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エピソード7.5:親友

「レナと千葉さんが一緒におる!?」

 時は遡り、8月7日、時刻は19時を過ぎた頃。

 『仙台支局』で仕事をしていたユカは、瑠璃子から入った一報に目を大きく見開いて……思わず大きな声を出してしまった。

 その瞬間、隣で作業をしていた瑞希がビクリと両肩を震わせる。そして、オズオズとユカを見やり……事の真相を問いかけた。

「千葉さんって……駆君のことですか?」

「え? あ、はい……あ、そっか、支倉さんは千葉さんと知り合いでしたね」

 2人が同郷で旧知の仲であることを思い出したユカは、自分を落ち着かせるために手元のアイスコーヒーを一口すすった。そして、瑠璃子からもらった博多通りもんを頬張っていると……手元の書類のチェックを終えた瑞希が、それを封筒の中に片付けながら何度となく首肯する。

「そ、そうなんですけど……あの、どうしてそんなことに?」

「正直、あたしにもよく分からんとです……確かに千葉さん、レナにどことなく気がありそうな感じでしたけど……」

「そうなの!?」

 珍しく声を張り上げた瑞希は、我に返ってユカに何度も頭を下げた。逆に恐縮してしまうユカは彼女をなだめつつ、「あたしの方が年下なんですから、言葉遣いはあまり気にしないでください」と苦笑いを浮かべた。しかし、何がどうなっているのか、全く分からないままである。

 セレナが政宗に告白して、振られて。

 それから数時間後には、違う男性と2人で一緒にいる。しかもそれを瑠璃子から聞くという……何ともよくわからない伝言ゲーム。

 セレナから直接、駆と一緒にいることを聞けなかったことは……少しだけ、ほんの少しだけショックだけど、自分が仕事中ということを考慮して遠慮してくれたのかもしれないから、彼女を責める気にはなれない。

 もしも、もしもセレナが仙台にいる人物と新たに縁を結ぶのであれば……後々色々と小難しい問題に発展しそうだけど、その辺は麻里子が力技でゴリ押しして何とかするだろう。

 今、ユカが一番気になること、それは……。

「あの、支倉さん……千葉さんって、どんな人ですか?」

「え? 駆君、ですか?」

 ユカの問いかけに、瑞希はしばし考え込むと……眉間にシワを寄せて、「むむ……」と、唸り始めてしまった。

「駆君は、駆君は……え、えぇっと……!!」

「は、支倉さん?」

 そんなに深く考えさせるつもりはなかったのだが……ウンウン唸りながら思案する瑞希をハラハラしながら見守っていると、瑞希は目を開き、意を決して、自分の中の結論を告げる。


「か、駆君は、すっごく真面目ないい人ですよ!!」

「……」


 ユカも彼と半日ほど行動を共にして、それくらいは何となく分かっている。

 しかし、これが瑞希の精一杯となると……彼女に更に尋ねたところで、これ以上の答えが戻ってくるとも思えなかった。

 それに、セレナも気が乗らない誘いをホイホイ受けるような人物ではないと思い……たい。今は確かに失恋直後で傷心かもしれないけれど、でも、だからって彼女に都合のいいような男性についていくような、そんな軽い女性ではない……はずだ。

 そう、全て仮定型。確証を持って、胸を張って言えることなど、今のユカには何一つないことに気がつく。


 親友だと思っているけれど、物理的に離れてしまってから……少しだけ、心の距離も離れてしまったのだろうか。何かが、ズレてしまったのだろうか。

 ピントが合わない、そんな焦燥感。


 セレナのことが、見えなくなりそうだ。


「あたし、レナのこと……分かっとらんなぁ……」

 ボソリと呟いて俯いたユカに、瑞希は必死に言葉を探しながら……。

「か、駆君は……私と同じ年齢なんですけど、高校を卒業してから地元を中心にずっと頑張ってて、行動力と思いやりがある人なんです!! は、橋下さんに対しても、きっと、その……ナンパとか、そういうことじゃないと思いますからっ……!!」

 持てる情報を総動員して駆をフォローする瑞希に、ユカは「ありがとうございます」と笑顔で謝辞を述べた後……仕事に戻るため、目の前のパソコンに向き直る。

 そんなユカを確認した瑞希も、そっと、封筒をクリップで止めながら……駆が新しい恋を見つけた気配を感じて、どこか安心したように口元をほころばせるのだった。


 時計は進み、20時20分頃。

 夜の外回りを終えた政宗と統治が、『仙台支局』に戻ってきた。

 事務所内を片付けたユカと瑞希が衝立を越えて、櫻子の様子を確認していた2人に歩み寄る。

「政宗、統治、お疲れ様。何もなかった?」

 ユカの言葉に政宗が反応し、「ああ」と少し疲れた声で首肯した。

「そっちも大丈夫だったか?」

「うん、特に何もなし。とりあえず明日までになったね。ケッカちゃんも朝から働くけんねー」

 こう言っていつも通り笑ってみせるが、ユカ自身も、自分の笑顔はぎこちないことに気付いていた。その理由を察している政宗も、余計な突っ込みを入れることが出来ないまま、何となく空気が流れていく。

 刹那、政宗の向こう側で統治と話をしていた櫻子が、「えっ……!?」と驚いたような声を出した。ユカが何事かと首を動かして2人を見やると……既に事情を知っている政宗が上から情報を捕捉する。

「透名さんは明日の夜まで、名杙預かりになった。要するに経過観察だな。流石に『重縁』状態になった彼女をすんなり帰すわけにはいかないらしい」

「名杙預かり……ってことは櫻子さん、名杙に泊まると? 用意とか何もしとらんやろうに……」

 これまでの話を総合すると、櫻子はこのまま家に帰らず――場合によっては明日の仕事も休んで、名杙の管理下に置かれることになる。明日、一体どうなるのだろうか。

 ユカが櫻子も大変だなぁと思って腕を組んでいると……政宗がそんなユカに、背中を丸めて衝撃の事実を耳打ちした。

「知ってるかケッカ、泊まるために必要なものの実費と、場合によっては明日の分の休業補償……その金は、『仙台支局』が出すんだ」

「え、本当に?」

「あぁ。今回は『仙台支局』関内での事件だったからな……統治が自分の給与から差し引いていいと言ってくれているが、流石に統治1人に負担をかけるわけにもいかない。ぶっちゃけ、透名さん一人分なら何とかなるんだ。後は……」

 こう言ってユカを見下ろす彼に、ユカ自身もニヤリと笑みを浮かべて返答する。

「明日、何事もなく終わらせればいいってことやね。了解。邪魔な『痕』がおったら速攻切っとくけんね」

「それはやめてせめて俺に相談して!?」

 予想以上の暴挙宣言に政宗がツッコミを入れた瞬間……統治の力を借りながら櫻子が立ち上がると、ユカ達の方を見て深く一度お辞儀をした。

「ユカちゃん、佐藤さん、支倉さん、今日は本当にお世話になりました」

 まさか自分の名前まで呼ばれると思っていなかった瑞希が人知れず萎縮する。ユカは櫻子の方へと近づいて、彼女を見上げると……改めて、頭を下げた。

「櫻子さん……今日は本当にご迷惑をおかけしました。ゆっくり休んでくださいね」

 言い終えてから恐る恐る顔を上げると、自分を見下ろす櫻子は、ユカがよく知っている優しい笑顔だった。

「はい、ありがとうございます。ユカちゃんもお疲れ様でした。恐らくまた明日もこちらにお邪魔することになるかと思いますので……宜しくお願いします」

「分かりました。本当に……その、無理しないでくださいね」

 ユカの言葉に笑顔で首肯した櫻子は、統治に付き添われて、先に部屋を出ていった。

 2人の足音が遠ざかっていくことを確認した政宗は一度息を吐くと、ユカと瑞希に向けて指示を出す。

「じゃあ、戸締まりをしたら俺たちも帰るぞ。ケッカは奥のキャビネット、支倉さんは手前で」

「了解」

「わ、分かりました……!!」

 2人が指示通りの持ち場へ移動する様子を見送りつつ、政宗は自席に戻ってノートパソコンで簡単にメールをチェックしながら……明日が無事に終わるよう心の中で願掛けをする。

 祭り最終日には……ずっと、全員が笑っていて欲しいから。


 その後、仕事を終えたユカが、仙台駅の構内でセレナにメールを送ってみると……彼女は今、瑠璃子や一誠、なるみと合流するために、駆と一緒に仙山線を移動をしているという趣旨の返信が届いた。

 急に飛躍した話と増えた登場人物に、その場に居合わせた政宗や瑞希と共に、無言で顔を見合わせることに。

「政宗……この会合は、何なん?」

「どうして俺に聞くんだよ……俺も知らねぇよこんな恐ろしいメンツの飲み会とか……」

「あ、それ、明日瑠璃子さんに言っとくけんね」

 ユカのジト目に政宗が慌てて頭を振り……咳払いをして仕切り直す。

「まぁ、そっちに行きたい人は各自好きにしてくれってことで。悪いが俺は明日も仕事だから帰るよ」

「あたしも流石に今日は疲れたー。支倉さんは一番遠いですし、ほら、さっさと全員でホーム行きましょー」

 ユカはそう言うと、スマートフォンを片付けてパスケースを取り出した。そして率先して改札をくぐると、仙石線のホームへ向けて歩き始める。

 その後姿を見つめた政宗と瑞希もまた、互いに顔を見合わせて……各々のICカードで、自動改札をくぐった。


 ユカは1人、少し先を歩きながら……何となく、セレナは今日、自分の部屋へは戻ってこないのではないか……そんなことを考えていた。


 そんなユカの予想に反して、セレナから「遅くなるけど、そっちに帰ってもいいか」という連絡が入ったのは、21時30分頃。そのメールには、帰宅が23時頃になりそうだということと、明日もユカは仕事だから無理はしないで欲しい、仙台のカプセルホテルに泊まることも出来るという内容を記載されていた。

 ユカはそっと「待っとるけんね」とだけ送って、スマートフォンを裏返す。


 どんな顔で、どんな言葉で出迎えればいいのか……どんな話をすればいいのか、今まで考えたこともなかった問題が降って湧いてしまって……困惑していたから。


 そして、悶々とした気分のまま時間を潰すこと1時間半。パジャマに着替えて帽子も取り去ったユカの部屋に戻ってきたセレナは……いつも通り、とても明るかった。

 

「本当にゴメンね、ユカ……」

 その後、シャワーを済ませたセレナが部屋着に着替え、ベッドを背もたれにしてユカの隣に腰を下ろす。

 ユカは事前にテーブルに用意しておいたお茶を指差しつつ、セレナを見つめ……苦笑いを浮かべた。

「あたしは別にいいっちゃけど……今日の宴会のメンバーはどういうことなん? あたし、未だにわけが分からんっちゃけど……」

「そうなんよ、まさか一誠さん達となるみさんが先に一緒におると思わんかったと」

 セレナはそう言って、ユカが用意してくれたお茶を一口すすった。

 そして、コップを両手で包み……水面にうつる自分の顔を見つめる。

 お茶の水面にうつっている自分は……まだ、ちゃんと笑えそうに見えた。

「……今日、しっかり玉砕してきたよ、ユカ」

「レナ……」

「分かっとった。ムネリンに私の気持ちは届かないって、分かっとったけど……どうしても伝えておきたかったっちゃんね。はっきりフラレてスッキリしたよ」

 こう言ってもう一度自分の顔を見た。まだ……まだ、大丈夫。

 セレナは自分の表情を確認しながら、ポツポツと言葉を続けた。

「ムネリンってさ、本当……反則なんよね。本命以外にどこまでも紳士なんやもん。もー、なるみさんと盛り上がっちゃったよ、『あれはない』って」

 こう言って笑うセレナに、ユカは苦笑いで肩をすくめる。

 今頃彼は、くしゃみをしているかもしれない。むしろしまくればいいとさえ思う。

「あのバカ政宗、いいとこなしやん」

「ちょっとユカ、私もそこまでは言っとらんよ」

 辛辣に切り捨てたユカを、セレナは苦笑いで否定した。そして、もう一度水面で自分の表情をチェックしてから……一度、長く息を吐く。

「本当、もう……なして……」

 セレナは胸に詰まった言葉を吐き出そうとして……目尻にうっすら、涙が浮かんでいることに気がついた。

 見下ろしたお茶の水面が、揺れている。

 それは、自分の視界が滲んでいるからだということに気付いたのは……頬を、涙が伝い落ちたから。

「レナ……」

 セレナの変化に気付いたユカが、戸惑い気味に名前を呼んだ。セレナは慌てて誤魔化そうとするけれど、もう……今のユカに何を言ったところで、ただの言い訳にしかならないだろう。

 静かにカップを置いたセレナは、涙をこらえながらユカを見つめた。


 目の前で戸惑っているのは、『彼』がずっと好きな女の子。

 過酷な運命に翻弄されながら、それでも1人で立ち続ける……そんな、女の子だ。

 そう、彼女はずっと『1人で』いることを選んでいる。だから、彼の好意に気付かないし、今後気付くことがあっても……理由をつけて、見ないふりをするだろう。


 もしも――もしも、セレナと政宗が結ばれていたら、ユカはずっと、『1人』になってしまう。

 自分たちを祝福して、自分の幸せからは目を逸らして、ずっと1人で生きていくのだろう。


 自分の失恋が、親友の孤独を回避したのであれば。

 きっと……この心の痛みにも、立派な意味がある。

 だから、今は……今だけ少し、正直になってもいいだろうか。

 笑顔で隠さなくても、受け入れてもらえるだろうか。


「少しだけでも……なってみたかったな、ムネリンの織姫に」

「レナ……」

「こげな気持ち、未練がましいって分かっとる。ムネリンが私を選ばんことも分かっとったよ。あのね、ユカ……私、ムネリンの前では泣かんかった。頑張って、頑張って、笑ったけん、が……っ……!!」


 今日も1日、笑顔で頑張ったから。

 メイクを全て落とした今は、どれだけ泣いても素顔のままだ。

 だから……何も、取り繕う必要はない。


 次の瞬間、ユカはセレナを精一杯抱きしめた。そして、自分にすがりついて肩を震わせるセレナの背中に腕を回して……胸の中に浮かんだ『正直な思い』を、彼女だけに打ち明ける。


「ごめん……ごめんね、レナ……」


 それが何に対する謝罪だったのか、今のユカにも正直、これ以上明確な言葉にすることは出来なかったけれど。

 ただ……セレナに対して、とても申し訳ないことをしている気分になり、胸が痛んだ。

 宮城に来てくれた彼女に何も出来ず、悲しい気持ちにさせて、泣かせてしまった。いつも笑ってくれた彼女にこんな顔をさせてしまった、その事実が……とても、とても申し訳ない。

「あたし、何も出来んで……レナにばっかり頑張らせて……ごめんね」

 ユカはこう言って、こみ上げてくる涙を必死に飲み込んだ。

 今は、自分まで泣いている場合ではない。そもそも、そんな資格などない。

 ここで泣いていいのは……頑張ったセレナだけだと思ったから。

 セレナはユカのパジャマを握りしめると……首を横に振って、声を絞り出す。

「ユカは……ユカは何も悪くなかと。私が、ね……私が、あの時……」


 あの時――熊本の星空の下で、彼の横顔に惹かれて。

 そして、今は――別の星空の下にいる彼に、惹かれそうになっている。


「あの時……綺麗な星空に、恋しただけやけんね」


 掴みそこねたお星様、これからはそっと、下から見上げて見守っていこう。

 いつか彼が……天の川を越えて、たった1人の織姫のしっぽを掴むことが出来ますように、そんな願掛けをしながら。

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