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第三十三話

 階段を下りると廊下にまで朝食のいい匂いが漂っていた。

 つい五日前に彼がメグに刺された時にもこうして朝食を作ってくれたばかりだ。まだ数回しかマリナに朝食を作ってもらっていないのに、家事のできない彼の中ではこれが当たり前になりつつある。いや、まだ、ではなく、もう、か。

 兎にも角にもいつも朝食を作ってくれるマリナに感謝をしつつサクヤは扉を開けた。

「もうすぐできるわ」

 マリナがキッチンに向かったまま、扉の音に反応して声をかけた。

 彼女がサクヤの部屋を出てからあまり時間はないはずなのに早くも朝食を仕上げつつある。献立はいつもと同じ。だが、ここまで手際がいいと、サクヤの家なのに中を知り尽くされているようで複雑だ。

 でも家事のできないサクヤに代わってやってくれているために何も言えない。

 間もなくマリナが最後の一品を運んできて座った。

 二人揃って手を合わせてから料理を食べ始める。

「あ、そう言えば」

 マリナに渡そうとしていたものがあったことを思い出し、サクヤは懐をまさぐった。ちゃんと残っているかが不安になったが、硬くて冷たいものの感触を確認し、安堵で息を小さく吐いてからそれを机に出す。

「マリナとレイヤが戦ってた時にあのレストランの瓦礫の中にあったから拾っておいたんだ」

「どうして……」

「どうしてって、集めてるんだろ?」

 すると彼女は嬉しいんだか悲しいんだかよく分からない表情を浮かべた。

 しかし、コインを目にして平然でいられるマリナではない。

 サクヤのその変な確信通り、マリナはすぐにコインの欲望に敗北した。

 目を輝かせてコインに食いつく少女の、久しぶりに見せる素の姿に、サクヤは肩の力が抜けるのを感じた。

 今まで張り詰めていたために普段通りという言葉がどこか懐かしい。

 などと考えていると、マリナがどこからかコインを出してきた。

 その数七枚。そこへ今サクヤの手渡した一枚が加わり、円形にコインを配置していく。出会った頃に見せてもらった時はまだ線が途切れていたが、今はきっちりとその弧が繋がって一つの円を描き出している。

「これで全部揃ったことになるのか?」

「そうよ。コインは全部で八枚。こうして円が完成したことが証拠よ」

「でもさ、全部集まってしまったらこれからどうするんだ?」

 少年が素朴な質問を放った途端、場が凍りついた。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。

 これまで浮かれていたマリナが一瞬で固まり、寧ろ落ち込み始めた。

 目の前のことに夢中で、先のことまで考えてなかったのだろう。普段通りの彼女ならまずないことだが、コインのこととなれば頷ける。目標にしていたことを達成することによって次の目標を見失う、燃え尽き症候群のようなものかもしれない。

 そう心配しかけたサクヤだったが、実際に彼女はそんなに酷い状態ではなかった。

「次なんて考えなくてもいいんじゃない? 私が欲しかったのが揃ったんだからもう満足よ。それに、目標は《創始者》を倒すことでしょ?」

「そうだな。奴を倒さないと、何も始まらない」

 ――そのために、今日を過ごす。

 それから二人は無言で食べ進めた。


「どうレイヤ?」

「んー、これが特に何にもないんだよねー。てっきり取り返しに来るもんだと思ってたのに。あ、サクヤ起きたんだね」

「迷惑かけて悪かったな。で、その剣は普通の剣じゃないのか?」

 食後すぐにレイヤの元に向かい、彼女の姿を見つけるなりサクヤはさり気なく話に混ざった。そこで、五日間の眠りから覚めたサクヤを見ても、レイヤはまるで仮眠から覚めるのを待っていたような淡白さで彼を受け入れている。

「あたしもそー思ったんだけど、どこからどー見ても普通の剣だね。とてもこの剣に秘密があるなんて思えないよ」

 いつものように岩の上に座って《創始者》の剣を持ち、顔に近づけて細部まで観察するが、違和感は無いようで、レイヤはさっぱりだと言うように肩をすくめた。

「でも《創始者》が言うにはその剣と魔法に関係があるはずなんだろ?」

「そのはずよ。だからレイヤに頼んだの」

 補足するマリナも、監視し続けるレイヤも、考えは同じようだ。そしてサクヤも、男が剣を取り返しに来るという可能性は高いと思っている。しかし、男はレイヤの持つ剣がなくとも腕利きの少女二人を圧倒してみせた。

「だったら俺たちも何かするべきだ」

 考えているうちに彼の口からそんな言葉が出ていた。

「何かって?」

 直感的に口にしてしまっただけに、自分で言っておきながら即答はできなかった。頭の中を整理し、言葉を決めてから話し出す。

「特訓はすぐに身に付かなくても、作戦でも考えておかないと、闇雲に男に向かっていったってまた奴の不気味な力でまた返り討ちにされるだけな気がするんだ」

 眠っていた五日間を取り戻すために何かしたい。何もせずに明日を迎えたくない。それが彼の切実な希望だ。

 サクヤのその願いは届いたのかマリナとレイヤは頷いて彼の提案を承認した。

「それとさ、マリナとサクヤ何かあった?」

 唐突に言い出したレイヤの言葉に思わず二人は揃ってむせ出した。

「な、何もない!」

「何もないわよ!」

 二人が微妙に赤面しながら声が揃う様子にレイヤは何かを企てるような意地の悪い笑みを一瞬浮かべた。

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