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第十話

☆☆☆


 レイヤを追いかけて森に入ったはいいが、彼女を見つけられずにいた。レイヤの金髪はこの森では目立つとも思っていたが、どうもそうではないらしい。レイヤの綺麗な金髪よりも、この森の暗さの方が強い。何せここは陽の光がほとんど届いていないのだ。

「やっぱりここもコンクリートか……」

 予想していたことであったが、几帳面な程ルールを守る道にサクヤはうんざりしていた。レイヤを追ってきたこの森にまで道にはコンクリートが敷かれていて森の風景を壊している。

 ここは薄暗くて若干気味が悪いが、捉え方を変えれば緑が豊かで穏やかな場所だ。だかサクヤはこの森を探索に来たわけではない。この森ならばレイヤを見つけるには時間がかかるかもしれない。

 その予測は見事に的中した。森が広いせいか、あるいはレイヤがかなり奥まで入っているのか、走り回って捜してみても全く彼女の姿は見当たらない。

 それは森の奥まで来ても同じだった。だからレイヤはこれ以上奥に入っていないだろうと後者の考えを打ち消す。そうなればサクヤが見落としているのかもしれない。マリナと別れてからここに来るまで道は一本しか無かった。そのためレイヤは確実にこの森にいるはずなのだ。

 そう思い、引き返そうとしたその時、

「あっ……」

 右へ少し入った所の木の根元に、何かが丸まっているように見えた。遠目からではレイヤかどうかは認識できないが、サクヤは恐る恐る近づいていみる。

 少しずつ大きくなるシルエットに確証こそ持てなかったが、予想はついた。

「レイヤ?」

 走り回ったせいでまだ息が整わないサクヤの声に反応した金髪の少女は、体育座りで膝にうずくめていた顔を上げた。彼女の顔は、目が腫れていて、頬は涙で濡れている。

 その様子を見た時、サクヤは言葉を失い目を疑った。

 どうしてレイヤが泣いてるんだろう。悪いのはレイヤじゃないのに。

「泣いてないよ」

 強がって涙を拭うが彼女の声は涙声だ。それでもレイヤは何ともないという様子で立ち上がった。

 二人の間に気まずい沈黙が流れる。レイヤを追ってきたはいいが、彼女の顔を見た途端に何を言い出せばいいのか分からなくなった。それどころか目を合わせることすらできない。

 そうこうしながら視線を泳がせているとレイヤが先に口を開いた。

「どうして来ちゃったの?」

「えっ……?」

「あたしが勝手に怒って飛び出して、サクヤに嫌な思いさせたのに、なのにどうして来たの?」

 予想を遥かに超えたレイヤの問いにサクヤは目を見開いた。彼女の口調には明らかに彼を突き放すようなものが含まれている。

 それでもここで食い下がるわけにはいかない。

「マリナから聞いたんだ。レイヤとマリナが出会ったばかりのことを」

「だったら分かるでしょ! あたしが自分勝手に怒る嫌な人間だって!」

 すごい剣幕で叫ぶ勢いにサクヤは気圧される。レイヤが模擬戦前に見せていた天真爛漫な彼女は見せかけ上のものだったのだろうか。今目の前にいる金髪の少女は、最初に会った時の彼女とは似ても似つかない。どっちが本当のレイヤなのか。

 ……そんなことはどうだっていい。今大切なのはレイヤと仲直りすること。そのためには、自分の気持ちをぶつける他ない。

 サクヤは両手をぎゅっと握り締めて覚悟を決める。

「ごめんレイヤ」

「えっ?」

 頭を下げるサクヤの態度が意外だったのか、レイヤは目を丸くした。

「悪いのは俺の方だ。だから、ごめん」

「そんなことは……」

「確かに俺はあの時、強くなることをどこかで諦めてた。連れ去られた妹を取り返すなんて、そんなの俺ができるわけないって思った。おかしいよな。矛盾してるよな。いつも妹を助けたいと思ってて、そのために今努力してるのに」

 レイヤは突っ込むことなく、黙って真剣に耳を傾けてくれている。

「でもさ、レイヤの話を聞いて、こんなんじゃダメだって、俺でもやればできるかもしれないって思えたんだ。だから、ごめん。それで、ありがとう」

 自分でも驚くほどスラスラと言葉が出てきた。それは紛いもない本心で、心からそう思ってる。だがそれと同時に、改めてメグ助け出すと、これまで以上に強く心に誓った。

 ――これで良かっただろうか。レイヤは満足してくれただろうか。

 しばらく沈黙が流れた。この時だけは風も収まり、やけに静かな静かな時間が過ぎていく。その間、ただひたすらレイヤの言葉を待ち続けた。サクヤに言えることは言った。俺を許すも許さないも、レイヤ自身がどう考えるかも、全ての選択は彼女に委ねた。彼女がどうしようがサクヤは受け入れるつもりでいる。自分がしてしまったことなのだから、そうすることしかできない。

 そうしていると、レイヤが重い口を開いた。

「帰ろっか。マリナのとこに」

 少女の口調は出会った時の無邪気なものに戻っていた。

 それが、レイヤに許してもらえたことだと思った。……そう、思うことにした。


 サクヤがレイヤと一緒に集落に戻ると、マリナは退屈そうに自らの剣を眺めていた。そこへ二人が近づくとと、気配に気づいてマリナは顔を上げる。

「どうやらうまく行ったようね」

 サクヤの顔を見るなりマリナは歩み寄ってそう囁いた。

「ああ、おかげさまでな」

「良かったわ。あなた一人で帰ってくると思ってたけど」

「俺ってそんなに信頼されてないんだな」

 そんな軽口を叩きつつ横目でレイヤを見た。金髪の少女の表情にはさっきまでの翳りはない。マリナの言う通り、本当に良かった。見た感じだともう大丈夫だろう。

「なになに? どうしちゃったの二人とも?」

「……何でもない」

 これだけでごまかせたか不安だったが、幸いレイヤはそれ以上の追及はしてこなかった。

「今日はこれで帰るわね」

 マリナが言い出すまで気づかなかったが、いつの間にか時間はもう夕刻。真上にあった太陽もだいぶ傾いてきている。

「もう帰っちゃうの? うちでご飯食べてけばいいのに」

 いきなりの提案にサクヤとマリナは顔を見合わせる。こっちに来て一人暮らしのサクヤにとって、それは願ってもない提案だった。これまで夜は適当に家にあるもので食べていたが、普段料理をしない彼にはいい加減苦痛になってきていた。だからと言って外食をするにはあまりにも懐が寂しい。

 それにレイヤの家というのも興味があった。だから二人はその言葉に甘えることにした。

「やった! じゃあ来て」

 はしゃぎながらレイヤは三人がいる場所からから一番近い家へと入っていった。

「……って、ここがレイヤの家!?」

 そこは俺たちがこの集落に来て真っ先に見ていた、集落の中心にあるコテージだ。どうやらマリナもレイヤの家に入るのは初めてのようで少し驚いている。

 促されてコテージ入ると、まず先に木の匂いが強く鼻について思わず眉を寄せた。元の世界ではキャンプなどでコテージみたいなところに来たことは無かったためにこの匂いはあまり好きではない。

 だが、続いて視覚に飛び込んできた部屋の内装には目を奪われていた。部屋の広さは1Kぐらいだろうか。床は完全にフローリングで、ベッドを初めとして、暖房や大きめのテーブル、イスまで設備されている。どこかで北方の国のような印象だ。

「レイヤはここに一人で住んでるのか?」

「そーだよー」

 サクヤの問いにレイヤは当然のように答えた。

 彼女もサクヤたちと同じで親はいないのか、と気になったが、さすがにそんなにデリカシーのないことは言えない。もしかしたら親がいないわけではないかもしれないが、一人で住んでいるということはどちらにせよこの場に親はいないということになる。

 このことをマリナは知っているのだろうか。二年も付き合っていればどこかで耳にしたり、勘づいてはいるはずだが。

 そんなことを考えながら突ったっていると、レイヤから声が掛けられた。

「ご飯ができるまでてきとーに寛いでていいよー」

 そう言って彼女はキッチンに立った。

「ご飯って、レイヤが作るのか?」

「しっつれいだなー。こう見えてもあたしは料理が得意なんだよー?」

 へぇー、レイヤが……。

 うっかりそんなことを口走りかけたが何とか呑み込む。サクヤはまだ半信半疑のままレイヤに言われた通り、イスに座って寛がせてもらうことにした。その隣にマリナも腰掛ける。

 二人の向かいではレイヤが何かを作り始めた。自分で得意と言うだけあってその姿は意外にも様になっている。

「それにしてもキレイな部屋だな」

 中を見回しても床はくすみなく光を反射し、誇り一つ落ちていない。レイヤには失礼だが、一人暮らしの彼女の家とは思えないキレイさだ。

「あたしだって毎日掃除ぐらいしてるもん! ……てのは嘘だけど」

 嘘かよ!

「毎日家政婦の人に来てもらってるんだよー。料理ならできるけど掃除とかはあんまりだからねー」

 この世界にも家政婦なんてものがあるか。

 いや、そこも意外だけどそこじゃなくて。

 それならこのキレイさも納得できる。やっぱり一人では限界があるのだ。何せレイヤなら尚更。

「あ、今ばかにしたなー」

 レイヤの鋭い突っ込みにマリナが小さく吹き出した。

 そう言えばレイヤには言葉が通じていないはずなんだよな。本人は心が通じていれば分かると言っていたがそれもどこまで本気か分からない。でも、表情の変化を読み取るのに敏感なのかもしれない。何がともあれ、こうして普通に会話できるのはサクヤにとってありがたい。

「ねぇサクヤ」

 いきなりマリナから声が掛けられた。

「サクヤはやっぱり強くなりたいと思ってる?」

「え? ああ、もちろんだ。メグを助けるには今の俺じゃ力不足だからな」

「それならこれからここに通わない? もちろん毎日というわけにはいかないけれど剣の特訓ができると思うわ」

 嬉しい提案だった。己の力不足はレイヤとの一線で痛感させられている。だからどうしても修練というのは必要なのだ。

「分かった。俺もその方がありがたいな」

「サクヤも来てくれるの!?」

 せかせかと夕食を作っていたレイヤが間髪入れずに反応した。

「あ、ああ」

「やった! これでサクヤとも毎日遊べるね!」

「いや、毎日ってわけじゃ……」

 そこまで言ってサクヤは続きを言うのを止めた。本気で喜んでいるレイヤにそれを否定するのは申し訳ない気がしたのだ。

 それしても、やっぱりレイヤにとって剣を扱うことは遊びでしかないらしいが。そのことに彼は思わず苦笑した。

「はい、できたよ」

 そこへレイヤが早くも料理を持ってきた。この短時間で作り上げ、皿に盛られていたのは元の世界で何度も食べたシチューだ。おそらくは普通のクリームシチュー。いい具合に湯気も出て食欲をそそられる。

「じゃあ食べよっか」

 レイヤが座るのを待ち、いただきます、と呟いてからスプーンでシチューを口に運ぶ。

「ん! 美味い!」

「ほんと、こんなに美味しいシチュー食べたことないわ」

 ここ数日間、まともなものをあまり食べていなかったからだろうか。それともレイヤの作ったこのシチューが美味なのか、こんなに美味しいシチューは初めてだ。それに、こんなコテージで食べるシチューは雰囲気が出ているのもある。

「ね、言った通りでしょ」

 自慢げにレイヤが乏しい胸をはった。

 それからはひたすら無言で完食し、外が真っ暗になったところでサクヤとマリナはお暇した。

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