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第二十八話

 視界の開けた村に戻ってみると、村自体は無事だった。だが、その前方の街の方からモクモクと黒煙が上がっている。

「これは……」

 この光景に似たものをサクヤは最近になって見たことがある。それもすごく身近に、ここで。

 あの時火中にいた隣の少女二人はまだ気が付いていないかもしれない。でも、傍から見ていた彼には明瞭だ。

 ――あれは、《創始者》の炎だ。

 また街を焼こうとしているのか、やつは。

 村人全員の努力により一ヶ月も立たないうちにこの村は復旧したが、あの男のせいで甚大な被害を被った事実は消えない。それと同じことをまた繰り返そうとしているのか。この村では幸いにも犠牲となった人命は無かったが、街中で火を放たれればそうはいかないだろう。

 ――そんなこと、許せるはずがない。やつの思い通りにはさせてたまるか。…………ん? まてよ。《創始者》の思い通りって何だ? そう言えば前にマリナが言っていたような気がする。

「なぁマリナ。《創始者》の目的は何だ?」

 サクヤの質問は当然ながら予想していなかったようで、マリナは少し狼狽える。

「え、どうしたのよいきなり……」

「確か奴がこの村に来た時に言ってたよな」

「だからいきなりどうしたのよ。説明がなければ分からないじゃない」

「マリナ、レイヤ、あの炎に見覚えはないか?」

「あんなの普通の火じゃない。火事か何かじゃ……」

「あっ」

 一瞥しただけで断言するマリナに対し、サクヤの言葉が気になって黒煙の上がる炎を凝視していたレイヤが声を上げた。

 それにはさすがにマリナも流しはしなかった。

「レイヤ、何かあったの?」

「あれはもしかして、《創始者》の……」

 そこまで言われてマリナもようやくはっとした。

「ああ。あれはここを襲ってきた時と同じ、奴の魔法による炎だ。だからマリナ、頼む」

「……富豪(ウエルス)の目的はこの世界を支配することよ。従わない者は皆殺し。それこそ私たちの時のようにね」

 そう言えばそんな内容だった気がする。でも、彼は気がかりなことがある。

 まだこの世界に来て《創始者》が襲撃したのはこの村の一度きりだ。だが問題はそこではない。ついこの間、サクヤたち三人が城に乗り込んだとき、男は三人の潜入に気いていながらも泳がせ、お茶までしたのはなぜなのだろうか。恐らく不意打ちできるタイミングは行くらでもあったはずだ。にも関わらずそうはしなかった。あの時の目的がレイヤとの関係を歪めるものであったとしても、わざわざそんなことをせずとも殺せていたはずなのだ。

 三人が《富豪》に歯向かっているのは既に把握してるに違いない。だが、三人を確実に仕留めなかったことを考えれば、さっき言ったマリナの説明とは矛盾している。

 一体《創始者》がお茶会をしたのはなぜなのか。何せこの世界にサクヤとマリナを召喚したのは《創始者》自身なのだから三人に興味を持ったというのも違うだろう。

 そこでサクヤは一つの考えに思い至った。

 お茶会の目的が何であれ、今眼前で起こっていることが、サクヤたちを呼び寄せるための罠だとしたら。彼がメグの手で刺されたというのは当然男の耳にも入っていることだろう。その上でサクヤがまだ生きていることを予測して敢えて目立つように街を焼いたとしたら。それならば考えられなくもない。

 でも待てよ、《創始者》の剣はまだ、レイヤの村の奥の森に保管してあるはずだ。だから魔法が使えない思っていた。

 なのに今は魔法による火が上がっている。つまり、あの剣と魔法には何の関係もないということだ。

「急ごう。多分あれは俺たちを呼び寄せる罠だ。でも、罠と分かっているならどうにかなるはずだ」

 唐突に言われても色々と訊ねられるかと思ったが、少女たちはそうはせず、代わりに走り出そうとしたサクヤをマリナが引き止めた。

「待ってサクヤ」

 気が焦りかけているサクヤは不満げに振り返る。

「あなたはまだ無理でしょう? その傷で行ってもまた危険に晒されるだけだわ」

 その言葉は少々意外だった。サクヤは彼女の前でもう走れる姿を見せている。それは傷は大丈夫だというアピールでもあったのだが、心配症な少女はそうは捉えなかったらしい。

「俺だってもう動ける。だから大丈夫だ」

「だめよ。まだ起きて数時間なのに走れているのはすごいと思うけど、私、言ったわよね? 過激な運動はしないで。剣も振らないでって」

「そうだけど……走っても痛みは感じてない」

「今は、でしょう? これからどうなるか分からないわ」

「大丈夫だって……」

「あなたは自身のことの重大性が分かってない!」

 マリナの見たことのないすごい剣幕に気圧されてサクヤは押し黙った。

「傷が開いたらまた寝たきりになるわよ。もし妹さんを取り戻した時にあなたがそんなんじゃあ意味ないでしょう」

 まだ不満はあったがサクヤのことを思ってことだと分かってるからそれ以上は言い返せなかった。だからといって、サクヤはただ黙っているわけにはいかない。

「分かった。でも、一緒には行かせてくれ。戦わないし剣も振るわないから。また二人が戦っているのを離れたところで見ているのは嫌なんだ」

「いいわよそれで。とにかく早く行きましょう。被害を拡大させる前に」

 マリナはサクヤの答えを初めから予測していたように即答すると、三人は街の方向に走り出した。


☆☆☆


 間近に黒煙を視認しながらも街の様子は落ち着いていた。というのは関心がないというようなことではなく、どこか慣れたような態度で対応している、ということだ。

 炎が上がっている場所はここからまだ少し離れていて火自体を目視することはできない。だが、舞い上がる黒煙を見ただけで、火源からゆっくりと離れようと移動する人や、店のシャッターを閉め始める店員たちの顔に焦りは一つもない。

「慣れてるわね」

 同じことを考えてたらしくマリナが呟く。

「それって何回もされてるってこと?」

「そう考えてもいいんじゃないか。まさかシミュレーションをしていたなんて思えないしな」

「でも……私がこっちに来てからそんなこと一度もなかったわ」

 二人に言い聞かせるように言うマリナは少し離れたところで見える煙を見据えていた。

「とにかく、先を急ぎましょう」


 火源に近づくにつれて、鼻につく焦げる臭いが強さを増していく。それに反比例して火が燃える音以外の音が無くなる。

 遠くからでは大きく見えた炎だが、実際に近くで見ると焼けているのたった一棟の建物。しかし、その燃え方は普通の火事ではありえない程高々と上がっている。未だに隣の家屋に火が移っていないのは奇跡にも等しいだろう。

「酷いわね……」

 マリナの言う通りだ。これはどう考えても《創始者》の仕業だろう。だから、男はこの近くにまだいるはずなのだ。もしも奴がこの煙に紛れて奇襲でもされたら一溜まりもない。ただでさえサクヤはまともに動けないのにそんなことされれば対処はほぼ不可能だ。

 だが、それよりも先にすることがある。

「レイヤ、頼めるか?」

「うん。大丈夫、だと思うよ」

 レイヤが頷いたのを見てサクヤは数歩後退する。

「ねぇ、何をするつもり?」

「そっか、マリナは初めてだったな。まあ見たらわかるよ」

 それでマリナは食い下がり、二人はレイヤを見守る。

 当の彼女は一度両の目をを閉じて集中力を高めること数秒、今度はカッと目を開いて上空に剣を突き出す。

「スプラッシュシャワー!」

 技名を聞いたのはサクヤも初めてだったが、前回と同じように剣を穏やかな蒼色に発光し、徐々にその強さを増していく。

 何度見ても美しいその輝きは術者本人を表すかのように優しく、寛大なように広く街を蒼色が包み込んだ。

 あまりにもきれいな光景に釘付けになるマリナだが、蒼さを増すその光は霧状の水滴にになり、さらには粒の大きさにまで変化した。

 火は小さくなっていくのに、不思議と三人は濡れずに済んでいた。前はレイヤが雨を降らす場所を少し前方にしていたために濡れること無かったが、今回はしっかりと立っている場所も雨の対象になっている。それでも濡れないでいるのはやはり魔法の効果だろうか。

 一度この景色を体験しているサクヤでさえも、ずっとこの光景を見ていたかった。だが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。三人の近くに《創始者》がいる。それはほぼ間違いないのだから。

 消火にかかった時間はほんの十秒程度だった。そんな僅かな時間で炎は鎮み、煙も取り払われると、焼けていた物が瓦礫と化して姿を見せた。

「どうして……」

 そう力無く声を漏らしたのはマリナだ。なぜならここは、マリナが大好きで、サクヤも毎日のように付き合わされた、あのパフェのあるレストランなのだ。

 あまりのショックに彼女は崩れ落ちた。たかがパフェでと言いたいところだが、少女が幸せそうに頬張るのを何度も見たサクヤには、マリナがどれだけ思い入れがあったことを知っている。だから彼には何も言うことはできない。

 重苦しい空気が流れ沈黙が訪れる。こんな時に限って風の音も虫の声も全く聞こえない、完全なる沈黙が余計に場の空気を重くする。

 だがその時、まるでこうなるのを待っていたかのようなタイミングで一人の男が現れた。

「こうすると来てくれると思ってたよ」

 《創始者》が口を開いた瞬間にサクヤとレイヤは身構えた。

「俺たちを呼ぶのが目的ならこんなことしなくてもいいだろ」

 とりあえず時間稼ぎと男の様子を見るために口答えしてみたが、サクヤは内心焦っていた。彼自身、まだ本調子じゃない上に、マリナに剣を握るなと言われているために戦力としてはゼロだ。しかも、そのマリナは愛着のあったレストランを壊されたショックから抜け出せずにいる。つまり、今は実質レイヤ一人。この状況では明らかに男の方に分がある。

 だからどうにかして体勢を立て直さなければいけないのだが、余裕そうに立ち塞がる男を相手にその手段が思い浮かばない。

「まさか本当に来るとは思ってもなかったさ」

「白々しいな。……どうしてここがマリナのお気に入りの場所だと分かった」

 時間を稼ぎつつもサクヤは男の腰にかかる剣を見たが、やはり森にあるものとは違う。彼らの知らないところで剣が奪われたということはないようだ。

「そうだったのか? 初耳だな」

 あくまでシラを切り続ける男。この様子だとまだサクヤが隙を窺っていることは悟られていないようだ。

 しかし残念なことに全く隙は見せてくれない。むしろこっちが気を抜いたら心の内を見透かされそうで僅かたりとも集中を欠くことはできない。

「何のために俺たちを呼んだ?」

「質問攻めかね 君はなぜだと思う?」

「さぁな」

「やはり君は釣れないなぁ。まあよかろう」

 いちいち鼻につく言い方をしてくる男を適当にあしらっても尚、その態度は変わらない。それが、サクヤを試しているようにしか思えないのはなぜだろうか。

「そろそろ君たちの存在が邪魔になってきたから、本当に消えてもらおうかと思って、ね」

 声のトーンを落として脅しをかけるような口調からして、富豪(ウエルス)は本気なようだ。

 どうやらこれ以上言葉の応酬で時間を稼ぐのは限界だ。この間にマリナが立ち直ればという算段は失敗に終わった。こうなってしまえばマリナから止められていたが、レイヤとサクヤの二人で戦うしかない。

 そう思いサクヤが愛用の黒剣に手をかけた時、その手を誰かに掴まれた。

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