第二十一話
「メグ!」
叫ぶと同時にサクヤは物凄い勢いで体を起こした。まだ焦点の合わない双眸に映ったのはいつも通りの自分の部屋の白い壁だ。
「夢か……」
今回は全てが始まったあの夢の時とは違って汗は何一つかいていない。よく考えれば夢の中でメグがちゃんと夢だと説明していのを覚えているから、夢の中の出来事にはさほど驚きはなかったりする。
だが、メグの発言がどうしても気になって仕方がない。
『助けて』
『お兄ちゃんなら分かるよね』
『待ってるから』
メグの言葉の意図は大体伝わった。《創始者》の城から自分を助け出して欲しい。そのために城の警備が薄い部分を晒し、潜入する手助けまでしてくれた。だから最後の一言には兄への信頼が込められている。
「ったく嬉しいこと言ってくれるな」
サクヤは脚を布団から出して床に付けてしばらく使っていない携帯を取り出し、妹の写真を開いた。
ほんとに嬉しい限りだ。妹にこれだけ信頼されるなんて兄として嬉しいことこの上ない。だからすぐにでも助けに行きたい。けど、そんな簡単な話ではないのだ。やはり実力の差というものはどうしてもすぐには埋められない。それにさっきの夢のせいで、サクヤたちを襲ったメグと、夢に出てきたメグのどちらが今の状態なのか分からなくなったが、メグや《創始者》の強さはサクヤだけでなく、マリナやレイヤよりも格段に上だ。剣一本失ったぐらいで大きく変化することはないだろう。
「考えても分からないよな。どうすればいいかなんて」
サクヤはメグの写真を見ながら独りごちた。
答えの出ないことを考えていても時間を浪費するだけで何も始まらない。何かを変えるには行動あるのみだ。
「そうだよな、メグ」
一瞬だけ、写真の中の妹が頷いたように見えた。それが幻覚だと分かっていてもサクヤにとっては大きな励みになる。
折角メグが城の弱点まで教えてくれたんだ。それがもし罠だったとしても、兄として信じてみよう。それができなければ、本当に兄失格だ。
「よし」
サクヤは急いで身支度を整えて、今日から再開するレイヤたちとの訓練に向かった。
☆☆☆
「そこまで!」
サクヤの剣先が、無防備なレイヤに向けられた刹那、審判をしていたマリナの宣告が木霊する。それによってサクヤは剣を鞘に戻して座り込む。
久しぶりでこの模擬戦を楽しんでいるからだろうか、それともメグのことでモチベーションが上がっているからだろうか。息こそ上がっているものの、あまり疲労は感じない。
「あーあ。遂に負けちゃったな」
対サクヤ戦で無敗を誇っていたレイヤが悔しそうに地団駄を踏んだ。
「ぐ、偶然だから。もう一度しろって言われても多分無理だ」
「そんなことないわよ。もう私たちと同じぐらいなまで強くなってるじゃない」
最近はこうして模擬戦をする度に褒められている気がするが、それでも素直に嬉しいと思える。
だが、浮かれてばかりでもいられないだ。今日は《創始者》の城に乗り込むためにここに来たのだ。つまり、城に乗り込むための手助けを頼みに来たのだが、そのことはまだ二人には伝えられていない。
正直な所、まだ迷っている部分もある。《創始者》を倒しに行くのは、あくまで個人的な事情で、サクヤが赴こうとしているのは命の危険が高い場所だ。それにレイヤを巻き込まない方がいいのではないか。
しかし、レイヤの戦力というものは大きい。だから自分でもどうするのが最善なのか分からなくなっているのだ。
「サクヤ? どうしたの?」
マリナから声をかけられてサクヤは我に返った。
そのことは後でマリナに相談すればいいだろう。
「いや、《創始者》の剣がどうなってるのかな、とと思って」
サクヤはそう言って適当に誤魔化しておいた。だが気になるというのは嘘ではない。
「見たい?」
意地悪そうにもったいぶるレイヤの演出のせいですごく気になる。
「ああ」
「じゃあ行こっか」
「行くって?」
「見たいんでしょ、剣」
レイヤから差し出された手を受け取って立ち上がると、三人は森の中に入っていった。
何度来てもこの森は新鮮だ。木の葉の隙間から所々に差し込む日差しと、かさかさという木の葉の穏やかな音が心を落ち着ける。それに何と言っても空気が美味しい。元の世界でも、この世界でもここでしかこんな体験はできない。
そんな感慨に浸っていると、すぐに剣の保管場所に到着した。
「これだよ」
レイヤは剣を指さした。サクヤはそれを見て首を傾げる。
「変化、なし?」
置かれていた剣は前に見た時と何一つ変わってない。それならそれで別にいいはずだが、逆にこれが不安に感じる。
「そうなんだよねー。あたしも毎日見てるけどなんにも起こらないんだよ」
楽観的な口調でいいならがらレイヤは剣を手に取った。それを様々な角度から入念に見て、うーん、と首を傾げて差し出してくる剣をサクヤが受け取り、マリナと二人で観察する。が、やはり何も変わった部分はない。
やはり魔法と剣には何も関係は無かったのだろうか。剣が無くなれば少しでも《創始者》の戦力ダウンに繋がると期待したのは甘かったかもしれない。
「本当に普通の剣ね」
「ああ」
マリナの言葉にサクヤが相槌を打つ。結局魔法のロジックは未解明のままで、剣をレイヤに返した。
「それよりもさ、見て欲しい物があるんだ」
「どうしたの、レイヤ」
「いいから見てて」
マリナの問いを受け流したレイヤは近くの適当な気になる狙いを定める。そして剣を取り出してその木に剣先を向け、レイヤが目を閉じた。
「いくよ。『アクア・フロウティラ』!」
レイヤが叫んだ瞬間、彼女の剣が蒼く光ったかと思うと、いくつもの水球が出現して木に向かって放たれた。
水が木に弾かれて消えた後も木の幹は濡れたままなのが、今の現象が見間違いなどではないことを証明している。
「これは……」
サクヤは呆気に取られていた。これは確か、前に二度程見たことあるものと同じようなものだ。一度目は、《創始者》の放った火。あれも《創始者》の剣から放たれるのをサクヤは目視している。
そして二度目は、《創始者》が去ってから、レイヤが燃える集落を鎮火した時だ。あの時、レイヤは鎮火した後倒れてしまったが、あれはどう考えても魔法だった。そして今回もそれと同じということは……。
自分の予想に危惧しながらレイヤを見たが、ピンピンしている。どうやらサクヤの不安は杞憂だったようだ。
「レイヤ、魔法が使えるの!?」
いきなり隣から叫ぶような声が聞こえ、反射的に声のした方を向く。すると、サクヤ以上に驚いた様子で目を大きく開くマリナの姿があった。
「そうか。マリナは知らないのか」
「何よ。サクヤは知ってたの?」
「知ってた、ていうかさ、《創始者》が言ってたんだ」
「《創始者》が?」
「ああ。ここの住民だけが魔法を使える。《創始者》が放った炎も魔法らしい」
「?」
レイヤが不思議そうに首を傾げるのを見てサクヤは自分の失言に気付く。
この話はレイヤの前ではすべきではなかったかもしれない。マリナとサクヤはもとよりこの世界の住民ではない。だから話しているとどうしても、二人の視点になってしまうのだ。それは彼女に不信感を与えなかねない。実際、今だってレイヤは『ここの住民』という単語に反応した。だから今後、軽率な発言には注意する必要がある。
「何でもないよ」
誤魔化せているかどうか不安になったものの、レイヤはもうそのことには興味を失くしてマリナと嬉しそうに話している。その移り変わりの早さに、余計な心配を一瞬でもした自分がバカらしくなる。
サクヤは一度ゆっくりと息を吐き出して気持ちを落ち着けてから仕切り直す。
「それで、あの後、集落に上がる炎を消したのはレイヤの魔法なんだ」
「まぁそんなんだけどさー、魔法の力に耐えられなくてあたしはすぐに倒れたのを覚えてたんだよ。それがなんか悔しくて、それからサクヤとマリナが来ないうちに自分でコントロールできるようにしてたんだ」
「そんなことがあったのね……」
サクヤの説明にレイヤ自身が補足した。その内容にはサクヤも知らないものがあり、マリナと同様に感嘆する。
「最初の方は何回もフラフラしたりして上手くいかなかったけど、少しずつ思うように操れるようになったんだ。そこからはすぐだったよ」
真面目に話すレイヤ雰囲気に呑まれ、無言で耳を傾けるサクヤたち。二人はレイヤから視線を外せずにいた。
「ごめん。なんか暗くなっちゃった。さぁ次はどうしよっか」
その時、レイヤが真面目なトーンからいつも口調に戻して表情も柔らかくなる。それにより二人も解放された。
――次か。
サクヤは一人心中で呟いた。空気を明るくしようとしたレイヤには申し訳ないが、ここからはそんなに浮かれてはいられない。
時間的にはちょうどいい。言い出すなら、今だろう。
「あのさ、二人に頼みがあるんだけど」