エピローグ
「暑いなあ」
「そうだね。そろそろ秋だよ」
残暑が厳しい青空の下、兄妹は街を歩いていた。
四人の《革命者》が誕生してから一ヶ月。街ではまだほとぼりが冷めきらず、復興を進めようとこの日も朝から総動員で作業が行われていた。
「ってことは俺たちがここに連れてこられてから五ヶ月ぐらいか?」
「うん。今頃元の世界では夏休みが終わってる頃だよ」
自分からこの話題を振っておきながらサクヤは悲しくなった。
この世界に来た――というより連れてこられた――のは三月の下旬。終業式の翌日だ。サクヤは高校生活を一年終えて疲労を覚え始めていた頃だったが、メグにしてみればもうすぐ始まる高校生活に心躍らせていた頃だ。本来なら今頃、人付き合いのいいメグは友達を多く作り、充実した日々を過ごせていたはずなのだ。
それが、この世界に来たせいでその予定は台無しになってしまった。
「あ、マリナさんいたよ」
メグが指差す先に腕を組みながら待つ、初めて見るラフな格好の私服姿のマリナがいた。どうやら彼女も二人に気づいたようでこっちを見て手を振ってきた。
「ごめん待った?」
「そうでもないわ。早く行きましょ」
三人が向かったのは今日再オープンのマリナが気に入っていたレストランだ。一度は《創始者》に燃やされて建物は全壊したが、騒動が終わった翌日から再建築され、僅か一ヶ月でのスピード復活に至ったのだという。
「ねぇあれって」
三人で歩く前方から少し逸れた場所を、今度はマリナが指さした。
つられて見ると、輝き出しそうな金髪をツーサイドアップにしてきょろきょろと周囲の様子を窺う少女の姿がある。
近づいてみると、それは間違いなく共に戦ったレイヤだった。
「レイヤどうしたんだ?」
「あ、サクヤ! それにマリナとメグミも久しぶり!」
「村の方はもういいのか?」
「うん! みんなすごく働くからもうだいぶ終わったよ。だから久しぶりに会おうと思って探してたんだ」
レイヤは戦いの後、またも故郷が焼けてしまったため、村の片付けを手伝うといって三人とは別に行動していた。
あの日の事件での死者はいない。一帯が火の海となるほど悲惨な状況にも関わらず全住人が無事でいられたのは不幸中の幸いだ。
とは言え、《創始者》の引き起こした事態は人々の心を深く刻み、一時期は誰もがかつてサクヤの見た貧民の家族のように怯えたこともあった。
しかし不思議なことに、四人が男を打ち倒したことは公言していないはずなのに人々はその事実を知り、街に戻ってきた四人を出迎えてくれた。
そんなこんなで四人は多くの信頼を得てこの世界の頂点に立ったわけだが、四人はその権限を放棄した。さらに言えば身分制度も完全に廃止。
さすがにこれにはいい顔をしなかった人も中にはいるだろう。だが、もう二度とあんな悲劇を繰り返さないようにと、四人で出した結論だった。
「それで、みんなどこに行こうとしてたの?」
「ちょっとね。レイヤ、あなたも来る?」
「うん!」
こうして四人は和気あいあいと話しながらレストランに入っていった。
「内装が前と変わってないな」
「そうね。前と同じような作りなってるらしいしね」
黄色く照らされた洋風の部屋は行きつけだった時と同じで、なんだか懐かしさを覚え、どこか落ち着く。
「そう言えばメグとレイヤはここに来るの初めてだっけ?」
「うん」
「そーだよー」
メグとレイヤが同時に頷く。
まもなくして注文を取りに来た店員にマリナは目を輝かせながらいつものものを頼み、初めて来る二人も「じゃあ同じものを」と言う感じでマリナと同じものをオーダーする。
まだ昼食を摂るには早く、特にお腹も空いていないためにサクヤだけはドリンクバーのみにしておいて飲み物を汲みに彼は席を立った。
ジュースを持って席に戻ると、僅かな時間に三人はガールズトークに花を咲かせていた。男一人居場所がないサクヤは席の端に位置取ると、話に耳を傾けながらグラスに口をつける。
ここも、平和になったものだ。二ヶ月ほど前まではここで食事をしているだけでも、身分の低い人が革命を起こそうとしたり、自分の意思ではないとは言えメグが襲ってきたりと、安全だと保証できる場所なんてなかった。
しかしどうだろう。身分という争いの火種がなくなった途端、差別は無かったかのように平和にしている。
それこそがサクヤたちの目指した世界だ。
「マリナさんも大変ですね。こんなお兄ちゃんのことを好きになるなんて」
「ぶっ!」
不意をついたメグの発言にサクヤは口に含んでいたジュースを噴き出した。
「ななな、なにを言うのメグちゃん」
「そんなに隠さなくても大丈夫ですよ。私は反対しませんから。むしろ応援します。マリナさんなら安心ですし」
「そうだよマリナ。頑張ってね」
「も、もうレイヤまで……」
「ヒューヒュー、幸せそうだねお二人さん」
「レイヤ……」
「こほん。お兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますね。ほんとに何にもできなくて情けない兄ですけど」
「おい何だよその言い方」
「えー、いいじゃん。事実なんだし」
「むぅ」
三人の笑い声が重なった。
――いつまでもこの幸せな時間が続けばいいのに。
それは誰しもが願うことだろう。だがいくら願えど、いくら努力しようとも永久に維持することは誰にもできない。どれだけ平和な世界でも少しの綻びやいざこざから大なり小なり争いごとは起こる。
でも人とはそういう生き物だ。誤り、争い、理解することによって人は成長していく。何度間違っても構わない。大事なのはその後だから。
もう悲惨な事態は繰り返したくはないから、せっかく取り戻した平和な日常を壊したくないから、四人はこの世界を見守っていく。それが、今この世界でクラス人々の幸せに繋がるのなら、サクヤはまた戦うことはあるだろう。
できればそうならないことを願いたいが、それは誰にもわからない。きっとみんな思いは同じだろう。なら、問題はない。遠回りをしても目指す先が同じであれば大きな問題は起こらないだろう。きっと。
「お待たせいたしました。パフェ三つです。」
店員の運んできたパフェを目にした瞬間にマリナが久しぶりに目を輝かせ、彼女を見た三人が楽しげに笑った。
Fin.
これにて完結となります。
今まで読んでいただきありがとうございました。