第九話
昨日モンスターと戦った時のように体を本能に任せて今も戦っていた。そうすることによってバーサーク状態のように強くなれる。だがいくらそうなれどもこういう実戦、もしくは模擬戦において物を言うのはやはり経験量だ。生まれた時から剣が当たり前にある世界に住んでいるレイヤや、サクヤよりも三年間長く剣を握っているマリナに、剣を使い始めて二日の彼が勝てるわけがない。
最初から分かっていたことだ。ここまであっさり敗北するとは思ってなかったが、どちらにせよ結果に変わりはない。
「そんなこと言ってたらいつまで経っても勝てないよ。……サクヤは強くなりたい?」
上から声がして顔を上げると、美しい金色の髪が視界に入り込んできた。そこにいたのはたった今模擬戦を終えたばかりのレイヤだ。
「強くなりたいさ。でもどうしたって勝てねぇよ。レイヤたちとは経験の量と実力に差があり過ぎるんだから」
「そんなの、やってみないと分かんないよ」
こうしてレイヤと違和感なく会話できることに違和感がある。彼女自身は言葉が分からなくても言ってることは分かると言っていたが、本当にすごいと思う。
「分かってたよ。レイヤの実力を見せられたら」
サクヤの口からついそんな言葉が出てしまった。
「それじゃあもし大切な人を助ける時でも、サクヤはそうやって諦めるの!?」
「……っ!」
一瞬、彼女がメグのことを知っているのかと思った。だがすぐにそうではないと思い直す。だからこそレイヤの放った言葉は俺の心を深く抉った。
「そんなんじゃ強くなんてなれないよ!」
叫ぶとマリナは森の方へと走り去ってしまった。
いきなり過ぎて何が起こったのか理解が付いていかない。ただ、俯き加減であまり表情はよく見えなかったが、彼女の目から光るものが零れた気がした。
一度落ち着いて何が問題だったか探ろうと試みる。
原因は何となくではあったが把握できた。やはりサクヤの一言がレイヤの癪に障ったのだろう。だがそこまで酷いことを言っていただろうか。
だが、彼女の言う通りだ。このままではメグを助けることなんて夢でしかない。最低でもレイナや、マリナほどの実力がなければその夢を叶えることなど到底不可能。
――でも……俺にできるのか? 俺と、レイヤやマリナとの間にはとても深い溝が存在する。それを埋めることが俺にできるのか?
「レイヤはね、最初から強かったわけじゃないの」
そこへマリナがすかさずフォローに来てくれた。
「どういうことだ?」
サクヤは振り向いて彼女に訊ねた。
「私がレイヤと出会ったのはこっちに来てすぐの時よ。あの時のレイヤはまだ剣を振ることすらぎこちない状態だった。それどころか剣を使いこなそうという意志がレイヤには無かったわ」
マリナの意図が分からず首を傾げる。
「レイヤが剣をまともに握るようになったのは私よりも一年後なのよ。それまでは居場所のない私の拠り所として励ましてくれていたから」
赤髪の少女は昔を懐かしむような遠い目で語り続ける。この話を聞くのは初めてのことで、サクヤは興味津々だった。
「ちょうどその頃の私は一人でも生きて行けるように剣を振り続けてたの。それを見たレイヤが、自分もやりたいって言い出したから私が教え始めたのよ。もちろん、レイヤはあんな性格だから教え始めた頃は遊び感覚だったけれどね」
苦笑混じりに話す彼女の様子を見て、サクヤは自分の考えがただの思い込みでしかなかったことを悟った。
どうしてレイヤが元から強いなんて考えていたのだろうか。しかも彼女はマリナよりも剣を握り始めたのは一年も後のこと。それでマリナと互角まで戦えるようになるには才能だけではないはずだ。
それを裏付けするようにマリナの言葉が続く。
「でもいつからかレイヤにも強くなりたいって思いが芽生えたの。そこからのレイヤは本当に真剣だったわ。私が来る度に剣術を教えて欲しいって頼みに来て、それで教えようと手を見たらマメだらけ。私がいない間も相当な努力をしてたらしいわ」
そうか。それでだったのか。レイヤは死ぬほど努力して今の力を手に入れたんだ。マリナに教えてもらいつつも努力を惜しまずにマリナとの一年という差を埋めてみせたのだ。それなのにサクヤが経験の量が実力の差だなんてことこと言ったからレイヤは起こって走り去ってしまったのか。
全く、最悪な初対面極まりない。
「さあどうするの?」
そんなの決まってる。選択肢はただ一つ。
「レイヤを探してくる!」
やっぱりサクヤに考えることは向いてない。だからマリナにそう告げるなりレイヤの後を追って森の中へと走っていった。
その背後ではサクヤを見送るマリナがまどろこしそうにしつつも優しい笑みを浮かべていた。
☆☆☆
「なんであんなこと言っちゃったのかなー」
森の中にある木にもたれて体育座りをしながら、さっきのサクヤとのやり取りでレイヤは柄にも無く落ち込んでいた。
サクヤの言葉に何の悪気もないことは分かってる。勝手に自分の過去と照らし合わせて感情的になっただけだ。
「サクヤに嫌われちゃったかなー」
レイヤは深くため息をついた。
まだ全然喋ってないけど、何となくサクヤとは友達になれそうだったのに。一人で暴れてその機会を失った。それも仕方ない。全部自業自得なんだから。
「何やってんだろ、あたし」
またレイヤがため息をつく。
繰り返す自問に答えはない。いや、ただ自分がその答えから逃げてるだけでどこかでは分かっているかもしれない。やっぱりサクヤと友達になりたかったのかな。それだけははっきりイエスと答えられる。
最近は来てないが、幼い頃は毎日のようにこの森を駆け回ったいた、言わば庭のような場所だ。昔は賑やかだったこの場所が静かに感じるのはなぜだろう。閑散としてて、不気味に涼しくて、何よりも孤独。色んな状況が、感情がそう感じさせているのだろう。
やっぱり独りは辛い。誰とも話せずにただひたすらその場で時間がすぎるのを待つしかないのか。
今まで頻繁にマリナが来てくれていた。それが楽しみで、マリナに少しでも追いつけるように毎日剣を振り続けた。今やそれは習慣になり、剣を振らないと落ち着かない。でもそのマリナはサクヤと仲が良さそうだった。もしかしたらあたしよりも……。
だんだんと込み上げてくるものをレイヤはついに堪えられなくなった。胸が熱い。苦しい。
マリナたちはこれから来てくれないかもしれない。だったら剣を振る意味なんてあるのかな。自分のたった一言で何もかもを失ってしまった。本当に何もかも。
レイヤはもう涙を堪えることはしなかった。溢れるだけの涙を流し、出てくるだけの声を漏らす。今レイヤにできることはたったそれだけ。代わりに言葉は出てきそうになかった。
その時、
「レイヤ?」
顔を上げたその先にいたのは、息を切らして立っている、紛れもないサクヤだった。