第二十話
――夜。
周囲の家からも光は消え、鳥や、虫の鳴き声や風の音すらもしない、静寂が訪れた頃。サクヤはベッドに身を投げ出して物思いに耽っていた。
メグが生きていた。その事実はサクヤにとって何よりも大きな戦果だった。異世界に来てメグのことを忘れた日は一日も無い。それ程までに成すべきことへの一歩を、ようやく踏み出せたのだ。これまで先が見えなかったところに光が差したのが希望になる。
その希望にサクヤは一人、つい頬を緩めた。
「でもどうやって助け出すか、だよな」
すぐに次の壁に直面して顔を渋らせる。
これまではメグが監禁でもされているのかと勝手に思い込んでいた。でもそれは違った。実際には拘束されている訳でもなく、身体に自由はある。ただ、メグ自身に異変があったのはどう対処すればいいかわからない。それに、今日の様子だと、またメグと戦わないといけない。そうなった時、サクヤたちでは実力不足なのもまた事実だ。それでいて、メグを殺さずに救出しなくてはいけない。実力で完全に上回る相手に対して、しかも条件付きて戦うなんて無茶だ。
「どうすりゃいいかな……」
昼間のメグはどう考えてもおかしかった。でもそれが自分の意志ではないとしたら。いきなりそんな考えが脳裏を過った。
そうだ。どうして今までそれが思い付かなかったのだろう。きっと脅しでもかけられているはずだ。そうすればあの行動に説明が付く。
だがどうしても気になるのは、メグが撤退する前の悲痛な叫び。それに頭を抱えて悶絶する様子だ。あれだけはんな仮説を立てても理解できない。
一つ何か分かってもすぐにまた疑問が湧く。やっぱりまだ謎が多過ぎる。こんなに一進一退を繰り返していてはちっとも前に進まない。
「いや、違うだろ」
そんなことは無い。何だかんだで少しずつ前進している。遂に今日メグを見つけたのかその大きな証明だ。
だが結局のところ、再びメグと相対した時に同対処するか。これが結局は問題になる。昼間に体感したメグのスピードはレイヤ以上だった。ようやくレイヤの速さに目が追いつくようになったばかりなのに、それ以上なんて実力の差が大き過ぎる。
ならどうする。
今は明らかに実力が足りない。それに、マリナもまだ本調子じゃない。
――いや。
今すぐにじゃなくてもいい。メグは同じ世界で生きている。それが分かったんだ。ならば大丈夫。サクヤも、メグも、生きてさえいれば必ずまた会える。だからその時まで気長に待ちながら実力を付けていければいい。
サクヤは満足そうに一人で頬を緩めた。そして次第に夢の世界へと落ちていった。
8
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
何度も呼ぶ声にサクヤは瞼を上げた。
――どこだ、ここ?
見たこともない空間。周囲はオレンジ色に包まれ、何も無い空間に身体が浮いている。
「夢、でいいのか?」
周囲を見回していから正面を見ると、そこにはメグの姿があった。
「メグ?」
「お兄ちゃん! やっと気付いた」
一瞬警戒して身を硬くしたが、すぐにその警戒を解く。前にメグと敵対した時とは彼女の様子が違うのだ。感情が顔に宿り、穏やかさや微笑みが戻っている。そう、これはいつも通りの正常なメグだ。
警戒こそしたが、なぜか動揺することはなかった。どうしだろう。ほんの二ヶ月前ぐらいまでは普通に兄妹として一緒に過ごしていたのだからそれが普通だと言えば普通なのだが、しばらく離れ、しかも一度敵として再会した後ということを考えれば正直不思議だ。
「どうしたんだ、メグ? それにここは? どうなんてるんだ?」
自分でもも驚く程冷静かつ自然に言葉が出てきた。
「落ち着いてお兄ちゃん。一つずつ説明していくから。でも時間が無いの。だから簡単にね」
「分かったよ」
返事をしておいてメグからの言葉を待つ。
「まずはここはお兄ちゃんの夢だよ。そこに私がちょっとした方法で入ってきてるの」
「そうなのか。その方法って?」
「ごめんねお兄ちゃん。今は言えないの」
メグは本当に申し訳なさそうに目を伏せた。
「そっか……続けて」
「うん。それで、お兄ちゃんにお願いがあるの」
「お願い?」
「そう。お兄ちゃん、助けて」
唐突かつ予想外の言葉にサクヤ戸惑いを隠しきれない。前回会った時にはお兄ちゃんのを助けるためにこの力を手に入れたと言っていたことを覚えている。今メグが言っていることはそれと正反対のことだ。
多少半信半疑になりながらサクヤとりあえず続きを聞いてみる。
「どういうことだ?」
突然、周囲のオレンジ色でよくわからなかった光景が、見たことのあるものへと変化した。
「これは……富豪エリア……?」
そうだ。これはこの世界に来だ間もない頃にサクヤが見た、富豪エリアにある富豪の、つまりは《創始者》の城。そこに今初めてここに来た時と同じように立っている。あの時はマリナに見つかってじっくり見れなかったが、今はそんなこと気にせず観察できる。
でもこれ、護衛に見つかったらやばくないか。急に焦りを覚えたサクヤの慌てようを見て、メグが笑いながら説明する。
「大丈夫だよ。これはお兄ちゃんの身体が動いてるんじゃなくて、意識だけがこの場所に来てるの。それに、あくまでもこれはお兄ちゃんの夢。だから誰かに見つかることもないし、その証拠に、今は夜なはずなのにここは明るいでしょ?」
そう言われればそうだ。あまりにも自然な光景だったから気にならなかったが、今は夜にも関わらず昼の明るさだ。意識だけが云々ということはあまり理解できなかったが、自分は今、リアルで奇妙な体験をしていることは分かる。
「お兄ちゃん進んでみて」
「えっ?」
戸惑うサクヤに再度メグが笑いかける。
「さっきも言ったけど大丈夫だよ。私たちは誰にも見えないから」
まだ腑に落ちないがメグの言う通りに城門の中に入っていく。
だがここでサクヤあることに気付いた。
「ここには門番みたいなのっていないのか」
「そ。ここは裏門みたいなものなの。だからここの警備は薄い。お兄ちゃんならもう言わなくても分かるよね?」
そう言うと、メグはいきなり何かにはっとした。
「ごめんねお兄ちゃん。もう、ダメみたい」
メグは申し訳ないというよりは満足げな表情を見せた。
「ちょっと待てよ! ダメってどういう……」
「お兄ちゃん、待ってるね」
サクヤの声は届かず、メグは少しずつ薄くなっていき、幽霊のように消えていった。
「おいメグ! メグ……」