第二十三話
人生で初めて入る城の敷地は、外から見るよりも大きかった。だが、そこよ警備はメグの言葉通り薄い。それどころか皆無だ。
三百六十度見回して、どこにも警備兵が潜んでいないことを確認すると、胸のどこかで安堵する自分がいた。
これで夢に出てきたメグが正常だったことが証明された。メグに指示されたままに行動すれば、《創始者》の元へ辿り着ける。
サクヤは自分の顔を二度叩いて気持ちを入れ直す。ここから先はどうなるか分からない。少しの油断で命を落とす可能性すらある。
再度警備兵がいないことを確認してから三人は城内に乗り込む。
「うほぇ」
中に入った瞬間に広がる光景に、レイヤが唸り声を上げた。
裏から入ったその場所は廊下に過ぎないのに家一軒分ぐらいの横幅と、その数倍はあろうかという天井。そこに吊るされた照明は全てシャンデリアで壁にはいかにも高級そうな巨大な絵画が飾られている。
ここが敵の根城だということを忘れて三人は滅多にお目にかかれない風景に目を奪われながらゆっくりと進んでいった。
でもメグの示したルートはしっかり守りながらも、念の為コソコソ隠れながら進むと、最後に夢で見た部屋の前に到着した。
「……どうする?」
大きな壁のように聳える扉を前にして急に不安になったサクヤが、扉に手をかけた状態で後ろの二人に訊いた。
「どうするも何も、ここまで来て退くわけにはいかないじゃない」
「だよな……」
「そうだよ! 男なら覚悟を決めるんだ!」
この状況でも平然としていられる二人が羨ましい。そんなことを考えながら深呼吸して気持ちを落ち着かせ、レイヤの言ったように覚悟を決める。
この先には、どんな光景が待ち受けているのだろうか。自分の予想に半分恐怖と、残り好奇心を抱きながらサクヤは扉を押し開けた。
だが、実際に目にしたその場所はサクヤの予想とは全く違っていた。
場所こそは確かに広い王室のようなところだ。しかし、内装はというと、とてもそうは思えない。レッドカーペットのような物が敷かれているわけでもなく、玉座があるわけでもなく、近衛兵がいるわけでもない。何も無いその場所は広間と言うべきだろう。
――まるで、三人が来ることを予知して退避したか、のように。
そんな嫌な予感がサクヤの脳裏に過ったその時。
「よくもここまで辿り着いたな」
背後から聞こえた声に、サクヤだけでなくマリナとレイヤの二人まてが目を瞠った。
この声は忘れようにも忘れられない、憎さで完全に頭にインプットされた声。次第に込み上げてくる怒りから敵意を剥き出しにして振り向いたサクヤだったが、それも一瞬で崩れ去る。
なぜなら、《創始者》の隣にはメグが並んで立っていたのだ。
「メグ……!」
しかし、メグの表情に感情が浮かんでいない。この冷酷な様子の妹は、またあの襲ってきた時のメグだ。
「ようこそ我が城へ。歓迎するよ」
余裕の笑みを浮かべる男にレイヤも敵意を剥き出しにして、マリナは頬を引き攣らせる。
このタイミングで二人が背後から現れたことにどうも違和感を感じずにはいられない。まるでサクヤたちの行動を把握していたかのような対応だ。
そこまで考えてサクヤはあることに思い至った 。自分たちが立っている部屋。それは王室だと予想したのは正しい。だが、初めから動きを読まれていたのだ。そしてサクヤたちがこの部屋に来るであろうことを予測し、男たちは移動していたのた。わざわざこの部屋を綺麗さっぱり片付けて。その理由はただ一つ。この場所を戦場とするため。
「そう怖い顔をするなよ、シロミ・サクヤ君。この場所を片付けるのは大変だったんだからね?」
「……どうして」
どうして来ることがバレてるんだ。まさか、ハメられたとでもいうのか。メグの示した夢から全て、男の思う壺だったということか。
マリナはしっかりその可能性を予測していたのに、結局は自分一人で先走って、行き着いた先がこれなのか。
「どうして来ることが分かったか、だって?」
男はわざと間を空けて、三人の反応を愉しんでいる。
「この城一体に結界を張って感知したのさ。どうやらこそこそと動いてたようだが、無駄な努力だったね。警備の奴らは気づかなかったみたいだけど」
やはり、最初から奴の掌の上で踊らされていたのだ。それ程まで大規模な魔法を使える男の実力が遥か上であることを突きつけられて拳を握り締める。
火の魔法だけでも充分驚異になるというのに、結界という大規模なものまで出てきたとなると、これ以上にも巨大で強力な魔法を隠しているのではないかと思えてくる。いや、実際にあるだろう。それを使われた時にはきっと太刀打ちできない。
「どうしたの、サクヤ?」
レイヤに声を掛けられて我に返った時、サクヤはいつの間にか下を向いていた。
「今更怖気づいてどうするのよ。《創始者》が強いことぐらい、初めから分かってたことじゃないの」
優しく左肩にマリナの手が乗せられる。
マリナの言う通りだ。《創始者》が強いことぐらい覚悟の上でここに乗り込んできたんだ。本当に今更、どうこう考えたってすることは変わらない。なのにどうして怯む必要がある。
それに、男の発言から分かったことがあった。メグは、サクヤを騙したわけではない。彼の前に立ち塞がるメグは一緒に過ごしてきた妹とは違う。どうやら男も、メグのことに触れなかったことから、メグがサクヤにこのルートを伝えたことは知らない。つまり、夢のメグは本来のメグで間違えなかったようだ。
それが意味することは、姿を見せている彼女の意志とは別の意志がメグの中に存在するということ。そして、夢の中でメグは、『助けて』と、こう口にしていた。だから、そのもう一つのメグの意志は、何らかの方法によって抑圧されているのだろう。つまり、洗脳のようなものをかけられ、これまでの行動はメグの意志ではない。
サクヤは場違いにも肩を撫で下ろした。メグ本人の意志ではないと分かれば、助けることに何の躊躇もいらいない。
「そうだよな。何としても俺はメグを助け出す。そのためには迷わない」
少年が再度決意したことにより、少女二人が笑みを浮かべた。
「そう来なくっちゃ!」
「そうね。それが私たちがここに来た目的だから」
三人は顔を合わせて頷いた。