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4 混沌の味

佐倉のキスを見た次の日、やはり佐倉は図書室にやって来た。


「こんにちは。」


しかし、笑顔で挨拶をしてくる佐倉に、ちょっとした違和感を覚えた。


「こんにちは」

「返却ね」

「お預かりします」


カウンターの机に置かれた「人間失格」を受け取り、返却手続きをする。その様子をじっと見つめている佐倉は、やはりいつもより違う気がした。


「どうでしたか?」


返却作業を終えて、本の表紙を指でなでながら問いかける。何人にも読みまわされているその本は、古びて、少し端が擦り切れている。

いつもなら、私が聞かなくても感想を言ってくれるはずだ。やはり、今日の佐倉はどこか可笑しい。いつもの軽さというか、柔らかさがない。


「…面白かったよ。というより、興味深かったかも。凄く暗かったけどね」

「ああ、確かに暗いですね。太宰治が自身をモデルに書いたそうですよ」

「じゃあ、全部本当のことなの?」

「さあ、そこまでは…」

「ふぅん」


いつもより佐倉の口数が少ないせいか、会話が続かない。会話はいつも佐倉がリードしてくれていたので当然だ。


「…次の、おすすめを持って来るので、ちょっと待っててください」


沈黙に耐えられなくなった私は、その場を離れようとカウンターから出る。佐倉の横を通ろうとした時、佐倉に腕を掴まれた。

シャツの上からでも感じられる手の冷たさが怖くて、動くどころか何も言えない。


「東サンはどう思う?」


数秒したのち、佐倉はそう問いかけてきた。


「…何を、ですか?」

「この本の主人公」


そっと佐倉を横目で見るが、佐倉の目はカウンターの上におきっぱなしの「人間失格」をとらえている。


「…可哀想な人だと思います。」

「可哀想…」


「器用だけど、そのせいで不器用になったんじゃないかな、って思います。だから生きづらかったんじゃないですかね。でも、結構『ああ、それわかるな』って思うところも多かったです。」


下手に応えれば刺激してしまいそうな気がしたが、何が正解かわからず、結局思ったままを言ってしまった。


「…分かるの?」


本から視線をそらさないまま、佐倉は聞き返す。佐倉の声が硬い。いけないことを言ってしまったのかもしれない。しかし、口からでた言葉を再び飲み込むのは不可能だ。


「全部ってわけじゃないですけど、はじまりの『恥の多い生涯をおくってきました』でしたっけ?そことかは、何となく…」

「…じゃあ、僕のことも分かってくれる?」

「え…?」


佐倉の言ったことを理解する前に、腕を引っ張られた。そのまま後ろのカウンターの机の上に倒される。腰を打ちつけてしまい、痛みで顔が歪む。肩を抑え込まれ、起き上がることもできない。


止めてと言おうとした瞬間、佐倉が私に口付けた。

目を見開いて驚く私をよそに、佐倉は眉間にしわ寄せて私を見ていた。その目が何を言いたいのか、私には分からない。


私の唇と食べるように何度もついばみ、時々なめ上げる。必死に歯を食いしばって舌を入れないようにするが、佐倉は私の歯をこじ開けるように舌を動かす。

もう無理だ。佐倉が辛そうにしているのが見えるが、今の状況は私の方が辛い。佐倉の舌を拒みながら手探りで物を探し、手に取ったもので思いっきり佐倉の頭を殴った。


手に取ったものは、佐倉が返した太宰治の「人間失格」だった。


佐倉は、床にしりもちをついている。うつむいており、表情は前髪に隠されたまま見えない。

静かな図書館に、私の荒い息遣いが虚しく聞こえる。


「…分かってくれないんだね」


ぽつりと、佐倉はそれだけ呟くと私を一度も見ないまま、緩慢な動作で図書室を出て行った。

私はカウンターの上に座りこんだまま、それを見ているしかなかった。


「分かってくれない?」


何がだ。何を分かれって言うんだ。何も言わないくせに。私にキスをしたくせに。

佐倉は自分勝手すぎる。

ファーストキスだったのに。ファーストキスにはちょっとだけロマンチックな夢を見ていたのに。



「くそやろう」



私は小さくそう呟くしかなかった。





これで「混沌の味」はお終いです。

読んでくださった皆様ありがとうございます!

あの…キスってR指定入らないですよね?R指定ってどのぐらいから入れればいんですかね…?

誤字脱字などがあればご報告いただけると嬉しいです!

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