辛勝ですがまあ良いでしょう
おっさんの木剣が俺の脇腹をかすめ、鈍い衝撃が広がる。しかし、その瞬間だった。
まるで時間が引き伸ばされたかのように、目の前の景色が妙にクリアに見えた。おっさんの腕の動き、足の向き、筋肉のわずかな動きまでが、はっきりと捉えられる。
今までの俺なら、絶対に見えていなかったものが、なぜか今ははっきりとわかる。
おっさんの重心が右足にかかっていること、次の攻撃が左側から来ること、木剣を振るタイミング。そして、その隙を突く方法――。
体が勝手に動いた。
ふらつく足を無理に踏みとどまり、思い切って前に踏み込む。おっさんの木剣が俺の頭上を通過し、紙一重でかわす。そのまま、俺は持っていた木剣を振り抜いた。
おっさんの肩口を狙った一撃――だったが、読まれていたのか、おっさんがぎりぎりで腕を引いた。木剣はわずかにおっさんの体をかすめたが、致命的なダメージには至らなかった。
しかし、俺は確信した。
この戦い、勝てる。
自分でも何が起こっているのかわからない。だが、今の俺は明らかに“戦えている”。
おっさんは少し驚いたように目を見開き、すぐに表情を引き締めた。そして、俺をじっと見つめる。
「〆2々5…〆ヌヌ々!」
おっさんが何か言った。だが、俺にはそれがまったく理解できない。何を言っているのかもわからないが、雰囲気的には「おもしろい」とでも言っているのだろう。
おっさんが再び踏み込んでくる。今度はさっきよりもさらに速い!
だが、俺の目はそれを捉えていた。
おっさんの動きを読み、わずかに体をずらして攻撃を回避する。今度は完全に避けきることができた。しかし、これでは終わらない。俺はさらに踏み込み、おっさんの懐へと潜り込む。
おっさんの木剣が俺の頭上を通過する。今だ――!
俺は全力で木剣を振り、おっさんの脇腹に叩き込んだ。
バシィン!
鈍い衝撃とともに、おっさんの体がわずかにのけぞる。
「﹆……!」
おっさんが歯を食いしばるのが見えた。しかし、それでも倒れない。むしろ、俺の攻撃を受けながらも、すぐに体勢を立て直そうとする。
――だったら、次で決める。
俺はすかさず足を踏み込み、もう一撃を放った。今度は、おっさんの持つ木剣を狙って。
狙いは完璧だった。
俺の木剣が、おっさんの木剣を強かに打ち、パァン! という乾いた音が響く。そして、おっさんの手から木剣がはじけ、地面へと落ちた。
一瞬の静寂。
俺は息を切らしながら、おっさんを見上げる。おっさんはしばらく黙ったまま俺を見つめ、そして――
「……〆2々5。」
そう言って、ニヤリと笑った。
ギルドマスター視点
――これは、予想以上の成長速度だった。
最初は素人同然の動きだった。戦い方も知らず、ただ木剣を振り回しているだけのように見えた。だが、時間が経つにつれて、こいつの動きが変わっていった。
最初は偶然だったかもしれん。しかし、途中からは明らかに違った。ワシの攻撃を避けるだけでなく、攻めに転じるようになっていた。
それも、一度や二度ではない。
最終的に、ワシの木剣を弾き飛ばし、完璧に勝利をもぎ取った。
ワシは軽く息を吐き、地面に落ちた木剣を拾った。そして、改めて目の前の異世界の者を見つめる。
こいつには、とんでもない可能性がある。
正直、最初はただの素人かと思った。だが、違った。こいつは“戦い方”を知らないだけで、戦闘の本質を瞬時に理解し、吸収する力を持っている。
これは、天性の才能なのか? それとも、異世界の者だからこそ持っている力なのか?
どちらにせよ、面白い。
ワシは改めてこいつに興味が湧いてきた。
「久しぶりに楽しめたぞ。異世界から来た勇者よ」
こいつは、もっと強くなる。
いや――こいつは、“強くならなければならない”存在なのかもしれない。
異世界の者であり、勇者である以上、これから数えきれないほどの困難が待ち受けていることは間違いない。だが、今日の戦いで確信した。
こいつは、乗り越えられる。
「……楽しみができてしまったな」
ワシはそう呟きながら、勇者殿を見つめた。
ソラノ視点
おっさんはしばらく俺を見つめた後、満足そうにうなずいた。
俺は本当に勝ったのか?
いや、確かに勝った。おっさんの木剣を弾き飛ばし、最後まで木剣を握っていたのは俺だ。
なのに――
「……はぁ、はぁ……」
やべぇ、めっちゃ息切れしてる。汗もびっしょりだ。
正直、途中で体が勝手に動いたけど、何が起こったのかはわからない。今までこんな経験したことないし、こんな風に戦えたこともない。
俺はただの一般人のはずなのに……。
おっさんは何か言いながら笑っている。言葉はわからないが、俺を認めたような感じだ。
「……ったく、何がどうなってんだよ……」
とりあえず――
俺は、異世界での最初の戦いに勝ったらしい。
つづく