第二十二話
「ん? なに?」
「どうしたのよ。そんなに改まって」
純粋に首を捻るレイヤと、少し不審そうな目で見つめてくるマリナ。その二人を真っ直ぐに見てサクヤは続ける。
「俺はこれから、《創始者》に連れ去られた妹を助けに行くつもりだ。だからそれに手伝ってくれないか?」
いきなり過ぎただろうかと、自分で言い出しておきながら不安になった。
そうでなくとも、自らこの世界で一番強い人物のところへ乗り込むなんて自殺行為に等しい。それを理解した上で二つ返事ができる人なんて、いない。
当然、二人の反応も例外ではない。マリナはサクヤのいきなりの発言に目を丸くし、レイヤは深刻そうではないものの、右の人差し指を顎に当てて唸っている。
こればかりは断られても仕方ないと割り切っていた。あまり好ましくないが、そうなった場合は自分一人で行くしかない。無茶なのは百も承知だ。でも、メグが警備の穴を教えてくれたんだ。その欠点に気づかれて対応される前しか乗り込む機会は無い。
「それは……今から、なの?」
恐る恐るといった感じのマリナの質問に、サクヤあくまで毅然とした態度で返す。
「ああ。そのつもりだ」
「そんなの無茶よ! あなただって《創始者》の強さぐらい知ってるでしょ!? それにあなたの妹さんだって様子が変じゃない! あれだけの実力がある相手に私たち三人だけの力じゃ及ばないわよ!」
自分でもそのことは分かっていたが、面と向かってはっきりと言われると現状の悲惨さを痛感させられる。
でもそれではサクヤの決意は揺るがない。不安そうな視線を向けてくるマリナには申し訳ないと心から思っている。しかし、ここで足踏みしてしまえば、それまでと状況は何ら変わらない。メグが戻ってこない限り、避けては通れない道だ。それが今、気持ちが揺らぐようなことがあれば、また、サクヤたちは同じことを繰り返すだろう。だから決意は揺れない。
無論、待ち受けている危険も。
「分かってる」
実際にはそんな程度の言葉では言い表せないことも。
「分かってる。だから無理にとは言えないし、言わない。でも行かなきゃ状況は変わらない。何もはじまらない。だから俺は行くんだ。メグを助けるために」
サクヤの強い意志に気圧されてか、マリナが顔を背けた。
言い切った少年には決意と同時に強い希望があった。この世界に投げ出されてから、これ程思い切って行動を起こそうとするのは初めてかもしれない。これまでにもサクヤは、こうすべきだ、という意志を持ったことはあった。しかしその度に、実力的な問題や、精神的に竦んだりして行動にまで移すことができなかったのだ。
「そんないきなり……」
マリナがそういうのも無理はない。この様子なら協力を得るのは難しそうだ。
と思った時。
「いいよー。あたし手伝う」
「え、いいのかレイヤ?」
「うん。なんかよくわかんないけど、大事なことなんだよね?」
「……ああ」
「なら手伝うよ。あたしだってなにかしたいもん!」
自分の言っていることを理解しているのか定かではないが、笑顔を向けてくれるたことによってサクヤの気が楽になった。
事情の知らないの彼女には必要な時に追い追い説明していこう。
「……はぁ。仕方ないわね。私もやるわよ」
「二人とも、ありがとう」
「その代わり、無理だと判断したらすぐに撤退すること。一度入れば簡単に逃がしてはくれないでしょうけど、そのまま続けるよりはいいわ」
「……分かった」
やっぱり二人は最高の仲間だ。二人に、異世界に来て最初の日にマリナと出会ってなかったら今頃どうなっていたことだろう。考えるだけでも恐ろしくなってくる。
兎にも角にもこれで面子は揃った。二人がいてくれれば力強い。
「ねぇ、ちょっといいー?」
「ん? どうしたレイヤ」
「お昼食べてからにしない? 腹ペコだと戦えぬ、ってね」
「……それをいうなら腹が減っては戦はできぬ、だろ」
「いいじゃん、細かいことは気にしない気にしない!」
もうすぐ命懸けの戦いに出向くというのに、まるで緊張感が無いレイヤに、サクヤは自分から力が抜けていくのを感じた。
いつもの調子の彼女を見ていると、敵の本拠地に乗り込むことで精一杯にになっている自分が呆れてくる。
「レイヤが言うんだから、そうしましょう」
マリナにまで言われてしまえば断れやしない。これではサクヤが一人で焦って先行しただけみたいだ。
サクヤ無意識のうちに胸のペンダントを握っていた。
異世界に投げ出されたばかりの時とは違って、今はこうして付いてきてくれる仲間がいる。その仲間を少しでも信用しなかった自分が恥ずかしくなって、サクヤは短くに答える。
「ああ」
三人はすぐに森を出てレイヤの家にお邪魔した。
それからすぐにマリナとレイヤの二人は食事の準備に取り掛かり、サクヤはまったりと寛ぐ。
またしてもサクヤだけ何もしないことに申し訳なさを覚えながらも大人しくしておいた。
少女二人がいつも通りの調子でいてくれたおかげで、和気藹々とした雰囲気で時間は過ぎていった。
しかし、皿の中の食事が無くなるに比例して口数も段々と減っていった。これからのことを考えれば、どうしても緊迫した空気が漂ってしまうのだ。
そんな中でもレイヤは空気を軽くしようと何度も話を振ってくれたが、すぐに途切れて彼女も押し黙ってしまった。多分一番居心地が悪かったのはレイヤだろう。わざわざ家にお邪魔してるのに申し訳ないという気持ちがサクヤの中にはあった。
そして、非情にもというべきか、遂に時は来た。 自分で言い出しておきながらこの時サクヤは、不安や緊張で心臓が張り裂けそうになっていた。
――今更そんな状態でどうする。ここまで来てそんなネガティブ思考だといいことはない。もっとリラックスしろ。
強ばる表情を無理やり和らげながらサクヤは自分に言い聞かせた。
だから少年は大きく深呼吸をして肩の力を抜く。そして、二人の少女を引き連れて、城への道を歩み出した。
「ねぇ、なんでいきなり《創始者》のところに乗り込もうなんて言い出したの? そりゃああたしだってお気に入りの場所をめちゃくちゃにされて許せないけどさー」
歩き出して少しした頃、何も事情を知らないレイヤが不意に背後から問いかけた。
そのことは二人に言っておくべきだろう。
「夢でさ、メグが出てきたんだ」
前を向いたまま、サクヤはそう切り出した。
「自分でも不思議だったけど、メグが教えてくれんたんだ。城の警備の薄い所を。本人は、メグの意識だけが何らかの方法で俺の夢に入って来たと言ってたな」
「その話、信じられるの?」
マリナがそう疑問に思うのも無理はない。彼女は、あのメグと対峙しているのだから、彼女の中でのメグというのはあの姿なのだろう。
「それなら大丈夫だ。夢に出てきたのはマリナの知ってるメグじゃないから。穏やかで優しい、本来のメグだったからこの情報は信じられる」
「そうなんだー」
「それが演技だとは考えなかったの?」
レイヤが大げさなリアクションをする後ろでマリナがそんなことを呟いた。
それは考えてもみなかった。でも言われてみるとその可能性もゼロではない。
と思いかけたが、慌てて頭を横に振る。
ーーいや、兄が妹を信じなくてどうする。あれはどう考えても本来のメグだ。先日戦った相手ではない。
自分に暗示をかけて無理矢理思考を前向きな物にする。
「大丈夫だ。俺が間違えるはずない。……多分」
それでも最後は弱気になってしまった。
マリナはその一言を聞き逃してはくれなかったらしく、サクヤの背中を穿つ程鋭い視線を向けられているのが分かった。
サクヤだって信じたいのは山々だ。だが、何が起こるか分からないのが異世界だということ思い出したのだ。
そうこうしている間に城門へと着いた。
「ここって、裏門よね?」
「ああ。メグによるとここらしい」
ここはマリナと二度目に出会った場所。それをマリナも覚えていたらしく立派な裏門を縁深そうに眺めている。
レイヤはと言うと、王城を見たことがないのか、門の大きさにたまげている。と言ってもはしゃいでいるが。
だが何と言っても、裏門だと説明されなければ正門だと勘違いしてもおかしくはない。それ程大きくて目立つものなのだ。
「いくわよ」
あっさりとした態度で言い残し、拍子抜けするサクヤを残してスタスタと中へと入っていくマリナ。その横にはちゃっかりとレイヤも付いていて、残されているのはどうやら彼一人だ。
「っておい!」
危うく言い出した本人が置いていかれそうになったところで我を取り戻し、慌てて後を追いかけた。