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エピソード2:ニセモノの感情②

「あと1つ、とても大切なことを伝えておいていいかな。ケッカちゃんと政宗君の、今後に関することなんだけどね」

 右手の人差指を立てて言った聖人の言葉に、名指しされたユカと政宗はそれぞれに息を呑んだ。

 2人の『今後』に関することだと前置きされているということは、ユカの体調に関することだと思う。けれど、だとすればこの場にいる聖人以外の4人に伝えておくべき内容だとも思うし、わざわざ前置きをしてもったいぶる意味が分からない。

 聖人はまず、困惑するユカを見据えた。そして……立てた人差し指をそっと下ろすと、机の上で両手の指を交差させて……言葉を続ける。

「自分の憶測が正しければ……『生命縁』が傷つく前のケッカちゃんは、自分や蓮君、倫子ちゃんと同じ、『縁由』という素質を持っていたんじゃないかと思うんだ。それが、『生命縁』が傷ついたことで変質して、毒素になってしまった。自分はケッカちゃんの過去を知らないんだけど……『縁故』になる前、誰かに激しく拒絶されたり、逆に、誰かに強く執着したりされたこと、なかったかな?」

「拒絶に、執着……」

 聖人の言葉を唇で反芻したユカは、無意識のうちに、膝の上の両手を強く握りしめていた。


 彼の言葉には……心当たりが、ある。

 拒絶に執着、それらが『過度に』『行き過ぎた』『ケッカ』――自分はこの能力を手に入れたのだから。


 ユカの無言を肯定だと解釈した聖人は、「今はそれ以上言わなくて大丈夫だよ」とやんわり伝えた後、その視線を政宗へ移した。

「さっきも少し話をした通り、6月、体に異常をきたしたケッカちゃんは体内から毒素を出し続けていて、統治君や自分は、あまり一緒にいられなかった。唯一、一緒にいられたのは政宗君だけど……政宗君は元々、ケッカちゃんから出ていた『縁由』と相性が良かった(・・・・・・・)んだろうね」

「相性、ですか……」

「そう。それこそ――ずっと彼女のことが忘れられないくらいにね」

 政宗の背中を、嫌な汗が滑り落ちていく。

 先程から聖人は、どうしてこんなに回りくどい言い方をしているのだろう。

 まるで……真綿で首を絞められているかのよう。

 嫌な予感がする政宗は、膝の上で両手を握りしめて、聖人の言葉を待った。

「『縁由』は倫子ちゃんみたいに、強すぎると無意識に『遺痕』を呼び寄せることになってしまうけど……自分がこれまで接してきたのは、生きている人間同士で必要以上に執着や拒絶が発生して、人間関係がこじれてしまうパターンかな。政宗君やケッカちゃんも、特定の人と『生理的に合わない』ってあると思うけど、これも『縁由』が関係していると思っているんだ。まだ明確な根拠はないけどね」

「伊達先生、話が見えません……つまり、どういうことですか?」

 たまらずに政宗が口を挟むと、聖人は彼らは正面に視線を向けて……一度、軽く目を閉じた。


 これはどうしても、伝えておかなければならない。

 そのためならば自分が悪人になっても構わない。これ以上の『犠牲』を出すわけにはいかないのだ。

 例え――自分の言葉が、彼の10年間を、根本的に否定するものだとしても。


「つまり……政宗君が『今後もしもケッカちゃんを好きになったとしても、それは彼女が持っている素質に起因する可能性が極めて高い』、って、ことかな」

「――っ!?」


 次の瞬間、政宗は椅子を蹴って立ち上がった。震える両手を机の上で握りしめ、見開いた目で聖人を見つめる。

 事情が上手く飲み込めていない統治と櫻子にも、聖人の言いたいことはよくわかった。


 政宗がユカのことを好きになるのは、『彼女にその素質があるから、当たり前』。

 彼の恋心は全て――政宗の意思とは関係なく、彼女と出会った瞬間から、最初から、『自分の意思とは関係なくこんな結果になる』、と、言っているのだ。


 ――そんなことない。

 頭の中の『自分』が否定する。


「俺は……」


 ――本当に、そんなことないの?

 頭の中の『誰か』が、疑問を投げかけてくる。


「俺は……そんな、ことは……!!」

 聖人の言葉を受け入れたくなくて、政宗は必死に頭を振る。

 ユカはその様子に、首をかしげることしか出来なかった。

「政宗……そげん取り乱して、どげんかしたと? そげん驚くことやか?」

「え、あ……」

 彼女の声かけに我に返った政宗は、自分を見上げる彼女を見つめ……ユカに一切の動揺がないことに、言いようのない寂しさを感じた。


 ユカは、『政宗が自分のことを好きな可能性』など、一切頭にないのだろう。

 だって、彼女(ケッカ)は……政宗のことなど、特別には思っていないのだから。


 だから……聖人の言葉はあくまでも『仮定』、未来に『起こりうるかも知れない』、可能性の1つだ。

 政宗は呼吸を整えながら椅子に座り直し、聖人を見据えて問いかける。

「俺が……『もしも俺がケッカのことを好きになっても、それは彼女が持つ『縁由』に刺激されただけの勘違いだ』……そう、言いたいんですか?」

「そうだね、その可能性が高いと思っているよ。勿論、その感情を愛情と呼んでいいのかもしれないけど……『政宗君の独りよがり』になるんじゃないかな」

「俺の……独りよがり……」

 先程から辛辣になる聖人の言葉に、たまらず統治が口を挟む。

「伊達先生、どうして今、そんな話をするんですか? 仮にそうだとしても、それは佐藤と山本の問題です、俺たちには――」

「――関係ない、そう言いたくなる気持ちも分かるよ。確かに統治君の言う通りだし……『自分もそうだった』からね」

 統治の言葉を遮り、聖人は微かに首を横にふった。

 そして、顔に疑問符と困惑しかない4人へ――この話の『核心』を語る。

「『縁由』は『縁故』能力と違って、制御することが出来ない。脳に直接作用する麻薬みたいなものかもしれないね。そして……行き着く先はおおよそ、『過度な独占欲』か、『行き過ぎた拒絶』なんだ」


 ――その実例を、聖人はよく知っている。

 それは彼が、『縁由』と名付けたこの素質に至るまでの、そして……友人と疎遠になり、名杙家との関係が始まることになった、『伊達聖人』という『名前』が生まれた、そんな昔話だ。


「一度事務所で、華蓮ちゃん……蓮君が倫子(みちこ)ちゃんを裸眼で見て、制御不能になったことがあったよね。流石に覚えてるかな」

 聖人の言葉に、ユカと政宗はそれぞれに首肯した。

 それはつい先日、強力な『縁由』持ちの少女・阿部倫子(あべみちこ)を『仙台支局』に呼んだ時のこと。

 倫子の持つ力は、時に人間に対しても強力な魅力(チャーム)になる。事務として働いている片倉華蓮――名波蓮が、まさにそれだったようで。普段は眼鏡をかけることで、覚醒した『縁故』の能力をシャットダウンしているけれど、眼鏡を外して倫子を認識すると、一気に理性が揺らいでしまうのだ。


 その時は、政宗の軽率な判断で……蓮と倫子を居合わせてしまって。

 そして、不幸な偶然が重なった結果――彼の暴走を引き起こした。


「――邪魔をするなぁっ!!」


 政宗を凄まじい眼力で睨みつけ、咆哮とともに振りほどいたその力は……普段の蓮からは想像も出来ないほど。

 結局その時も、聖人の力添えで事態を終息させて……後ほど改めて、厳重注意を受けたのだ。

「自分はかつて、『縁由』の『相性が良すぎた』ことで……『縁由』持ちだった実の妹を拉致監禁した人物も知っているよ。人間の理性と関係ないところで暴走することがあるのが『縁由』なんだ。政宗君……心当たりはないかな?」

 聖人の指摘に、政宗の心臓がギクリと嫌な動き方をする。


 心当たりがある、

 6月のあの時、一時的にユカと両想いになった政宗は……自分を拒絶しないユカと、男女の関係を持ったのだから。


「今夜はこのまま、俺と……ずっと一緒にいてくれないか?」

 その質問に、ユカは10秒ほど考えた後……首を縦に動かし、その詳細を尋ねる。

「うん、別にいいけど……一緒にゲームでもすると?」

 首を傾げて真顔で尋ねるユカに、政宗は若干目を泳がせつつ……もしかして彼女はもっと遊びたいのだろうかと、彼女の意見を聞いてみることにした。

「まぁ、ユカが一緒にゲームをやりたいなら付き合うけど……」

「え? じゃあ、政宗は何がしたいと? あたし、この部屋にあるオセロで対戦したいのかなーって思っとったけど」

「いや、オセロ小説は書き手を爆発させるからやめたほうがいい」

 真顔で首をふる政宗に、ユカはますます顔をしかめた。

「オセロじゃなか……分かった!! 人生ゲーム!!」

「いや、その……というか、ゲームから離れてくれ」

「ゲームじゃなかと!? えぇー何だろう……」

 テーブルの下で絡めた指で遊びながら、ユカがどこか楽しそうに、トランプや映画鑑賞など、色々な可能性を好き勝手に呟いていく。

 そして、困惑する彼を上目遣いで見つめると、嬉しそうに微笑みながらこう言った。

「嬉しいなぁ。今日の夜は、政宗と一緒に何が出来るんだろ……ねぇねぇ、何か考えとるんやろ? そろそろ教えてよ」

「それは……」

 政宗は答える代わりに、テーブルの下で繋いでいた指を解き、その手を直接、ユカの膝の上に置いた。唐突な変化にキョトンとしている彼女の表情を注視しつつ、その手をより、ユカの方へ近づけようとして……迷いが、生じる。


 先ほどまでは迷うつもりなんてなかった。ユカと思いが通じ合えているうちに、恋人同士がやることを全部やってしまいたい、そんな考えで動いていたけれど。

 目の前で、それはもう無邪気に笑う彼女の姿を見ていると……自分がいかに俗物的で、下世話な人間なのかというのがよく分かる。


「政宗?」

「ユカ、その……」

「もしかして、もっとあたしに触りたかったりすると?」

「えぇぇ……!?」

 割と的確に言い当てられ、政宗は思わず間の抜けた声を出した。そんな彼の態度で自分の考えが正しそうだと悟ったユカは、苦笑いを浮かべて肩をすくめる。

「実は……昨日は伊達先生に、今日は富沢さんからも、同じこと言われたんだ。政宗が必要以上にあたしに触ろうとしたり、実際に触ってきたら、何かよからぬことや、いかがわしいことを考えとるけん気をつけてって」

「……」

 間違いない事実すぎて何も言えない。露骨に視線をそらす政宗をからかうように、ユカは明るく言葉を続ける。

「2人が何言っとるのか分からんかったけど、本当にこげなことあるんやね。政宗、今まではあたしからじゃないと、何もしてくれんかったとに」

「……悪かったな、自分から何も出来なくて」

 こうなったら事実すぎて開き直るしかなかった。そんな彼に対して首を横に振ったユカは、一度息をついてから……彼を真っ直ぐに見つめる。

「ううん、それは……政宗が色々と迷っとったからやけんね。でも、今は違うってことは、もう迷ってないってことやもん。それは……あたしでもいいってことやから」

 ユカはそう言って、膝の上にある彼の手を今度は自分からそっと握った。そして、もう片方の手をテーブルの上に出してから、政宗の方へ向けてその手を伸ばす。

「じゃあ、あたしからも1つお願い。政宗にして欲しいことがあるんやけど……」

「ユカ……?」

 とりあえずテーブルの上でも彼女の手をとった政宗に、ユカが俯きながら……小声で、その願い事を呟いた。

「……キス、してほしい、かな」

「きっ……!?」

 刹那、耳まで赤くなった政宗が目を見開いてユカを見つめる。そんな彼の反応を予想していたのか、ユカは繋がった手に力を込めると、彼を再び真っ直ぐに見つめた。

「だって、好きなんやもん。好きな人とキスしたいって思うのは……ダメ?」

「いや、ダメじゃないぞ、ちっともダメじゃないんだ」

「じゃあ、なんでそげん……困ったような顔しとると?」

「ユカ……」

 どこか悲しそうなユカに問い詰められ、政宗は言葉に詰まる。

  彼女に嘘はつけないし、つきたくはない。ただ……今の彼女に政宗の気持ちを伝えても、果たしてどこまで理解してもらえるのか。

 政宗はしばし考えた後、繋いでいる両手を一度、強く握った。


 ユカの願いを叶えることは出来る。

 でもきっと、それだけでは終われそうにない。

 ユカは何も知らずに受け入れてくれる、それが分かっていて彼女を利用するのだ。

 余裕なんてない、むしろこれからの行動によって、ユカがもっと困ってしまうことになると、政宗自身がよく分かっているけれど。


「ユカ、その……今から俺がやること、嫌になったら嫌だって言ってほしいんだ。そしたらすぐにやめるから」

「う、うん……分かった……?」

 実際にはちっとも分かっていないのだが、彼の真剣な雰囲気に流されたユカがとりあえず頷いて。

 彼女の首肯を承諾だと捉えた政宗は、そのまま強く――互いの指を絡めた。


 あの時はただ、幸せだったのに。

 幸せな時間が続かないことは分かっていた、その上で彼女を求めて、受け入れてもらえたことが……何よりも、嬉しかったのに。


 確かに、ユカと両想いになってのぼせ上がっていたとはいえ、10年間の記憶がない彼女(ユカ)を抱いて、そのことを目の前の彼女(ケッカ)には黙っていた。

 だから今日、支局内で拒絶されたことは分かっている。これに関しては政宗に非があることも理解している。

 ただ、今は――そんな彼の行動全てに『理由をつけられてしまう』、それがとても怖い。


 無言になった政宗を横目で確認した聖人は、ユカを見つめて問いかける。

「ケッカちゃんは、6月の時のこと……全部、思い出したのかな」

 その問いかけに、ユカは首を横に振った。

「全然です……全部、すごく断片的で、まだもやがかかっとるみたいな感覚で、あの写真を見たら自分だってことは分かったっちゃけど……」

 言いよどむユカに「そうなんだね」と声をかけた聖人は、こう言って話を終わらせた。

「10年間、物理的に離れていたのが良かったのかもしれないね。今のところ、ケッカちゃんと政宗君の関係は良好だから、このままでいいと思うけれど……もしも政宗君がケッカちゃんの行動を過剰に制限したり、周囲の話を聞かなくなったりしたら、自分に教えてね」

 この言葉に、ユカは無言で頷くことしか出来ず……俯いて、両手を握りしめた。

 「10年間離れ離れだったことが功を奏した」――それが事実だとしても、政宗や統治のことは忘れたことがなかった。


「……あたしもいつか、宮城で働きたい」

「約束の証だ。いつか一緒に働くことと……まずはいつか2人で、ケッカに宮城を案内するって」

 あの時の言葉を、3人の約束を、隣にいる彼は、ちゃんと守ってくれたのに。

 折角こうして会えて、同じ場所で働けるのに。

 それが悪しきこと、由々しき事態だと言われた気がする、それが……とても寂しいし、目の前の聖人に対して憤りを感じてしまう。

 けれど、聖人の言っていることには色々と思い当たること、過去と照らし合わせて納得出来るポイントも多いため……頭ごなしに聖人を否定出来ない。

 そんな自分が、とても悔しい。


 彼女の隣に座る櫻子は、正面にいる統治と目線を合わせると……そっとユカの肩に手を添えて、優しい声音で問いかける。

「ユカちゃん、あまり無理をすると体に触ります。色々とお話が立て込んでいて、整理する時間も欲しいかと思いますので……今日はもう帰りますか?」

「あたしは……」

 櫻子の問いかけに、ユカは顔をあげて彼女の顔を見た。

 そして、櫻子がいつもの笑顔で頷いたこと、統治もまた、同じ意思であることをを確認した後――首を一度縦に動かして、呼吸を整える。


 色々なことがありすぎて、情報が多すぎて、自分の中でまだ分からないことも多いけれど。

 でも……今ここで逃げたところで、何も変わらないことは、容易に予想出来るから。


 ユカは静かに帽子を脱ぐと、耳の下で結っていた髪の毛を解いた。そしてゴムや帽子を机上に置いた後、聖人を見据えて――口を開く。

「とりあえず、伊達先生の言ってくれたことは……いくつか、思い当たることがあります。でも、まだもう少し、確認したいことがあるので……今から、政宗と2人で話をさせてください」

 この言葉に、政宗が軽く目を見開いて彼女を見つめる。

 視線の先にいたユカの横顔は、いつも通り……彼がずっと恋い焦がれていた『はずの』、意志の強い横顔だった。


挿絵(By みてみん)

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