バーサーカーは休まない
上の階とつながっていない最下層だが、アルの咆哮のおかげでここまで空気がびりびりと振動しているのを肌で感じ取れる。他の階層にまで咆哮は響いて探索中の冒険者の動きが止まった。
かなり致命的な隙を作らせてしまったが、これはダンジョンにいる魔物にも言えることであり狼はもちろん、スライムやゴーレムまで下に降りる階段から極力離れようとしていた。
一応、それぞれの階層から出ていないのでまあ良しとする。
しかし、冒険者の方も恐怖のあまりパニックを起こし始めるパーティーが続出してものすごい勢いで簡単なトラップまで引っかかるようになり始めたから慌てて一時的にトラップ機能を停止させた。
「バーサーク、レベルが低くてもここまでのものか…………」
端末でアルのスキルを確認するがバーサークはレベル1の状態だった。よく考えたら初めてこのスキルを使うことになったな。
バーサーク、理性のリミッターが外れて常に魔力を消費し続ける代わりに肉体を超強化する反則級のスキルだ。端末にあったスキルの説明を読んでから基本的には使うなと言いつけていたんだが…………
そこまで追いつめられるほどだったのか。ぶっちゃけ君の体力は数値上だと半分以上残っているんだけど?
外見上の怪我は深刻なものに見えるけど痛みや苦しみは本人しか分からないからな、少なくともこのスキルを使うときに何かしらの決意があったのだろう。
…………それでも良くやった。相手も未知で強力な技?魔法?どっちでもいいが相手の奥の手を耐えきったんだ。
さて、そろそろやばそうだから止めに行くか。彼女達の誰かが死ぬ事で文句言われたら困るからな。
端末からボス部屋に向かう転移を行い、この部屋に残ったのはメジェドさんとブルブル震える金時だけだった。
〜●〜●〜●〜●〜
「ぐああああっ!」
「隊長!大丈夫ですか!」
「ーーーーーーーー!ーーーーーーーー!」
「くそっ、こんなの隠してやがったのかよ!」
『ヴァルキリー』のパーティーはアルに一矢報いたのはいいものの、感傷に浸る間も無く先ほどよりも攻撃が単調になったがより素早く、攻撃がまだ捉えられるかどうかという程になり苦戦していた。
辛うじて受け流しつつあった攻撃も耐えきれなくなり隊長が吹き飛ばされる。
壁にぶつかり重傷を負ってしまうが、まだ彼女の意識は闇に落ちない。
「ぐ…………撤退!今の奴を相手にするな!撤退することだけ考えろ!」
「了解!」
「がってん承知っ!かぁ、危ねえ!」
この世界にもがってん承知という言葉はあるらしい。しかし、暴走したアルの猛攻を防ぐのに精一杯で引くことすらできない。
厄介なことに、誰1人逃さないように満遍なく全員を攻撃していくのだ。
しかも、この状態を放置して下手に逃げたら上の階層まで追ってくるかもしれない。彼女達にそういう危惧もあった。
「避けろぉ!」
「…………あっ」
彼女の上から叩き潰さんとばかりに上から拳が降ってくる。もう避けられないと悟った彼女は死を待つだけだった。
しかし、衝撃が来たのは上からではなく横からだった。横からきた衝撃によって彼女は吹き飛んで誰かがアルの拳を受け止めた。
「全く、上から攻撃するのは構わないけどフンまれることを考えてないな。今の状態だと仕方ないか」
「け、喧嘩屋!?」
「ここは俺が逃がしてやるからさっさと撤退しろ。巻き込まれるぞ」
このダンジョンマスターである男が巨人の攻撃を受け止めていた。アルは潰さんと力を込めているが彼はびくともしていない。
「こんな力があったのか。まあ理性が無くなるのは感心しないけどなぁ!」
『ヴァルキリー』は目を疑った。あの巨人の攻撃を跳ね返したうえで素手の攻撃を叩き込み、大きくよろめかせたことが何よりの衝撃だった。
そもそもタイタンとは巨人であって身長や筋力が人間よりもはるかに上回っており、希少種のアルは身長こそ通常種のタイタンより一回り低いが筋力と体重はほぼ一緒なのだ。つまり、筋肉の密度は圧倒的にアルが強いということになる。
このことは彼女達は知らないが暴走したタイタンの腕力を弾き、あの質量をよろめかせた健五のあり得ない力に戦慄した。
その時に魔力の流れを感じられなかったため純粋な攻撃力だったと後で理解し、『自分たちはこんな化け物に喧嘩を売ったのか』と公開することになったとか。戦闘バカは逆にやる気に満ちたらしい…………
「----------------!」
「どうした、そんなもんじゃないだろ?ただの馬鹿力にかまけて戦略を練るお前らしくない」
「----------------!」
「聞こえちゃいないか。そろそろ魔力も終わりだろ?」
アルは彼女達の目に留まらないスピードで拳の嵐と言わんばかりに健五にラッシュえおしかせる。この時、アルのスキル欄に『喧嘩術(レベル1)』が追加されていて攻撃の練度が増していた。
それでも健五はその攻撃を真正面から迎え撃つ。一つ一つの攻撃に合わせて拳をぶつけ合う。それだけでも空間が震えるほどの衝撃波を放ち爆音を鳴らす。
もはや逃げることは頭の中から消えて見入ってしまうほどだった。単なる力と力のぶつかり合いだが、それがとても恐ろしく感じとれてしまった。
「----------------!!!」
「こいつ、限界超え始めてきやがったか!」
血反吐を吐き出しながら殴ることをやめないアルに対して健五は悪態をつく。
どうやら多雨力を削って魔力に変換し始めたようだ。ここまで来ると本格的に命が危ない。
「チッ、じゃあもう終わらせる!」
飛び上がってアルの顔面を横から殴る。またアルがよろけるも体勢を立て直す。しかし、そこに健五の姿はなかった。
「ぬぅんっ!」
どこに行ったと探す前に、どこから声が聞こえたか理解する前に、アルの顎に大きな衝撃が走りそのまま宙に浮くほど吹き飛んだ。
健五はアルの懐まで接近してしゃがみ、ジャンプと同時に強烈なアッパーを放ったのだ。普通ならこの体格差かつ素手でアルを吹き飛ばすことに強烈な違和感を感じるはずなのだが、見ていた彼女たちは妙にしっくりときていた。
しかし、巨人は立ち上がった。
「…………………………………………」
「…………落ち着いたか?」
咆哮どころか唸り声すら出さず直立不動なアルに、健五はさっきまでかなり派手に暴れていたはずなのに少し傷が入っただけで済んでいたガスマスクを拾ってっ差し出す。
「…………シュコー…………」
すぐにガスマスクを受け取りいつもの呼吸音が響く。バーサーク状態は解除されたようだ。
「今日はもうダンジョンを閉めるか。おまえもこんなに傷だらけだしな」
「シュコー…………シュコー…………」
「どうした?おいおいまさかまだやれるってか?頑張りは認めるけどこれ以上は誰もこないと思うし治療したほうが…………」
「シュコー…………シュコー…………」
「…………わかった。今日は気のすむまでそこにいたらいい。一応、薬は置いておくからな」
立ったまま動かないアルを休ませることをあきらめたのか、あらかじめ入手していた薬を彼の前において健五は端末を操作して何処かへ転移していった。
「シュコー…………シュコー…………」
いつの間にか『ヴァルキリー』のメンバーもいなくなり聞こえるのはアルの呼吸音のみ。
この日、傷ついた巨人は終業時刻までボス部屋から出ることはなかった。




