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華と剣―fencer and assassin―  作者: 鋼玉
第一章 双恋双殺
15/50

十五、再会決断



――西の路地にて。


「がはっ」

男の口から溢れた血反吐が地面を濡らす。

すでに左腕は半ばより斬り落とされ、右足は血に濡れ動かず、左足で立っている。

そしてその右胸は潰れた様になり、赤黒い血がじわじわと溢れ出している。

恐らく片肺は潰れているだろう

そしてかろうじて刀を握る右腕は、折れてはいないが大きく裂かれほとんど動かない。

まさに惨憺たる状況。


瀕死の傷を負いつつ、男、黒烏(こくう)はただ荒い息を吐き続ける。

すでに解け、血によってべったりと顔に貼りついた黒い髪の間から彼は視界が暗転しつつある瞳で目の前の敵、覇玉(はぎょく)達を睨みつける。

「もういい加減にしねえか? これ以上やれば死ぬぞ」

「ここまでしたくなかったんですが……投降してください。お願いですから」

覇玉と昭庸(しょうよう)も満身創痍といった様子で苦しげに口々に言う。

蒼旋(そうせん)は未だ気を失ったままだ

そう、戦況は連携が取れようが取れまいが圧倒的に黒烏が有利であった。

戦況に変化を及ぼしたのは――


黒烏の右肩に突き刺さるは羽根に紅い目玉の描かれた矢。

鏃を残して半ばより折られたものも見受けられるのでその数はかなり多い。

どこからともなく飛んできたその特徴な矢が彼の隙を生み出した。

絶妙な間隙を以て放たれる矢が、彼が全ての攻撃に対応することを妨害した。

その結果がこの様だ。

刀を振るおうにも、腕が動かない。

逃げようにも、立っているのもやっとといった状態である。

二人はそんな彼の様子を見てしきりに投降を進める。


その瞬間黒烏の呼吸が荒いものから一気に落ち着く。

ごぼりともう一度彼の口元が血反吐に染まり、その瞳孔が大きく開かれる。

そして黒烏は二人をキッと見据え、口を笑みの形に歪ませる。


「愚問。貴様らの軍門に下る気はさらさらないわ」

「え? 」

その意味を二人はとらえかねる。この状態になってまだ諦めぬというのか。


黒烏は笑みを浮かべたまま最後の力を振り絞り動かぬ刃をゆっくりと持ち上げ喉元に持っていく。


『敗北には……死あるのみ』

己の判断を悔いてもしかたない。終わったことだ。

心の中で呟く。


「まさかっ! 」

行動の意味に気づいた覇玉は彼を止めようとする。


「汝らに呪いあれ! 」


それを拒絶するかのように、黒烏凄絶な笑みを浮かべ彼は最後の叫びを上げる。




首の後ろより飛び散る紅い飛沫。

肉を貫く刃の音が響き渡る。

跪く様に喉を貫いた彼は糸の切れた操り人形の如くそのままどさりと横に倒れ込んだ。




夜哭様――

彼の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。



あまりに凄絶な最後に覇玉と昭庸は止める間もなく、黒烏の元に駆け寄ったときにはすでに彼はこと切れていた。

動かぬ躯となったその顔に苦悶は一片もなく、薄い笑みが張り付いていた。








「敵ながら天晴れ、ね」


そこから少し離れた屋根で少女、鷹姫(ようき)は矢をつがえた弓を下ろす。

その琥珀色の瞳は鷹のように鋭い光と、憂いを帯びた光を湛えていた。

「……しょうがないんだよね」

屋根の上に立つ弓手、異国の少女、鷹姫はそう静かに呟く。

そして弓の弦を緩め、矢を背の筒に仕舞う。

一陣の風が吹きぬけ彼女の豊かな巻き毛が月明かりに揺れ、金糸を思わせる輝きを放つ。

咄嗟に状況を察し、馬から飛び降り援護したものの、この結果は彼女にとってあまり後味が良いとは言えなかった。

敗北を悟り軍門に下るならと自刃した男。

その状況まで追い込んだのは間違いなく自分なのだ。

しかし、彼女や彼女の仲間がやろうとしているのはこういうこと。

自分たちの歩む道は正義なのかも知れないが血河の道。

屍を重ねることを躊躇ってはならない。

自分を納得させるために静かに頷き、屋根から飛び降り相方と愛馬の向かった方向、北東を見つめる。


「シュン……」


義慶たちの身を案じて駆けて行った想い人。

恐らくあちらも何かがあると彼女も何となく感じ取っていた。

だが、彼女は馬から降りた。

それなら覇玉達にまず力を貸すべき。



北東へ走っていきたい気持ちを抑え、彼女は傷ついた仲間のもとへゆっくりと歩を進めた。



――その前に


そして彼女は静かに目を閉じ、黙祷した。


死者に敬意を示その死を悼むために――







剣を構えずに音もなく距離を詰める黒鵺。

それを横薙ぎの一撃が襲う。

人の胴なら直撃すれば両断される一撃。

しかし刃が彼女を斬り裂く前に彼女の姿は掻き消える。


右手に気配を感じ、淀みない動作でそのまま横に突きを入れる。

手ごたえはあった。

しかし、視線を向けたがそこにあるは襦裙(じゅくん)空蝉(ぬけがら)

すでに襤褸屑のようなったそれはふわりと大刀の刃を絡める。


――襦裙を貫いて金票(しゅりけん)は飛んでこない。


「っち」

しかし、義慶は顔を顰め左手より彼の額を狙って飛来した金票(しゅりけん)を弾く。

さらに風が鳴り、彼の視界の右端に闇にまぎれた黒の軌跡が映る。

始めは非常に惑わされたが暗闇に目が慣れ、大分追えるようになってきている。

しかし、先ほどとは違う接近の無い、だがあまりに多角的な攻撃に彼は焦燥を覚える。


先ほどとは段違いではないか!

義慶は毒づきつつ、それを払わんと大刀を自らをかばうように振るう


気配。

間髪入れず、まるで球を描く様に大刀の刃を、石突を振り回す。

金属を擦る音と手ごたえとともに義慶の視界の端を黒鵺が舞う。

襦裙を空蝉としたためゆったりとした厚手の小衫(はだぎ)のみになった彼女は白い肌もあいまって夜の闇によく映える。

そしてさながら幽鬼のように、彼女はにいっと笑う。刃を向けるがもう遅い。

そこには冷たい夜風が吹き抜けるのみ。


――何故剣を抜かない?


義慶は視界の端に映った彼女の姿を訝しむ。

そう、彼女は剣を納めてから全く剣を抜いていない。さきほどから金票のみで攻撃、防御を行っている。貫通に特化した棒状の金票は器用に扱えば大刀の刃を多少は防げるようだ。


その時、黒鵺は器用に死角へ移動しつつ、右の袖からある物を取り出し、左手の金票と共に投げ放つ。


義慶の視界の端に銀光が煌く。

彼は突き出した刃を振るいそのうちの二つを払い一本を柄に受ける。


トッ


他の金票は彼の髪や服をかすり、払った二つの銀光、紅蘭から奪っておいた峨眉刺が腕の肉を僅かに削る。

その痛みに義慶は小さく呻きつつ、柄に刺さった一つだけ色と形状の違う金票を見やる。


それは黒鵺が不意打ちに使った刃。

匕首(ひしゅ)に満たず、金票にしては長いそれの先は僅かに変色している。

それは毒の塗られている証。

先ほど紅蘭がその刃を止めたとき、義慶もそれを理解していた。

刃自体は薄く貫通力もないが、看過するのはあまりに危険だった。


そしてゆっくりと手を伸ばし一気に引き抜こうとする。

自らに向けられる刃の中唯一白銀の輝きをもつそれを必要以上に意識してしまっていた。


その時背後に降り立った黒鵺の袖からするりと新たに何かが零れ落ちる。

そして彼女の腕が僅かにぶれたかと思うと、次の瞬間彼の大刀の柄と、白刃を抜こうとした腕に何かが絡みついた。


細い縄である。


先に小石ほどの小さな錘がついていてそれは彼の大刀と両腕と腕を拘束している。

覇玉の流星錘とは違う純然たる道具。


「なっ! 」

義慶は目を見開き、縄を強く引き何とか逃れようとする。


つぎの瞬間、彼の首に細い縄が巻き付く。

大刀に巻き付いたそれとは違い、さらに細い辛うじて縄といえるもの。

それは複雑に絡むように彼の首に巻き付き、簡単には外れぬようになっている。

不意に縄を強く引かれ彼は転倒する。

彼が地面に倒れ込むや否や、かのじょはその腕から延びる縄を放しつつ剣を抜く。

黒鵺の両の腕に巻きつけるように仕込まれた縄。

それは先ほどの廟の屋根からの奇襲を行うためにも使われたもの。

縄といい、金票といい、剣といい、まるで武器庫の様な得物の数である。

剣以外はこの一月義慶達の中に紛れ込み、あらゆる事態を予測し購入、自作し揃えたものである。

彼女の扱える武器で確実に彼を殺すために。



「さようなら」

頭を強かに打った彼が黒鵺の姿を再び見た瞬間には彼女の剣は彼に別れの言葉とともに振り下ろされるところであった。





――王都遼明(おうとりょうめい)琳明(りんめい)


そこの後宮の庭院(なかにわ)に夜哭は佇んでいた。

本来、王の寵姫の住む場所は今は完全に打ち捨てられた状態である。

王である永寶は妃がいない訳ではなかったが、王后唯一人であるので王后の居宮である北宮以外は必要とされなかった。

しかしやはり体裁というものとは必要であるので、この庭院には常に四季折々の美しい花が咲き乱れていた。


彼はそんな美しくもどこか虚ろな空間が好きで、しばしば夜半に忍び込み何をするわけでもなく佇んでいた。

冬に入った今は椿の木が蕾をつけ始めていた。

夜風が彼の頬を撫で、心地よさそうにもともと細い眼をさらに細めつつ、椿の木に歩み寄り、蕾に男にしては白く細い指を差し伸べる。


堅い萼から艶やかな紅い花弁が姿を見せ始めたそれに触れようとした瞬間、まるで首が落ちるようにそれは彼の掌に落下した。

「咲かず花落つる……不吉ですね」

自らの掌に落ちた蕾を弄びつつ彼は眉を顰める。椿の花は花が終わると散るのではなく、萼ごと落下する。蕾の時はごくたまに不運にも咲かずに落ちるものもあるようだが、この瞬間にそれが起こるとは偶然とは思えなかった。

「果たして斃れたのは黒烏か黒鵺か……」

その声は非常に落ち着いたものである。

しかし僅かに見開かれた瞳はどこか悲しげである。

彼にとって駒といえどあの二人には思い入れがあったのか、それとも自らの課したしくじりが許されない勅命の失敗を恐れたのか……

「案じるのは全く意味が無いですね」

くしゃりと掌の中の蕾を握りしめる。

「さて……黒鵺の方は、どう決断を下すでしょうかね」

義慶暗殺はうまくいくだろうと思っている。

だが、黒鵺に下した命、葵沃暗殺についてはいまいち不確かであった。

もちろん彼はあの時期に、葵沃が義慶に会いに来ることを予測して命を下した。

恐らくは時期を前後するなりなんなり確実にあの地で彼女は葵沃と対峙するはずだろうと思っていた。そろそろ切り捨て時の駒だが、己の愛する者を彼女が殺せるか興味があった。


ただ黒鵺の心中を想像すると心底愉快であった。

正義感の強い彼女を暗殺者として使う。

抗いつつもゆっくりと己の手駒に身を堕とす彼女の様子に仄暗い悦楽を感じていなかったといえば嘘になるだろう。

彼女の奥底にある目の前の敵を常に葬らんとする本能。

彼女の表面に強固な殻として存在する、葵沃を愛し、人を殺めることを躊躇う意志。

果たして打ち勝つのはどちらか。



『どちらを選ぼうが……あの女には希望なぞ存在しないですがね』


ただ彼は心底楽しそうにくくっと笑った。







――再び祷州にて

黒い刃が義慶の心の臓を狙って振り下ろされる。

義慶はどうしようもなく、死の瞬間をただ待った。


勝負は完全についていた。

反乱軍の頭である義慶は完全に葬られるところであった。




悲しげな笑みすら浮かべて剣を振り下ろす黒鵺、その眼が見開かれ、剣を後ろに振るう。

高い音がし、彼女のを狙い投躑されたものが弾き飛ばされる。


――剣!


それをはじいた時の感触で彼女はそれが長剣であることを悟る。

そしてそのまま身体を回転させ後ろに飛びさがりつつ剣を振るう。


「新手か」

金属の触れる音が一瞬響き、彼女に斬りかかった影は飛びさがり、後ろ手に投躑した長剣の柄を握り再び彼女との距離を詰める。

剣戟の音のみがしばし響く。

その音はほとんど連続しており、その動きは到底目で追い切れるものではない。

黒鵺の剣とは違った燦とした輝きをもつその双剣は闇に銀の花を咲かせ、剣花をも咲かせる。

相手の剣技に驚嘆を感じつつ黒鵺は歯を食いしばる。

速さ、斬撃の重さが洒落にならない。

それより、相手の剣筋が自分に似ていることに気がついた。


「何奴」

黒鵺は誰何の声を相手にかける。

「それは、こっちの台詞だ」

その声に彼女は小さく息をのむ。

若い男の声。

その声は彼女にとって聞き覚えのあるものであった。

幼き頃の桔梗の思い出、それ以前の彼女という人間を作ったかけがえのない時。

その声の主はいつも彼女の横にいた。


拮抗。


二人の目が合う。

共に収縮する瞳孔。


大きく飛びさがり、二人は対峙する。

……やはり、舜水か。

落ち着いているようで酷く動揺し、様々な感情を胸中に渦巻かせながら黒鵺、いや黎は剣を構える。

「れ、黎なのか? 」

彼の友を殺めようとしていた女、その顔には確かに懐かしい面影があった。

予測していた最悪の事態を目の当たりにし、酷く冷静に葵沃、いや舜水は剣を納める。


確かに会いたかった、だが会いたくはなかった。

そんな葵沃を見つめつつ矛盾した想いを心の中に抱きつつ黎は目を細め僅かによろめく。


表層と深層の葛藤。


『私が舜の味方じゃなかったときなんて無いでしょう。舜が国中を敵に回しても私は舜の味方になるつもりよ』


過去の己の言葉が脳裏に反芻される。

自分の人生で初めてだった接吻の感覚が蘇る。

己の気持ちをまっすぐに伝えきれなくて、小さな花にそっと込めた自分の姿が蘇る。

そしてそれを照れ臭そうであるが喜んで受け取ってくれた彼の顔が蘇る。

再会を誓った時の言葉も――――はっきりと覚えている。




「なあ……黎なんだろう? 」

さらに掛けられた言葉に黒鵺ははっと目を見開き、彼を見る。

七年の時を経て大人の男となった懐かしい顔。


その瞬間、彼女は全てを決めた。


彼の問いにこくりと頷く。


よろよろと剣を握った腕を下ろし彼に向かって駆け出す。

その唇がゆっくりと震え、言葉を紡ぎだす。

その顔はどこまでも優しく、触れれば壊れてしまうような儚さをもったもの。

「舜水……私の最愛の人」

笑みが彼女の顔からこぼれ落ちる。

やはりあの時から彼女は変わっていない。

その言葉に舜水の戸惑いと警戒を含んだ表情はどこか安堵に満ちたものとなる。



















「――死に(そうら)え」


続けて彼女の口から紡がれた声。

そして静かに振るわれる黒き長剣。

それはあまりに悲しすぎる答えであった。


いよいよ佳境です(最終回までは遠いですが)。

今回剣ではない勝負の決着の仕方をしてますが。まあそれは気にしないでください。

相変わらず悲惨な話です。

ここまでもっていくとラストをどうするか本気で悩みます。

最近駆け足で更新しましたがこれからはもう少しゆっくりになるかと思います。


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