第十一話
5
サクヤは習慣となったいつもの道を歩いていた。初めて来た時は、街中から外れて田畑が現れて田舎だと思っていたが今はこの落ち着いた雰囲気が悪くないと思う。
この頃は日に日に照りつける太陽がじりじりと暑さを増している。梅雨どころか初夏にもなっていないのに、今日も真夏かというほど暑い。
――ちょっと待てよ。この世界にも梅雨があるのか? それどころかまだこっちに来て一日も雨が降ってないような……。
そんなどうでもいいことを考えながらサクヤは田舎道を進んだ。
初めにレイヤと出会ってから早くも一ヶ月も経つ。あの日から一ヶ月間、サクヤは一日も欠かさずにレイヤのいる集落に通った。そこで毎日剣を振り、レイヤやマリナに手伝ってもらいながら修練を行っていた。その効果もあり、剣の技量が上がっている……と思いたい。
最近になって二人から上達しているとお褒めの言葉を貰えるようになってきたから確実に上達はしているのだろう。自分ではあまり分からないが。
「サクヤ!」
到着するなりレイヤが声を掛けてきた。その横にはマリナも一足先に到着している。
「じゃあ始めよっか!」
こうしていつもの日課が始まる。
まずはレイヤとの模擬戦だ。初めて負けたあの日から比べるとかなり粘れるようになってきた。彼女の速さにも目が慣れて動きが目で追える。それでもまだレイヤには一度たりとも勝つどころか反撃すらできてていないが。
「準備はいい? 始め!」
マリナの合図で二人は同時に地を蹴った。
初めて戦って負けたことは今でも鮮明に覚えている。あの時は何もかもで劣っていた。でもこう何度も相対すれば対応策や癖も分かってきた。だから簡単には終わらせない。それが今のサクヤのささやかな意地だ。
迫ってきたレイヤの剣とサクヤの黒剣がぶつかり合う。火花を散らして甲高い金属音を響かせる。
続く二発目にも反応してそれを受け流す。そこから連続で繰り出される斬撃は人間業とは思えないほど速い。それを知っているサクヤは一旦距離を取る。
こうして間合いを取れば、次は目にも止まらぬ速さでダッシュし、目前まで来たところで背後に回り込んで来るはず。
今回もそれは例外ではなかった。レイヤは正面から全力ダッシュ。そして視界から消えた。この動作だけは速過ぎて未だに肉眼でレイヤの姿を捉えることができない。だが、何度も戦っているサクヤにはレイヤの残像だけで充分だ。
レイヤが今の一瞬で背後に回ったのは確信できる。だからサクヤは横にスライドして動いて彼女の射程から逃れ、逆に剣を打ち出す。
再度二本の剣が衝突する。今まではまだ守ってばかりでサクヤから攻めたことはなかった。でも攻めなければ絶対に勝てない。だから初めて彼は反撃を試みる。
でも、この戦いは木刀ではなく真剣だ。少しでも誤ったことをすればとんでもないことになりかけない。そのことに配慮しつつ、打ち合ったレイヤの剣の威力を回転力に変えて斬りかかる。
明らかに反撃を予測してなかったようでレイヤが両目を見開く。一瞬ではあったが、その反応を見てサクヤは勝利を確信した。だが。
「甘いよ!」
レイヤの叫びと共に振られた剣が、サクヤの手から黒剣を弾き飛ばした。
「うっ」
思わず口から声が漏れる。
「まだまだだね。あたしを本気で殺すつもりでかかってこないと勝てないよ」
剣が無ければ負けを認めるしかない。今回は初めて攻撃に移り、不意をついた一撃が取れたと思った。だから悔しいがこれは僅かな油断が招いた結果だ。
「でも本気で殺すつもりでって言われてもなぁ」
「そんなこと言ってたらいざという時剣を振れないでしょ?」
「でもそれとは状況が違うだろ」
「まあまあ落ち着いて二人とも」
そこへマリナが仲裁に入ってくれた。
「サクヤがそれで躊躇するというならこれからは木刀にしない? それならサクヤも遠慮なく戦えるでしょ」
マリナの提案はありがたかった。確かに木刀ならヘタをしても最悪の事態は起こることはない。それなら余計なことを考えずに立ち向かえる。
だがレイヤはしばらく考え込んでいた。やはり今まで二年程真剣で行ってきた模擬戦で武器を変えるというのは抵抗があるのだろう。
「…………うん。分かった。あたしも本気で戦ってもらえないのは嫌だからね」
渋々といった感じではあったが承諾してもらえてほっと息を吐いた。まだ剣を握るキャリアが浅いサクヤには真剣で相手を斬るつもりでというのはとても厳しい。マリナやレイヤは寸止めできるほどの技術があるからいいものの、俺はまだそこまですら行ってない。
実を言うと怖かったのだ。彼女たちは寸止めをすると言っても、後数ミリの距離まで剣を突き付けられることはいい体験ではない。信じてはいるがどうしても恐怖心の方が勝ってしまうのだ。
「それにしてもサクヤの攻撃は驚いたよ。今までは守ることしかできなかったのに。ま、結局はすぐにあたしが勝ってたけど」
うっ、今のは貶されたのか? 今の流れで俺は貶されてるのか?
上げて落とすレイヤの発言にサクヤは苦い顔をした。でもレイヤも彼はの成長を認めている。そう捉えるようにしよう。
「ちょっと待って。何か聞こえない?」
その時マリナが声を潜めて言った。二人も耳を澄ますが、聞こえるのは風に揺れる木の葉の音ぐらいで他は何も聞こえない。
「何も聞こえないじゃないか……って待て、これは……!」
「富豪だ! 富豪が襲ってきた!」
今度ははっきりと風に乗って聞こえた。ここから少し離れた街の中から慌ただしく逃げ惑う緊迫した声。
「一体何が起こってるんだ……」
その直後だった。街からこの集落に続く狭い田舎道から複数の人影が現れたのは。
これで連続投稿は終わります。
これからは週1~2話更新で行きたいと思います