I57 だって黒樹家だもの
見守る体制とはいえ、病院の治療と看護のお陰か、静花ちゃんは無事退院の運びとなった。
お会計を済ませて、医師と看護師の皆様に、重々お礼をする。
ベビーカーからチャイルドシートに優しく乗せた。
運転だって、ほら、俺の峠越えも雲の上を行くようだろう。
家に帰ったのが、お昼過ぎで、蓮花はアトリエデイジーに、和、劉樹、虹花、澄花は、学校へ行っていた。
「また、陽に当たるといけない。お庭、大好きだけど、ねんねこしてな」
静花ちゃんは、退院したばかりなので、バウンサーではなく、ベビーベッドに寝かされた。
「あなた……」
帰途に就き、やっとひなぎくが俺を認めた。
静花ちゃんしか見ていなかったものな。
「何も言わんでいい」
ひなぎくは、己の感情を抑えられなかったことを詫びたいのだろう。
罪だなどとは思わない。
ただ、どんな会話をしたらいいのか、道は照らされなかった。
家の黒電話が静寂を破る。
「はいはい。あ、お母さん!」
「もしもし。ばあばよ。悠さんから連絡があったの。静花ちゃんが退院したんだってね」
ひなぎくが、白咲梓お義母さんからの電話で顔をほころばせた。
「お母さん……。大変だったの。暫くは安静にと思っているわ」
「お見舞いに行ってもいい? 一週間位先なら、どうかしら」
◇◇◇
約束通りに、白咲家の皆様がお見舞いにいらした。
「静花ちゃん、小菊ひいおばあちゃん、光流じいじ、梓ばあばよ」
滅多に泣かないひなぎくが、瞳を潤ませている。
「可愛いひ孫でしょう、ひいおばあちゃん……」
「んだな。長生きしてけれ」
ハハハハハハ。
入れ歯を見せての大笑いとなった。
「おばあちゃんが言うと実感がこもっちゃうわ」
ひなぎくは笑っているのが、一番いい。
「それに、黒樹の皆も大きくなったわね」
「お義母さん、そうでもないですよ。まだまだ、俺達の子ども達です」
皆で和んでいる所へチャイムが聞こえた。
「俺が出るよ」
宅配便だ。
差出人の方は、もしかして。
「ひなぎく、メールで知らせたのか」
「あら、いすみ 静江さんからだわ。開けてもいいかしら」
俺は、静花ちゃんが泣かないように、抱っこをした。
箱を丁寧に紐解く。
中から現れたのは、綺麗な花だ。
プードルの形をしたオレンジ色の花束が届いた。
静花ちゃんをよいしょっと抱き上げた。
「うー。あんあん」
「は!」
「え?」
俺とひなぎくの視線は、静花ちゃんのおしゃぶりに集中だ。
取れて紐にぶら下がっている。
だとすれば、口を開いたのか。
今のが?
「静花ちゃん! わんわんなの? わんわんって言ったの?」
「お、おう。喃語だよな!」
俺達は目を合わせる。
「あんれまあ、初めてかえ。静花ちゃんよ」
小菊ひいおばあちゃんが打ち震えている。
ひなぎくが、慌ててハンカチで祖母の目頭を拭った。
「あんあ。あんあん!」
「そうだよな、これは、あんあんだよ。わんわん。犬だな」
俺も本当は、本当は……。
「ひなぎく、誰もお別れなんてしたくはないんじゃよ。サヨウナラなんてな」
「うん……」
「こうやって、小さな命が成長するんだから」
ひなぎくは俺の背に顔を埋める。
そうして、はっと前に顔を出す。
「あんあん! あんあん!」
ご機嫌の静花ちゃんだ。
大好きなんだな。
「でも、ひなぎくはわんこじゃないぞ」
オレンジの花束、可愛いらしくてよかったな。
俺に抱かされている静花ちゃんは、皆によしよしされた。
だから、今日は喃語の記念日だ。
「おめでとう」
俺の呟きが、聞こえたのだろうか。
白咲家の皆様は泊まって行かれると言う。
そして、箱に入っていたいすみさんの手紙に今頃気が付いた。
「後日、お見舞いにいらしてくださるって」
「よかったな。ふー、心置きなくだからな。育児に、ぱにっとするなよ」
照れ臭い微笑みが返って来た。
「ぱにぱにしません――!」
静花ちゃんは、大好きなバウンサーだ。
ゆらゆら、ゆらゆらと――。
きっと、ふかふかのわんわんに乗っている気分なのだろう。
Fin.
こんばんは。
いすみ 静江です。
完結までお付き合いいただきありがとうございました。
これからの静花ちゃんも加えた黒樹家も見守ってくださると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




