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華と剣―fencer and assassin―  作者: 鋼玉
第一章 双恋双殺
3/50

三、俯瞰と無音

物語の時は一度停止する。

それは流れた月日があまりに長い故。

そして、再び激しく動き出す時に備えて。



その物語の口火はとある傍観者の語る言葉によって再び切って落とされる――




『ここは物語の裏側。傍観者の座する客席だ』


何処までも一様で、方向という概念が存在していない、そんな奇妙な空間。

限りなく無に近いそこに胡坐(あぐら)をかいて座す者はそういって皮肉気に笑う。


『我が名は(かたり)。全てを俯瞰する語り部である。事象を俯瞰し言葉を紡ぎ、世界という物を自らに記録する』


骨が浮き出るほどに痩せこけた肢体にぼろ布を腰に巻き付けただけの粗末な出で立ち。

長く延び床に広がる黒い蓬髪(ほうはつ)が、其の者の表情を隠す。

髪の合間から覗くぎょろりとした漆黒の目はただ前を見据え、その膝の上にはぼろぼろの巻き物が載せられ、こうして話している間も其の者の指はそれに記された文字を追い続ける。


『そう、創世の時よりずっとだ。神、魔性どちらでもありどちらでもない。我は彼奴らの動く世界の外に存在しているからな』


『さあ余興はほどほどに物語の続きを始めるとしよう』


語は巻き物から手を離し両手を広げ上を仰ぐ。

その先にまるで絵巻物のように様々な光景が投影される。

その光景は目まぐるしく変化したが共通するのが、黎と舜水の別れの後、八州国で起こった動乱の光景ということであった。そこに二人の存在はなくただ国の動乱のみが映し出される。


『少女と少年の別れより止まった物語は一度途切れる。そして再び七年後より動き出す』


そして語は物語の続きを語り出した。




黎と舜水の別れから七年。

二人は互いのことを忘れることはなかった。お互いに好意を抱いたままであったと言っていい。

しかし、二人は一度も再会することはなく、時代の流れに呑まれる事となる。

彼女らの住まう国、八州国は再び激動の時を迎えた。


六年前、かつて国に混乱をもたらした王が崩御し、その第三皇子が即位した。

第三皇子という立場から即位は到底無理と思われるのだが、彼が新王となった。

単純な話他の王子が皆して不審な死を遂げたからなのだが。

前王は国に混乱をもたらしただけのただの暗君であったが、新王は民を抑えつけ害さんとする暴君であった。

しかし同時に非常に頭の良い王でもあった。賢君との差はその方向性、それだけだ。

瞬く間に自らの土台を固め、前王を遥かにしのぐ圧政を敷き、官への粛清を行った。


当然そのようなものが許されるわけがない。


新王が圧政に対し、国内八州のうち()州、(ねい)州、()州の三州候が前王弟をたてて謀反を企てたが、事を起こす前に鎮圧され親類縁者にいたるまで粛清された。


特に三州候、前王弟盧峰(ろほう)の処刑の様子は酸鼻を極めるものであった。

当然その後は、官吏たちは謀反を起こす気が起ろうはずがなかった。

王は必要以上に人々を夫役に借り出し、税を求めた。

それを拒否するものには容赦無く、いたずらに民を苦しめた。

民は疲弊していたが、州候の処刑される様を思い出しては逆らうことは叶わぬと嘆いた。


それはどうみても国を傾けることに繋がる事だった。

元来国というものは王がおらずとも成り立つが、民が居らぬのなら成り立たないものである故。

むざむざ国を傾けることにいかなる意味があるのか、我は事象のみを記録するゆえ、解することはできぬ。


民はじっと耐えるしかなかった。

官は王におもねり、進んで民を苦しめるか、ただ民の苦しみに目を背けることしかできなかった。


後にこれは王の(おくりな)から煬禍(ようか)と呼ばれる。




その時代の中、二つの存在が現われる。


圧政の裏で王に忠誠を誓い闇を駆け人の命を狩る者達がいた。

その頭にあるは夜哭(やこく)という男。


その圧政に反し光に向かって駆け反旗を翻さんとする者がいた。

その頭にあるは義慶(ぎけい)という男。



黎と舜水、分かたれた二人はそれぞれの下についていた。


――片割れはただ無感動に命を狩り

――片割れは理想を胸に同志と共に歩む


二人はいずれ相対する。

その時二人の選択は?


『それを知る前に語ろう。二人の歩みし道と想いを』



語は未だに両手を広げたままそう呟いた。



『まずは闇に生きるものから語るとしよう』



そして物語は再開する。







八州国南端、南の国々との交易でかつて潤った楼州(ろうしゅう

一年前王が南の国々に対し鎖国を行った後、かつての活気はなく、しかし密貿易により水面下の活気に満ちる州である。

州城のたもとに広がる南喜(なんき)の街にその屋敷はあった。


時刻は深夜、もうすぐ日付が変わろうとする頃。

この地では誰もが知る豪商の屋敷。

その一室で屋敷の主は部屋で書簡と向かい合う。

その筆の動きは淀みがなくすらすらと文字を綴っていた。彼が書くのは公になれば確実に己の首が飛ぼうという代物。故に迅速に、確実に隠し切りつつ書き上げ、伝令に渡さねばならない。

中年にさしかかったくらいの年ごろの彼は、真剣そのものの表情で書簡と向き合う。

やがて書簡を書き終わり末尾に彼は自らの名前を書きつづり、伸びをする。


そう思った時だった。


とすっ

奇妙な音がし、己の胸に目を落とすと、そこからわずかに刃が突き出ていた。

それが何を意味するか思いいたる前に、感じる激痛と灼けるような熱さ。

わずかに視線を後ろに向ける。

そこにはいつの間にか背後に迫り刃を突き立てる何者か。

「楼州が商人劉殿、貴公の命頂戴つかまつる」

背後の人物は何の感情もこもらぬ声でそう耳元で囁く。

すでに遅かったかと劉は歯がみする。

その瞬間、窒息感と苦痛が駆け巡り彼は絶命した。


後ろに立つ暗殺者は男の絶命を確認し机の上の書簡を懐にしまう。

そして、突き立てた刃を一気に引き抜く。

液体が滴る音とともに僅かな血が床に斑点を残し、男の腕は力なく机から滑り落ちる。

暗殺者は返り血一つ浴びず、血にまみれた匕首(ひしゅ)の血を拭い袖にしまい音もなく部屋の入口に向かう。

黒衣に身を包み、髷を結った髪と顔を黒い布で覆い隠したその者は、まさに闇そのもの。

入口を抜けた所で足を止め脇にうずくまる護衛を一瞥する。

護衛は目立った外傷はないが完全に意識がない。

きっと彼は数刻後には意識を取り戻し、主の変わり果てた姿を見て己が不甲斐無さを悔いるに違いない。

そしてその責を問われ、路頭に迷うか、最悪死を賜るのだろう。

別にそんなことは暗殺者には関係はなく、暗殺者本人も気にかける様子は微塵もなかった。

暗殺者は彼を一瞥し音もなく地を蹴る。

次の瞬間には闇に溶けるように姿を消し、そこには静寂だけが残った。



暗殺者は闇を駆ける。

かなりの速度で走っているもののその顔には疲労の色は見えず、何の表情も浮かんでいない。

完全に気配を消し、ただ闇を駆けるのみ。

この時刻街道を歩く者はいないに等しいが、もしすれ違っても風が通り抜けたと錯覚するくらいにその存在を巧妙に隠す。

しかし、街を出てしばし走ったのち、その身体がわずかにぴくんと跳ねる。

何か……いる……

気配はなく、目の前に広がるのは街道のみだが、勘が働いたというべきか。

その感覚ははっきりとした確信できる。


その時暗闇の中から現われた刃が暗殺者を両断せんと襲いかかった。





今回、話の語り部らしき者を出してみました。

勢いです。出来心です。すみません。

名前は中国ものなのに訓読みな名前です。(良い名がなかったので)


後、暗殺者の持つ武器、匕首(ひしゅ)は中国の暗器の王道、いわば短剣です。

日本の匕首(あいくちとは別物です。

相変わらずナメクジのような執筆速度ですがお付き合いいただければと思います。

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