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華と剣―fencer and assassin―  作者: 鋼玉
第一章 双恋双殺
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五、不敵と覚悟

分たれしものの片割れは国を変えんとただ剣を振るう――


八州国西端かつて蘆峰(ろほう)の変の折、蘆峰に組し(おびと)たる州候が処刑され、粛清の風が吹き荒れた洟州(いしゅう)、新たに州候を据え、州政は落ち着きを取り戻し始めていた。


そして洟州の地で少年と少女の残る一人の物語は再開される。


洟州中部の街道より少し外れた峡谷、岩と風に舞う土に囲まれたそこは一年ほど前から盗賊が居つき、州候の頭を悩ませていた。恐ろしく統率がとれた存在はその数に見合わず、まるで軍隊のよう、と彼らと衝突した兵は口々にそういった。

その当の盗賊達の住まう渓谷を一人の人物が歩いていた。

砂ぼこりや泥で汚れきった外套で全身を覆ったその者は峡谷に吹き荒れる風に煽られながらも俯いてただ前に進む。

「……このあたりか? 」

差し込む西日に目をしかめつつ渓谷の上を見上げる。

その位置は馬でかけ下りられる程度の傾斜のゆるやかな場所である。

その者は確かめるように頷くと地を蹴り、渓谷を駆けあがる。


「……すごいな」

渓谷を上った先に広がるはさながら小さな村の様な光景があった。

簡素な小屋が立ち並ぶ中、時折日焼けした男たちの姿や、馬の姿が見受けられる。

渓谷の土と埃にまみれた風はそこにはなく、乾燥した心地よい風が吹き抜ける。

人影はひとしきり感心した後、何もなかったかのように、歩き始める。

断崖を上ってきた人影、その姿が目立たぬわけがない。

数名の盗賊がそれを見とがめ、その者を囲む。


「何者だ? 」

「あの断崖を登ったんか? 」

「用が無いならとっとと出て行きやがれ」

「金目の物を置いて行くのを忘れずにな」

「ぎゃははは」

襤褸(ぼろ)のような服に各々武器を携えた盗賊達はその名に恥じることなく、荒っぽい口調で思い思いのことを口に出す。しかし、そんな中でも彼らに隙はない。

なるほど。ただの盗賊ではないな。

来訪者はそんなことを思いつつ盗賊達を見回し、口を開く。

「差支えないのなら汝らの頭領にお目通りいただきたい」

外套の下からわずかにその者の目が覗く。

その眼は穏やかでありながら、それを否定するような何かがある。

盗賊達は一瞬怯むがすぐに肩をいからせ包囲を狭める。

「はぁ? どこの馬の骨とも知らねえ奴にむざむざ頭を会わせると思うのかよ? 」

「あまり好意的ではねえようだしな」

「殺っまうか? 」

「頭領の敵と見なして問題ないかと」

「いいんじゃね? 」

盗賊のうちの誰かがそう返し、連鎖的に彼らは答えを紡ぎだす。盗賊達は来訪者を睨みつけ、武器を構える。軍隊とは少しちがうようであるが、その仲間意識と、意見の一致具合は統率された集団といってよく、噂はあながち本当のようだ。。

「短気なことだな……」

その者は己にしか聞こえぬくらいの声で呟き、どうしたものかと溜息をつく。

その時、がなりたてていた盗賊達の声が止む。

聞こえる音は吹き抜ける風と、こちらに歩み来る足音。

やがて盗賊達の包囲が割れ一人の男が姿を現した。

年は彼と同じか少し上か、槍を携え簡素な革鎧に身を包み長い髪を後ろにきっちりと束ね、左目のある部分は大きな傷があるのみ。残った垂れ目がちの右目は静かに来訪者を見据える。

来訪者も外套の下から緊張した面持ちで男を見つめる。


「何の騒ぎだ」

しばしの見つめ合いの後、男は傍らの盗賊に説明を命じる。

「はっはい」

盗賊は先ほどの荒々しい様子からやや丁寧な口調となり、事態を説明する。

それを適当に相槌を打ち、吟味しながら男は話が終わるのを待つ。

来訪者はそんな様子を見ながら、この者が盗賊の頭領であり、この統率された集団の中核を成すものであることを悟る。

「客人、改めて名乗らせてもらう。我はここの頭をやっている者だ」

「お会いできて光栄です」

改めて来訪者に対し男、盗賊の頭領は丁寧に挨拶する。

来訪者もそれに応え深々と頭を下げる。

そしてあいさつが終わった後、頭領は頭を上げ本題に移る。

「我に用とは何事だ? 用が無いのなら金目の物を置いてとっとと立ち去ってもらおうか」

砂粒を軋ませたようにしゃがれているがなぜかよく耳に残る声である。

そんな頭領に来訪者はぱたぱたと手を振り用が無いことを否定する。

「いえいえ、用が無いならこんなところまで来ませんよ。実は頼みがありまして」

「ほう。盗賊に頼みとは良い度胸だ」

来訪者の言葉に頭領は身構える。

盗賊達の間にも頭の様子に同調するように緊迫した空気が流れる。


「申し訳ないですが、ここを去ってくれませんでしょうか」

そんな緊迫した状態にも構うことなく外套の下で、落ち着いた笑みすら浮かべ来訪者は告げる。

「なるほどな……」

その言葉に頭領は明らかに来訪者を敵とみなす。恐らくは州候の命であろう。

あの断崖を傾斜があるとはいえあっさり登ってきたことから、かなりの手練であると思われる。そしてふとあることに気づく。


「一つ聞きたい。貴様がここに来るまでに盗賊の一団がいたはずだが……」

全員が全員仕事に行くとここが手薄になる、故に、半数ずつ交代で仕事に行くが……この者が通った道なら……出会うはず。

その者たちはどうなった?


「ああ確かにいたな。そんな集団」

来訪者はそうそっけなく言い放つ。

その言葉にあたり一帯の空気が一気に張りつめる。

その瞬間頭領は槍の穂先を軽く振りそこにまかれていた布を払ったのち、呼び動作無しに来訪者の胸を貫いた。

その時間は瞬きするよりも短い時間。予備動作も殺気も何もなく放たれた突きは来訪者に吸い込まれ、赤土の大地に移る影は突き出された長い影に蹂躙される。








しかし槍を突き出した頭領はその右目を顰める。

目の前には槍、そしてその先に見えるは――空蝉

そう、外套のみを残し来訪者は消え失せていた。



思考する間もなく、背後に気配を感じ、槍を振るう。


重い衝撃。

槍の柄が弓のようにしなり一瞬ではあったが肩が外れたように錯覚した。


『得物が見えない』

刃が合わされたのは一瞬。次の瞬間にはもう武器は仕舞われている。

一体何を使えばこのような衝撃を与えられるのか……


そして、頭領と来訪者が対峙する

来訪者は意外にも若い二十半ばの青年だった。革鎧に吊り目がちの目、この国では異端ともいえる短髪が風に蹂躙される。


その全身からたちのぼる殺気とも覇気ともとれる気配に頭領は戦慄する。

槍をあれだけの速度で操れる頭領が弱いというわけではない。

圧倒、その一言である。彼の脳裏で数名の名が駆け巡る。

この国で十指に数えられる強者達。誰が言い始めたわけでもなくその者たちを『十傑』と呼ぶ。

まずいかもしれない、内心歯噛みする。


「……争いごとは好きじゃねえんだがな」

来訪者は一瞬目を閉じそしてゆっくりと開き、笑う。

「では狩らせてもらうとしよう」

来訪者はそう言って腰の得物を抜く。

長い穂を持つ長剣――長穂剣(ちょうすいけん)

それを右手と左手に一本ずつ。

さっきの得物はこれか、と頭領は思いつつ槍を振るい、地を蹴りつつ叫ぶ。

「全力を持ってこいつを狩るぞ! 」

――でなければこっちが狩られる


じゃきんっ

金属が擦れ合う音が空間を支配する。

頭領の号令に弾かれるように盗賊は剣を刀を槍を構え弓をつがえる。

次の瞬間、青年に数多の刃が降り注ぐ。

二十対一。

圧倒的な数の差であったはずであるが……


――青年は不敵に笑っていた。







所変わって八州国南部、楼州が州都南喜郊外――

黒衣に身を包みし二人の暗殺者の戦いは終焉を迎えていた。

夜空に白銀の刃が舞い地面につき立つ。

「動くな」

刃を突き付けたほうが静かに口を開く。

一方が相手の首に背後から刃を這わせた状態。

その刃をほんの少し動かせば相手の首を刎ねられる。




「……」


突き付けられた方、黒烏は一瞬目を閉じる。

そして黙したまま刃を投げ捨てた。

対して突き付けた方、暗殺者は肩で息をしながら、黒烏に突きつけた剣先に集中する。

黒烏の刀と対照的な艶消しのなされた黒い長剣。

「迂闊。双剣とは」

黒烏は硝子の様な目で相手、暗殺者を見つめる。

肩で息をしながらも彼に剣を突き付ける暗殺者の瞳は非常に強く、冷たい。

「……貴様の刀に勝つにはその方法しかなくてな」

暗殺者は片目を細め顔を覆った布の下で笑う。

そう、暗殺者の匕首を振るう速さは黒烏の剣速と拮抗していた。

なら、匕首より重い黒剣を振るっていたならどうだったか。

「私は己に与えられたもののみで貴様に勝利せんとしたまで」

始めから重い剣で戦っていたのなら、腕力と速さ、武器の性能で大きく上回る黒烏が確実に暗殺者を斬り捨てることとなっていた。

勝てぬのなら勝てる方法を考えればいい。それが暗殺者の策であった。


匕首の煌きは何を隠す。

真たる斬撃?

真たる間合い?

いや、隠されるはもう一つの得物、ということである。


「我を殺すか? 」

剣先を突き付けられたまま黒烏は静かに尋ねる。

後ろに束ねられた髪がそれに答えるように揺れる。滅多に表情を見せない彼の瞳がわずかに揺らぐ。感情がほとんどない彼でも死を前にすると思うことがあるのだろう。

「さすがの貴様でも怖いか? 」

対して暗殺者は意識を彼に集中しつつ、彼の様子をみて、そう軽口をたたく。

「否定。敗北には死あるのみ」

黒烏は目を閉じ首を左右に振る。

怖い、それの感覚がこれなら少しは怖いのかもしれない。


殺すには殺される覚悟が必要。

敗北者には死を。

勝利者には終わらぬ血濡れた道を。

それが彼らの掟だ。

物心のついた時よりその世界に身を置く黒烏にはそれが日常であった。

己の命すら例外ではない。


「長生きできぬぞ? 」

「肯定。現に今我は死なんとす」

彼の覚悟を受け暗殺者は頷き、笑みを浮かべる。

「ではいつぞやの屈辱、貴様の命を以て晴らさせてもらうとしよう」


暗殺者は静かにしかし一気に黒烏の首を刎ねんと剣を握る指に力を入れた――



長ったらしいお話を読んでいただきありがとうございます。

登場人物化け物揃いです。

恋愛ものなのに女の子一話と二話しか出てなくてすみません。

次には……出せるはず。

ええ出しますとも。

ファンタジーにしては黎と舜水の話が主軸ですから微妙なんですよね。

ご意見ご感想お待ちしてます。


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