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華と剣―fencer and assassin―  作者: 鋼玉
第二章 走狗動乱
22/50

二十二、妖狐と颶風

黎が森で行動を起こした頃と同刻。


――王都遼明が中心、琳明宮。


「夜哭……か」

「ええ、彼の者は一体何者ですの? 」

北宮の寝所にて女は男の持つ盃に酒を注ぎ酒器を卓子(つくえ)に置きつつ問う。

女の年の頃は三十を過ぎたころか。

流石に夜だけあって豪奢な長裙や装飾品は身につけてはいないが、その容姿や物腰からは気品が滲み、一挙一動のたびにその身体より漂う杏の匂いが漂う。


「そうだな……」

対して男は、年齢は見たところよくわからない冷たい印象を抱かせる顔を俯かせ、房室(へや)の入口に目くばせする。

そこには女官が一人周りの空気と同化するように待機していた。

酒器を運んできたところいきなり女、王后朱鸞(おうこうしゅらん)に奪われたので所在なさげではあるが、退室を許可されていないので、用を申しつけられた時の為にできるだけ目立たぬように佇んでいる。

「下がりや」

男、国主永寶の意を汲みとり王后は女官に告げる。

「是」

一礼し、物音一つ立てず女官は退室する。

「よくできた女官だ」

そんな様子を横目に永寶は感嘆の意を示す。

常に冷静で状況を正しく判じ、主に忠実。側仕えとしては申し分のない女官である。

「全ては主上の治政の賜物ですわ」

上品な笑みを持ってその言葉に朱鸞は返答する。

彼女とて永寶の治世について何も知らぬわけではない。

全ては承知の上である。


「して、何故夜哭のことをそうまで気にかける」

酒杯に口をつけつつ永寶はからかうように朱鸞に問う。

朱鸞は垂れ目がちの目を僅かに見開き、呆けた表情になるがすぐに口を笑みの形に歪める。

「官位をもたぬ一介の暗殺者に過ぎぬ者をを主上は三公よりも重んじなされる。気にならぬ訳ないですわ」

三公とはいわば王の相談役、太師、太傅、太保の三つの役職である。

永寶はとりあえず形式上人を据え置いてはいるものの、実質夜哭の方を重んじていた。

むしろこの宮の己れを含めた何者よりも彼を信頼し重んじているのは時折永寶より語られる言より明白であった。

ただ命じられるままに不要、若しくは害為す者を排除するための駒、それが朱鸞の暗殺者に対する認識である。

「妬いておるのか? 」

彼女の様子から永寶はくすくすと笑う。

全ての言葉の裏に彼女の嫉妬に近い感情がにじみ出ているのは明白だ。

「御冗談を」

「ふん……あいつは、俺が王位につく前からの仲だ」

朱鸞は至極穏やかに返すがその眼尻は僅かに痙攣している。

完全に感情を隠しきれぬ己が伴侶をどこか愛おしげに見つめつつこれ以上からかわず、ただ夜哭について語る。

その口調は夜哭を前にした時と同じく多少砕けたものとなっている。

己が暗君、暴君であることを理解した上で彼にただついて来てくれるものへの態度である。


「俺は遊学と称して漣州候の庇護のもと市井で暮らしていたことがある」

そうして彼は過去を思い出しつつ語り始める。

丁度その頃王位を継ぐ権をめぐって後宮を中心に争いが起きつつあった。

実際に二人ほど公子が不審な死を遂げていた。

元々王位に興味が無かった彼は、殺されてはかなわんと母の親類の漣州候の元に身を寄せ、市井に興味を持ち何度か州城を抜けだしていた時出会ったのが夜哭だ。

当時は別の名であったが彼はぼんやりと川を見つめていた永寶に話しかけてきた。

『こんにちは』

『ん? 貴様は? 』

『貴方と同じく暇人です』

『暇だといった覚えは微塵もないが……』

『顔に書いてありますよ』

突然話しかけてきた彼を不審に思ったが、その態度が見慣れぬよそ者に対する純粋な興味と知ると自然に打ち解けた。

彼は当時十代の後半、永寶より少し下。

どうにも流民のようであると永寶は結論付けた。

流民は治安を乱すというわけで彼も迫害を受けていたようだが、永寶にとっては彼の出自なぞどうでもよかった。

互いに自分を一人の人間として見てくれることに感謝し、親友といえる関係を築いていた。


そんな時だった――

当然漣州に永寶がいることは王宮内で数少ないが知る者がいた。

そんな一人がどうも彼を邪魔だと思ったらしい。


得物を手に二人を囲む刺客をから目をそらさず永寶は唸るように彼に告げる。

『逃げろ』

『何故? 』

夜哭はきょとんとした顔で逃げようとせず立ち尽くす。

いいから、とそんな様子にいら立ちを覚えつつ永寶は彼をせかした。

『お前は無関係だ。ここで死ぬ必要はない』

『どういう事情があるかわかりませんが私が逃げたら貴方死にますよね』

逃げようとせず目の前の刺客の顔を確認するように夜哭は尋ね、それに永寶は首肯する。

『仕方ないことだ』

永寶は全く武術の心得が無いわけではないがないよりましといった程度。

この状態ではどうしようもなく諦めたように彼は笑った。


――しかし

『御無礼をお許しください』

彼は逃げなかった。

永寶の腰の剣を奪い、一足飛びに距離を詰め一瞬のうちに刺客の命を奪った。

その刃の動きを永寶は捉えることができずただ目を見開いて息をのむばかり。

笑みを崩さず相手をほとんど一撃の下に葬りさる様を見て、天賦の才というものだろうかとも同時に思った。

『お前……剣が使えたのか? 』

『いえ、触ったのは初めてですね。ただ無我夢中で』

全てを始末した夜哭は血振りを済ませた剣を鞘におさめ彼に返す。

その狐を思わせる面持ちは心の内を悟らせない。

『まさか貴方が公子様だったとは……』

刺客が告げた言葉を胸の内で反芻しつつ夜哭は呟く。

『そうは見えないとよく言われるがな……隠していてすまん』

『いえ、貴方は貴方です』

夜哭は苦笑する。

『このようなことはこれからもあるんですよね』

不意に彼は問い掛ける。

永寶はその言葉に表情を暗くし俯く。

『多分な』

『そうですか……』


夜哭はしばし何かを考え、そして静かに永寶の前に叩頭し、言った。

『私を傍に置いてくれませんか』

そして、刃となり盾となり貴方を弑さんとするものを一人残らず殺して差し上げます。

貴方の手足となり駒となり貴方のなさんとすることを助けましょうと続ける。

その言葉に永寶は息を呑む。

それは友としてでなく臣下として、使い潰すべき道具として傍におてくれないかという提案。何を思ったのかわからないが、夜哭はそれを強く望んだ。

永寶は一瞬思いを巡らせる。

自分が生き残るには王位につくしかない。

あまり興味は無いが、それならやりたいことがある。

だがそれに初めて出来た友を巻き込んでいいのか。

『返答は如何に』

夜哭は顔を上げずにさらに問う。

その言葉に彼は腹を決めることとした。

『許そう。ただし地獄の底まで俺についてこい』

その言葉に夜哭は一層深く首を垂れることで答える。

それに頷き永寶はこう続けた。

『俺は王位を取りに行く』


――彼が次代の王となるのはまだまだ先ではあったがこのとき国の運命の一つが決したといえる。



「そういうことがあったんですの……」

朱鸞は納得したように呟く。

同時に自分のことはどれほど信じてくれているのだろうと思いつつ。

「ああ、だから俺は奴を武器として利用し、使い潰す」

武器は主を選ぶ。永寶は夜哭という武器に主として選ばれたのだ。

どこまでも無機質でそれ故に強固な絆。 

それが何故、国を滅ぼさんとする方向へ動き始めたのか。

それはまだ明かされることは無い。







――遼明から森へ向かう街道にて

「しっかし夜哭党に一人で喧嘩売ろうとは……とんでもないな」

細長い包みを背負い歩きつつ隻眼の男、戒瑜(かいゆ)が呆れた様子で一人ごちる。

「まあそんな奴だよ。何でも一人で背負いこみ己のことを顧みない」

それに並んで歩きつつ舜水は苦笑する。

その表情は全くしょうがないといったものでもあり、愛しいものを思う目である。

そんな彼の様子を見つつ戒瑜は右目を楽しげに歪める。

国一の剣客といえどやはり惚れた女の前では一人の男か、と。

たとえその女が彼も耳にしたことがある悪名高い夜哭党が暗殺者黒鵺であったとしても。

「とにかく森へ急ごう」

舜水はそういいつつ戒瑜を促した。




一日前。

舜水の依頼、夜哭党の本拠についての情報提供は戒瑜も有していた情報であり、舜水の提示した対価も納得がいくものであることもあり戒瑜はそれをあっさり受けた。

夜哭党の本拠、それは遼明近傍の森の禁制区域。

暗殺者や間諜は国中に散っているもののそこはまだ若い者の訓練と、夜哭の住処となっていた。

舜水は礼を言いそこに向かおうとしたのだが、予想外なことに戒瑜がある提案をしてきた。


曰く、案内をさせてもらえないかと。


必要のないことであるし、彼の部下が猛反対したが彼は食い下がった。

『森は暗殺者達のねぐらとも言える。貴様一人で行くのはあまりに危険だ』

戒瑜は反対を押し切るかのように首を左右に振りつつそう言った。

日焼けと泥で黒ずんだ顔に一つだけ残された右目が強い眼光を帯びる。

『何をやろうとしているのかわからんが、相手を甘く見ると痛い目を見る』

それは洟州州師並とも言われた盗賊団を指揮していたものとしての状況を鑑みた上での忠告である。少なくとも遊びにあんな魑魅魍魎の巣窟に向かう訳では無かろうと戒瑜はあたりをつけていた。

『だが……貴公に迷惑をかけるわけにはいくまい』

舜水は首を左右に振り、その提案を否定する。

舜水は己の追う黎の目的を考えると、無関係な彼を巻き込むわけにいかない。

『迷惑か…………そうか』

戒瑜は皮肉気に笑いつつ僅かに目を伏せる。

そして唐突に視線を戻し舜水と目を合わせる。

『じゃあ提案じゃなく要求だ。我も連れて行け。いやといってもついて行く』

『は? 』

いきなりの言葉に舜水は目が点になる。

戒瑜の仲間にいたっては顎が外れんばかりに口をあんぐり開けて硬直していた。

そんな周囲の様子に戒瑜はくっくっと愉快そうに喉を鳴らし笑う。


『俺にも男としての矜持がある。洟州での借り、このまま返さずに置くと思うか』

そして音もなく背中に戻しておいた得物の入った包みをほどき次の瞬間には舜水の首元に刃が突き付けられる。

紅い柄に銀色の鋭い大ぶりの穂先、その脇を固める三日月の形の二つの刃。

そう、方天戟(ほうてんげき)と呼ばれる武器である。

舜水はその動作に十分に対応はできたのだが、何もしない。

相手に害意無きことを承知している故。

『足手まといにならないってわけか』

は、と息を吐きつつ舜水は苦笑した。


こうして戒瑜は舜水に同行することとなった。




――その時

パァンッ

回想に浸りかけていた舜水の耳が破裂音を捉え、一気に意識が現在に引き戻される。

遠くの森の一角が赤く光ったのを二人は視界に捉えた。

「今のは? 」

「わからん。だが、もしかしたら黎かもしれない」

「始まったという訳か」

僅かに動揺しつつ言葉を交わし二人は加速する。

流石に舜水の方が足は速いようだが戒瑜自身もきっちりとついて行く。

戒瑜を待ちはしない。

とにかくはやる心を落ち着かせつつ音の源に向かってただ駆けた。


「焚き火? 」

一足早く森へたどり着いた舜水は赤い光の正体を知り、首をかしげる。

そして焚き火の周りに散らばる破片に気づき拾い上げる。

「竹……だな」

その瞬間右側から違和感を感じ飛び退く。

連続して地面に何かが突き刺さる。

舜水はそれを確認することなくさらにそのままついた勢いのまま後ろに跳び、左前方より夜気を裂きつつ飛来した鎌をすばやく抜いた剣で弾き、勢いを殺さずに剣を薙ぐ。

金属の軋む音がし、続いて連続して剣花が散る。

彼と相対するは黒づくめの男。

舜水は相手の剣を裁きつつ懐に飛び込みその足を払うように後ろに抜け羽交い絞めにし、首を絞めつつ再び飛来した金票の盾にする。

金属音。

予想通り鎧か何かを着込んでいる。

さらにその男を蹴り出し、攻撃に対する牽制を行いつつ大きく距離をとり襲撃者と相対する。


注意深く相手の動きを見ながらじりじりと後退する。

落ち葉を踏みしめる音が鳴るがもう気にしても仕方がない。


相手は黒を基調とした暗色の袍に同じような色の布で目を除いた顔を覆っている。

姿を現わしているのは剣を持つ者と、投躑した鎌を回収しそれにつながる鎖を静かに構える少年。二人の背後の森には数人の黒い影と見えないが何かいる。

気配と目視でおおよその数を予測すると十五ほどか。

気配をほとんど消しているため正確な数はわからない。

だがこの位置でもはっきりと分かることが一つ。

彼らが放つ気配が、その瞳に宿る感情がどこまでも無機質で人間とは思えぬという一点。


――まるで動く武器じゃねえか

相手を威圧するように見据えつつ舜水は思う。

「一体どういうことだこの状況」

背後に僅かに視線を向けると、追いついてきた戒瑜が方天戟を構えつつ警戒の視線を舜水と対峙する者達に向ける。

「簡単だ。お互い嵌められたってわけだ」

黎に。

後半の言葉は奥歯を噛みしめることで封じる。

恐らくは夜哭党の暗殺者達と、ほとんど時間差なく彼女を追う舜水を引き寄せるためにあの竹を破裂させたのだろう。

音にひきつけられて向かった先に侵入者がいれば否が応でも戦闘が始まる。

さすれば、夜哭の守りは手薄になるというわけだ。

彼女が彼にその役を担わせるに足ると信頼したとも、捨て駒に利用したともとれる。

どちらかはわからない。

瞬間、森が震える。

彼等に向かって金票や矢が放たれ、暗殺者達は動きだす。

「ったくとんだ阿婆擦れだな、その女も」

「否定はできんが、あいつを侮辱するな」

放たれた矢や金票を弾き方天戟を振り回し牽制しつつ乾いた笑いをあげる戒瑜に舜水は冷たい視線を浴びせつつ、もう一本の剣を抜き双剣となる。

本来彼は単剣使いだが、多人数を相手にする時は双剣になるようである。

「どうする」

その視線に息をのみつつ戒瑜は攻撃を弾き、払いつつ問う。

地を蹴り、一名の暗殺者の意識を奪いつつ舜水が、当然と答える。

「あとが面倒だ。できるだけ殺すなよ」

「努力はする」

殺せば相手を本気にさせる。

そうすれば全員を殺すまで戦いは終わらない。面倒なことこの上ないので戦闘不能というのを目標に二人は動くこととした。


背中合わせになり言葉を交わす。

俺は左翼を。

我は右翼を。



『とっとと蹴散らすぞ! 』

カッと二人は目を見開き、同時に叫び地を蹴った。







――それと同刻森の深部に一軒だけ周りの景色にまぎれるように佇む屋敷にて。


「騒がしくなってきましたね……」

庭園に佇み昼のうちに手入れした庭の出来に会心の笑みを浮かべていた、夜哭は眉を顰める。冬なのであまり色どりが無いが、あと数カ月すれば今日植えた水仙が芽を出し良い感じになるだろう。王宮の庭園などに好んで通う彼の趣味は知る者は少ないが庭いじりであったりする。

相変わらず白い長衣に長い髪を後ろに束ねているが長衣に描かれている花は寒牡丹になっている。

「一体誰でしょうね。いたずらにしてはあまりにやりすぎです」

ほとんど人のいなくなった屋敷に思いを馳せつつ首をかしげつつ一歩踏み出す。

庭には砂利が敷かれているが彼は足音一つ立てることは無い。

そののんびりしているとも言える表情は危機感を感じていないように見えるが、彼は状況を正しく把握している。

南の地では四半里先から黒鵺と黒烏の戦いの終焉を感じ取るという芸当を成しているのだ。


不意に狐を思わせる切れ長の一重瞼を僅かに開く。

「揚動? なるほど」

その時彼の背後、屋敷の回廊に人影が現われる。

そのまま音を立てず一気に接近しつつその腰に差した凶器を抜き放ち彼の背に向かって振るう。

殺気も何も感じさせぬ、しかし彼を屠らんとした攻撃であったが、夜哭は足を僅かに一歩踏み出すだけで振り向くことなく攻撃をかわす。

続いて浴びせられた斬撃をひらりひらりと軽々とかわし、そして息を吐きつつ手刀を相手に叩き込もうとする。



しかし、相手は間一髪後ろに飛び退り手に持つ得物、黒剣を構えた。


「……裏切りですか、黒鵺」

「まあな」


ここでやっと振り向き、相手の姿を視界に収めつつ夜哭は問う。

面布をはぎ取りつつ黒鵺、黎は笑む。

その湧きあがる憎悪を抑える笑みは見た者を凍りつかせるが、夜哭は特に動じる様子はなく余裕である。

「この騒ぎは貴方の仕業ですね」

「無論」

ますます喧騒に満ちてきた森の入口の方を見やりつつ問う夜哭に黎は短く答える。

お互いに隙を見せない。

あたかもそこが戦場であるかのような緊張感が二人の間に流れる。

「黒烏はどうしたのですか? 」

「私が殺した」

続けて問う夜哭に黎はただそれだけ答える。

無論彼女は黒烏を殺してはいないが、何を思ってかそう答える。

その言葉に夜哭は肩をすくめる。

「何があったかは予想できますがね……で、聞くまでもありませんが今日は何の用で? 」


その問いに対する返答は無言。

瞬間黎は再び地を蹴り剣を振るう。

金属の擦れる音がし、刃が阻まれる。

ゆったりとした白い長衣の間から見えるのは匕首。

その剣に相対するにも頼りない刃で彼は振るわれた刃と拮抗する。

「なるほどなるほど。短気なことです。約定を反故にするとみてよろしいんですね」

約定、孤児院の生き残りの殲滅の中止。

それは未だ守られていることを彼女も知っている。破られたのならもっと早くこうしているのだから。

「貴様を殺せば全て解決する」

黎はそう言って口の端を歪める。

そう、黒烏も死んだ今、孤児院の殲滅作戦を把握しているのはおそらく彼一人。

ぎちぎちと軋んだ音を立てる刃の合わせ目からは今にも火花が散りそうである。

見開かれた双眸を僅かに細めつつ、失望したように夜哭は呟く。

「期待はずれですよ全く。情に流されるとは……躾が足りなかったでしょうかね」

「全てを知っていたんだな」

その言葉に改めて黎は憎悪に顔をゆがませる。

彼女と舜水の関係、それを理解の上で彼女に命令を下したことがこれではっきり分かった。

「勿論。今さら否定しても仕方ないです」

「全くもって悪逆非道」

「褒め言葉ととっておきます。そもそも貴方とて似たようなものでしょう」

「貴様とは違う! 」

黎は叫び、剣を握る両手に一気に力を加え拮抗を崩す。



その剣先が僅かに彼の頬を掠り血が流れる。

「……っ同じですよ。さて、その命を以て裏切りの対価を支払ってもらいましょう」

その血を拭いつつ夜哭は宣言する。

含みのある笑みを浮かべた顔が一点鋭くなり、全てを飲みこまんばかりの殺気が渦巻く。

「望むところ。その対価は貴様の命となるがな」

黎の方も全てを焼き尽くし、凍り尽くさんばかりの殺気を放ち始める。


じゃっ

そんな音とともに砂利が跳ね、次の瞬間には再び互いの命を奪わんがため互いの刃が振るわれる。

それはまるで颶風(つむじかぜ)の如し。

舜水との戦いのときとは全く違う悲壮も決意もない純粋な殺気のみが渦巻く剣舞。

その速さはすでに常人の域を超えている。



「私の名は黎。貴様に奪われし命、踏みにじられた我が矜持をとりもどす為貴様を殺す」

喉を破らんばかりに黎は叫ぶ。

「私の名は夜哭。夜哭党頭領の名において、裏切り者に己が手を持って制裁を下す」

いつもの彼とはかけ離れた凄絶な笑みを浮かべつつ彼もその叫びに応える。



――そうして白き妖狐と黒き鵺の死闘が幕を開けた。



長い話を読んでいただきありがとうございます。

最近は無理に一話に詰め込む癖が……

作中出てきた方天戟とは日本でいう十字槍に近い武器です。見た目はなかなかカッコイイ。

相変わらず武器に対する時代考証は行ってないのでご容赦を。

再び戦闘といった展開ですが主人公というかヒロイン……悪役に転向した方がいいんじゃないのかといった様子。

舜水との時とは違い殺気がみなぎっております。

さてこれからどう進めるか。

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