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プロローグ:ご旅行は計画的に!!

 シリーズ第5弾は、福岡メンバーが仙台へやって来ます。

 これまでと違い、明確に第4幕(https://ncode.syosetu.com/n2102ew/)から続いてますので……よろしければ過去シリーズもどうぞ!!

 それは、今から――仙台七夕まつりが始まる8月より、少し前のこと。


「一誠、私達も8月、仙台に行くけんねー」

 川上一誠が妻である徳永瑠璃子にそう言われたのは、梅雨も後半に突入した7月上旬のことだった。


「……は?」

 朝食に食べようと思っていた納豆をかき混ぜながら、一誠が間の抜けた声をだす。

 まだ部屋着のままで顔にヒゲが生えており、頭には短い髪が右往左往している寝癖が残っているので……いつも以上に締まりがない状態で。

「瑠璃子……いきなり何の話か?」

 一誠は彼女の言葉を確認したくて、恐る恐る真相を探った。

 18帖の広いLDKには、2人が食事をしているダイニングテーブルやテレビなどの家具が、整然と並んでいる。

 梅雨の合間に顔を出した太陽の光が、バルコニーの大きな窓から入り込んで室内を照らす中、瑠璃子は麦味噌の味噌汁をしれっとすすった後、おわんから口を離して、同じことを繰り返した。

 既に夏用のビジネスカジュアル――襟付きの白いブラウスと水色の7分丈のパンツスタイルに身を包み、肩の上で揺れる癖のある髪の毛と、丸いフレームが印象的な眼鏡も、全てがいつも通りで。

「だから来月、私達もユカちゃんのところに遊びに行くったい」

「いや、だからどうしていきなりそげな話になっとるとか。第一、橋下ちゃんが行くんは盆休みじゃなかとぞ。彼女は既に有給申請しとるけど……俺達は普通に仕事やろうが」

「あ、もう有給申請出して受理されとるよー。やけんがそれまでに、仕事ば片付けんとねー」

 いけしゃあしゃあと言い放つ瑠璃子に、反論の余地はない。一誠は背もたれに体重を預けて、箸でブリの照焼を割りほぐす彼女を見やる。

 彼女の行動は唐突に見えたとしても、そこにはちゃんとした理由がある。

 それを聞きそこねた若い頃、誤解が誤解を招いて距離が遠くなったこともあるから……一誠は出来る限り、初動の段階で彼女の真意を確認するようにしていた。

 自分の憶測が違うならば「違う」と、彼女はそう言ってくれるから。

「……そげん気になるとか、6月の山本ちゃんの体調不良」

 ズバリと言い当てられ、瑠璃子は思わず手を止めた。そして、彼が確信を得た眼差しで自分を見つめていることを察して……肩をすくめる。

 この目で見られると、何も誤魔化せなくなるから。

「そりゃあ、ユカちゃんも人間やけんねー。いくら福岡でここ数年の調子が良かったとはいえ、東北っていう慣れない環境でいきなり働いて、体調を崩すのはしょうがないと思う。けど……」

 瑠璃子も正直、胸の中に浮かぶこのモヤモヤをどう説明すればいいのか、的確に表現する言葉を掴みそこねていた。

「何というか、それだけじゃなさそうっていうか……政宗君の自宅勤務も含めて、気になるっちゃんねー」

 あの後、回復したユカから連絡もあったし、電話で聞いた彼女の声は、よく知っているものだったけれど。

 どうしても感じる違和感、何かがずれている気がする、漠然とした疑惑。その答えは、電話では得られない。

 胸に去来した不安は、ちゃんと本人に会うまで拭えそうになかった。

「要するに、女の勘ってやつやねー」

「直感で仙台まで行くんか……まぁ、既に申請が受理されとるってことは、上の意向でもあるんやな」

 一誠の言葉に、瑠璃子はコクリと首を縦に動かす。

「そういうこと。麻里子さんもユカちゃんのことは気にしとるけんが、実際に顔を見て確かめて来いって。とはいえ……セレナちゃんは純粋に遊びに行って欲しいけんが、私と一誠は仕事半分、遊び半分って感じかな」

 『仕事』という単語を使う瑠璃子に、一誠は思わずジト目を向けた。

「山本ちゃんの顔を見るのは仕事扱いになるんか……?」

「一応、『仙台支局』が売り出しとるアプリの説明も受けて、仮契約までしてくるっていう仕事もあると。『生前調書』のペーパーレス化は効率アップにも繋がるし、名杙君と政宗君の成果を見極めて、本当に使えるなら導入したいけんね」

 瑠璃子はそう言って、再び手を動かして魚の身をほぐず。一誠はそんな彼女の様子を見つめながら……恐れている懸念事項を確認した。

「なぁ瑠璃子、ってことは……今回の旅費は、経費にできるんか?」

 彼の問いかけに、瑠璃子は苦笑いで首をかしげる。福岡の事務を統括している彼女がこの反応だと、良い答えは期待できそうにない。

「んー……一応、出張って名目には出来るけど、よくて片道と最低限度の宿泊補助かなー。名雲は名杙のこと、すかんけんねー」

 福岡支局の事務を統括する瑠璃子の弱気な見解に、一誠は思わずため息をつく。

「マジかよ……今から8月の飛行機と宿だろ? いくらかかるんだ?」

「まぁ……その辺はまた夜に考えよっか。とにかく、8月頭に仙台に行くことだけ、覚えとってねー」

 そう言って話を終わらせた瑠璃子が、ほぐしたブリの身を口に運ぶ。無言で咀嚼する瑠璃子の様子に、一誠はこれ以上何も言わないまま……かき混ぜた納豆を白米の上にかけた。


 そして、その日の夜……仕事を終えた2人は、食事を片付けたダイニングテーブルの上にノートパソコンを1台設置して、椅子を並べる。

 まずは航空券の値段を比較することから始めることにした。

 パソコンを操作する瑠璃子が、『航空券 格安』とキーワード検索をして、上に出てきた料金比較サイトをクリックする。その様子を隣で眺める一誠は、瑠璃子に旅の交通手段を問いかけた。

「なぁ瑠璃子、福岡から仙台に行くんは……飛行機でよかとか?」

「やっぱり、一番早いのは直行便やね。福岡からも出とるけど……流石に割高やねぇ。しょうがないかー」

 行き先と日付、人数を入力して表示された検索結果は、最安値が『大人:片道35000円~』という現実。飛行機ならば、大人2人で7万円、往復で14万円である。

 2人の稼ぎと夏のボーナスがなければ思わず諦めてしまいそうな金額だ。しかもこれに宿泊費や外食費、お土産代まで追加されるのである。

 必死にスマートフォンの電卓で計算する一誠に、瑠璃子が苦笑いで情報を追加する。

「麻里子さんが、支局内の株主優待券使っても良いって言ってくれたけんが、多少は安くなるにしても……まぁ、時期が時期やけんしょうがなかねぇ……」

「分かってたけど……遠いんだな、仙台って」

 一誠はそう言って、頬杖をついて画面を見つめた。

 普段の一誠であれば思わず尻込みしたくなる諭吉の数なのだが……。

 そのままチラリと横目で瑠璃子を見ると、画面を見ながら、どこか表情がほころんでいるように見えて。

 カレンダー通りの休みを取得出来るとはいえ、不測の事態に備えて、あまり遠出することはなかった。たまに日帰りで北部九州――熊本、大分、佐賀、長崎――の観光地に行く程度。宿泊も伴う旅行となると、それこそ新婚旅行くらいだった気がする。

 2人とも、特に贅沢をするタイプではないから……こういう時にお金をしっかり使って、一生の思い出を残しておきたい。とりあえず消える諭吉の枚数は細かく気にしないことにした。

「ちなみに……飛行機以外だと、何かあるんか?」

「そりゃあ、新幹線は繋がっとるけんが、博多から東京まで出て、そこから東北新幹線に乗り換えやねー。時間は……」

 瑠璃子はブラウザの別タブで新幹線の料金と所要時間の検索サイトを表示した後、出発地と目的地を入力して……。

「……料金は片道で、飛行機よりも1万円くらい安いけど、片道8時間、ってとこやね」

「やっぱ遠いな……橋下ちゃんも飛行機だし、俺達も同じ便で行こう」

「了解。じゃあ、切符取るけんねー」

 一誠の言葉に首肯した瑠璃子が、仕事用のカバンを持ってきて、中から航空会社の株主優待券を取り出した。コレを使うことで、飛行機に特別料金で搭乗することが出来るのだ。

 航空券を往復で予約した後、座席予約とクレジットカード支払いまで済ませた画面をスマートフォンで撮影して、予約番号を控えておく。

 そして、再び別のタブで宿泊先の料金比較サイトを表示させると、仙台のビジネスホテルを検索し始めた。

 画面に表示されるのは、宿泊に特価した仙台市中心部のホテル。そのリストの上段、最安値をクリックしようとした瑠璃子の手を、一誠が慌てて引き止めた。

「ちょっと待て瑠璃子、そげなとこでよかとか?」

 彼の言っている意味が分からず、瑠璃子が露骨に顔をしかめる。

「え? どういうこと?」

「いや、だから……折角仙台まで行くとに……例えば、温泉宿とかじゃなくてよかとか?」

「温泉? そもそも仙台に温泉げなあるとー?」

「……調べてみらんと分からんやろうが」

 一誠は自分の提案を軽く受け流そうとする瑠璃子からマウスをもぎ取ると、少し強引にパソコンを自分の方へ向ける。そして、検索窓に「仙台 温泉地」と入力して検索すると……表示された結果に、ニヤリと口角を上げた。

「ほら瑠璃子、見てみんか。仙台からそこそこ近かところに温泉地があるぞ!!」

「温泉地……あ、あき……ほ……?」

 画面を覗き込んだ瑠璃子が、並ぶ字面に顔をしかめた。そして、改めて一誠の顔を見やる。

「一誠……よかと?」

「よかと、って……何のことば言いよっとか?」

 瑠璃子がわざわざ確認する意味が分からず、今度は一誠が顔をしかめて首を傾げた。

 そんな彼に、瑠璃子が画面に表示された検索結果を指差して……努めて冷静に言葉を続ける。

「仮にココにすると、仙台からの移動にも時間とお金がかかるやん? やけんが……移動しやすい市街地の方がよくなかかなー、って」

「そりゃあそうやろうけどな……旅行やったら、温泉やろうが」

 謎の思い込みと共に力強く頷く一誠に、瑠璃子は思わず肩をすくめた。

「そうかもしれんけど……私もよう知らんところやけん、ちゃんとエスコートしてくれると?」

 そう言って彼を横目で見やると、一誠は一瞬たじろいだ後……瑠璃子を見つめ直し、口元を若干引きつらせながらも、勢いをつけて返答する。

「ま、任せとけ!! 俺だってやるときはやるけんな!!」

「ハイハイ。じゃあ、オススメの旅館はどっかあると?」

「お、オススメ……オススメ!? オススメ……」

 同じ言葉を繰り返す一誠は、しばらくの間、画面をスクロールさせたり、片っ端からクリックして見比べたりしていたが……数分後、観念したような長いため息をつくと、スマートフォンを取り出してどこかへ電話を書け始める。

「――あ、もしもし、佐藤君? 久しぶり、川上です。今って大丈夫? あのさ……」

 予想通り、電話の向こうにいるのは政宗の様子。一誠は8月頭に仙台へ行くことを告げた後、パソコンの画面を凝視した。

「それで今、泊まる場所を探してるんだけど……あ、あのさ、この……あきほ温泉って……え? 季節の『秋』に保育の『保』って書くんだけど……え、あ、そう読むんだ。とにかくそこに泊まりたいんだけど、どこか良いかとか、ある?」

 その後、政宗と話を続けた結果、彼が簡単なリストを作成してメールで送ってくれることになった。

 電話を切った一誠を、瑠璃子が苦笑いで見やる。

「政宗君、忙しいんじゃなかとー?」

「かもしれんけど、折角行くなら良かとこに泊まりたいやんか。さっき話した感じだと、既にいくつかピックアップしとるぞ」

「彼は相変わらず抜け目なかねぇ……あの研修の時から、リーダー基質やったし」

 そう言って頬杖をつく瑠璃子の横顔に、一誠は思い切って問いかける。

 彼女と上層部が仙台行きを断行する理由が、他にあるような気がしてならないから。


「――戻すんか?」


 主語のないこの問いかけに、瑠璃子は黙って首を横に振った。

 何を言っているのか、これだけで十分伝わるから。

「それを決めるのは私じゃなか。私は、見たままを報告するだけやけんね」

「それは、まぁ……そうなんやけどな」

 瑠璃子の言い分はもっともなので、一誠もこれ以上は何も言えない。

 政宗からの連絡を待つ間、パソコンに表示された仙台の宿泊先の情報を見つめながら……一誠は人知れず、深いため息をついた。


 果たして……政宗は、気づいているのだろうか。

 彼がこれ以上、福岡の機嫌を損ねるようなことがあれば……彼の想い人と、簡単に離れ離れになってしまうことに。


 その後、政宗から届いたリストと利便性、食事などを考慮した結果……一誠と瑠璃子は、秋保温泉でも特に大きな宿に予約を入れた。

 瑠璃子は予約番号や引落額をメモに控えながら……画面を見つめてほくそ笑む。

「夕食バイキングが魅力的やねー……脳内で日本酒がすすむわー」

「早すぎないか!?」

 一誠のツッコミを右から左へ受け流し、瑠璃子はとても楽しそうに、宿の食事で取り扱っている日本酒の銘柄を調べ始める。

 そんな彼女の横顔を見ていると……一誠も自然と、似たような顔になっていた。


 そして、季節は進み――8月1日、もうすっかり夏模様になった福岡県新宮町・西鉄新宮駅の出入り口にて。

 時刻は間もなく19時になろうかという頃。日の入りが遅くなったとはいえ、この時間になると既に空は暗い。そして、仕事や学校を終えて福岡市から帰ってきた人もまた、多い。

 蒸し暑さの残る空気を感じながら駅を出た『彼女』は、扉の脇で立ち止まり、ハンドバックのポケットに入れていたスマートフォンの画面を明るくした。背中を隠す程度の長さの髪の毛をハーフアップにまとめ、半袖の白いシャツワンピースと黒いレギンス、足元は紺色と水色のデッキシューズという立ち姿。大学生にも見えるが、既に働いている社会人である。

「……ユカからは返事がない、か」

 特に緊急のメッセージが入っていないことを確認した後……人の流れに沿って自宅のある方向へ一歩踏み出そうとした――次の瞬間。


「――乃々(のの)!!」


 後ろから聞き覚えるのある声で呼び止められ、『乃々』と呼ばれた彼女は足を止めた。

 そして、自分に追いついてきた女性に気付き、頬を緩める。

「お姉ちゃん、お帰りなさい。同じ電車やったっちゃね」

 彼女が『お姉ちゃん』と呼んだ女性は、髪の短い、どこか人懐っこい印象のある女性だった。グレーのスーツに黒い革のバッグを持っていることから、仕事帰りであることが伺える。

 『お姉ちゃん』と呼ばれた女性は、彼女――乃々の右隣に並び、「乃々もおかえり」と声をかけた後、屈託のない笑みを浮かべる。

「乃々かなーと思ったら乃々やったね。さ、帰ろ帰ろ」

 姉に促された彼女は、改めて自宅への一歩を踏み出した。海の方に背を向けて、整備された新興住宅地へと向かう。

「そういえば乃々……今週やったよね、仙台。用意終わっとると?」

「うーん……まぁぼちぼち。お土産は何がよか?」

「やっぱ牛タンやかねぇ……仙台げな遠すぎて、仕事でも行ったことないけんよう知らんし。あ、ユカちゃんのオススメでよかかなー」

 こう言って空を見上げる姉につられて、乃々もまた、空を見上げる。

 薄雲の向こうにあるのは、ぼんやりした星空。ここでは地上の光が眩しくて、星の明かりがはっきり見えない。

 あの時とは、星座も見え方も違った。


 ――冬だから星がはっきり見えるね。寒くない?


 ――『セレナ』って確か、スペイン語で『晴れ晴れとした』って意味だったよね。セレナちゃん見てると、ピッタリだなって思うよ。 


 あの時の彼の言葉が、胸によぎった。

 そして……いつまでもあの時の星空を探している自分に、若干呆れてしまうけど。

 けれど、いつまでもこのままでいはいられない。それは……自分が一番よく分かっていた。

「分かった。お姉ちゃんにはユカのオススメ買ってくるけんが……文句はユカに言ってよね」

 乃々――セレナは姉に釘を差した後、前を向いて歩みを進める。


 あの時の星空は、もう、二度と戻ってこないから。

 だから……そろそろ、違う星空を見たい。

 セレナの本名(下の名前)を、さらりと明かしたプロローグ。彼女は家族と仲が良くて、今でも実家から通っているので……実家では当然、本名で呼ばれてます。

 ちなみに名前の「乃々」は、セレナの声を担当してくれている「ぴの」さんにあやかって、「◯の」で終わる2文字にしようという観点から決めました。福岡の他2名も偽名ですが、これも完全に中の人から連想しているので……いずれどこかで書きたいですねぇ。

 さぁ、セレナが政宗を好きになった理由を何となく明かしたところで……次は本編主人公の修羅場をお楽しみください。

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