第四十七話
だが男はメグの表情を目にしても余裕そうに軽く笑ってみせた。
「実験は成功したはずだったが、まさかな。さすがに何となく予想はしていたとは言え、ショックだな」
言葉とは裏腹の表情を浮かべる《創始者》。本当にショックを受けているようには到底思えない。
だからこそ、サクヤは少なからず恐怖を覚えた。男には自分の弱点の魔法の装置を敵に見せても焦らずにいられる何かがある。そのことは間違いなどではないだろう。
「さて、何でこの設備があるか、だったな」
男は間を取り、サクヤとメグを横切ってコンピュータの前へと移動する。
「確かにこれはこの世界のものではなく、君たちの世界にあるものだ。なのにここにある理由、だった。それは」
「それは、《創始者》が私たちの世界について調べたからよ」
またしても新たに声が聞こえて部屋の入口を振り向く。そこにはレイヤに肩を支えられながら自信に満ちた顔を浮かべるマリナがいた。
彼女たちの姿を見た途端に、隣にいるメグが身を強ばらせたのを感じた。無理もない。メグは決して自分の意志ではないとはいえ、マリナとレイヤに攻撃した事実に罪悪感を抱いているのだから。
「ほう?」
男が興味深そうに声を上げる。
「魔法を使ってこの世界を支配することは昔から計画されていた。両親が夢の中で殺され、私がここに召喚されたのは、魔法によって人の夢に干渉して現実にする力の実験の第一段階でしかなかった。でも実験の結果は半分成功で半分失敗。夢に干渉した被験者の私はこの世界に生まれそだった人間ではなかったから」
今は男も何も言わない。サクヤもメグもひたすら無言を貫きマリナが続けるのを待つ。
「それすらも《創始者》は利用しようと考えて何度も私たちの世界に干渉した。そして三年後、今度はサクヤの夢に干渉してメグミさんを連れ去った。これが実験の第二段階よ」
またしても言葉を止め、レイヤの肩を借りたままゆっくりとサクヤたち兄妹の前まで来た。
そして真っ直ぐとメグを見詰め、
「……あなたが、メグミさんね?」
「…………はい」
メグの声はまだ固かった。
心配ないというようにサクヤは妹の肩にそっと手を置く。
「あなたは、どうなっていたの?」
聞いていると、マリナの口調は優しいものただったが、直球な質問はメグには堪えるだろう。
横目で妹の様子を窺ったが、答えられそうにはなかった。
「そこの装置でメグの中にもう一つの人格を植え付けられていたんだ。でも、メグの記憶はちゃんとあったみたいで」
代わりにサクヤが答えたが、マリナはそれについて何も咎めず、「そう」とだけ返すと再び《創始者》に向き直る。
「連れ去ったメグミさんに別の人格を植え付け、干渉した人間を自分の手駒にする。これがあなたの実験の最終段階よ」
「ち、ちょっと待て。マリナはメグが違う人格を植え付けられたことを知っていたのか!?」
慌ててサクヤが問いただすがマリナはそれには答えない。
「結論から言うと、実験は全て成功した。しかもこの世界だけではなく、私たちのいたもう一つの世界も巻き込む形でね」
マリナの言葉の中には、サクヤも知らないことが含まれていた。マリナとサクヤ、そしてメグがここに連れてこられたのが《創始者》の世界支配のための実験に過ぎず、そのために辛く苦しい思いをさせられてきた。当然、許すことはできない。
しかし、目の前のコンピュータを始めとする設備はどう見てもサクヤたちのいた世界のものだ。単なる異世界の住民であれば本来ならそれらの存在すら知らない。だからマリナの指摘ならば合点がいく。
「フッ、フハハハハハハハ! いい推測だな。だが、九十点といったところだ。貴様の推測には一つ相違がある。それはな、魔法は最初からこの世界にはないということだ」
「どういうこと?」
声を上げたのは魔法の使えるレイヤだ。彼女にメグが補足する。
「魔法は《創始者》がそこの装置によって作り出したものです。多分ですけど、そこの装置を破壊さえできればこの世界から魔法は無くなります。でも、破壊できなければ、《創始者》は魔法で何でもできます。支配も簡単にできるはずです」
妹の言葉で意外にもレイヤは納得がいったようで押し黙った。サクヤの知らないところでそれだけの何かを体感してきたのだろうか。
サクヤはこの場に来る前に簡単にだがメグから聞いていたために大して大きな反応は示さない。だが、誤りを指摘されたマリナは少なからず言葉が出せない程には驚愕している。
「やはり、完全に支配は解けてしまったようだ。これでは実験は失敗かな」
男の言葉が少し頭に来たサクヤは《創始者》を鋭く睨む。
「おっと。メグミの言う通り、魔法はここの装置で俺が作り出した。そこまで知られてるとは正直予想外だが、それを知ったところでどうする? この装置を破壊するか? 見たところ、貴様らで戦えるのは半分程だが?」
少し離れた場所にいるが、マリナが歯ぎしりする音が聞こえた。
ここに来る前にメグと寄った部屋の惨状から何となく想定していたが、マリナとレイヤの二人でも《創始者》相手では熾烈を極める戦いになっていたようだ。その結果、半分、つまりマリナとレイヤは戦えないという意味の言葉はあながち間違ってもないのだろう。
悔しさを滲ませるマリナだけでなく、レイヤまでもが僅かに目を伏せた。
となれば残るはサクヤとメグだが、できることならメグは戦わせたくない。せっかく取り戻したものを失いたくないから。
それがサクヤの本音だが、メグにとっては愚問だろう。きっと妹も戦うと言い出すはずだ。それに、一人ではマリナとレイヤで敵わなかった相手は倒せないというのも正直なところだ。
サクヤはメグと視線を交わす。するとメグも頷き返し、
「私が魔法であの装置を狙うから、お兄ちゃんはその隙に《創始者》を」
それだけ言うとメグは集中を始めた。
「『ストーム・ストリーム』!」
舞い上がった炎はあっという間に範囲を広め狭い部屋を炎で満たす。そして火炎の竜巻は室内のコンピュータを巻き込んで男へ向かう。
男の注意が火炎に向いたこの隙に、サクヤは炎の竜巻を追いかけるように走り出した。
この魔法は、サクヤも身を以て体感した。メグの放った魔法の狙いは男の背後の装置だ。もし男が魔法を斬ろうとするなら炎は分断され、付加されている追尾
ホーミング
機能で炎は尚も男に迫り、更には装置まで飲み込む。
男からサクヤたちの姿が見えないのと同様に、サクヤからも《創始者》の動きが見えないのが欠点ではあるが、目の前が開けた瞬間に奇襲をかければ問題はない。
前が見えないために自分がどれだけ《創始者》に近づいたか分からない。体感ではもうすぐ炎の渦は男と接触する。
そしてサクヤの目の前の炎の魔法がが破られ、視界が開けた。狙い通りに奇襲しようとしたサクヤだったが、彼だけでなく、この場にいた全員が凍り付いた。
「うそだろ……」
火の消えた中心部に《創始者》は何事もなかったかのように立っていた。それだけだったらまだよかっただろう。男は腕を組んだまま動いた形跡がないのだ。
何が起こったか想像もつかない。ただ一つ言えるのは、炎の渦が消えたのは男の仕業だということぐらいだ。
「悪くない狙いだが、甘いな。もう忘れたか。魔法は俺の与えたものだということを」
「くっ……」
メグが喉を鳴らした。
男の言い方だと魔法は全て通用しないことになる。恐らく、こちらの魔法を相殺しているのは同じく魔法。サクヤたちが優位に立とうとするためには《創始者》の魔法を封じる他ない。だが、魔法を封じるには男の背後にある装置を破壊する必要がある。
《創始者》に魔法を使われる限り勝ち目がない現状、完全に手詰まりだ。
とりあえずサクヤは自身の愛用する黒剣を抜いた。
「分かっただろ。貴様らに勝ち目はない」
「…………」
サクヤには剣を振ることしか方法がない。けれど魔法が通用しないなら結局は剣で挑むしかないのだ。
マリナもレイヤも戦闘できる状態じゃない。妹にも戦わせたくない。なら自分でやるしかないだろう。
「やるしかねぇだろ」
自分に喝を入れてサクヤは地を蹴り出した。
彼の繰り出す攻撃は今出せる全力の攻撃だ。しかし《創始者》は剣を持った右手一本でいとも簡単に防いでみせる。
我武者羅に、かつ冷静に。それを崩した瞬間にサクヤは瞬殺されてもおかしくない。
逆に落ち着いている間は勝つ可能性はあると、思い上がっていた。
今見かけ上攻撃しているのはサクヤだが、実際にサクヤは自分でも気づかない内に守りに入っていた。
表情一つ変えず、そして一歩も動くことなく淡々と必要最低限の動きだけで剣を弾く男の不気味さが少しずつサクヤを精神的に追い込んでいく。
やはり、今まで戦ってきた《創始者》は本気ではなかったのか。
勝てる思い上がっていた自分に羞恥心を抱くが、それでもサクヤは剣を振り続けた。
水平に斬って次は右下からの斬り上げ、そして斬り下し。自分の中で最大限工夫をしながらの攻撃ではあったが、結果的に無駄な斬撃となる。
どうすればいい。どうすればいい攻撃が通る。
考えるのは苦手なサクヤだが、この時はそんなことを言っている場合ではなかった。考えなければ状況を打破することなど有り得ない。
身体の動きも止めずに脳の思考も止めることはない。例え無駄だといっても全てを止めてしまったその時はもう色んな意味で終わりを迎えるから。
だからサクヤは体力の続く限り剣を振り続ける。この時だけはサクヤも、自分の考えるよりも行動する性格を呪った。