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E36 南へ向かって

 九月二十七日水曜日、午後の日差しの中、皆で木通の間に集まっていた。


「十月二十八日土曜日にひなぎくちゃんの作品を搬入できるようにしような。美術品用のものではないが、車は用意する。白咲家に皆で行って、搬送しようと思うが、どうだい?」


 黒樹はいつも通りに見えて、どこか緊張している。


「どうしたんすか? 力仕事なら歓迎っすし、ひなぎくさんちに行くのは大歓迎っすけど」


 和は優しさから質問したが、黒樹とひなぎくがギクシャクとしてしまった。


「ちょっとしたトラブルがあってな」


「ごめんなさい。芸術の秋で忙しいと言っていた運搬業者が空きが出たとの言葉に飛びついてしまった私がいけないの。ダブルブッキングだったわ」


 ひなぎくは、自分が悪いのだと黒樹をかばった。


「なあに? それ」


 無邪気な虹花の声だった。


「同じ席に二人が座るようなものだ。とにかく、先方はこの話はなかったことにして欲しいらしいぞ」


 黒樹のしかめっ面に周りは静まる。

 そこを明るくするようにひなぎくは微笑んだ。


「私、がんばるわ」



 九月二十九日金曜日、飯山教会の明け渡しの日がとうとう来た。

 小学生達が学校へ行っている時間に、ふしゅふしゅと落ち葉を踏みしめ、現地で集まり、暫し歓談する。

 飯森神父夫妻と親しくなれて、ひなぎくは嬉しい気持ちで一杯だ。

 ミックスのシイナちゃんも来てくれた。

 わふんわふんとひとときの別れを惜しむシイナちゃんに、ひなぎくはなめ倒されてしまった。


「あらあらあらあら」


 下着が見えないかと照れて、スカートを押さえた。


「はっはっはっ」


 いつもは、じゃれる黒樹が、普通に笑って見ている。

 ひなぎくは、普段なら下着が見えたら踊って喜ぶ黒樹の様子が少しおかしいと思った。

 黒樹が飯森神父と握手をし、別れた。


「お父様、落ち葉がまだありますね」


「うむ。それは、劉樹と虹花と澄花に、遊びながらさらって貰おうな。きっと喜ぶぞ」


「お手伝いをしたいらしかったから、それもいいかも」


 蓮花が口に手を当てて笑う。

 弟妹達の様子が思い浮かんだようだ。

 その帰り道、お迎えに分校へ寄って、おんせんたま号を待つ間、落ち葉のことを伝えると、三人はキャーキャーと騒いだ。

 予想通りの反応にひなぎくにも笑みがこぼれる。

 

「受付カウンターは、ほぼ出来ているよ、ひなぎくちゃん」


 たまにはドヤ顔と黒樹が決めてみたが、それを和が真似たので、ひなぎくには微笑ましい。


「そうなのですか? ありがとうございます。和くん、プロフェッサー黒樹」


 ひなぎくも自分の調子を整えないとと思う。


「どうってことではないっす」


「ほれほれ、感謝しろー。ひなぎくちゃん」


 黒樹が、少しだけいつものペースに戻って来た。


「私もね、コインロッカーのペイント、ほぼできていますよ、ひなぎくさん」


「ありがとうございます。蓮花さん。急にお仕事をさせてごめんなさい」


 気を遣いがちなひなぎくに蓮花も対応する。


「なんのなんの。ひかえおろう。私、調子に乗っちゃうよ、ひなぎくさん」


 皆の明るい態度に、二荒社前バス停で、笑い声が響いた。



 九月三十日土曜日、皆はバラバラになって行動した。


「古民家組の皆さん、本日もよろしくお願いいたします」


 ひなぎくは、ぺこりとお辞儀をすると、お風呂場へ行きモザイクタイルを貼って行った。

 作業は、乾かない内にやらなければならない時間との勝負なので、ゆっくりとはしていられない。

 不慣れなひなぎくは、数日は、他の古民家組の方に交じって貼って行かなければならないと試算した。

 それから、福の湯に帰って来てのことだ。


「プロフェッサー黒樹、聞いて来ましたよ。温泉にするには、この辺りにある組合に入ればいいらしいです」


「ああ、それなら、俺が頼みに行って来た。楽々組合(らくらくくみあい)だそうだ」


 ひなぎくは、手を合わせて笑う。


「早いですね。流石ですわ」


 ちょっと、黒樹に惚れ直した感があった。

 元々、この黒樹は、できる漢なのだ。


 ロッカーの塗装は蓮花が一手に引き受け、加工センターを使用した。

 蓮花が車に乗せて貰って塗料を買いに行く時、黒樹にその配色について、目を白黒された。


 ひなぎくはその合間にもキャプションを作ったり、展示品を楽しむ為の展示品一覧のリーフレットやワークショップの案内をノートに書いていたが、埒が明かないとパソコンを買うことにした。


「パソコン買ったら、お財布が薄くなったわ。困ったわねー」


「ふふふ。俺の気持ちも分かるだろうさ。ほれほれ」


 黒樹が肘で突っついて来たので、ひなぎくエルボーが炸裂だ。


 福の湯では、藤の間と木通の間の人はお仕事をしに来ていると囁かれた。



 十月十日火曜日、今日も一仕事の後、皆が寝静まった夜の温泉で、ひなぎくは、一息ついた。


「はー、タイル貼りも終わったし、ほっとしたわ。いくつか追われている仕事もあるけれども、古民家も方はそろそろ仕上がりそうよ。プロフェッサー黒樹」


 ちゃっぷーん。

 女湯に一人。


「教会もリフォームが終わって、後は展示だけだな」


 ちゃぽーん。

 男湯に一人。

 そう、ここは、この頃、黒樹と語り合う露天風呂の垣根越しだった。


 そんな頃、古民家のリフォームが完成した。

 十月十一日水曜日、大安吉日のことだった。

 湯治の生活費がかさんでいたし、新しい生活に憧れて、おおわらわでの引っ越しとなる。

 長居をしたので、方々に挨拶をしてから出発した。

 手回り品とちょっとした荷物だけを持って福の湯に別れを告げた。


「ちょっと、家具とかは今はないが、自分の家だ、くつろごう」


 もう、バタバタして、何が何やら分からない状態でも、初めてのごはんをひなぎくは作った。

 カレーライスだ。


「おいしそう」


「いい香り」


 作っている間、子ども達がわらわらと来る。

 お手伝いも進んでしてくれて、市松模様のお皿でカレーライス、パンダのコップにご当地ふっくん印の牛乳を並べてくれた。


「せーの。いただきます」


 子ども達が、すっかり、こっちの生活にも慣れてくれたと、黒樹もひなぎくもほっとしていた……。



「皆、色々と忙しかったが、今日は、十月二十八日土曜日だ。ひなぎくちゃんから、白咲のご実家にお電話をして貰っている。皆で搬入に行こう。それで、車なのだが、ノアで七人乗りなんだ。驚かないでくれ」


 黒樹は、いつふんぞり返るか計画をしているらしい。


「父さん、驚いたよ」


「お父様?」


「七人乗ったら荷物はどうするぴく?」


「パーパ―、ドライブにするのー?」


「パパ、皆でお出掛けなの?」


 五人から、声が掛かる。


「大丈夫だ、考えてあるから」


「この車、俺が買ったんだ……」


「えー!」


「ええー!」


「えええー!」


「ええええー!」


「えええええー!」


 よく分からない虹花や澄花も一緒に、驚いた。


「変にハモるなよなー。俺、こんなにお財布やせても、出す時は、出すんだぞ」


 黒樹は、そんなに頼りないかといじいじとした。


「プロフェッサー黒樹、頼もしいです」


 頬を染めたひなぎくに、黒樹は二秒でハートが明るいピンクになった。


「本当かい? ひなぎくちゃん」


 すっかり、ご機嫌だ。


「それでは、皆、乗ったわね?」


 夕べの内に車を邸宅に寄せていたので、さっと乗れた。


「出発するぞー!」


「はーい」


 黒樹の声に、皆、声を揃えた。

 黒樹の横にひなぎく、真ん中の列に蓮花と和、後列に劉樹と虹花と澄花が座っていた。


「南へ!」


 黒樹が掛け声をした。


「南へ! 南へ!」


「南へ! 南へ! 南へ!」


「ひなぎくさんちへ! 南へ!」


「ひなぎくさんちへ! 南へ!」


「南へ! ひなぎくさんちぴくよ!」


 子ども達はとても盛り上がっている。

 ノアのボディーはシルバー。

 日差しがあたって、ぽかぽかとする。

 ひなぎくも旅立つ気分が高まった。


「南へ!」




 この時、青いバラは、深淵に沈んでいた。

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