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エピソード8:彦星様の願い事③

 8月8日、仙台七夕まつり最終日の、18時30分頃。

 2人で最後の巡回に出てきたユカと政宗は、相変わらず人の流れの絶えないマーブルロードおおまち商店街を歩きながら……何となく周囲に気を遣って、互いにも気を遣って歩いていた。

 付かず離れず、と、言ったほうがいいかもしれない。いつもであればユカが政宗の服を引っ張って甘味処へ引きずり込もうとしたり、政宗がそんなユカの帽子を上から押さえて苦言を呈したりするのだが……そんな気配も特になく、政宗が決めたコースに従って歩き続ける。

 ユカは七夕飾りの下をくぐりながら……とりあえず何事もなく祭りが推移していることに安堵した。

 これまでの報告でも、特に問題はないということだった。とはいえ、盆に近づいている今、鎮魂の意味も持つ七夕まつりでこれ以上何事もないとは限らない。ユカが警戒しながら七夕飾りの下をくぐった瞬間、商店街の突き当りまでたどり着く。

 そういえばこの辺に、心愛たちが作って賞をとった飾りがあるはずだ。立ち止まったユカがキョロキョロと周囲を見渡すと、政宗が隣に立ち、無言で彼女の肩を叩いた。

 そして、自分を見上げる彼女に分かるよう、指で頭上を指し示す。


「あ――……!!」


 ユカが視線を上げた先には、大きな七夕飾りが5つ、横に並んで揺れていた。

 上部は和紙や紙花で飾り付けられた大きなくす玉があり、その下にたなびく10本の吹き流しは、全て折り紙の鶴で作成されている。さながら千羽鶴のようだ。

 くす玉と吹き流しを合わせた長さは4メートルほど。色も上から下にかけてグラデーションになるように計算されており、統一感がある。立ち止まって全体を写真におさめようとする人も多く、ユカは邪魔にならないように少し離れた場所から改めてそれを見つめた。

 くす玉の飾り付けは勿論、この鶴を折ってつなげるだけで、どれだけの時間がかかったのだろう。学校から言われてやったことなのかもしれないが、ここまでしっかりやり遂げる根気には素直に頭が下がる。

 ユカもポケットからスマートフォンを取り出すと、全体が分かるように写真を撮影した。そんな彼女の隣に立つ政宗もまた、その飾りを見つめ……目を細める。

「凄いよな……これ、全部手作りなんだぞ」

「本当に凄かね……この鶴折るだけでも時間かかったやろうし」

「ここにある七夕飾りの一つ一つに、作った人の願いが込められてるんだよな。今年も沢山の人に見てもらえて、とりあえず無事に終わりそうで……本当に良かったよ」

 こう言って肩の力を抜いた政宗に、ユカが「お疲れ様」と声をかけようとした、次の瞬間――


 ――視線を、感じた。


「っ……!?」

 2人は同時に目つきを鋭くすると、視線を感じた先を特定しようと神経を集中させる。

 ユカはまばたきをして視界を切り替えようとしたが……目の奥に疲れを感じて、一度では上手く回路が繋がらなかった。極稀に発生する事案だが、よりによってこんな時に発生するなんて。

 焦りが、募る。

「こげな時にっ……!!」

「ケッカ?」

「何でも無い、いける」

 ユカは冷静に呼吸を整えると、落ち着いて瞬きをして世界を切り替えた。そして、政宗と共に周囲を見渡して……心愛たちが作った飾りを見上げている少年を発見する。

 対応をどうするか確認するために政宗を見ると、彼は無言で首を縦に動かした。

 彼の反応を確認したユカはポケットからハサミを取り出すと、右手に静かに構えて――前を、見据える。

「政宗……写真、頼める?」

 ここまで何も出来なかった。せめて最後くらい、何か役に立ちたい。

 そのまま歩きだそうとしたユカを、政宗の右手が制した。

「――駄目だ」

「政宗!?」

 ユカが非難じみた声をあげると、政宗はそんな彼女を冷静に見下ろして、現状を指摘する。

「お前……今、切り替えが一度で出来なかっただろうが。そんな状態のケッカを俺が前線に出すと思ってるのか?」

「それは……」

 流石に政宗を欺くことは出来なかった。反論出来ないままユカが口をつぐむと、政宗はそんな彼女の頭に、静かに手を添えた。

「写真撮影、頼むな。あと、周囲に他の『痕』がいないかどうか確認しておいて欲しい」

「……分かった」

 納得は出来なくても、彼の指示には従わなければならない。ユカは釈然としない表情のまま頷くと、ハサミを片付けて、スマートフォンを操作して『痕・遺痕』撮影用のアプリケーションを起動した。

 政宗はスーツの上着のポケットに入れているハサミの位置を確認してから、いつでも取り出せるようにポケットに手を入れる。

「行くぞ」

 そう言って歩き出す政宗の半歩後ろに続くユカは……肝心な時に、自分がこの場で役に立てなかったことが、とても悔しかった。


 政宗は静かに少年へ近づくと、彼と視線を合わせる。

 年齢は小学6年生くらいだろうか。薄汚れて濡れている長袖シャツと半ズボンからは痩せた手足が伸びており、足元にはサンダルを履いている。

 周囲の人は上を見て移動を続けているので、飾りの近くで立っている政宗には見向きもしない。とはいえ、この場に人が多すぎることに変わりはないので、政宗がどう対応しようか思案していると……少年の方から政宗に虚ろな視線を向けて、低い声で問いかける。

「……お兄さん、僕が……見える、の?」

 雑踏に紛れて消えてしまいそうなほどか細い彼の声に、政宗は一度だけ首肯すると……目を細めて、残った『縁』の位置を確認した。

 残っている『関係縁』は、少年の右手から一本。半分透けているほど色が薄く、放っておいてもいずれ消えてしまうとは思う。

 政宗はそれらも加味して……昨日の例もあるし、これだけ人通りがある中、動く気配のない『痕』を放っておくわけにはいかないという判断を下した。

 今のところ、政宗と彼との距離は3メートルほど。もう少し近づかないと切れそうにないし、声も少し聞き取りにくい。

 少年は政宗を見上げ、朧な眼差しと共に首を傾げた。

お姉さん(・・・・)……知らない?」

「お姉さん?」

「うん。僕と……この間まで、一緒にいてくれ、た、お姉さん。手を、つないで……くれて、公民館、か、ら、走って……怖くないよ、大丈夫だよって……」

「公民館……走る……」

 政宗は彼の言葉を反すうしながら、チラリと周囲を見渡した。はたから見ると、政宗が1人でブツブツ言っているようにしか見えないので、あまり対応を長引かせるわけにもいかない。

 すると、彼の隣に並んだユカが、政宗を見上げて首を縦に動かした。それはしっかりと役目を完遂したという合図。下準備が整ったことを確認した政宗が、改めて彼を見据え、静かに問いかける。

「君……自分の名前は覚えてる?」

 その問いかけに、少年は静かに首を横にふった。これだけ縁の色が薄ければしょうがない、むしろよく喋れている方だと思いつつ……別の情報を引き出してみることにする。

「じゃあ、他に何か覚えていることはあるかな? お姉さんに関することでもいいけど」

 政宗の言葉に、彼はゆっくりと頭上を見上げる。

「おまつり……お姉さんも、弟と来たことあるって……話……」

 そう言って飾りを見上げる彼は、うつろな眼差しで……風になびく鶴を見つめていた。


 政宗は彼にコチラへの関心も敵意もないことを確認して、更に距離をつめる。

 そしてポケットから静かにハサミを取り出すと同時に、漂っていた『関係縁』を掴んだ瞬間――政宗の手の中で、『関係縁』が消えた。


 珍しい現象に、ユカもまた軽く目を見開いた。見た目通り、少年に残っていた『関係縁』は非常に脆かったのだろう。むしろその状態でよく今まで消えなかったものだと感心してしまうほどに。

 政宗は頭上で揺れる七夕飾りを見上げると……目を軽く閉じて、静かに呟いた。


「――ご愁傷様でした。どうか、安らかに」


 この声が届いて、彼が安らかに眠れますように――七夕まつりの夜空に、そんなことを祈りながら。

 

 その後、周囲に他の『痕』がいないことを確認した2人は、人が集まる勾当台公園の方へ移動を開始した。ユカは隣を歩く政宗を見上げ……先程の彼について問いかける。

「ねぇ政宗、さっきの子……」

「……ああ。俺も少し気になってる。あんなに薄い状態の『関係縁』で、あそこまで相手とのことを覚えているわけがないんだよな……」

 政宗が触れただけで消えてしまう『関係縁』、現世とつなぎとめるだけで精一杯だったはずなのに、彼が、自分の名前を忘れても、繋がっていた相手とのことを覚えていたことが、少し引っかかる。

 口元に手を当てて思案する政宗は、ユカの写真と己の憶測を元に、駆へ身元の照会を依頼しようと段取りを考えていた。そしてふと、商店街の一角に軒を連ねるメガネ屋を見つけて……そういえばと我に返り、立ち止まる。

「政宗?」

 政宗に倣って足を止めたユカが彼を見上げると、政宗はメガネ屋を指差して問いかけた。

「寄ってみるか? ブルーライトをカットするやつ、ケッカも必要だろ?」

「あ……」

 言われたユカもまた、政宗が指をさす方向を見て、事務所での会話を思い出す。そして、どこか複雑そうな表情でメガネ屋を発見した後……静かに首を横に振った。

「……ううん、とりあえずいらん。メガネって邪魔そうやし、支倉さんも入ればあたしの事務仕事も少なくなるやろうけんね」

「食べ物は欲しがるくせに、こういうのは欲しがらないんだな。謙虚なんだか図々しいんだか……」

 こう言ってからかうように笑うと、ユカは決まりが悪そうに視線をそらし、1人で先に歩き始めた。

「ちょっ……ケッカ、待てって」

 慌てて追いかけて隣に並ぶと、ユカは釈然としない表情で前を見据えている。

 政宗はそんな彼女の横顔をみやり、ため息混じりに呟いた。

「……何ふてくされてんだよ」

「別に……」

 指摘されたくなった。

 こんな姿、見られたくなかった。

 ユカが露骨に視線をそらす姿を確認した政宗は、諌めるように言葉を続ける。

「ケッカが俺の立場だったら、今のケッカと同じ状態の俺に切りに行けって言えたか? 俺は――」


「――そげなこと分かっとるよ!!」


 次の瞬間、ユカは自分でも驚くほど大きな声を出していた。政宗が驚きで目を開き、周囲を歩いていた人も、2人に注目しながら通り過ぎていく。

 我に返ったユカは「ごめん」と呟き、自分を落ち着かせるために、長く息を吐いた。


 どうしても、苛立ってしまう。それを彼にぶつけたところで、どうしようもないのに。

 セレナに対して何も出来ず、唯一自信のあった仕事でも……何も、出来ない。

 自分はいつから……こんなに弱くなってしまったのだろう。


 政宗はそんな彼女を見下ろして……一度、呼吸を整える。そして、顔を見ないままユカの右手を掴むと、前だけを見て歩き始めた。

「ちょっ……政宗?」

 彼の歩幅に合わせて、ユカが若干小走りになる。体格差もあって振りほどくことも出来ず、ユカは振り向かない彼の背中を見つめながら……まだまだ彼に追いつけていない自分の小ささを感じて、ため息をついた。


 そして、2人とも無言で歩くこと5分後。

 七夕飾りが揺れて、多くの人が行き交う勾当台公園。そこに並ぶ屋台で仙台牛の串焼き――1本1000円――を買ってきた政宗が、ベンチで待っていたユカにそれを手渡す。

「ほら、ケッカ」

「……」

 ユカは憮然とした表情でそれを受け取った。餌付けされているようで受け取ることに若干の抵抗はあるのだが、塩コショウというシンプルな味付けで炭火焼きされた仙台牛は、近くにあるだけで口内のよだれが止まらなくなる魅力があった。

 無言で一口かじると、口の中に上品な甘さと濃厚な肉汁が広がる。筋張っていることもなくすんなり噛み切れる肉塊は、悔しいけれど……とても美味しい。

 政宗は無言で食べている彼女の隣に腰をおろすと、自分用に買った串にかぶりつき……味を噛み締め、遠くを見つめながら、心からの願望を吐き出した

「あー、ビール飲みてぇ……」

「酒バカ宗……」

「ケッカも20超えれば分かるぞ。って……そういえば今月末だったよな。何か欲しいものはあるか?」

 ユカの誕生日は夏の終わり、8月29日だ。それを知っている政宗は食べ物以外に彼女が欲しいものをリサーチせねばと思いつつ……本人がこの調子なので、有益な情報は何一つ得られていないのである。

 そんな中で訪れた絶好のチャンス。政宗がそう言って彼女を見下ろすと、ユカは口の中で肉を咀嚼しながら返答した。

「……仙台牛1キロ」

「食べ切れるのか?」

 そう言って、政宗は楽しそうに笑うから。

 こんなところに連れてきて仕事をサボっている、彼の意図が……分からない。

「……っていうか何なのコレ!! 仕事中なのにこげなことしてよかと!?」

 ユカの問いかけに、政宗は真顔で返答した。

「何かあったら休憩と言い張るけど知られたくない。だから統治には絶対言うなよ。ケッカもそれを食べた時点で運命共同体だ」

「支局長が率先して道を踏み外しちゃいかんやろうもん……」

 政宗の態度に盛大なため息をついたユカは、二口目を口に入れて……抗えない幸せで体内を満たす。

 そんな彼女を見下ろしながら、政宗は目を細めて……優しい声で言葉を続けた。

「さっきに話の続きだけど……その、誕生日、何かプレゼントさせてくれないか? ケッカの20歳、ちゃんとお祝いしたいんだ」

 政宗の言葉に気恥ずかしくなったユカは、苦笑いを浮かべて首を横に振る。

「別によかよ……祝ってもらうような歳じゃないし」

「何言ってるんだよ。酒が飲めるようになるんだぞ。めでたすぎるじゃないか」

「政宗の基準がどこまでもアルコールなことにはもはや突っ込む気にもならんね……」

 ユカが彼にジト目を向けると、政宗は悪びれることもなく胸を張って……。

「誕生日は、ケッカが生まれて……ここまで生きてきたことをお祝いしていい日なんだぞ。ましてや20歳の節目に仙台にいるなんて思わなかったから……そこはちゃんとお祝いさせて欲しいかな」


 ――政宗……あたしはここで、『縁故』として生きていくよ。


 10年前の夏、あんな別れ方をして。

 もう会えないと思っていた彼女が、自分に対して生きることを誓ってくれた。


 ――だから……政宗は、あたしの前からいなくならんでね。ずっと、ずっと……『関係縁』、繋いどってね。


 この願いを叶えるために頑張ってきた、そんな10年間だった。

 年に一度の七夕まつりの度に、揺れる吹き流しに願いをのせて。

 遠い福岡とも繋がっている空を見上げて――繋がった『縁』を見て、自分自身を鼓舞してきた。

 そして今、彼の努力を認めるように……ユカは仙台で働くことが出来ている。その事実がとても嬉しいし、福岡で頑張ってくれた彼女に、何か残るものを贈りたい。

 世間では、20歳は大人になる特別な節目だ。その日までに彼女を本来の姿に戻すことが出来なかったのは悔しいけれど、でも……必ず彼女を元に戻す、その誓いを新たにするための、区切りの何かを。


 彼女の意思を問うように見つめると、ユカはこれみよがしなため息をついた後……彼を見上げ、肩をすくめた。

「……好きにすればよかやんね。どうせあたしが何言っても、宴会はするっちゃろ?」

「ああ。そりゃあもう盛大に飲むぞ」

「だからさぁ……」

 どうして彼はいつもこうなんだと思いつつ……ユカはポツリと、胸の中にある思いを言葉にしてみることにした。

 これを伝えれば、諦めてくれるかもしれないから。

「……あのさ、政宗、あたし……その、プレゼントとか本当に何も出てこんで……なんというか、必要なものは自分で買えるし、人に買ってもらうってことが、あんまなかったけんが……」

「そっか、それで?」

「だから、その……誕生日プレゼントは――」

 誕生日プレゼントはいらない、そう言おうとしたユカを遮り、政宗は少し大きな声で、こんな提案をする。

「――じゃあ、何か欲しいものが見つかったら教えてくれ。来年でも、再来年でも……いつでもいいから」

「政宗……」

「急がなくていいよ。ケッカのペースでいい。だから……何か欲しいものを見つけたら、俺に教えてくれ」

 彼が暗に、焦っている自分を励ましてくれていることは分かった。その気遣いはありがたいと思うし、彼が諦めるような性格でないことは、ユカが一番よく知っていることでもある。

 けれど……もしも、この状態が続いたら。

 体が成長できない自分のように、何も見つけられずに迷い続けて、暗闇の中をあるき続けることになってしまったら。


 そんな不安が、消えない。


「でも……いつになるか分からんよ?」

 不安を交えながらこういうと、彼は不安げなユカとは対称的に、楽しそうに笑いながら……ユカに向けてこう言った。

「いつでもいいって言ってるだろ? 忘れたのか? 俺たちは――」


 その言葉の続きには、聞き覚えがある。

 あの夏、2人で福岡の夜空を見た時の約束は……彼女の道標になっている言葉だから。


挿絵(By みてみん)


「――ずっと一緒、やったね」

 そう言って彼を見上げると、政宗がとても満足そうに一度だけ頷くから。

 ユカはそんな彼の優しさに感謝しながら……この言葉をつい最近も彼から聞いたような気がして、記憶の森を探る。しかし、確かなことは思い出せないまま。

 でも、今は自然と……苛立つことがなかった。

 だって、たった今交わした言葉が、一番新しい思い出になって……ユカの中に確かに残っているのだから。

 空を見上げると、仙台の明るい夜空にうっすらと星が見えたような……そんな気がした。

 星空のシチュエーション、と聞いて浮かんできたのは、第3幕(https://ncode.syosetu.com/n2252eb/10/)で10年前のユカと政宗が、2人で会話をしているところでした。ので、当時おがちゃぴんさんに描いてもらったイラストを挿絵として再び使っております。

 セレナに対して残酷な話をすれば、政宗にとって星空の思い出はこの10年前があるので、セレナとどれだけ綺麗な星空を見ても彼女に対して心が動かなかったんだろうなぁ……と、思いました。ひどい男だ。←

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