CH5
Ch5
図書館に入るとマイクは昨日と同じ席に、ドアに背を向けて座っていた。
ジェーンは大きく深呼吸をして、
「おまたせ」と彼の隣の席に着いた。
「ああ」
マイクは今日の朝の笑顔は嘘だったのかと思えるほどぶっきらぼうに返事をすると、読んでいた本から視線を動かしもしなかった。
ジェーンはどうして良いか分からずに、ただ、黙って彼の横顔を見つめていた。長い睫毛に縁取られたブルーグリーンの瞳が右から左へ本の上を規則正しく進んでいく。
マイクに嫌われる様な事をしただろうか? ジェーンは不安そうにマイクを見つめた。
(まさか私がマイクの事が気になってるのがばれたのかな? でも、別に好きとかそういう訳じゃないんだけどな……)ジェーンはシルバーアイズと並んでも見劣りしない程美しいマイクの顔をじっと見つめてから、こんなにジロジロと見たらもっと嫌われてしまうかも、と視線を急いで逸らした。
(でも……本当にシルバーアイズみたい)
日焼けしているが、きめ細やかな肌、銀色では無いが、澄んだ美しい瞳。マイクはジェーンの母を彷彿とさせる様な、凛とした美しさを持っている。
(私何かしたかな?)ジェーンは再度頭を悩ませて、ハッと我に返った。
「ああ、もう!」
ジェーンはいつも考えてばかりで行動に移せない自分に嫌気がさして、無意識に声を上げた。
マイクはびっくっとしてジェーンを見上げた。
「ごめん、来てたんだ、俺、本を読み始めると周りが見えなくなっちゃって」
マイクは自分が怒鳴られたのだと勘違いした様で、しゅんとした顔で目を伏せた。
「違うの! 自分に言ったの」
「え?! 独り言だったの?」
マイクは驚いた顔をすると、あははと笑った。
「しぃ」
図書館の司書さんにジロリと睨まれ、声を抑えたものの、マイクはまだ肩を震わせていた。
「ジェーン、君って面白いね」
「面白いって、それほめ言葉じゃないよね」
言葉とは裏腹に、マイクが故意に無視したのではないと分かって、ジェーンの頬も自然と緩んだ。
「ごめん」
マイクはにこりと笑うと読んでいた本を閉じた。
「それ」
ジェーンはマイクの読んでいた本の表紙に目を留めた。
「ん? 古い本なんだけど、結構はまるよ」
「知ってる! 私も読んだ事ある。すごく面白かった」
「え? 俺この作者の本読んだ事ある同い年の人に初めて会ったかも。相当古い本だから」
「私も」
その本は父が残していった本の中の一冊だった。ジェーンはその本がとても気に入り、その作者の他の本も集めたのだ。
「クリスマスイブって言う本も面白かったよ。見知らぬ人達がクリスマスを一緒に祝う事になるまで、各主人公のショートストーリーを交えて書いてるの」
「へえ~それ読んだ事ないな」
「一時期すごくはまって、ジェイムス・リーの本、殆ど集めたんだ」
「すごいな、本好きなの?」
「うん結構色んなジャンルの本読むよ。家の一部屋は本ばっかりで図書館みたいになってる」
「そっか、俺も本読むの好きなんだ。今度ジェーンの家に借りに行ってもいい?」
「え!? も、もちろん」
あまりにも自然にマイクが聞いたので、ジェーンは驚いてしまった。
「そろそろ勉強しようか、アーネスト法について書かないと」
「う、うん」
マイクにしてみれば、話の流れから出た社交辞令だったのかもしれない。そんな事を考えていたジェーンの気持ちも知らず、マイクはアーネスト法について書かれた分厚い本に目を落とした。
「アーネスト法の基本は普通の法律と変わらないんだよな。罪を犯せば法律で裁かれるってだけ、単純な事なんだ。シルバーアイズも元は人間なんだから」
「元は人間って、シルバーアイズの事嫌ってるんじゃないの?」
「え? なんで?」
ジェーンは訳が判らなくなった。
「なんでって、レジスタンスの会合に出てるんだよね?」
一瞬マイクの表情が消えた。
「ごめん、私何でも思った事口にしちゃって、ごめんね、私には関係ないことなのに」
(しまった)、と思った時にはもう遅かった。(余計な事を言ってしまった。折角、マイクと仲良くなれそうだったのに……嫌われてしまったかもしれない)
ジェーンは思った事を何でも口に出してしまう自分に嫌気がした。
「うん、最近は良く顔出してるかな……でも会合に出てるのは秘密にしてたつもりだったんだけど」
マイクは困惑した表情を浮かべた。
「秘密?」
「だって、この学校に通ってる子供の半数以上はシルバーアイズの子供だろ? 俺が会合に出てるの知れたら感じ悪いじゃん」
「感じ悪いって……」
「俺はシルバーアイズが嫌いな訳じゃなくて、エクストリームズが嫌いなんだ。人間の犯罪者が嫌いなのと同じ理屈。でも人間が嫌いなわけじゃない。ただ会合に出てる人の中にはシルバーアイズ全てを嫌ってる人達もいるから、同じように見られてしまうのが嫌で秘密にしてたつもりなんだけど……」
全校生徒が知っているのに本人は秘密にしていたつもり……ジェーンはマイクのおとぼけぶりに唖然とした。
「そっか、ごめんね、私マイクのこと誤解してたみたい」
ジェーンは吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
「誤解?」
「うん。噂ではレジスタンスで、シルバーアイズが嫌いで、後、女嫌だって」
「女嫌い……?!」
絶句したマイクを見て、ジェーンはつい笑ってしまった。マイクを知れば知るほど、噂は単なる噂に過ぎないと言う事が分かってきたからだ。本当の彼は人見知りで、照れ屋で、しかも自分の魅力に鈍感。
「そんな風に思われてるんだ……どうりで女の子から声が掛からないと思った」
マイクは憮然とした顔をした。
「噂になるのはみんなマイクに興味があるからだよ、でもマイクはいつも怖い顔してるから、みんな声を掛けずらいんだよ」
「怖い? 俺、怖い顔してるかな?」
「うん。さっきも私が図書館に入って来たとき怖い顔してた」
「本に集中してただけなんだけど」
あせりながらしきりに首を捻るマイクの仕草があまりに可愛くて、ジェーンは堪え切れなくなり大笑いしてしまった。
「しっ!」
また司書さんに睨まれ、ジェーン達は同時に肩を竦めた。
「外に出ようか?」
マイクに促され、ジェーン達は本を抱え、図書館を後にした。
「笑いすぎだよ」
「ごめん、でもマイクもさっき私のこと笑ったじゃない」
ジェーン達はお互いの顔を見合わせると、同時に吹き出した。
「俺この学校にきてまともに女の子と話したのは君が始めてだ」
「だって女嫌いだからでしょ」
ジェーンがくすくすと笑うと、
「どこからそんな噂が流れたんだろう」
マイクは心外だ、と言うような顔でため息をついた。
「ジェシカの誘いを断ったって聞いたけど?」
「ジェシカ? 誰それ?」
「ジェシカ・アーノルド! 知らないの?」
「知らない」
「チアリーダーで、学校で一番可愛い子だよ!」
「一番可愛いって言われても分かんないよ。みんな同じような格好だし、同じ様な顔してるじゃないか」
ジェーンは絶句した。
「それに俺、誰かの誘いを断った覚えないけど」
マイクは盛んに首を捻った。
「もしかして本に集中しすぎて、ジェシカの事気が付かなかったんじゃないの?」
「うーん、そうかな? 俺よく親父に叱られるんだよね。一回、家で本読むの禁止された事もあったし」
「本当?!」
呆れたような声を上げたものの、ジェーンはマイクが噂とは全然違って気さくな事、しかもその事に気づいている女の子が学校中で自分だけだと言う事がとても嬉しかった。何だか、自分だけがマイクにとって特別な存在になった気がした。
いつの間にかジェーンは自分の家の前まで来ていた。気づかないうちに足が自分の家の方へと向かっていたようだ。
「ここ、うち……送ってくれてありがとう」
「今日は楽しかった、ってもっとちゃんとレポートの勉強しないとだな。それじゃ、また月曜日!」
「うん、ありがとう!」
ジェーンが言い終わらないうちにマイクは走りだしていた。ジェーンはマイクの影が小さくなって見えなくなってもその場に立ち尽くしていた。