エピソード8:彦星様の願い事②
翌日、七夕まつり最終日の8月8日。
昨日までの曇り空から一転、カラッと晴れて気持ち良い夏晴れとなった。
そんな日の13時過ぎ、場所は『東日本良縁協会仙台支局』。
一誠、瑠璃子、セレナ、そして駆の4人は、駆がプリントアウトした写真の一覧を見つめ、それぞれに唸っていた。紙面に掲載する写真を2枚、今日の18時までに決めて伝えなければならないからである。
今日は福岡の3人はそれぞれ私服、駆は半袖の白いワイシャツに黒いスーツ用のズボンを着用している。
一誠の隣に座っている瑠璃子が、一覧の中の1枚を指差した。
「んー、セレナちゃんはコレで決まりなんやけどねぇ……」
彼女が指差した先には、セレナが1人、浴衣を着て、七夕飾りの吹き流しを背景にして笑っている写真があった。
後ろには星空を模したパネルがある場所で撮影された、主にSNS用のフォトスポットで撮影した1枚である。
写真の中の彼女は満面の笑み。加えてプロによる撮影ということもあり、いつも以上に際立って印象的に見える。
瑠璃子の前に座っていたセレナもまた、その写真を見つめて、瑠璃子に向けて目を輝かせた。
「そうなんです、1人しか写ってなっくて申し訳ないんですけど、私もそれが好きなんですよー」
「じゃあ、1枚はコレで決定やねー」
そう言って、自分の斜め前―― 一誠の前に座っている駆に視線を向ける。写真をぼんやり見つめていた彼は慌てて我に返り、机においていた赤いサインペンのキャップを開いた。そして、該当の写真に大きく丸をつける。
一誠が何か言いたそうに駆へジト目を向けている中、瑠璃子はそんな一誠を見やり、不意に、彼の脇を肘で小突いた。
「ほら一誠、私達の写っとる写真も選ばんとねー。どれにすると?」
「は? あ、あぁ、そうやな……」
我に返った一誠が机上のリストに視線を落とした。そして、自分と瑠璃子が写っている写真を再び吟味し始める。その様子に……駆は内心、ホッと胸をなでおろしていた。
昨日、仙台についた駆とセレナは、一誠ら3人が食事をしていた大衆居酒屋に合流した。そこで一誠がひたすら何か言いたそうに駆を見ていたが、駆はひたすら女性陣から質問をされて赤面しており、その後『佐藤政宗のここが駄目だ選手権』が始まったので、言いたいことを特に言えないまま、政宗に同情して終わっていたのだ。なお、優勝はなるみのエピソードだったことだけを述べておく。
とにかく、駆がセレナへのアプローチを本格化させたことが面白くない一誠から、シラフで何か言われると思っていたので、瑠璃子が上手く話を逸してくれたことに安堵しかない。
しかし……。
「そう言えば千葉君、セレナちゃんには告白したとー?」
「へぇぁっ!?」
笑顔の瑠璃子から直球ストレートに話題をぶん投げられた駆は、目を極限まで見開いて喉から変な声を出した。
まさかこんなに早く、背中から撃たれるとは思っていなかったから。
「とっ、徳永さ……お、俺は、その、べ、べべ別にっ……!!」
「えー? じゃあ、セレナちゃんとは遊びってことなん?」
「ち、違います!! セレナちゃんのことは本気です!!」
売り言葉に買い言葉で背筋を正すと、口からストレートな言葉しか出てこなかった。
我に返った駆は、生きた心地がしないまま……恐る恐る、一誠を見やる。そして、自分を直視している彼から豪快に視線を逸した。
確かに彼女のことは本気で考えたいけれど、そもそも告白すらしていない。セレナがフラれたのは昨日なので、あまり焦らせたくないし……仮にセレナが自分を好意的に見てくれて、付き合うことが出来たとしても、この『保護者達』がツワモノすぎるのだ。
しかし、2人を同時に前にして自分の意見を言える機会など滅多にない。駆は口元を引き締めると、鳴子峡からバンジージャンプするような気分で、声を絞り出す。
「あ、あのっ……徳永さん、川上さん……!!」
駆が膝の上で両手を握りしめ、改めて2人を見据えた次の瞬間――
「――写真、これでよかっちゃなかとか?」
一誠がリスト内にある1枚を指差した。そこには一誠と瑠璃子の横顔があり、視線の先には、学生たちの有志が作って奨励賞を獲得した七夕飾りがある。
飾りを見つめる2人の横顔はとても穏やかで、また、きらびやかな飾りも8割ほどフレーム内に収まっていた。
瑠璃子が一誠の声に視線を落とし、満足そうに一度頷く。
「うん、私もこれでいいと思う。千葉君、これでよか?」
「あ、はい……分かりました」
駆は慌ててその写真をサインペンで囲った。そして、2枚の下に添えられた識別番号を確認して、職場の担当者にメッセージを送る。
そんな彼の様子を見つめながら……一誠がボソリと呟いた。
「遠距離は……思ってるよりずっとしんどいぞ」
「へ?」
予想外の言葉に駆が間の抜けた声を出すと、隣に座る瑠璃子が笑顔で補足した。
「私と一誠も、仕事の関係で……一時的に離れとったことがあると。まぁ、私達の場合は九州内やったけん、まだ会いやすかったけどねー」
「そうなんですか……」
人には色々な経験があるものだと思いつつ、駆が頷きながら話を聞いていると……駆の隣に座っていたセレナが、「はいはいこの話はオシマイっ!!」と割り込んだ。
「一誠さんも瑠璃子さんも、気が早すぎますよー。続きは今日の夜の食事会でってことで、今は駆っちのお仕事に協力しないと。駆っち、最後のインタビューがあるんやんね?」
そう言って彼を見ると、駆が「そ、そうだった!!」と頷いて、脇に置いたカバンからICレコーダーを取り出した。続いて自分用にメモをとるため、ノートを広げる。
そんな彼の姿を眺めながら……セレナは人知れず息をついた後、あと1日で彼にどんな答えを示そうか……少しだけ近い未来を考え始めた。
一方、衝立の向こう側では……政宗とユカ、華蓮の3人が、それぞれにデスクワークに勤しんでいた。
今日は統治が1日、櫻子に付き添うことになったため、12時からの外回りは統治の代わりに仁義が入り、心愛や環と共に街中を見守っている。政宗の元には、間もなく統治が櫻子を連れてやってくるという連絡が入っているため、15時からの外回りは統治に任せても大丈夫だろう。
先程、13時の定時報告に来た分町ママは、あくびを噛み殺してこんなことを言っていた。
「今日は本当にいいお天気ねぇ……夜はビールが美味しそうだわぁ……」
もはや何の報告か分からない。政宗は「引き続きお願いします」と機械的に告げた後、全てにおいて平和な、のんびした空気が流れていることに……内心、安堵していた。
今は1人、長袖のワイシャツとスーツのスボンという軽装でパソコンに向かい合いながら……斜め前、今は空席となっている統治の席を見つめる。
昨日、統治から……櫻子と結婚を前提に付き合うことになったという連絡が入っていた。朝、出勤時にユカがその話題を政宗にふり、どこか安心したように息を吐いた横顔を見せる。
「思ったより時間かかったけど……統治と櫻子さん、良かったね」
その後もユカは政宗とセレナの話題には触れることなく、政宗からも言い出せないまま……職場に到着して、政宗は午前中外回りに出ていたのだ。そして今は、ユカと同じ空間にいるとはいえ、いつもより早出で華蓮が出勤しているので……あまり個人的な話を出来るような雰囲気ではない。
昼食後のコーヒーを飲み干したユカが立ち上がり、華蓮の背後にあるコーヒーメーカーへ向かおうとして……ボブヘアーのウィッグをつけている華蓮の真後ろで足を止める。
「そういえば片倉さん、心愛ちゃん達の飾りってどこにあると?」
ユカの問いかけに、華蓮は振り向かずに返答する。
「藤崎の角です。仙台駅から真っ直ぐ歩いて、商店街の突き当りになるかと思います」
「そうなんやね。あたし、まだちゃんと見れとらん気がするけんが……今日の夜、のんびり見れるといいなぁ」
一昨日はセレナ達を出迎えて、昨日は取材の後、ひたすら櫻子を追いかけて。七夕飾りの下は何度も行ったり来たりしたけれど、ゆっくり見た気がしないのだ。
カップを棚に置いてコーヒーメーカーのポットから中身を注ぐユカに、華蓮は振り向かずに釘を刺す。
「仕事してくださいね」
「分かっとるよ……」
「あと、書類の訂正今日までですからね」
「わ、分かっとるよ!!」
華蓮の指摘にユカは思わず声を張り上げて、中身を満たしたカップを持ったまま、いそいそと自分の席に戻る。そして、中身を一口すすりながらチラリと政宗を見やり……今日の夜、2人で最後を任されていることに、何とも言えない感情を抱いていた。
親友をフッた仲間と、何を話せばいいんだろう。
統治のこと? それでもいいけれど、いずれ話が終わる。仕事中なのだから無言で対応してもいいのだと分かっているけれど……1つ、頭の中で引っかかっていることがあるのだ。
そう遠くない過去、どこかで……『お祭りも一緒に行きたい』と、彼に頼んだような気がする。
どうして『お祭りも』なのかは分からないが、自分は彼に未来を語って、彼はそれに頷いてくれて、それで……。
何か、大切なことを語った気がする。
ただ……それが何なのか、思い出すことが出来ない。
七夕に願えば……この断片的な記憶も、しっかり思い出せるだろうか。
特に知りたくないことばかりが飛び込んできている今……彼との間にもっと、プラスになるようなことを思い出したい。
どうしてこんなに、色々なことが『ズレている』のだろうか。
「……あれ?」
一瞬、視界がぼやけたような気がしたユカは、目を細めて顔をしかめた。
そういえば、目の奥が少し重たい。
パソコンやスマートフォンの使いすぎかもしれないと思ったユカは、とりあえず画面から視線をそらすと……こめかみを指で押さえてマッサージを試みる。
「んー……」
軽く目を閉じてマッサージを続けるユカを、華蓮は静かに横目で見つめた後……パソコン用のメガネを掛けて仕事をしている政宗を見やる。
「佐藤支局長、山本さんにはブルーライトをカットするメガネは支給しないんですか?」
「え?」
話しかけられた政宗は、顔を上げてユカを見つめ……彼女が眉間にシワを寄せてマッサージしていることに気づき、背もたれに体重を預ける。
「ケッカ、俺たちみたいなメガネ……使ってみるか?」
そう言って自分の眼鏡を指差すと、ユカは「うーん」と思案しながら天井を仰いだ。
「そうやねぇ……使ったほうがよかやか。なんかいきなり事務仕事が増えたからなのか、目が疲れ気味なんよねぇ……」
ユカはそう言って息を吐くと、政宗を真顔で見つめる。
何事かと思った政宗が彼女を見ると、ユカはどこまでも真面目に口を開く。
「眼精疲労には牛タンやろ?」
「一切関係ねぇよ」
政宗が真顔で突っ込みを入れた次の瞬間、衝立の向こうに足音と声が増えて……統治と櫻子が合流した。
セレナの挿絵は、今年のセレナ誕生日に、八紡つづひさんが描いてくださったものです!!
使いたかったので満足でございます……この笑顔がたまらない!! 本当にありがとうございますー!!




