四十七、白狼桔梗
更新遅れて申し訳ありませんでした。
――何が起こった?
黎は目の前で繰り広げられる光景をほんの一瞬ではあったが認識できなかった。
眼前に広がるのは、舜水と先ほどの妙な青年の剣戟。
それは単純明快だが余りに現実離れした光景であった。
青年の剣と舜水の剣が目にもとまらぬ勢いで振るわれていく。
「互角……まさか」
馬鹿馬鹿しいとばかりに息を吐く。しかし目の前の現実はどこにも消えてはくれない。
そう思っているうちにまた数合、刃が打ち合わされた。
息を吐かせぬ動き、そして黎の時とは異なる力と力のぶつかり合い。余りに見事すぎる剣舞に黎は感嘆を覚えつつも無意識のうちに奥歯を噛み締める。
青年の得物は普通より一回り長く幅広い大剣と言って過言でない代物。
黎にはあれを両手では何とか振り回せても、片手で振り回せる自信は正直ない。
しかし、青年はそれを普通の長剣と変わらぬ調子で振り回していた。
飛び散る剣花、ほとんど銀の軌跡にしか見えない剣運び。
それは互いの実力が並よりはるか上を行き、かつ、拮抗していることを如実に語っていた。
……そう国一の剣客と名高い、葵沃いや舜水と拮抗しているのだ。
確かにそう言う人間が皆無でないことは理解しているが、こう偶然出会ったばかりどこの馬の骨とも知らぬ青年がそうだというのはあまりにありえない。
運命の皮肉か青年に対する嫉妬か判然とせぬ思いを胸に抱きつつ彼女はある不自然なことに気がつく。
「……ん? 」
しかし舜水はもちろんであるが青年にも突然襲い掛かったにもかかわらずその眼には全くと言って殺意は無い。
「だが殺意がないから良いわけでは無い」
頭に浮かんだ疑問符を振り払い、舌打ちしつつ黎は二人の動きから視線を逸らすことなく、何をすべきか考える。
何にせよ目立つのはまずい。
いつも本能的に考えてしまう殺す、という選択を頭から排除し、あの剣戟をどうやって止めるかを。
「……大して選択肢はないか」
声に出さずに呟いた彼女はすぐに行動に移した。
「あの、すみません! これ持っていてくれますか? 」
まずはできるだけの笑顔と明るい声で近くの通行人に両手に持っていた昼食を預ける。
「あれを止める気なのかい? 」
やめておいた方がいいと彼女を気遣う言葉に問題ないとばかりに笑みを返し、改めて目の前で未だ切り結んでいる二人を見据える。
彼女の表情が徐々に冷静なものになっていき、右手は腰にそして手首はそっと袖の中に差し入れる。二本の剣が交差した瞬間、彼女は音もなく地を蹴った。
――止められぬほどのものでは無い。
極限まで集中した彼女には剣の軌道がはっきりと映り、どこに切り込めば良いか手に取るようにわかった。普通はそうは上手くいかないものであるが二人が互いに集中しているから十分可能なこと。青年の背後に回り込み目立たぬように、しかし素早く振るわれた彼女の左袖から黒い刃の手戟が彼らに飛来する。今まで互いのことしか目に見えていなかった二人はそれにはじめて意識を向けた。
青年は手戟をはじき返そうと剣を振るい、舜水は我に返ったように黎の顔を見つつ青年から距離をとった。
黎は次の瞬間には青年の背後にはおらず、死角を縫うように彼らの間を走り抜け手戟に結わえた紐を引いて柄を再び握り青年の方に振るう。
青年は避けようとしたが間に合わず、刃は浅く頬を裂いた後首元に添えられ、腰から抜き離れた剣は舜水に突き付けられた。
「動くな」
静かな、しかしそれでいて選択肢を与えぬ力強い声。
その声に舜水は気まずそうに顔を顰め、対して青年は首筋に刃を当てているにも関わらずその口角がにいっとつり上がった。
そんな彼らに剣を引け、と続ける黎は多少なりと苛立っている様子であった。
「済まん」
「りょーかい」
その様子に舜水は勿論、意外にも青年もあっさりと剣を収めた。黎は双方から刃を離し、それぞれ鞘に収め、先ほど荷を預けた者の所に戻る。
「ありがとうございました」
「あ、ああ……」
一瞬目に宿っていた冷たい光を目にして殺されるかと思ったが、目の前にいるのは先ほどと同じ愛想のよい女であった。余りの変貌ぶりに呆然とする通行人に踵を返し、舜水の肩にポンと手を置き耳元で囁いた。
『逃げるぞ』
『応』
瞬間、二人は地を蹴る。
舜水は風のように、黎は影のように。二人とも異なる走法で雑踏の中に瞬く間に溶け消えた。
「……逃げられた、か」
残されたのは青年一人だけ。通行人に遠巻きに眺められつつも彼は動揺せず落ち着いた様子であった。
一瞬にして二人に逃げられ少し残念そうな様子であったが、その表情は新しい玩具を見つけた子供のように生き生きとしていた。
――そしてある宿屋で。
「黎、奴は何者だったんだ」
舜水の呆れの混ざる言葉に彼女は肩をすくめ口を開く。
「通りすがりの戦闘狂だ」
「また適当な……」
余りに漠然かつ適当な言葉に彼は彼女をねめつけるが彼女は眉を顰めるだけであった。
部屋に二つ並んだ簡易な榻にそれぞれ腰掛けつつ、二人は小さな卓の上に置いたすっかり冷めた昼食を貪りつつ互いに溜息をついた。
確かに旨い。冬の外気に当てられほとんど熱を持っていないが、口の中に広がる肉の旨味や程よく硬く風味のよい生地は屋台の飯としてはかなりのものである。
「……旨いな」
「俺のお勧めだ。不味いわけがなかろう」
「違いない」
その言葉に二人は料理を頬張りつつ楽しそうな笑みを浮かべた。
「やっぱり奴のことは分からないか」
とりあえず食事に集中した後、再び舜水はあの青年のことを口に出す。
「分からないといっただろう。あれが友人に見えるか? 」
請われて再び彼女は先ほどあの青年と出会った時のことを話した。舜水は彼女の一挙一動を見逃さないようにまっすぐ見据えながらその話に聞き入った。
「しかし……強かったな奴は」
「うん」
彼女の曖昧な説明の後に舜水は感嘆の息を吐く。全くもって突拍子の無い奴だがそれでいてとんでもなく強い。ある意味強さそのものともいえる姿勢はいっそ清々しいものがあった。
「あれだけ強くて好戦的なら名が知れていてもおかしくないはずだが……」
舜水もそれを刃を交えた時に嫌というほど感じたのか、眉を顰めて卓に肘をついて考え込んでいる。よほどあの男の正体が気になるのだろう。
黎はそんな彼の様子を楽しげに見つめつつ先ほどの剣戟を思い返す。
舜水が技術と力強さを有する人としての限界であるなら、青年はまるで牙か爪のように闘争本能のままにその大振りの剣を操る獣としての限界。
確かに二人とも人であるはずではあるものの黎は二人の戦い方にそのような印象を抱いた。
「あいつ、何か野犬か狼のような奴だったな……」
あの素早い動きと、強い者がいれば己の強さを試さんと挑みかかるその性はまさにそうだ。忠誠心というものには欠けていそうな人間ではあるものの。
さすがに気疲れしたのか軽く欠伸をしつつ黎は何となく呟いた。
「それだ! 」
瞬間、舜水はガバっと顔を上げて叫ぶ。
「……な、何? 」
突然の大声に目を白黒させながら恐る恐る問う黎に舜水は大きく頷く。どうにも思い当たる節があったらしい。しかしその表情は複雑なものであった。
「白狼……そう呼ばれる奴がいた」
「白狼? 」
「黎は知らないか」
「ああ」
舜水の呟いた名前は彼女に覚えがないものである。彼女も属していた場所の性質上不本意ながらもそのような情報を知っているつもりだったが、その名は初耳であった。
そんな彼女の様子に舜水は納得しつつも口を開く。
「最近、暴れまわっている奴だそうだ……」
何故、白なのかはわからない。しかしその者の名は白狼として舜水達のような剣客たちの間に知られることとなった。
黎と同じように最近名を上げたものだろう、と彼は呟き冗談めかして彼女に呼びかける。
「な、黒鵺殿」
奴が白ならば彼女は黒。
奴が獣なら彼女は物の怪。
悪気はなくとも性質が良いとは言えない冗談である。
「その名で呼ぶな」
黎は溜息をついて袖に仕込んだ手戟を音もなく舜水の鼻先に突きつける。投躑するために刃がやや小振りで柄が非常に短いそれは、格子窓より射す日光を反射してぬらりとした不気味な光を宿す。
舜水はその刃に未だ彼女の中にある凶暴性を確かに感じ取り、息をのんで……思わず吹き出した。
「悪い悪い、だが何となく黎の二つ名を思い出してな」
「……全く」
黎は皮肉に満ちた笑みを浮かべて刃をゆっくりと引き、舜水は、多少は驚いていたのか安堵の息を吐こうと口元を緩める。
しかし。
黎の笑みが一瞬深くなったかと思えば彼の耳の横を風が通り抜け、ここ数カ月で随分と伸びていた髪が切り裂かれた。
「何すんだよ! 黎! 」
「みっともなく伸びていたから切りそろえてやったまでだ」
首を刈るつもりはないからな、と笑う彼女の眼は笑っていない。どうにも黒鵺という名は彼女にとって未だ逆鱗の様であり、舜水の顔からさっと血の気が引いた。
その名を言うものは舜水といえど容赦しないということだろう。
結局、舜水はしばらく彼女に謝り倒すこととなった。
けれども根本的に仲の良い二人、その後一刻もすれば元通り仲よく一方の榻に腰掛け、肩を寄せ合い言葉を交わす。もともと不器用なせいか、ただ共に在り語り合うだけの関係であるが二人にとっては十分であるようであった。
「……私のことに気が付いていたのかな、奴は」
舜水に肩を預けてまどろみつつ黎は問う。自意識過剰といえばそうかもしれないが、もしかしたら彼女が黒鵺だと気付いたかもしれないという、もやもやとした感情が胸の内に渦巻いていた。
「分からん」
舜水は随分気疲れした様子の彼女を愛おしげに見下ろしつつ、己には判断がつかないと首を左右に振った。
その言葉に黎は頷きつつ、ふとあることに気づく。あの青年、黎のことは身のこなしで興味を持ったようであったが、舜は顔を見た瞬間駆けだしていた。
それが意味するのは。
「そうか……だが舜のことは」
「気づいていただろうな」
黎の懸念を肯定するかのように舜水は苦笑し、そして感嘆の息を吐いた。
「あれほどの相手、黎と夜哭以来だ……」
黎はそのことを危険と考えているようであるが、彼の心には先ほどの剣戟は鮮烈に焼き付いたようである。青年にほんの少し嫉妬しつつ彼に彼女は皮肉をこめて耳元でそっと囁いた。
「楽しそうだな」
「悪いな、所詮俺は剣術馬鹿だから」
黎の耳に軽く口づけ、眉を顰めた彼女に舜水はいたずらっぽく笑う。舜水自身はあの青年に対し、僅かな怖れと共にそれ以上の高揚を覚えていた。本気で戦い、命をやり取りする興奮は彼にとっておそらく黎の存在と天秤にかけられるほどのものであろう。
「私だって似たようなものだ。それより性質が悪いし」
自嘲めいた舜水の言葉に彼女は苦笑して息を吐く。彼女にとってそれに値するのは人を殺すその瞬間、罪悪感の裏に確かに高揚の様なものを感じているのは否定のできない事実。
黎に深く根付く殺人者としての性に対して舜水に根付くは剣客としての意思というわけだ。
「だけど……」
「うん」
多くは語らず二人は笑みを浮かべて目を細める。
結局二人とも平穏な生活が肌に合わぬ性質の持ち主。
喜ぶべきか嘆くべきかは分からない……しかし力がなければ二人の命はどこかで潰え、こうして寄り添うことは無かっただろう。
ならば幸せなのだ、己等は。
互いの剣となり互いの盾となろう、誓いを立てたそのままに生きる。
それだけの話。
「ちょっと切りすぎたかな」
黎は眠そうな目をこすりつつ先ほどばっさりと切ってしまった髪に触れる。反射的にキレてしまったもののやや後悔しているようである。
「男前になっただろう」
おそらく再会した頃よりかなり短くなった髪、しかし舜水はあまり気にしているようすは無い。長髪で髷を結うのが主流のこの国ではかなりの異相である。さらにあの時黎が死んだと思ったため喪に服す意味で立ち切ったその髪型、それは舜水によく似合っていた。
確かに美男とまではいかない、良くも悪くも普通の彼であるが黎にとってこの上なく愛おしいと思えた。
「もともと男前だよ、舜は」
「そうか? 」
「もちろんだとも」
舜水は照れくさそうに笑い、黎も楽しそうに目を細める。
昔、意地を張って表立っては決して言わなかったけれど夢見ていなかったといえば嘘になる関係、それが当たり前になりつつある今がいつまでも続けばいいと彼女は思っていた。
友人なのか、恋人なのか、ひょっとしたら野合なのか。
二人ともそれに対しては決して明言することは無い。
もしかしたら余りに複雑で強固なために、二人もはっきりといえないのかもしれない。
「なあ」
「なに? 」
一刻ほど後。
しばらくして互い榻腰かけて背中を向けてそれぞれの愛用の得物を手入れを開始した。得物を手入れする姿はあまり見せないのが二人の暗黙の了解となっていたが、沈黙に耐えきれなくなったのか不意に舜水は口を開いた。
「……紅蘭の姐御達はどうしているかな」
「あの人達には申し訳ないことをしたな」
舜水にとっては何気ない言葉だったかもしれない、しかしその言葉は黎の胸の奥をチクリと突き刺し、互いに手元の刃に映す表情は全く正反対のものになる。
特に黎の表情は重苦しく、やはり仮にも一月弱仲間として働いたにもかかわらずそして裏切り利用してしまったのを未だに負い目に感じているようである。
全てが終わろうと、人の心にはわだかまりが残る。
弟分であった白桂ですら許すことは無いといった。
あの瞬間彼女は確信したのだ。
――罪は決して消えない、と
「大丈夫だろう」
「どうしてそう言い切れる」
背後に立ち込めた重々しい気配を空気から失言に気づいたのか、舜水は取り繕うように刃に視線を落としたまま優しく呟く。
しかし、刃に映る黎の表情は苦々しげに歪んだだけであった。
舜水の彼女を慰めようとしてくれているのは分かる……しかしそれに甘んじるのは望まない。
「奴らを信じているからだよ」
しかし返ってきた言葉は彼女の予想とは違い、確信に満ちたものであった。
「信じている? 」
「ああ、仲間として、同志としてだ」
刃から視線を上げて、舜水は笑った。
国を変える。
幼き頃、一族郎党を王によって処刑された時に誓った想い。
雪娥を目の前で処刑され、黎の消息不明を知って心の折れかけた彼に喝を入れ、手を差し伸べてくれたのが鵬の仲間だった。
その時から彼は義慶達に全幅の信頼を置いており、義慶も舜水を信頼している。
故に黎もあれくらいで許されたのだ。
「そっか」
その言葉に彼女は心の内の不安が和らぐのを感じながら、いつの間にか仲間というものを得た彼を祝福すべきか迷う己を醜いと思った。
「ま、姐御はあまり後に引きずらない性格だし、鵬の連中も義慶の判断を信じているよ」
そんな彼女の想いを知らずか舜水は断言するが、脳裏にあることが過ぎり溜め息を吐いた。
「どうしたの? 」
「多分、一悶着あるだろうなぁ」
二人の間にしばしの沈黙が下りる。
黎はその意味を取りかねたが、すぐに理解した。
つまりは……そう言うことか。
「……あの胡人の娘だな」
「そういうことだ。良い娘なんだが」
息を吐くように呟かれたその言葉に、舜水は頷いた。
胡人の娘、つまり鷹姫のこと。
黎と彼女は黎が紅華楼を逃げ出す時に見かけたくらいである。
しかしこの国では、西の二十年前に刃を交えた西夷の国のさらに西に多く住む胡人を見かけることはほぼ無いと言ってよいため、黎の記憶に深く刻まれた。
己とは違って野に咲く花のように可愛らしい娘だった。
「あの娘、舜に惚れているよな」
舜水から聞いた話からでも分かるほどあからさまに。
つまり一悶着というと、私と彼女の間のことか。
色恋沙汰に疎いにもほどがある己には旗色の悪い勝負である。
「まあな。黎がいるから応えることはできないが、な」
しかし舜水は鷹姫になびくことはないと笑い、彼女の方を振り返る。
彼の視線の先で黎は安心したのか肩を撫でおろし、手に持った剣を僅かに傾けて刃に舜水の姿を映す。
刃越しに視線が合い互いに自然に笑みがこぼれた。
「罪な男だな」
「そんなんじゃないさ」
剣から視線を離し、振り返り皮肉を込めて言う彼女に舜水は気まずそうに頬を掻いて笑い視線を前に戻しつつ手に持った剣を鞘に戻す。
そして何かを言おうと口元を緩めた瞬間その表情が強張った。
「……! 」
何者かが部屋の前にいる。もちろん宿の主人では無いし、客人の予定なぞ有りはしない。
ならば部屋の前で気配を消して佇んでいるのは何者だ?
『私が行こう』
黎は頷き声を出さずに唇を動かし音もなく立ち上がる。
こう言う狭い場での奇襲は黎の方が舜水よりも上手であるため、舜水は彼女を止めずに自らも身構えた。
こんこんっ
扉に手をかけようとした瞬間、扉が数度叩かれた。
『馬鹿か? 』
わざわざ気配を消しているのに、存在を知られるような真似をするとは。
今、己が扉の前にいることを悟ったのか?
扉に触れた指を離し、周巡するがそれはあまりに意味がないことに思い当り意を決したように扉を勢いよく開いた
「あ、やっぱここで当たりだったか」
扉の向こうにいたのは半ば予想していた通りの相手。その馴れ馴れしい笑顔が視界に入った瞬間彼女は顔色一つ変えずに流れるような動きでその水月に肘を打ち込んだ。
「ぐげっ! 」
相手は全く予想していなかった手痛い一撃をもろに食らい、奇妙な声を上げながらそのまま後頭部を床に打ちつける。するとその人物の頭を覆っていた布が勢いで解け、その下から現れた白が床に扇のように広がった。
「黎、それはあんまり……」
背後の舜水の声を無視して黎は目の前で頭を押さえて呻く人物へ歩み寄る。
「さて、どういうことか説明してもらおうか」
怒りを含んだ声で問いつつ彼女はその人物を観察する。
見れば見るほど奇妙な人物だ。
日に焼けた整ってはいるがあまりに人相の悪い顔、それを縁取るはまるで老人のような白い蓬髪……明らかに生まれつきのものや染色による色では無い。
そう、訪問者は街で舜水と剣を交えた青年。
「ん、単にお前らを探していただけだ」
殺気すら籠った視線に射すくめられても顔色一つ変えず、むしろ楽しげな様子の青年。
その言葉に黎のこめかみがぴくりと動く。
「ほう……また如何なる用で? 」
言って僅かに動かされた黎の顔の動きを追うように束ねられた髪が揺れ、攪拌された空気が仄かな花の芳香を運ぶ。
しかし、その女性らしい仕草に反して目は完全に座っていた。
この時彼女は確かに、先ほど感じた嫉妬と舜水との時間を邪魔された苛立ちを感じていた。
彼女は意識していないのかもしれない、もしそれに気づいてしまったのなら彼女はこう思っただろう。
――私も軟弱になったものだ、と。
一方青年の方はそんな彼女の心境などどこへやら、まるで子供のような屈託のない笑みを浮かべる。
単刀直入に言うぜ、という言葉の後に紡がれた言葉。
その言葉に黎はもちろん舜水も大きく目を見開くことになる。
――オレと一緒に旅をしないか
異相の青年は確かにそう言った。
長い文をお読みいただきありがとうございました。そして長らくお待たせして済みません。さて、今回は進んだのか進んでないのか。黎がやたら嫉妬してる気もします。そして件の青年、はっきりとした名前が出てないのは仕様。次あたりに出ます。ゆっくりですが連載を続けるつもりなのでよろしくお願いします