CH4
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「おはよう! 昨日は楽しい誕生日だった?」
満面の笑顔のリアが駆け寄ってきた。
「リアは何も悩みがなさそうで良いね~」
ジェーンはため息を漏らした。
「何をそんなに悩んでるの? まさか昨日マイクにすっぽかされたとか?」
「まさか! 6時までちゃんと一緒に勉強したよ……」
「ふーん、じゃあ何なのよ」
リアは男女の揉め事以外にどんな悩みがあるのだ、と言う様な態度でジェーンを軽く睨んだ。確かにジェーンは男女の恋愛事情には疎く、17歳にもなるのにボーイフレンドの1人もいない。そんなジェーンのことを親友として心配してくれているのは良く分かるのだが、周りの子の様に付き合ったり別れたり、恋愛が全て! とはジェーンには思えないのだ。
「昨日お婆様が来たのよ…」
「ああ~」
その一言でリアには全て分かった様だった。
小学生の頃から仲の良かったリアは、ジェーンのうちの事情も良く分かっているし、あのお婆様にも会ったことがあるのだ。
あれは10歳の誕生日だった。ジェーンがわがままを言って、止める母の言葉を無視してリアを誕生日のディナーに招待した。祖母は部屋に入ってくるなり、
「なんて人間臭いのかしら、我慢できないわ」
とリアを一瞥すると、あろうことかクルリと背を向けそのまま帰ってしまったのだ。
あれにはジェーンも唖然としたが、リアにも相当強烈な印象を与えた様だった。母はそれ見たことかとため息をついたが、その後ジェーンとリアの為に、何とか楽しい誕生日を演出してくれた。
祖母は昔からの大地主の一人娘で、何不自由なく周りから蝶や花やと育てられた。また家系をさかのぼると貴族の血を引いていることを自慢としていて、自分以外は価値の無い人間、と本当に思っている様な所があった。自分に自信があり、自分がいつも正しいと信じている。そんな祖母だが、その自信に満ち溢れた様子が、ある意味ジェーンには羨ましくも思え、血が繋がっていると言うこともあり嫌いにはなれない。
「リアちゃんには悪いことをしたが、お婆様はあの時やきもちを焼いたんだよ、たまにしか会えないのに、お前を独り占めできなかったから、怒ったのさ」
その後、笑いながら祖父が耳打ちした言葉にジェーンは再度確信した……(やっぱり私はお婆様を嫌うことはできない)
しかし、ジェーンと言う危うい糸でまだ繋がってはいるが、母と祖母の間には計り知れない位深い溝があるようだ。そして、ジェーンにはまだその理由を聞く勇気が無い……17歳になったら……何度と無く自分に言い聞かせてはいたが、シルバーアイズになりたいのかなりたくないのか、それすらも自分で決める事ができないのに、真実と向き合う準備ができているとは到底思えなかった。
(でもそろそろちゃんと考えないと……)
ジェーンはロッカーの取っ手に手を添えたまま暫くそこに佇んでいたが、気を取り直して教室に向かおうと振り向いた。その瞬間、ロッカーに向かって歩いてきたマイクと目があった。
「おはよう」
マイクは太陽の光をバックに、神々しい笑顔をジェーンに向けた。その姿は神話の中から現れた太陽神の様だった。
「お、おはよう」
リアに小突かれて我に返ったジェーンは、小さい声でもごもごと挨拶を返し、驚いた顔をマイクに見られない様にその場から逃げ出した。
「ちょっと~、あの笑顔! 私あの人が笑ったのって始めて見たかも。昨日何があったか、教えなさいよ!!」
リアがニヤニヤしながら後を付いて来た。
「別に一緒に勉強しただけだよ」
ジェーンはわざとぶっきらぼうな口調で、唇を尖らせた。
彼は思った程気難しい人では無いのかもしれない。ただ単に人見知りなだけで。ジェーンはマイクの輝く様な笑顔を思い出していた。笑顔で挨拶してくれたという事は、友達……とまではいかなくても、知り合いぐらいには認めてくれたという事だろうか? ジェーンは数学の授業が終わったことにも気づかなかった。
「これは恋ね、しかもジェーンの初恋!」突然後ろから耳元に、リアが囁いた。
(恋!! 私が? マイクに?) 確かに彼のことは前からなんとなく気にはなっていたが、それは他の女の子達が彼の事を色々と噂していたから、ちょっと興味があっただけだ……
ジェーンは再度マイクの朝の笑顔を思い出してぼんやりと宙を見つめた。あの笑顔に魅了されない人はきっといないだろう。
でも本当にこれが恋なのだろうか? 確かにジェーンは彼が気になっている、彼の事をもっと知りたいと思っている。でもそれは恋愛感情では無い気がする……ジェーンは大きなため息を付いた。考えなければいけない事があまりにも多すぎる。
17歳――今年は思ったより、色々と変化のある年のようだ……
(私に正しい決断をする事が出来るのだろうか?)