第十二話
その集団はサクヤたちが通ってきた道を歩いてゆっくりとこちらに向かってくる。しかも見るからに大きな鎧を着用して完全武装状態だ。その中央にいるリーダー的な人物だけは鎧を着ていない。ということはあいつが。
「富豪ね。どうしてここが……」
彼のの予想を裏付けるように言ったマリナの声には怒りと焦りが混在していた。だが、一方のサクヤには疑問ばかりが次から次へと湧いてくる。
「なんで富豪が平民を襲いに来るんだ。あいつらにそんな必要全くないじゃねぇか。それに、周りの奴らはなんだ? 鎧を着てるから監視者なのか?」
「二つ目の質問はその通りよ。鎧を着ていないのが富豪。奴に関しては鎧を着れないから分かりやすいわ。周りの集団は奴の護衛よ。監視者の中でも上位の強さを誇る人々を城の、いえ、奴の護衛に付けていのよ。そして奴らが平民を襲う理由はただ一つ。絶対的な支配」
「絶対的な、支配?」
マリナは険しい表情をしたまま近づきつつある集団から目を離さないで続ける。
「ええ。この世界を自分の思うままに変えようとしているの。従わない者は殺す。そんな一方的で凶行な手段を使って自らの完全なる自由を欲しているのよ。奴にとってはその行為すらも娯楽に過ぎないかもしれないわ」
サクヤは両の拳を強く握り締めた。さっきから黙っているレイヤも珍しいことに憤りを露にしている。ここはレイヤが生まれ育った場所だ。彼女にとって、いや、彼自身ももこの一ヶ月の間にここが気に入っている。だから三人にとって愛着のあるこの場所を荒させはしない。
緊迫した空気が漂う。こんな時に限って風の流れも虫や鳥の鳴き声すら聞こえてこない。
「これはこれはお揃いで」
富豪の男が陽気に言った。
白髪混じりの中年の男。この声。間違えるはずもない。夢でメグを攫って行ったあの男だ。顔も背丈も体つきも、全て記憶と一致する。
「そう怖い顔をするな。君たちにはまだ何もしていないだろう?」
「なんだと……」
発した声は、自分の予想以上に怒りで震えていた。落ち着け。あいつの思惑に嵌るな。そう自分に言い聞かせても逆に怒りが増す一方で体の震えは収まらない。
そうだ、もしマリナの言葉が事実なら、この男を恨んでいるのは自分だけじゃない。そのことを思い出して横目でマリナの様子を窺った。すると、彼女も声には出していないが、怒りを我慢しているが感じ取れた。
皮肉なことに、それで気持ちは少し落ち着いた。何も自分だけがこの男を憎んでいるわけではない。そういった安堵が心に余裕を持たせたのだ。
たったそれだけのことで見えてなかった周りの状況が見えてきた。富豪の男の周りに鎧と兜を身に付けた監視者が六人。腰には剣を帯びていつでも抜けるよう手を掛けている。富豪からはあまり感じなかったが、周りの護衛からは戦意と殺気が滲み出ている。
しかし、そうして状況を整理できる余裕があったのは一瞬だけで、すぐにその冷静さは失われた。
「あ、思い出した。君たちは確かアレか。夢で会った二人か。そこの金髪の子は知らないな。ってことはここの住民のようだ」
「……!」
サクヤは愉しむように言う男のセリフだけで再び頭に血が上った。
二人分の情報を推理した男は不気味な笑みを浮かべる。その顔は、サクヤからすれば冷酷で無慈悲な銃弾のようで、とても邪悪な微笑みだ。
これはただからかっているだけだと分かっている。だから真に受けてはならない。
「お前はどうしてこの世界を欲しがる。富豪なら何一つ不満など無いはずだ!」
「俺がこの世界を欲しがる? ふっ、キミはどうやら勘違いをしているようだね」
この瞬間サクヤは確信した。自分も言葉が通じるこの男は、ただのこの世界の住民などではない。それ故男は意味深な言葉を発していた。
「勘違い、だと?」
男は舌を鳴らして指を立てた。
「俺はただこの醜い世界を変えようとしているだけだ。今のこの世界は人々が自由すぎる。それでは世界は滅ぶ」
「なにっ?」
「考えてでもみるがいいさ。人は与えられたことしかできない。だからこのままでは世界は滅ぶ」
「そのためなら人を殺すというのか」
「ああ、それは仕方のない犠牲だからね」
いい加減にしろ。そう叫んでやりたかった。言いたい放題に自分に都合のいい理屈だけを並べて住人の意見なんざ聞いちゃいない。それ以前に、この世界のどこに自由があるというのだ。身分という縛りが存在するこの世界で人に怯えながら一日一日をやり過ごす人がいるのをサクヤはこの目で見た。表面では普通の日常でも、裏の姿は凶俗や貧民しか知らないのだ。
少年は胸の赤いペンダントを握り締めた。こいつがメグを連れ去ったかと思うと無性に腹が立ってくる。だから何も知らない貴族様に何か叫んでやりたかった。でも、それは叶わなかった。サクヤよりも先に声を出した人物がいたから。
「……赦さない」
小さいが低くよく通った声に思わずマリナを見た。これまで黙っていた彼女も拳に力を入れて顔を上げ、富豪の男を睨み付けた。
「人の命や人生を弄ぶあなた私は赦さない!」
マリナはこれまでになく毅然とした態度で言い放った。結果としてこれが戦いの火蓋を切る導火線に火をつけたことになる。
「ならばどうする? 今すぐ俺を殺してしまおうとでも?」
男の方も声のトーンを落とす。
「はっ! そんなことできる訳がない! いくら鳴けども所詮は何もできない虫だ! もういい、やれ!」
その怒号で周りの護衛が同時に剣を抜いた。対する三人も合わせて剣を抜く。
ここは直に戦場となると、そう直感で感じ取った。それに、相手の戦力は実力未知数の富豪と監視者六人。いや、少なくともサクヤは富豪の奴の実力は嫌という程知っている。
奴らの力なら戦いは凄絶で悲惨な結果を生むことになるだろう。だからここはすぐに火の渦となってもおかしくないのだ。なら、何ができる? 技術も戦術も身体能力も今の実力ではマリナたちに劣る。
サクヤと同じことを感じてか、マリナが声を掛けてきた。
「サクヤはここの住民を避難させて」
しかし、その内容に耳を疑った。
「えっ、何でだよ! 俺だってあいつに仮はあるんだ。なのにサポートなんて納得できるわけない」
「今のあなたでは確実に実力不足よ。最近のあなたの努力と成長は認めるけど、それでもまだ及ばない」
「……っ」
返す言葉に詰まった。マリナの言う通りだ。サクヤ自身もちょうど今そのことを考えていたから。自分がいたところで足を引っ張るだけになるのではないか。ならば他にできることをすべきではないか。それが今最善の手ではないのか。
そんなことを感じる一方でこうも思う。相手はこの世界で恐らく一番強い男とその護衛だ。その相手に自分が抜けて、それも人数差でさらに劣る二人に勝機はあるのかと。普通に考えれば勝てる可能性なんてほとんどない。だったら例え微弱な力でもここに残っていた方がいいのではないか。
しかし、マリナに思考が伝わったのか、サクヤに優しい笑顔を向けて宣言した。
「大丈夫よ。私たちは簡単に負けないから」
それでサクヤの心は決まった。決め手はマリナの笑顔。今までで一番の微笑みを見せてくれたのだ。普段はパフェにしか向けないその笑顔を。
――ってことは俺ってパフェと同レベル……?
なんて場違いなことを一瞬考えているうちにレイヤも続く。
「そうだよサクヤ。あたしらにまっかせて!」
「…………分かった。二人とも気をつけてな」
サクヤは急いで戦線を離脱した。戦いが始まれば集落が崩壊するまで時間はあまり無いかもしれない。そうならないようにしたいが、最悪の事態は常に考えておくべきだ。だから背後に二人の視線を感じながらとにかく走った。