CH2
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ジェーンが宿題を忘れた事に気づき、急いでロッカーに戻ってから歴史のクラスに走りこんだ時には、先生が課題を2人ずつペアになった生徒達に配り始めていた。
「ジェーン、君はマイクとペアになりなさい」
ミスター・ジョンソンはマイクの横の空いている席を指差すと課題の紙をジェーンに手渡した。
「シルバーアイズの歴史について」そう書かれた紙を手に、ジェーンはマイクの隣におずおずと腰掛けた。マイクはジェーンをちらっと見たが、ジェーンがそこに存在しなかったかのように、教科書に目を落とした。
「ペアになった二人は2週間後の今日までにレポートをしあげて、発表の準備をするように」
クラスが終わるまで、ジェーンは身動きもとれずにじっとマイクの隣に座っていた。リアが朝、色々と言っていたから、マイクの事を変に意識してしまったのだ。
ベルが鳴ったと同時にマイクは立ち上がり、去っていこうとした。
「ちょっと!」咄嗟にでた言葉にマイクが振り向いた。
「あの、えーと、レポートどうする?」
ジェーンは何となく緊張しながらマイクの反応を待った。
「俺が適当に書いてくるから、発表だけしてくれ」
「え? それじゃだめだよ。私の今までの歴史のレポートはすべてA+だったんだから! このレポートも良い点取らないと!」
マイクはしばらくジッとジェーンを見てから、
「学校が終わったら図書館で待ってる」とだけ言い、去っていった。
(馬鹿! A+? なんであんな事言っちゃったんだろう)
今朝の明るい気分は吹き飛んで、ジェーンは真っ暗な深海にブクブクと沈みこんでいる様な気分になった。
「私に感謝してよ。ジェイクと組んであげたんだから!」
帰りの用意をしながらリアはジェーンの背中を豪快に叩いた。
ジェイクは歴史のクラスで唯一マイクと同じサウス地区から来ている男の子だ。
「なるほど、それでマイクがあぶれてたわけね」
ジェーンは深いため息をついた。
「誕生日だもん、少しは楽しい事しないと! じゃあお先に。がんばって!」
ジェーンはウインクをしたリアを恨めしそうな顔でにらみつけた。
ロッカーから図書館の道のりはとても長く感じられた。オープンテラスを横切り、図書館のドアを開けると、ヒーターの生暖かい空気が流れてきた。ジェーンはジャケットを脱ぎながら図書館の中を見回した。マイクは一番奥のテーブルに、ドアに背を向けて座っていた。その背中には近寄りがたい、人を拒絶しているような雰囲気が漂っていた。
ジェーンはおずおずと近寄ると、マイクの隣の席に鞄とジャケットを置いた。
「お待たせ」
マイクは読んでいた本から顔をあげると、にこりともせずに頷いた。
ジェーンはマイクの無愛想さに多少ひるみながらも、
「何を読んでるの?」と出来るだけ明るい声をだした。
「シルバーアイズの歴史」
マイクはぶっきらぼうに答えた。
「そう、何か面白いトピックはあった?」
「……」
必死で話しかけているのに、何の反応も無く、ジェーンは少しむっとした。
「もう少しまともな会話ができないの?」
マイクは驚いた様にジェーンを見上げた。ジェーンはつい本音を声にした自分に肝を冷やしながら、いそいで頭を下げた。
「ごめんなさい、私思った事をすぐ口に出してしまうの……」
マイクは叱られた子供のような顔をすると、
「ごめん……俺、人と話すのが苦手で……」ぼそっと呟いた。
「え? そうなの? でも友達とは良く話してる……よね?」
ジェーンはサウス地区の友達と、と言う言葉をどうにか飲み込んで、それでも皮肉っぽく聞こえたのではないかと、不自然な笑みを浮かべた。
「ああ、あいつらは昔から知ってるから……」
「昔から? 最近引っ越してきたばかりじゃないの?」
「引っ越してきたのは最近だけど、親父の兄弟がこっちに住んでるから、休みの時にはいつも遊びに来てたんだ」
「そうなんだ……」
ジェーンは噂話を鵜呑みにしていた自分をとても恥じた。
ジェーンが急に黙ってしまったので、マイクはジェーンの顔色を伺うようにじっとジェーンの目を見つめた。ジェーンは顔が火照るのをごまかすように咳を一つして、
「レポートのトピックを決めない?」
と提案した。
マイクは読んでいた本をドサッとテーブルに投げ出した。
「シルバーアイズの歴史って言われても、ここ百年ぐらいの事しか分かってないだろ? 昔から居るシルバーアイズ達は以前同様謎に包まれたままだし、シルバーアイズになる方法も企業秘密で、今は政府が管理してるから、結局、シルバーアイズの事は何一つ分かってないのと同じなんだよな……それでレポートを書けって言われてもな……」
ジェーンはマイクの言い分に頷いた。
「そうだよね……でも、最近の歴史を振り返るだけだとつまんないし、きっとクラスのみんなもこの百年間の年表を作ってくるだろうから……なにか一つのトピックに焦点を当てるのはどうかな?」
ジェーンの意見にマイクは面食らった顔をした。
「何? 私何か変な事言った?」
「いや、俺とまったく同じ意見だったからびっくりしただけだよ」
マイクはそう言うと少し戸惑いながら、
「まさか俺の考えてる事が分かるとかじゃないよね?」
と遠慮がちに聞いた。
「私は人間だよ。シルバーアイズのような事はできないよ」
「ごめん、そうだよな」マイクは慌ててあやまった。
シルバーアイズの中には稀に特別な能力を持つ者達がいるのだ。特別な能力を持つものは何二千人に一人の確率で存在するらしく、その能力も多岐に亘る。
特殊な能力を持つシルバーアイズは、人々に恐れられてはいたが、法律で政府にその能力を登録する事が義務付けられていて、その力を最大限に活かせる仕事に就くことが定められていた。もちろん中には登録をしていない者も存在するが、見つかった場合、特殊な刑務所に百年間投獄されると言う厳しい罰則がある為、九〇%以上のシルバーアイズは自分の能力を登録していると言われている。
シルバーアイズと人間の共存の為の法律は多数設定されていて、それを破った者達にはそれなりの裁きが下されるのだ。
「そうだ! アーネスト法について深く掘り下げてみない?」
「アーネスト法か……面白いかもしれないな」
マイクは頷くと、初めてジェーンに笑顔を向けた。マイクの笑顔があまりにまぶしくて、真っ暗な部屋から急に太陽の下に出た人の様に、ジェーンは目を細めた。ジェーンはそんな自分の反応に戸惑った。
「じゃ、じゃあ早速アーネスト法について調べようか」
マイクは頷くと、
「これにも少しは出てるけど」とさっきまで読んでいた本をジェーンに手渡した。
ジェーンは本を受け取るとアーネスト法と書かれた項目に目を落とした。
「アーネスト法、シルバーアイズの長老アーネストによって、人間とシルバーアイズの世界に秩序をもたらせる為に設定された法律」
その後は法律用語がズラズラと並んでいた。
「こんな難しいの理解できないね。そうだ、この法律をみんなに判りやすいように要訳したらどうかな?」
マイクはまた驚いたように一瞬目を見開くと、
「本当にシルバーアイズじゃないよな?」
今度はにやりといたずらっ子の様な笑みを浮かべた。