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華と剣―fencer and assassin―  作者: 鋼玉
第四章 望郷追想
41/50

四十一、久闊懺悔

更新遅れて申し訳ありませんでした。やっとこさ続きです。




『真実を教えてくれ』



あの日以降一体何があったのか、黎に何があったのか。

何故己等は生かされそして何者が援助していたのか。

孤児院の生き残りである青年、白桂は二人に問うた。

事態に巻き込まれていてもその核心の存在に気づくことなくいつの間にか全てが終わっていたという何とも後味の悪い結末。

所詮凡人にすぎない己には何もできないことは分かっていたし、下手に関わったら命をおとしかねないだろう。

だから彼はその穏やかな目に強い光を宿し静かに問う。

無知のままのうのうと生きているのは嫌だったのだ。

目の前の男女、彼にとって兄や姉に近い存在であった舜水と黎は彼の望む答えを持ち合わせているという確信があった。


問いかけられた相手、黎はその眼をすっと細める。

歪められた視界に映る弟分の顔、それを映しつつ心の中には困惑と僅かな恐怖が渦巻く。

喉がやけに渇き、唾を飲み込んでも全く潤う様子がない。

己が殺人者であること、そして約定を結んでいたとはいえ仇の足元にかしずき舜水に刃を向けたことを告げることは彼女にとって恐怖以外の何者でもなかった。

やがて観念したように眼を閉じ、もう一度開いて溜息を吐いてその唇を開いた。


「……分かった。話す」

そして彼女は長い話になるためか己の肩にかけた荷を地面に置きただ静かに白桂を見据える。そして薄桃色の唇からはあの悲劇の後の物語、すべてがゆっくりと語られ始めた。

全ての顛末を知る者は黎と舜水のみであったそれを初めて他人に話すことになる事実、一片も逃さないようにただ黎は真実を想いを語り懺悔した。

一言一言語るたびに彼女の胸を言い知れない痛みが蝕み彼女の腕は自然に胸を押さえる。

痛みは過去に置き去りにしていた彼らへの想い故か。

それともそれを語らねばならないという事実を拒絶するが故の己への甘え故か。

声が震え、今にも嗚咽を漏らしそうな表情で彼女は語り続けた。


舜水はというとその言葉に口を出すつもりはないようでただ彼女を見守っていた。ここで口を出しては彼女の胸の内にある様々な思いを踏みにじることになることは分かっているから。ただその眼は彼女への憐れみの光が宿り、その唇は何かに耐えるように噛み締められていた。

彼とてつらそうに話す彼女に救いの手を差し伸べたくなかったわけでない。

ただ時として己の心の中の愛情に封をする必要があるだけだ。

彼女の懺悔の時を奪ってはならない、それは愛ではなく利己主義だ。

己にそう言い聞かせつつ彼も黎の懺悔に耳を傾けていた。


「これで全てだ……今まで本当に済まなかった」

やがて黎は全てを語り終えた。



「…………」

全てを語り終た後も白桂は沈黙したまま黎を睨みつけていた。

「……納得してくれたか? 」

一向に返答しない彼の心中に渦巻く感情を薄々理解しつつも黎は白桂を気遣うかのように口を開いた。許してくれないことはわかっていても彼女は聞かざるを得なかった。

その言葉に白桂は黙ったままゆっくりと彼女に歩み寄り、やや背の低い彼女を見下ろした。

交錯する視線。

瞳の中の光が揺れた。







パンッ


乾いた音が響き、黎の左の頬が赤くなり彼女は為されるがままに地面に膝をつく。

突然頬を張られたことはさすがに予想外だったのだろう、黎は目を見開き白桂の方を見やる。彼は人を叩きなれていなかったであろう右手を静かに握りしめ俯き肩を震わせていた。

「黎姉は馬鹿だ。本当に……」

視線を欠片も合わせようとせずそこまで言ったところで彼は口を閉じる。

「誰かを犠牲にする、それは最低な手段だ」

そればかりか仇敵の駒となるなんて、白桂の声には蔑みの色すら混ざっていた。

「分かっている。最低な手段でもいい、私は……」

最期の方は言葉にならなかった。

その様子に白桂は小さく舌打ちする。

「それ以上何も言うな、これ以上何も聞く気は無い」

軽蔑するよ、黎姉。

白桂はそう心の中で呟いた。

彼らとて確かに命があることは喜ぶべきだろうし、あの時に他の道があったかというとはなはだ疑問である。しかし彼女の手段は白桂にとって許し難いものであった。

たとえ命あっても何者かからの支援が条件として与えられていようとも、だ。

「だから俺は黎姉を許せない。許しちゃ駄目なのだと思う」

俯いていた顔を上げ彼は黎に対してその思いを吐露する。

黎は肩を震わせて弾かれたように彼の顔を直視した。

その眼には涙が浮かんでいた。

彼とて心の奥底ではこんなことは言いたくないというのは明らかだった。

彼女は裾の土を払わぬまま立ち上がり、唇を震わせてそんな彼に何かを言おうとしたがなかなか言葉にならない。

「済まない」

しばし過呼吸気味に息を吸った後にやっとその言葉を吐きだし、力なく頭を垂れた。


舜水と対峙した時の一人の女としての悲壮ではなく。

夜哭に向かっていったときの復讐者としての暗く熱い怒りではなく。


――そこにあるのは一人の人間としての弱さであった。


そして折れそうな心の中で思う、本当に優しい子だと。

優しいが故に彼女の行いに怒り、同時にそれを辛いと思う。

ただ許すのは甘さだ、それはあまりに愚かであるし己自身も望んではいない。

「黎姉……」

そんな黎の様子に白桂が小さく呟いた時であった。







「あ、桂。今帰ったの? 」

「桂兄お帰りー」

白桂が何か言う前に三人の立つ家の前から四人の人間が姿を現した。

十五くらいの少年と、それより二つ三つ下の互いによく似た少女と少年。

そして一番初めに声をかけた黎と同じくらいの年頃の女。

子供三人は舜水と黎は見覚えがあった……孤児院の生き残りの子供だ。

そして女の顔を見て黎は眉を顰める……見覚えがなかった。

『聞かれたか? 』

黎は落ち込みきった気持を、すぐに切り換えた。

三人の心中にそんな懸念がよぎるがそれとは裏腹に年上の方の少年が舜水の顔をみて人懐っこい笑みを浮かべる

「舜兄! 帰ってきてたんだ」

駆けよって彼は舜水の腕に抱きつく。

「半年ぶりだな。元気にしてたか? 」

「うん」

少年は舜水の周りを駆け回り、ひとしきり喜ぶ。

そして、彼は白桂と舜水以外にもう一人いることにやっと気が付いた。

彼はただその人物を見上げ、しばし凝視した後に首を傾げた。

「……黎姉? 生きてたの? 」

その眼は幽霊でも見るようなものである。無理もない、黎は彼らにとって死んだ人間なのだから。

だがその顔はそうだったら本当に嬉しいという思いを隠し切れおらず、軽く肩を揺らしていた。黎はそんな彼の様子に破顔し彼の頭にぽんと手を乗せながら目線の高さを合わせた。

「そうだよ耀徇(ようじゅん)。死に損なったんだ」

一度死んで、再び舜水の手で引き戻された。

実に感慨深いな、と思いながら彼女は目を細めて問う。

「嬉しくないか? 」

「嬉しいよ。当たり前だ」

他の二人の子供も恐る恐る近付き、黎の顔をじっと見る。

「本当に黎姉なの」

「舜兄と一緒にいるし多分」

黎に言葉をかける前に二人は互いに顔を見合せ相談する。

互いによく似た顔つきの二人、彼等は孤児ではある者の血の繋がった兄妹である。

飛燕(ひえん)燕淑(えんしゅく)もただいま」

黎はそんな彼らを愛しいものにそうするようにぎゅっと抱きしめた。

「おかえり黎姉」

「ずっと待ってたんだよ」

「ごめんな」

白桂の時とは少し違い比較的静かな再会であった。


彼等はしばし黎との再会を喜び、彼女の顔にぺたぺたと触れ、髪をくしゃくしゃといじりたおす。黎は先ほどのことが心の中に重くのしかかるのを感じつつもその顔は何とか自然な笑顔を作っていた。


「さ、皆寒いでしょう? 風邪ひきたくなきゃ中にお入り」

その様子を微笑ましく見守っていた女は手を叩いて子供達に家に入るように促す。

『りょうか〜い』

子供達は抵抗するかと思いきや意外と大人しくその言葉に従う。てきぱきと子供達を屋内に押し込める彼女の様子に舜水と黎は既視感を感じたが気のせいだとその思いを振り払った。そんなはずはない。

「お二人さんも今日は泊まるんですよね? 」

二人の様子に気づいてか気付かないでか、子供達が部屋の奥に帰っていくのを見送った女は振り向いて問いかける。その柔らかい笑みは真冬の夜気に僅かな温もりを宿した。

二人は戸惑うが、視線を交わして小さく頷きその笑みに応えた。

「そちらが構わないのなら是非」

「同じく」

「なら、どうぞお入りになって」

そう言って彼女は襦裙の裾をはためかせつつ踵を返した。言いたいことを言った後にそろそろ夕飯ね、と呟きながら家に戻る彼女を残された三人は呆然と見送ったのち顔を見合わせた。

「……見ない顔だな」

「私達のこと欠片も怪しまないとは」

ほうっと舜水と黎は感心と呆れの混ざった白い息を吐く。黎は舜水はてっきり彼女を知っていると思ったのだが、彼の様子からそうではないことを悟る。

『でも、何でか初対面とは思えない』

相変わらずお互いに言うことが分かっているのか同じ呟きを漏らし、それを背後から見守る白桂は苦笑した。確かに黎は殺人者、そして二人は大逆人といえど本質は変わってないと安堵し、口を開く。

「後から、話すよ。こっちも色々状況は変化したしな」

そして二人の手を取って家の中に導かんと彼は歩み始める。

「とにかく上がれ。故郷といっても柏州の冬は厳しい」

彼は先ほどの怒りに満ちた表情とは違い、過去に立ち返ったかの様な無邪気な笑みを浮かべる。今までの苦労が刻まれたその顔は確かに過去の彼のものと確かに重なった。


「あ……」

「勘違いするなよ。俺は黎姉のことを許したわけじゃない」

家の中に半ば引きずられるように導かれたそれでも何かを言おうとした黎に白桂はぴしゃりと言い放つ。それは彼にとって繕う必要のない本音であることは明白。

彼は殺人というものを嫌悪している故に。どんなに理由づけようと許せない。

しかし彼は困惑した様子の黎に向かってさらに続けた。

「だが、同時に感謝している。俺達がここで生活していられるのは……間違いなく黎姉のおかげだ」


ありがとう。


そう続けられた言葉に黎は口角を上げ、溜め息をつく。

「それはこっちが言うべきだよ」

己の所業が無為でない。許されずともその言葉は彼女の心に沁みた。


三人が屋内に消えた後、再び雪が降りはじめる。

暖かい橙色の明かりにその氷の結晶はきらきらと輝き大地を白く染め始めた。





長い文をお読みいただきありがとうございます。ならびに長らく放置していてすみません。今回は少し長かったので半分に切ることにいたしました。もう一方については2、3日以内には更新したいと思います。……なんというか、登場人物の名前考えるのこの人数になると結構厄介になってきましたね〜何とか書き分けられるとよいですが。これからもお付き合いいただければと思います

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