CH6
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「え~それって結構いい感じじゃない? 楽しかったって言ったんだ」
ジェーンは家に帰ってすぐリアに電話を掛けた。
「うん」
「でもあのマイクが、噂とは全然違うって、想像できない。しかも笑いすぎて図書館おいだされた? 絶対ありえない!」
「後、凄い読書家なの。しかも同じ作家が好きなの!」
ジェーンは興奮しながら弾む声で話した。
「それってポイント高いんじゃない? がんばってみなよ! 初恋なんだから」
「初恋って……がんばるって何すればいいの?」
ジェーンにはどうすれば良いのか検討もつかない。
「ちょっといつもと雰囲気かえてみたら? セクシーな服着るとか」
「もう、真剣に考えてよ」
「考えてるよ~ 外見は大事だよ!」
「そんな事言われても、セクシーな服なんて持ってないし……」
「ミニスカートぐらい持ってるでしょ」
「ミニスカート……昔着てた短くなったスカートならあるけど」
リアの大きなため息が電話越しに聞こえた。
「買い物行ったほうが良さそうね。明日モールに付き合うよ」
「買い物か~」
ジェーンは軽く溜息をついた。
「たまにはいいじゃない!」
「わかった。それじゃあ明日迎えに行くね。11時でいい?」
「うん。待ってるね、バイバイ!」
「バイバイ」
ジェーンは電話を切ると下の部屋に下りていった。
「ママ、明日朝からリアとモールに行ってもいい?」
読んでいた本から顔を上げた母は少し驚いた顔をした。
「もちろん。なにか買いに行くの?」
「洋服買おうかと思って、お金くれる?」
「あら、珍しい。モール行くのいつも面倒臭いって言ってたのに。さては好きな人ができたんでしょ?」
母は銀色の瞳を悪戯っぽく光らせると、探る様にジェーンを見つめた。
「違うよ」
真っ赤になるジェーンに、母は
「今度その子うちに連れて来てね!」と言うと財布から200ドル札をだしてジェーンにくれた。ジェーンはお金を受け取ると、階段を駆け上がった。
好きな人か……友達と恋人の好きは違うのだろうか? 好き、という気持ちがあれば付き合うのに十分な理由になるのだろうか? そもそも付き合うって具体的にどういうことなんだろう? 付き合って家まで送って貰うのと、今日みたいに、ただ家に送って貰う事はそんなに違うことなのだろうか…… ジェーンは次々と浮かんでくる疑問に頭を悩ませた。本当に自分はマイクが好きなのだろうか? それなのに明日洋服を買いに行こうとしている自分はなんだか矛盾している。
「おはよう」
通いなれたリアの部屋に入ると、リアは髪の毛をツインテールに結んでいる所だった。いつも元気いっぱいで明るいリアに、その髪型はとても良く似合っている。
「あ、おはよう! ちょっと待ってね、すぐ用意終わるから」
リアはピンクのグロスを塗って、ジェーンの方を振り向いた。
「ジェーン! その格好どうにかならないの? 後そのめがね! 前から思ってたんだけど、はっきり言って似合ってないよ。度も入ってないんでしょ?」
リアはジェーンの黒縁メガネをサッと取り上げた。
「このメガネは没収! ほら、これで大分印象が違う。髪も、下ろしてみたら? 折角ジェーンはお母さんに似て綺麗なのに、全然、無頓着で勿体ないよ!」
「お母さんに似て綺麗? そんな事初めて言われた」
ジェーンは心底驚いた。
「えー何言ってるの? 自分で鏡見てごらんよ。そっくりじゃん」
ジェーンはリアの部屋に掛かっている大きな鏡をまじまじと見つめた。母みたいに輝く様な美しさは無いが、メガネを外して髪を下ろすと、確かに母に似ている。
「そういえばジェーンの家って鏡がないよね、お母さんが嫌いなんだっけ?」
「うん。リアが昔にくれた手鏡ぐらい」
美しい母のせいで自分の容姿にコンプレックスを持っていたジェーンは、鏡がない事が特に気にならなかった。髪の毛はいつも手串で梳かして後ろに一つに束ねるだけだし、お化粧をするわけでも、鏡の前で洋服を選ぶわけでもないので、無くても困らないのだ。
――あれは9歳の時だった、母の友人の誕生日パーティに呼ばれ、ジェーンは精一杯のおめかしをして母と二人出掛けて行った。道行く人も、パーティ会場でも、皆、母を振り返り、その美しさを口々に絶賛した。綺麗なドレスを着て母の横にいたジェーンは誰からも目を留められることも、褒められることも無く、自分が透明人間にでもなったような虚しい気持ちになった。子供心にも、自分が着飾る無意味さを痛感し、それ以来ジェーンは故意に自分の容姿にかまわなくなった。
「もう少し磨けば、誰もが振り返るような美人になれるよ!」
ぼんやりと鏡に映っている自分を見つめていたジェーンはリアの声に我に返った。
「もう少し磨けばって、何よ!」
ジェーンは照れ隠しに少しむくれてみせた。