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Ch8

CH8


「ジェーン!! なんで買った服着てないの?」

「朝時間が無くて」

 笑ってごまかしたジェーンを、リアはじーっと見つめるとため息を付いた。

 その時、マイクが校門に向かって歩いてきた。

「おはよう」

 マイクは大きな声でジェーンに挨拶した。

「おはよう」

 ジェーンは自分の笑顔が引きつって無い事を祈りながら、軽く手を上げた。

 その時、周りに居た登校途中の生徒達(主に女子)は驚いたようにマイクとジェーンを見比べた。中には露骨にジェーンの顔を睨む子も居たので、ジェーンは居た堪れなくなり、リアの手を引っ張ると、人の目を避ける様にロッカーへと向かった。

「ちょっと、ジェーン痛いってば」

「ごめん」

 ジェーンは急いでリアの手を放した。

「すっごい注目の的だったね! 笑える~。ジェシカも居たわよ! 男の子は皆自分の事好きだと思ってる様な女だからね。マイクに相手にされなかったの相当頭にきてるみたいだよね。すっごい怖い顔してたね~」

 からから笑うリアとは裏腹に、ジェーンはブルーな気持ちだった。

「マイクが挨拶したのが、ジェシカみたいに綺麗な子だったら、きっと皆何とも思わないだろうにな~」

 ボソッと呟いたジェーンに、リアは険しい顔をみせた。

「もう、ジェーンってば、あんた自己評価低すぎ! マイナス思考だと、嫌な事ばっかり引き寄せちゃうよ! もっと自分に自信もって!」

 リアの言葉にジェーンは曖昧な微笑を浮かべた。母の事がトラウマになり、ジェーンは自分に自信を持つ事ができない。周りの人が皆、ジェーンと母を比べている様な気がするのだ。そしてそんな風に考えてしまう自分の事が嫌でたまらない……


 そして歴史のクラス。リアは嫌がるジェーンを引っ張ってマイクの後ろの席に座った。

「ハイ、マイク! 週末は何してたの?」

 リアはマイクに向かってくったく無く話しかけた。マイクは一瞬びっくりした顔をしたが、すぐに微笑んだ。

「ずーっと本読んでたかな」

 リアに答えると、直ぐにジェーンに向き直った。

「ほら、この前ジェーンが面白いって言ってたやつ読んだんだ。本当に面白かった。その勢いで日曜に本屋に行ったんだけど、やっぱ古いからあんまり置いてないんだよな、読んだ事あるのしか売ってなかった」

「そうなんだ…」

 ジェーンの小さい声を打ち消すように、

「じゃあ、今日ジェーンの家に行ったら? ジェーンの家、すごくいっぱい本があるんだよ! レポートもジェーンの家でやればいいし!」

 有無を言わせない勢いで、リアはジェーンとマイクを交互に見た。

「迷惑じゃなければ」

 マイクはリアの勢いに押された様に、おずおずとジェーンを見た。

「う、うん。大丈夫」

 ジェーンはバクバクいう心臓をどうにか鎮めようとしながら、嫌そうに聞こえたのではないかと心配になり、ぎこちない笑顔を浮かべた。

「じゃあ放課後、ロッカーに迎えにいくね」

 マイクはジェーンに囁くと、クルリと背を向けて、丁度教室に入って来た先生の方を見た。マイクが前を見た瞬間、リアはジェーンに向かって親指を立てると、不敵な笑みを浮かべた。ジェーンは、リアの好意が嬉しいような、嬉しくないような、複雑な心境で、マイクの背中を凝視した。

  

 そして、放課後はあっと言う間にやってきた。

「ハイ、ジェーン」

「ハイ」ジェーンは控えめに答えた。

「急に行って、両親に怒られない?」

「大丈夫、うちのママ、私の友達が来るのむしろ喜ぶし……」

「そっか、じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔するな」

 ジェーンとマイクが一緒に歩いているのを見て、周りの女の子たちが眉をひそめてヒソヒソ話をしていた。ジェーンはただでさえ緊張していたのに、周りの目に、居た堪れない気持ちになった。そんなジェーンの気持ちも知らず、マイクは本の話や、歴史のレポートについて、にこやかに話を続けた。ジェーンはとにかく相槌だけうちながら、校門から出るまでの長い道のりを、耐えていた。

「もしかして、俺が行くの迷惑?」

 突然のマイクの言葉にジェーンはビックリしてマイクに顔を向けた。

「え、全然」

「さっきから怖い顔して、俯いてばかりだから…」

「ごめんなさい、実はなんか緊張しちゃって」

「緊張?」

「うん、何だか皆が私達の事じろじろ見てる気がして」

「あ、やっぱり? 俺もさっきから気になってたんだ、俺なんか変な所あるかな? ズボンに穴があいてたりして」

「え?」

 マイクは体をひねって、自分のうしろ姿を確認した。

「違うよ、皆、マイクが私みたいな女の子と歩いてるのが不思議だから噂してるの」

「そっか、俺、女嫌いだと思われてるんだもんな」

 マイクはあははと豪快に笑った。ジェーンも一緒に笑うと、何だか少し気が楽になった。

 そうこうしている内にジェーンの家に着いた。ジェーンがドアノブを回すと、鍵が掛かっていた。珍しい、母はまた留守にしているようだ。ジェーンは自分の鞄から鍵を取り出すと、ドアの鍵を開けた。

「どうぞ」

 マイクは家の中に入ると、キョロキョロと辺りを見回した。

「誰も居ないの? ご両親が居ないのに俺が入ったら、まずいかな?」

「大丈夫よ、ママもすぐ帰ってくると思うし」

 早速マイクを図書室に案内すると、家に入った時はオドオドしていたマイクの瞳が本を見上げてキラキラと輝いた。

「ウワ~すげえ」

 独り言の様に呟くと、マイクはジェーンの存在も忘れたように、本棚に張り付いた。

「俺の好きな作家の作品が殆んどある! 俺たち本の趣味が一緒みたいだな」

 マイクは今まで見た中でも最高の笑顔をジェーンに向けた。突然の笑顔に不意をつかれて、ジェーンはドギマギしながら、マイクに背を向け、本を選んでいる振りをした。

「これと、これと、後これも面白いよ」

「これ読んだ事ないな、これは持ってる」

 マイクは嬉しそうに本を物色している。

「これは読んだ事ある?」

「あ、これ! 読みたかったんだ!」

 マイクは本当に嬉しそうに本を数冊抱え込むと、

「これ全部借りてもいい?」とお菓子を与えられた子供の様な笑顔を向けた。

「うん、どうぞ、私は全部読んだ事あるから、返すのはいつでも大丈夫」

「ありがとう、じゃあそろそろレポートもやろうか?」

「そうだね」

 ジェーンはマイクを応接間に通すと、暖かい紅茶を用意して戻った。

「アーネスト法の提案者、アーネストの写真とかってないのかな?」

「そういえば、見た事無いね…探してみようか?」

「そうだな、千五百歳とかっていわれてるけど、シルバーアイズなんだから、容姿は若い可能性もあるよな、どんな顔してるんだろう?」

 その瞬間だった、にこやかに笑っていたマイクの瞳が一点に集中されたのは。

「ただいま、あら、お友達が来ていたの?」

「お帰り……レポートの勉強してたの」

「そう、いらっしゃい」

 母の笑顔をマイクはジッと見つめていた。

(ああ、またか……)今までの楽しい気分はいっぺんに醒めた。母を見て、彼女の美貌に魅了されない人が居るわけが無い。

「お名前は?」

「マイクです」

 マイクは上ずった声をだしたかと思ったら、急にそわそわすると、

「あの、俺、用事を思い出したから、今日はもう帰ります」

 誰に言うでもなく、鞄をおもむろに抱え、出口へと向かった。

「え、ちょっと、本忘れてるよ」

「あ、ありがとう……」

 マイクは上の空で本を受け取ると、母をチラッと見てから、

「お邪魔しました」と逃げるように出て行った。

 ジェーンはあっけに取られて、マイクの後ろ姿を見送った。

「ジェーンが好きなのはあの子? なんだか、急いで行っちゃったから、じっくり見れなかったわ。残念」

 ジェーンは鈍感な母に無性に腹が立って、「違うよ。ただ一緒にレポートを書いてただけ」と怒った声を出した。

 ジェーンは二階への階段を駆け上がると、自分の部屋のドアをバタンと閉めた。そしてベットにドサッと突っ伏した。ジェーンが母に怒るのはお門違いだとは良く分かっている。でも皆の視線がジェーンを通り越して、美しい母に注がれるのに、もう耐えられない。何故いつも母が全て台無しにしてしまうんだろう。ジェーンは暫く枕に顔を押し付けて荒い呼吸を繰り返していたが、ゆっくりと起き上がると、ベットに座りなおし、大きく深呼吸をした。美しい事は罪ではない。母は全然悪くない。

 暫くして、気持ちが落ち着くのを待ってから、ジェーンは下に降りていった。母はジェーンが何故機嫌が悪いのかも気づいてもいないのに、2日連続で、夜ご飯を食べ損ねるのはあまりにも馬鹿らしい。

 ジェーンがキッチンへ入ると、母は何やら深刻な顔で椅子に座っていた。

「おなかすいた」

 母はジェーンを見ると立ち上がり笑顔を作った。

「今日はスパゲッティーでいいかしら?」

「どうかしたの?」

 ジェーンは母の様子が普段と違う事が気になり、声を掛けた。そういえば最近よく出掛けているのも気になる。

「え、なにが?」

「今、何か真剣に考えてたじゃない」

「ああ、今度の翻訳難しくって、その事考えてたのよ」

「ふーん」

 ジェーンは母が何か隠している様な気がしたが、それ以上追求しない事にした。自分の問題に手一杯で、母の事まで考えられないのが本音だった。

 ジェーンは母の作ってくれたスパゲッティーを急いで食べると、宿題があるからと早々に席を立った。

自己嫌悪、ジェーンは大きくため息を付くと、受話器を取った。

「もしもし、リア?」

「ジェーン! 今日どうだった?」

「最悪だった」

「え? なんで?」

「マイクはうちのママに一目ぼれしたみたい」

「……」

 リアは一瞬絶句したが、

「そっか、ジェーンのママは女の私から見ても綺麗だと思うもんな~」

ととんちんかんな事を言った。

「もう、何よそれ、全然慰めてないじゃない」

「ごめん……でもジェーンのママがマイクを相手にするわけないじゃない」

「それはそうだけど」

「それにまだマイクがジェーンのママに一目ぼれしたって決まったわけじゃないでしょ?」

「100%そんな感じだったよ。ママの事じーっと見たかと思ったら、急に帰っちゃったんだよ。すごく嬉しそうに選んでた本まで忘れそうになってたし」

「そっか、確かに怪しいね」

「でしょ?」

「まあ、明日マイクの様子を観察してみようよ、私も手伝うから!」

「分かった。ありがとう。話したら少し楽になった。なんか、ママは悪くないのに、自己嫌悪だったんだよね……」

「大丈夫、元気だして!」

「ありがとう」

 ジェーンは受話器を置くと、ベットに仰向けに倒れた。リアに話したら、なんだか少し気分が良くなった。

 ジェーンは「よしっっ!」と自分に気合を入れて立ち上がると、アーネストの写真でも探して見ようと、机の上のパソコンの電源を入れた。


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