第十三話
☆☆☆
「ごめんねレイヤ。あなたまで巻き込んでしまって」
サクヤがこの場から離れたのを見届けると、マリナは小声で囁きかけた。
「何のこと? あいつらがあたしの集落に来たんだからあたしも関係者だよ」
レイヤの声は優しかった。この状況になって尚、普段と同じように接してくれる。
安心してマリナは男に向き直る。二人でどこまで粘れるか。サクヤにこの場から離れてもらってよかった。今のマリナたちでは勝ち目は薄い。そんな相手にサクヤがいれば危険だ。でもこれは親の仇を取る好機。私情にレイヤを巻き込みたくはない。
そうこうしている間に六人の監視者が迫って来た。
「レイヤ、お願い」
「うん。まっかせて」
半分の三人をレイヤに預けて残りの三人に集中する。
「我は闇を払う光なり」
唱えた瞬間に体が温かくなり、赤いオーラが身体に纏った。後は何も考えなくても大丈夫。それよりも先に身体が反応してくれる。
眼前にまで来た敵の剣を弾き、入れ替わりで振られる剣を回避。からの真上へジャンプ。太陽を背にして腕で光を遮る監視者に剣を振り下ろす。だが、三人も富豪の護衛だけあって、手馴れた動作で背後に跳んで回避された。
「やっぱり簡単にはいかないわね」
今度は三人から囲まれる形になった。客観的に見れば不利な状態かもしれない。でも、この状況でもどうにかできる自信がある。
少しの間。そして背後の一人が動き出したのを感じて振り向いた。途端背中を向けた二人も動き出す。まずは早急に正面になった一人の監視者を迎え撃つ。
だが、その直前に姿が見えなくなった。
「消えた!?」
違う。これはフェイントか。レイナがサクヤとの模擬戦で使っていのと同じような。
気づいた時にはもう既に遅かった。背後から強い衝撃が鎧を通して体に伝わる。そのままマリナは地面に倒れ込んだ。もし鎧がなかったら完全に殺られていた。でも今の一撃は重かった。さすがは手練れ。一瞬でも気を抜けば簡単に負けてしまう。
「私も覚悟を決めないといけないようね」
マリナは立ち上がりながら自嘲気味に呟いた。街の方は騒ぎが収まって住民たちの声は聞こえなくなった。とりあえず街は落ち着いたようだ。
街を騒がせたその敵は今の目の前にいる。元から勝てる見込みはほぼない。これまでは富豪を倒すチャンスを待っていた。確実に勝てるその時を。でも、実際にこうして対峙するとそんなことは関係なくなった。親を殺した事への復讐心が抑えきれないのだ。
そんな自分に自然と笑みが漏れた。レイヤは今も戦っている。自分だけがこうして休んでいる訳にいかない。やれるだけはやらないと。
改めてもう一度剣を握り締めた。そして動く。
気持ちを割り切ってから自分でも驚くほどスピードが増していた。監視者は兜をしていて表情は読み取りにくいが彼らも僅かに顔を歪めた気がする。
繰り出す攻撃の質も上がっていて、相手は三人もいながら防戦一方になっている。こうなればひたすら攻め込むのみ。何も考えない。
だがついにその防御は崩れた。一人の体力が限界を迎えたのか、マリナの剣撃を受け止めた時に数歩よろめいた。
その隙を見逃すはずがない。全力ダッシュで監視者三人との間合いを一気に詰める。だが。
「きゃああああ!」
横から化学的な何かが飛来してマリナは抵抗の余地すら貰えずに飛ばされた。そのまま地面に叩きつけられて転がる。
直後、全身に熱さを感じた。鎧越しに打ち付けられた身体の痛みだけではない何か。それを確認しようと必死に顔を動かそうとするが、痛みで力が入らない。それでも何とか力を振り絞る。そうして見た光景にマリナは絶句した。
――火だ。燃えている。着ているものは金属製の鎧だから大丈夫でも、周りの場所が焼けている。それも、僅かに一撃で集落の入口のほとんどが火の海だ。
――そうだわ、レイヤは……。
声に出したつもりだったが実際に出たのは掠れた吐息。身体が動かないから助けに行くこともできない。マリナはただその場でレイヤが無事であることを祈った。
しかし、その願いはすぐに儚く打ち砕かれた。目を動かせばギリギリ視界の端にレイヤがいた場所が見えた。
レイヤの姿が無い。そこも一面火の海と化していて、舞い上がる火の壁が集落の中心をを遮っている。
何がどうなったの? 一瞬私を襲ったあの火は何? どうしてその火は全体に広がったの?
続いて頭を過ぎったのはどう考えても説明できない攻撃への疑問。まさか魔法を使ったとでも言うの。でもそんなことはこの三年間で聞いたことすらない。いや、この世界で最強の力を持つ奴なら考えられないことも……。
火の中を歩く何者かの足音でマリナの思考は途切れた。
「まだ生きていたか」
「その……声……は……」
こうして富豪の男が目の前に現れたということはこの男の仕業で違いないだろう。やはり、この男はマリナたちの手に負えないような力を持っている。
「さすがは監視者といったところか。なかなかしぶといようだな。残念だが、その強運もこれで終わる。何か言い残すことはあるか?」
「…………」
「何も出てこないか。それなら話は早い。じゃあな。あの世で休んでな」
――もう、これで死ぬのね。最後に仇を取ることは叶わなかったけど、全ては自業自得だから仕方ないわ。サクヤたちには申し訳ないことをしてしまった。巻き込んで、こんな目に合わせて。でも、サクヤたちと別れるのは辛い。一人でこの世界に投げ出されて三年。途中でレイヤとの出会いはあったけど、同じ境遇のサクヤとは毎日一緒にいるのか当たり前になっていた。
今でもこの一ヶ月のことは鮮明に覚えている。少しからかえば呆れ顔になるサクヤ、必死に剣を振るサクヤ。
――そう言えばまだ彼のことを何も知らない気がする。そのまま私は死んでいくの……?
富豪の男が剣を振り上げた。マリナは終わりを覚悟して両目を閉じる。
――できることなら、まだ生きていたい。サクヤのことをもっと知りたい。
今剣はどこまで迫っているのだろう。そこそこ長い時間が経った気がする。それでもまだ状況は変わらない。もしかしたらもう……。
その時だった。
「マリナ!」
この声は、今考えていた人物の声。間違いなくサクヤのものだ。直後に耳元で剣のぶつかる金属音を聞いた。反射的に目を開けると、目の前には私を庇うようにして立つレイヤと、横の方に立ち尽くすサクヤの姿があった。