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第四十一話

13


 いつも以上に長く感じる道のりは異世界に来て数ヶ月で日常に馴染みつつあったものとは感覚的にも物理的にも違っていた。

 どれだけ歩いてもヨーロッパ風の建物群はそこにはなく、火の粉を撒き散らしながら燃え上がる凄惨な景色ばかりが延々と広がっている。普段ならこの景色一つ一つに苛立ちや憎悪を抱いているところだが今はとてもそんな気分にもなれない。

 さすがにそろそろメグが追いついてくる頃合だ。多分現在地は平民エリア辺り。ここまでよく持った方だろう。

 サクヤは重い足取りを止めてもうこれ以上の移動を諦めて後ろを振り向く。そこには予想通り、遠くからメグの姿が見えつつあった。

 さて、どうしたものか。再びこのまま斬り合いが始まりでもしたら体力を考慮してもサクヤは確実に敗れ去る。

 でもこれ以上逃げるつもりもない。マリナたちだって城内で戦っているはずだ。状況がどうなってるか知る術はないがサクヤだけ一人でずっと逃げ回るわけにもいかない。

 何だかんだで戦うしかないのだ。《創始者》の方はマリナとレイヤがどうにかしてくれると信じてる。だから残る体力を使い切って、メグとの戦いをここで終わらせる。そのためには立ち上がれなくなったって構わない。その時に生きてさえいれば。

「鬼ごっこはおしまいだよ、お兄ちゃん。もう、逃がさないからね」

「ああ……。俺ももう逃げないさ。ここは……この世界に来て、俺とメグが始めて出会った思い出の場所……だからな……」

 そう、フラフラになりながらもサクヤが歩いてきたのはただ徘徊していたわけではなく、目的地はここだと、予め決めていたのだ。

 もしかしたら、それがきっかけでメグが記憶を戻してくれるかもしれない――そんな都合のいいことは微塵も考えていないが、サクヤ自身気持ちが楽に戦える。

 メグに正対して黒剣を抜く。サクヤの身体が動かなくなるのが先か、メグの記憶が戻るのが先か。結末は瞭然としているようなものだが確率はゼロではない。

 サクヤが大きな深呼吸を終えると、両者が地を蹴り出した。

 ぶつかり合う剣と剣。純粋な打ち合いにも関わらず、疲労のたまっているサクヤにしてみればその一撃がとてつもなく重い。長期戦になると不利なのは間違えなくサクヤだ。だから彼は出せる限りの力で早いうちにケリをつけにいく。

 男は異世界の住民だけが魔法を使えると言っていた。ならば心を落ち着けて、深く考えず、本能のままに身体を動かす。そうすることによってマリナのような力が使えることこそが元の世界から来たサクヤとマリナの特権だと思う。

 マリナの協力を得るためにコインを取ってくるように言われてモンスターと戦ったあの時はまだひよっこで、戦闘能力も無いに等しかった。だから能力もまともに使うことができなかったのだろう。でも、今なら使えそうな気がする。

「|我は光に宿りし希望なり《アイ・アム・ア・ディザイアー》」

 知らず知らずのうちにサクヤは呟いていた。マリナとは言葉が僅かに違っているが、類似の祝詞を唱えることによって体温が上昇し、これまたマリナと違って橙色のオーラが現れたのを感じた。

 周囲の炎よりも純粋で穏やかなオレンジ色に光るオーラを纏った少年は、不思議と今まで感じていた疲労や痛み、辛さや憎悪など、負の感情が全て抜けていった。残されたのはメグを助けたいという強く揺るがない決意と覚悟だけだ。

 サクヤは何度か剣を振り下ろすと、逆に繰り出されるメグの斬撃を後ろに大きく飛び退いて間合いを取ることによって回避する。

 身体が軽い。これまで錘をつけていたのかと思える程にまで変わった自分の俊敏さにサクヤは自分で驚く。

 当然、急激なサクヤの変化に驚きを隠しきれないのはメグも同じようだ。もう少しで倒せそうな敵がいきなり息を吹き返しただから、もしサクヤが逆の立場であったならこの反応も無理はない。

「ライトニング・バレッド」

 目の前で起こった信じられない光景から一瞬で立ち直ったのはさすがと言えるだろう。剣同士の近接戦を諦めたメグが右手を前に差し出して魔法名を唱えた。

 手の先から出現した炎の弾丸は確実にサクヤの心臓を捉えていた。だが彼は最小限の動きで半身になりそれを躱す。

「ストーム・ストリーム」

 攻撃が当たらなかったと分かればすぐにメグは次の攻撃に切り替えてくる。

 今度は旋風のように舞い上がった炎が広範囲に渡って押し寄せてくる。実際の竜巻と比べれは規模は全然小さいが、道一杯に広がる範囲魔法はサクヤに回避するスペースを与えない。

 それでもサクヤは冷静だった。家屋に囲まれている横はもちろん、上も到底通れそうにはない。ならば下、と言いたいところだが、コンクリート道では物理的に不可能だ。

 残りは前か後ろか。しかしサクヤはそのどちらもを選ばなかった。彼はもう回避することを諦め、魔法を受け止めようと試みる。剣を身体の前に構えて魔法を斬るイメージで迫り来る火炎に黒剣を振り下ろす。

 不思議な力によってコーティングされた少年の愛剣は彼の狙い通り炎魔法を真っ二つに切り裂いた。ように思えたのは一瞬の出来事で、炎がすぐに両側からサクヤを襲う。

「くっ……!」

 火中に囚われた彼は熱さと痛さに見舞われて立っていることすらままならない。だが一度でも膝をついてしまえばもう立ち上がれなくなったってしまう可能性を考えて必死に耐える。

 魔法による攻撃が途切れた時には、痛みよりはつい先程まで感じていた以上の疲労感を覚え、サクヤは剣を杖にして体重を支える。

「どう? 私の実力分かってくれた?」

「そんな、偽りの力……なんか……実力、じゃない」

「それはお兄ちゃんの方だよ。私の魔法を避けたり、斬ったりした力は与えられた力でしょ?」

 メグはあくまで自分こそが正義だと主張し、上からな態度でサクヤに投げかけた。

「ああ。俺は弱いさ。強さなんて、必要ない。だから仲間に縋り、力を得るために努力する」

「結局は私と一緒だね」

「違う!」

 気付かずうちにサクヤは叫んでいた。

 冷静になって考えて見ればサクヤの方が矛盾してなくもないが彼にそんなことを考えている余裕はない。

「努力せずに手にしたものなんてその程度の価値しかない。メグはそんなものを欲するような奴じゃないんだ。俺のメグを返せ!」

 それにはメグは何も答えず、再び距離を詰めた。サクヤも反応して杖にしていた剣を持ち上げる。だがそこから攻撃に打って出ることはなく、じっと我慢してメグが接近してくるのを限界まで待つ。

 十分に引き付けた所でサクヤは後方にステップして回避。すると連続してまた新たな技名が発せられる。

「ボルケーノ・アクセル」

 咄嗟にサクヤは身構えたが、メグからは何も起こらない。代わり彼女が起こしたアクションは全力ダッシュ。

「…………っ!」

 しかしそれこそが今唱えた魔法の効果だと気付いた時にはもう妹は眼前まで迫り来ていた。

 いきなり格段と上がったスピードに目で追うのがやっとだ。きっとアクセル=加速ということで、さっきの魔法は攻撃魔法ではなく、自分の動きを速くする支援魔法のようなものらしい。

 それは完全にサクヤの予想だにしなかった手段だった。故に彼は振り下ろされる剣な反応できず、左肩に致命傷を負う。

「ぐぁっ!」

 強烈な熱さを伴った苦痛に顔を歪めてサクヤは数歩後ろによろめく。剣を持った右手で肩を押さえると、どろっとした感触が手に伝わってきた。

 出血が酷いのは見なくても分かる。火炎魔法をまともに受けたのも含めてダメージはかなりちくせきしている。しかも、能力によるバーサーク状態が解け、急に感じてきた疲労のせいで意識が朦朧としてきた。悔しいが、もう長くはもたない。

「私の勝ちだね。どうする? まだやるの?」

 当たり前だ、と口では言ってやりたかったが身体は正直で、戦闘を続けるどころか、叫び返すことすらままならない。そんな自分に悔しさと苛立ちが沸き立って唇を噛み噛んだ。

 異世界に来てからメグを取り戻すためだけに努力を繰り返し、剣を使いこなせるようになった。マリナとレイヤまで巻き込んだ争闘は遂にクライマックスに突入している。折角ここまで順調に来ていたのに、最後の最後で躓くのか。

 家事の類の一切合切をメグに任せていたダメ兄貴だったのに、異世界(こっち)に来ても妹一人助けることができない。

 じゃあ、何のために自分は存在しているんだ。

 誰かに頼りっきりで、その恩する返せない。それならいっそ、死んでしまってもいい気がする。生きていったところで誰に一方的に苦労かける。それの繰り返しになるだけだ。

 次第にサクヤは下を向いていることにすら気づかない程サクヤは沈鬱になっていた。

『何死のうとしてるんだよ』

 よくもそんな言葉が言えたものだ。実際にサクヤがマリナの立場になってみるとあの時の彼女の心情が良く分かる。マリナもあの時、同じような感情を抱いていたのだろうか。

 俺なんか、死んでも構わないんだ。


 ――そんなことないよ。


 声が聞こえた。


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