第三話
サクヤはその単語を耳にした刹那、テーブルを叩きつけて立ち上がっていた。
「しーっ! あなた周り見て見なさいよ」
言われた通りにレストラン内を見回すと、例外無く全員からの視線を浴びていた。結果的に気まずくなってしまい俺は引きった作り笑いを繕って誤魔化しながらゆっくり座る。
それにしてもここが異世界なんてどうも信じられない。街並みや言葉の疑問など、異世界だと肯定する材料は揃いすぎるほど揃っている。だが、そんなものは漫画やアニメの話で、実際にそう宣告されると実感が湧かない。
「じ、じゃあさっき君が言ってたプロレタリアとかアプセッターって何のこと? 俺の言葉が通じないなのはそれのせいなのか?」
「そうね、あなたの言葉が通じないのはどうしてか分からないけど、この世界には身分制度かあるの。下から順番に、凶族、貧民、平民、監視者、富豪となってるの。凶族と貧民はどうも差別の対象になってるわね。だからあなたはここの住人に突き放すような態度を取られるのよ」
なるほど、と納得すると同時に新たに出てきた問題点にサクヤは困窮した。
異世界に飛ばされてメグがいない。その上言葉が通じないし差別される身分であると来た。これだけ負の連鎖が続いてはたまらない。これから先どうしていけばいいのだろうか。
だんだんと不安になりながらサクヤは少女の話に耳を傾ける。
「それで、《革命者》というのは革命家とか改革者。そうね、言い換えれば下克上かしら」
「下克上?」
「ええ。要するに下克上を起こした人物のこと。下克上を起こした者は、倒した相手の身分を名乗ることができ、逆に負かされた方は一気に凶族まで都落ちするの。ま、命があればの話ね」
少女は軽い口調でおどけるように言うが、とても笑えるような内容ではない。命があれば、ということは普通なら敗北は死と直結することを宣言しているようなものだ。
サクヤは想像するだけで恐ろしくなるようなことに戦慄し、気を紛らわせるために料理を口に運ぶ。
そんな様子を見て少女は、大丈夫よ、と笑って見せる。
「滅多に下克上なんて起こらないわよ。もし失敗すれば命を落とすのは自分になるのだから。それに、身分の低いあなたを狙ったところで得られるものなんてないから標的にされることはないわ」
何だかすごく馬鹿にされたみたいだが気のせいということにしておこう。
だが正直、それならとりあえず一安心だ。右も左も分からないような状態で襲われたらサクヤは確実に殺される。
そこで生まれてきた新たな疑問を投げかける。
「ってことは君も狙われる対象だよな?」
「そうよ。私たち監視者はそういった反逆を取り締まるための身分なの。だからこうして鎧を着てるのよ」
「でも重くないか?」
「もう慣れたわ。もう三年も着てるんだから」
そう言って虚ろな目をする少女にはどんな三年間があったのだろう。彼女はこの世界に投げ出されてから孤独に生活をしてきたのだ。その苦労は数時間前にここへ来たばかりの俺には到底計り知れない。
「ごめんなさい。今はそういう話じゃなかったわね。それで最後になるのだけど、あなたが家を出た時、道は土だったでしょ?」
「ああ。それがどうしたんだ?」
「ここでは身分によって住む場所が決められているの。例えば、凶族と貧民なら土。平民はコンクリート。監視者と富豪は石畳の道のある範囲内。私たちはこれを貧民エリア、平民エリア、富豪エリアに分けて呼んでいるけれど」
「俺がすごい注目を浴びていたのはそれが原因か」
自分でそう言っておきながらまた新たな疑問の壁に衝突した。
「でもそれならどうやって俺が貧民だと分かったんだ?」
「もしかしてあなた、まだ気付いてなかったの?」
逆に聞い返され、サクヤはつい身構える。そんな少年に彼女は呆れ顔になり指差す。
「ほら、ちゃんとそこに階級章が付いてるでしょ」
言われて見てみると、服の左胸の部分に、黒い布製で小さな長方形の階級章が確かに付いていた。
サクヤは自分でこんなものを付けた記憶などない。それどころかこんなものは持ってすらいなかった。服を来た時は普通の服だったのにいつの間に付いていたのだろう。
戸惑う彼の様子に少女が笑みを浮かべて説明する。
「階級章は家から出るとき、勝手にそうやって服につくのよ。逆に家に入れば勝手に消えるから心配いらないわ。こういうところが異世界らしいわよね」
そう言うものの、少女の左胸に階級章は付いていない。一応違う場所に付いているのかとも思ったがそうでもなかった。
そんなサクヤの視線に少女は首を傾げていたが、すぐにその理由を悟った彼女は、ああ、と納得する。
「監視者は反逆が起こらないように監視する役職だから、五つの身分の内唯一鎧が着れる身分なの。だから鎧を着ている間は階級章は付かないのよ」
「な、なるほど……」
この世界の複雑な仕組みに思わず顔をしかめた。
「あなたのつけているその真っ黒なのが貧民の階級章よ。そこから平民は一つ、監視者と二つ白い線が入って富豪はその線が金色になるの。そして凶族は一番分かりやすく真っ白の階級章になってるわ」
話し終えた少女は少しだけ残ったご飯を一気に完食して水を流し込む。そこでサクヤは話に夢中になって料理にあまり手をつけていなかったことを思い出し、彼女と同じように残りを全て掻き込んだ。
「大体この世界についてはこのくらいかしら」
「丁寧にありがとう。ほんとに助かったよ」
サクヤは礼を言って立ち上がる。
「俺は白海朔夜。今日は教えてくれてありがとう」
もう一度礼を言うと目の前の少女も立ち上がる。
「私は九乗真梨奈。また知りたいことがあればいつでも言って」
それで二人は別れた。
一度に全て説明してもらったはいいが、多すぎて完全には頭に入っていない。そこはおいおい覚えていくことにしよう。
ちなみに、サクヤにはお金がほとんどないためマリナに持ってもらった。男としても人としても本当に情けない。