるからな。
今更だけど軽く自己紹介。名前は城島翔。高校二年生だけど早生まれだから16歳。いつかリア充になれることを願ったただのオタクだ。特技はこれと言ってはないけど、実家が武道の家で俺も師範代、俺の爺ちゃんの稽古を受けている。
あ、もう一つ趣味ができた。それはライトノベルを読むことだ。あれは現実離れしているけど内容が面白いのでその世界にどんどん引き込まれてしまう。ライトノベルがきっかけで俺はオタクになったといっても過言ではない。
「あ~、異世界に行ってみたいなぁ」
「城島君ってそんなに異世界に行きたいの?」
えっ、今の誰かに聞かれたのか!? って、この聞き覚えのある声はあいつだな。
「なんだエルかよ。……今の聞いてたんだよな?」
「うん、とても小さい声で『あ~、異世界に行ってみたいなぁ』ってカッコつけた感じで言ってたよ」
「いやカッコつけてないし!」
「はいはいそうだねー。早く板書写さないとまた先生に叱られちゃうよ?」
いま話しかけてきた小生意気な奴は俺の幼馴染のエルだ。エルは日本とロシアのハーフらしい。髪は銀髪で背は少し小さいほう。幼馴染の俺から見てもエルはこの学校で1番かわいいといえるだろう。にしても銀髪って珍しいよな。あと、こいつは少々変わった特技を持っている。どんな特技かというと、とてつもなく勘が鋭い。
初めて聞いた人は「はぁ~!? こいつ何言ってんの? つーか勘だったらいつも試験の時に鉛筆転がしして百発百中の俺のほうが凄いし」となると思う。……流石にそれはないか、でも俺だってはじめは似たような考えだったんだ。でもとある経験から俺は信じるようになった。
それは6年前の春……
その頃俺とエルは小学生で一緒の学校でクラスも一緒だったんだ。家もすぐ近くにあるから帰り道も同じで普段から一緒に帰っていた。あー、小学1年生の頃は手をつないで歩いてたっけ。今思い返したら恥ずかしいな! ……話の続きだ。
「ねえ城島君、一緒に帰ろ」
「別にいいけどさ、なんだよ急に。いつもなら何も言わずについてくるくせに」
「まあ、別にいいじゃん。今日はたまたまそういう気分だっただけだよ」
「わかったよ。じゃあ早く帰ろうぜ」
……普段の何気ない一日、この日もいつも通りの日を過ごすものだと思っていた。今思えばその時のエルは普段より落ち着いてなかった。その日エルは突然回り道をして帰ろうと言い出した。何で今日に限ってこんなことを聞くのだろうと俺は疑問に思ったが、まあいつものことかと割り切ってエルの言うことに従った。
「では次のニュースです。昨日の午後5時にトラックが民家に衝突するという事故がありました。幸い、怪我人はでていないようです。現場から中継をお願いします」
「はい、こちらが事故現場です。トラックの運転手も怪我をしておらず……」
「え、嘘だろ……。学校のときの登下校の道じゃん!?」
ふと何気なく親がつけっぱなしだったニュースをみていると俺たちの通学路で交通事故が発生したというニュースが流れてきた。そしてその時間が丁度俺たちが普段帰っているときくらいの時間だった。その道は車がほとんど通らず、道幅もとても狭いんだ。もしエルと普段の道で帰ってたら俺たちは死んでたかもしれない。
後でエルになんで遠回りして帰ろうとしたのかを確認をしてみたら、この道で帰ったら嫌な事が起こるかもって思ったからと答えた。果たしてこれが勘が鋭いのかと言われたらなんとも言えないし、むしろ未来予知じゃないのか? と言いたくなるが、とにかくすごいのは確かだ。
他にもエルの勘が当たるときが結構あり、エルの友達は皆そのことを信じるようになった。テストの点数や明日の天気のこと、先生が病気になる日などくだらないことをあてることのほうが多いけどな。俺もこういう能力が欲しい! と思ったことが何回もある。これさえあればテストの点数で満点とることができるしな。でも神様はそう都合のいい能力を与えてはくれないようだ。
ちなみにもし特殊能力を手に入れられるならどんな能力がいいかをエルに聞いてみると、どんなにご飯を食べても太らない能力がいいとのこと。実に女の子らしい願いだよな~。……あれ? あいつもうその能力だったらもってるような?
そんなこんなで今日も頑張って地獄の6限授業を乗り切った。もちろん全ての授業を睡眠と妄想に費やしたけどな。さて、今日も張り切って下校しましょうか。
「おーい、城島君ー」
「ん、どうしたエル?」
「ごめん、今日友達と一緒に帰ろって誘われてるから一緒に帰れないの」
「いちいち僕に報告しなくても……ま、わかった。気をつけて帰れよ」
「はーい城島君もね」
エルが友達と帰るなんて珍しいな。気になる男でもできたのかな~って何言ってんだ俺? 発言が完全におかしくなってたな。俺はエルの彼氏でもなんでもないのにな。……とっとと帰ろ。
俺はこの時こんなことになるなんて夢にも思わなかった。少しまわりに注意していればよかったのにと今でも思い出すときがある……いや、これは必然だったのかもしれないな。
普段と何も変わらない帰り道。最近一人で帰るのが少なかったのでなんとなく独り言をブツブツと呟きながら歩いていた。
「今日は親が帰ってくるの遅いから久々にゆっくりゲームができるぞ! でもその前に買っておいたラノベの最新刊でも読もっかな~。前回丁度いいところで終わったから一か月待つのが本当にきつかった~」
「っおい! 頼む、避けてくれー!!」
「え?」
叫び声が聞こえたその瞬間体には激しい衝撃が走り、頭を道路で強く打ってしまった。頭の痛みがどんどん増し、体が思うように動かない。
ん? 何が起こったんだ? ……血? っえ……痛っ!!
「がっ、ひゅっ、っあ・・・あああっ」
「早く! 早く救急車を呼んでくれ!」
やべぇ、死ぬほど痛い。それになんか寒い。まわりがぼやけてて自分がどうなってるのかよくわかねぇ。
そっか、俺トラックとぶつかったんだ。もしかして死んじまうのか……凄い血の量がでてる……
くそ、まだやりたいこと沢山あるのに。死ぬ前に走馬燈が見えるなんて嘘じゃないか。指先から感覚がなくなって寒くなってきたな。
あーあ、何か考えるのもつらくなってきた。
今、エルは何してるんだろ? せめて俺の分まで生きてくれよな……
体が重くなってきたな。
もういいや、
……眠ろ。
何だろうこの胸騒ぎ? 今までに経験したことのない、何か悪いことが起きそうな気がする。
「エルちゃん、難しい顔してるけどどうしたの?」
「あっ、ごめん。なんでもないよ」
「もしかしていつもの勘?」
「うん……何か嫌な予感がするの。大事な誰かが危険な目に合ってるような」
「えっ、それってもしかして城島君とか?」
「そんなニヤニヤする必要ないでしょ! まあ、そうかもしれないし、詳しいことは何もわからないけど」
「そんなに心配なら今すぐ行ったほうがいいわよ、後悔しないうちに。未来の旦那さんをほっとくなんて駄目でしょ!」
「もう、だからそんなんじゃないんだってば! ……でも本当にごめん、城島くんの様子を見てくる! また今度埋め合わせするから!」
お願い城島君、無事でいて!
少女は懸命に走った、たった一人の幼馴染のために。あの頃の身体能力も記憶も持っていないがそれでも懸命に。
エルネスが6年前のあの道に到着すると、救急車と大勢の住人がいた。あたりには血が飛び散っており、悲惨な光景となっていた。担架には人が乗せられていて、救急車の中に運ばれる寸前だった。
「あれって、城島君? ……嘘っ嘘嘘! なんで! 城島君っしっかりして! お願い、死なないで!」
「もしかして君はあの子の友達かい?」
「はい! 城島くんの幼馴染です! お願いします、彼を助けてください!」
「ああ……もちろん我々も全力を尽くすよ。彼のことを詳しく知りたいんだが、あっちで少し話せるかい?」
「わかりました、よろしくお願いします!」
この瞬間、彼女は前世のことを少しだけ思い出した。血・戦・友そして『死』。昔の記憶が徐々に彼女と混ざり合い一体化しようとしている。
少女はある程度彼のことを説明すると、ひたすら彼の無事を祈り続けた。だが、
「18時16分、死亡が確認されました」
告げられたのは非情な宣告だけだった。
エルネスはただただ泣き続けた。あの頃と同じくまた助けてやれなかったと。自分の無力さを恨み続けた。そして少女は誓った、強くなると。いかなる状況でも全員を助けることができるほど強くなると。
これは世界の始まりと終わりの物語。歴史に『終焉の厄災』の名を刻む日は、近い。
事故の次の日、故障したトラックやショウの死体・壊れた民家などは全て何事もなかったように全てが元通りになっていた。初めはニュースでも平成最後の怪事件としてメディアに取り上げられていたが、3日も立たないうちに皆の記憶から消えていった。それはクラスメイトも同様で、ショウの両親でさえショウのことを忘れてしまっていた。・・・いや、記憶が改ざんされていた。
そう、たった一人を除いて