2 金曜日の味
佐倉が本を借りてから一週間。結局、佐倉とは話しかけられるどころか廊下ですれ違うこともなかった。どうやらあまりない事態に自意識過剰になっていただけのようだ。
そして今日、私はまた図書委員として図書館に来ていた。
パソコンで確認したが、佐倉はまだ本を返していないようだ。本当に来る気でいるのだろうか?
しかし、本を返してもらえないのも困る。
図書室を開けてからまだ十分しかたっていないが、落ち着かない。
勉強でもしようと英単語手帳を取り出す。英語は苦手科目だ。先生たちも、大学受験へと向けて勉強を開始した方がいいと言っている。
頭が悪い方でもないが、勉強なしでやっているほど賢くもないのだ。
そういえば、佐倉くんは定期テストでまいかい30番以内に入っていた。真面目そうには見えないけど、頭はいいようだ。というか容量がいいのかもしれない。
(って、また佐倉のこと考えてる…)
佐倉は私にとって非日常的な存在だ。仕方がないのかもしれない。
英単語手帳を開いたものの、色々と考えているばかりで全然勉強していない。
「はあ…」
思わずため息をついた。
「溜息つくと幸せ逃げるらしいよ」
「っ!?」
急に人の声が聞こえ、少し椅子から飛びあがってしまった。
声の主は佐倉で、カウンターの前に座り込んで机に腕を組み、その上に顎を乗せてこちらを見ている。
考え込みすぎて、佐倉が図書室に入って来たのに気づけなかったようだ。
「こんにちは、東サン」
「こ、こんにちは…」
「眉間にしわ寄ってたね。悩み事?」
「ええ、まあ。ちょっと…」
その根源は目の前にいますけどね。
それより、佐倉は本当に来たようだ。来ないかもしれないという考えが強かったせいか、少し驚いた。
佐倉は立ち上がり、本をカウンターへと置いた。先週、借りていった小説だ。
「はい。返却ね」
「あ、はい。…あの…」
「何?」
「読まれたんですか?」
佐倉は本をあまり読まないと言っていた。いくら児童文学とはいえ、本を読みなれていないのに一週間で読み終えられるのだろうか?
「読んだよ。思ったより面白かった。」
「本当ですか?」
「うん。児童文学だからもっとおおざっぱなのかと思ったら、描写も綺麗で驚いた。それに文章が分かりやすい」
「あ、そうですね。分かりやすく書いてあるのに、くどくないのですごく読みやすいんですよね」
「ねー。それにさ、主人公のキャラもなかなかだよね。」
佐倉は本の感想を、楽しそうに話してくれる。ちゃんと読み終えことも意外だが、こんな風に感想を言ってもらえるのは驚いた。だけど、自分の進めた本を気に入ってもらうのは嬉しい。