第十八話
三人が森から帰ると、集落の復興をしていた住民たちはいなくなっていた。この集落にはまた、前までの穏やかな雰囲気が戻ってきている。
こうして見ると、四日前の騒動からかなり元通りに修復された。まだ一部に焼け跡や炭などの爪痕は残っているものの、それ程目立つものではない。それも、住民の協力あってものだろう。
「さてと、」
「やりますか」
レイヤとマリナが呼吸を合わせて言い出した。
「やるって、何を?」
「模擬戦に決まってるじゃん!」
張り切るレイヤにサクヤは断ることができなかった。
でも、いいか。《創始者》と対面したとき、サクヤは何もすることができなかった。その結果、辛くも勝利したが、マリナもレイヤの二人に任せっきりで自分の無力さを改めて実感させられた。剣が無くていくら《創始者》の力が落ちているとは言え、次も同じことになるだろう。だから、もっと力をつけないといけない。
始まった模擬戦は、これまで以上に熾烈なものとなった。レイヤは疲れを僅かたりとも見せることなく、寧ろあの戦闘前よりも機敏な動きをしている。それはサクヤも同じだ。はっきりとは分からないが動きが良くなった気がする。精神面の変化がこうした結果を生んでいるのかもしれない。
また、マリナやレイヤが命懸けで戦っているのに、一人だけ離れた場所から見守るなんて願い下げだ。だから強くなる。そのためには変わらないと。
その一心でサクヤは木刀を振った。
真剣から木刀に変わったことによってやりやすさが格段に上がった。だから遠慮することなく戦える。
自分の体力など気にせず攻め、レイヤの攻撃を躱すところは躱した。そして、模擬戦が終わった時には、サクヤは完全に息が上がりきっていた。
だが、サクヤはその疲労よりも、充実感の方が大きかった。当然のことだが、結果はレイヤに惜敗だ。それよりも内容の濃さはこれまで以上の成果挙げることができた。
でもまだ足りない。もっと強くならないとメグを助け出すなんて夢のまた夢になってしまう。
そのために次はマリナと模擬戦をした。
マリナとの戦績はやはり全敗。だが、サクヤ自身も実践形式には慣れてきた……つもりだ。それに、個人的にレイヤよりもマリナとの方が戦いやすい。
だから今回は勝ちに行くつもりで立ち向かった。
「ふぅ」
サクヤは水を飲み干して空になったコップをテーブルに置くと息を吐いた。
「お疲れ様。サクヤもすごく強くなったわね」
向かいに座るマリナから労いの言葉が掛けられる。
模擬戦を終えた二人は、昼食を摂るためにもはや常連となったレストランに入店していた。時間帯が時間帯だけあって、店内は大変混みあっている。
マリナとの模擬戦の結果、ついにサクヤが初勝利を得た。彼女の一振りを躱した後、すぐさま踏み込んでカウンターに成功した。前から試してみようとは思っていたが、タイミングが見つからず、今回ついに決行したのだ。
それが決まった時にはすごく興奮した。一瞬静まり返ってからレイヤから盛大な拍手が送られた時のことは、今後しばらく忘れることはできないだろう。それは今、少なからず自信として彼自身の中に蓄積されていっているに違いない。
少ししてそのほとぼりが冷めると、昼時ということに加え、まだ病み上がりということで今日のところはそれで終わりとなった。
そして今に至る。
「サクヤがあんなに強くなってるなんて驚いたわよ」
昼食に注文したハンバーグを貪りながらだが、面と向かって褒められるとさすがに照れくさい。だから彼は話題を変えた。
「あんなに動いてたけど大丈夫なのか? まだ今日目覚めたばかりなんだから無理しない方が……」
「心配してくれるのは嬉しいけど本当に大丈夫よ」
本人はそう言い張っているが、実際のところ、それが本当なのか、もしくはただ強がっているだけかもしれない。もしかしたらマリナに勝てたのはそのせいそのせいというのもあり得る。でもあれだけ動けていたことを考えると、本当に大きな問題は無さそうだ。
「じゃあもういいのか?」
「ええ。お世話になったわ。ありがとう」
それから二人は、半分以上残っていた料理を無言で片付けにかかった。話していると分からなかっが、喋らなくなった途端に空腹がサクヤを襲い、すぐに皿の上には何も無くなった。
「すみません、パフェ一つ」
その瞬間にマリナはいつの間にか店員を呼び、お気に入りのパフェを注文していた。その行動の早さにサクヤは思わず冷たい目で彼女を見た。
しかし、当の本人はそんなこと全く気にせず上機嫌に待っている。
「ほんとにパフェ好きだな」
「悪いかしら?」
間髪入れずに返ってきた、感情を殺した声にサクヤは何も言い返せなくなってしまう。サクヤは諦めて言いなりになっておく。
やがてパフェが運ばれてくるとマリナは豹変した。
「ん~~~~。おいっしい~! やっぱりここのパフェは美味しいわね」
頬をとろけさせて至福の時を得る彼女に、サクヤはため息しか出てこない。ここに来ると毎回こうだ。さすがに毎度毎度この光景を見ると嫌でも慣れてくる。
このパフェの前では態度を変えるマリナの接し方に慣れてしまっていることを自覚してサクヤは小さく苦笑した。
「少し落ち着いたらどうだ」
「いいははいほ、へうい」
「食べながら話せ」
口一杯に詰め込んだパフェをゆっくり時間をかけて飲み込んでマリナは言い直す。
「いいじゃない、別に」
「あんまり強く言わないけど詰まらせたらどうするんだよ」
「サクヤは心配性ね。パフェで詰まることなんか無いから大丈夫よ」
そんな問題かと疑問に感じたが、こうなったマリナに何を言っても無駄だということをサクヤは知っている。
その時、店内の壁に飾られている物がサクヤの目に止まった。
「そう言えばあんなのあったっけ?」
「んー、ほれ?」
「だから飲み込んでから喋れって。……あそこの円い石板、あれっていつからあったっけ?」
まだ口に残っていたパフェを今度は飲み込んでからマリナは答える。
「何言ってるのよ。前からあったじゃない」
「前って、いつぐらい?」
「そうね、あなたが来た時にあったわ」
「あれっ、嘘?」
「私が嘘をついて何の得になるというのよ」
そう言って肩をすくめると、マリナは再びパフェとの闘争を開始した。
そして半分少しを一瞬で詰め込んだ時、不意にマリナが窓の外を見て焦り出した。と思った刹那、席を立って慌てて外に出た。
サクヤも何があったのか見ようとしたが、特に街に変わった様子はない。とりあえずマリナの後を追おうと立ち上がったサクヤは、半分近く残っていたパフェをちゃっかり平らげてから店を出ていた彼女にある種の尊敬を抱いて同じく店を出た。
店を出てすぐ、マリナを見失ってしまったが、右の方で誰かと言い合っているのが見えた。遠目からだと顔までは見えないが、大体のシルエットから、相手も鎧を着ている監視者だろう。
「どうしたんだよマリナ。急に飛び出したりなんかし……て……」
マリナと対峙する監視者の顔をはっきりと捉えたとき、サクヤは絶句した。