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華と剣―fencer and assassin―  作者: 鋼玉
第一章 双恋双殺
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十二、血鎖と隠形

風月という少女から上がった紅い飛沫が全て落ちるのを待たず、黒烏はほとんど音もなく駆けだす。風も起こさぬ闇となり、驚きで目を見開く義慶の死角から刃を差し伸べる。

速さと力強さを含有する美しい曲線を持つ異国の刃は標的の胸に吸い込まれ臓腑を貫く――はずであった。


義慶の身体に刃が届く一瞬前、黒烏の耳は風が切られる音を捉え、頭を僅かに左に傾ける。


刹那、彼の頭をあった場所を質量が通りぬけたかと思うと、刃に何かが絡みついた。

くんっと絡みついた紐が引かれ刃は完全に動きを止める。

黒烏は刃の僅かに舌打ちしつつ、柄から手を放し後ろへ飛びさがる。

その次の瞬間指先すれすれを二つの銀光が上から下へ通り抜ける。

「義慶! 早く……っ」

攻撃した主ざんばら髪の少年が叫ぶや否や、その頬を黒烏の蹴りが抉り、派手に吹き飛ぶ。


カンっ

蹴りの姿勢から身体を半回転させつつ、黒烏は紐にからめられた愛刀の柄を握り、間髪入れず黒烏の頭を吹き飛ばさんと飛来した拳ほどの大きさの球形の錘を弾く。


その時には紅蘭と共に義慶、その他複数は酒楼から姿を消していた。

黒烏がそれに気づいたころには、肩を斬り裂かれた風月がよろよろと裏の方へ走って行った時であった


――迂闊。しかし些事。


あくまで彼は冷静である。

それ以上は追わず彼は今や己を包囲する男たちに静かな視線を向ける。

刃を絡める紐から引き抜き、背後で斬りかかろうとした先ほどの少年の水月を蹴り飛ばし、男たちに突っ込んでいく。

次の瞬間打撃音と斬撃音が重なり男たちは地に倒れ伏した。

恐らく黒烏の姿を捉えることのできた者はほとんどいなかっただろう。

映っていたとしても銀と黒の残像のみ。

酒楼故障害物が多いにもかかわらず、すべては一瞬のうちに終わった。

地面に着地しチンッという音とともに刃を仕舞った彼は、表口より長い髪を靡かせ駆けだした。


酒楼の中は嵐が通り抜けた後の様相で、飛散した血の香が霞のように漂い、傷を受けた者のうめきが満ちる。

王を倒さんと画策していた(おおとり)の翼は、たった一人の男によって見事に蹂躙されたというわけだ。





――三人を除いて。


完全に蹂躙されたと思しき紅華楼の中でまだ動ける三人。

「危ねー死ぬかと思った」

緊張感のない声で鋼の糸を編んで作った紐で音速に等しき黒烏の刃を受け止めた二十代後半ほどの三白眼の青年。本人の拘りなのか普通の髷とは違いやや複雑に黒髪を編み込んでいる。腕を一振りし、紐についた二つの錘を手繰り寄せ、軽く振りまわす。

この武器は俗に流星錘(りゅうせいすい)と呼ばれる。

その玩具の様な見た目によらず、その錘は人の頭なぞ簡単に吹き飛ばす凶器だ。

この青年の名は覇玉(はぎょく)。十傑に名を連ねる男だ。


「……何度も蹴り飛ばしやがって」

殺意に満ちた瞳で起き上がり歯を剥き出し、唸る少年。

先ほど頬を一度、水月を一度蹴り飛ばされ踏み台にされた少年だ。

怒るのも無理はない。

年の頃十代半ば、小柄な体格や束ねることなく伸びるままにしているざんばら髪や、ぼさぼさの前髪の間から覗く真円に近いつぶらな瞳から、野生動物のように見える。

その両手にしっかり握られているのは彼の体格に似合わない幅広の二本の刀。

黒烏の持つ刀は異国のもの故形状が違い、双手で持つが、本来この国の刀は少年の持つようなものが多い。

彼の名は蒼旋(そうせん)。義慶を逃がす一端を担ったことから、彼の実力はなかなかのものであると予想される。


「皆さん死んではいないようですが……一瞬で僕たち三人だけですか……」

倒れ伏した人間の生死を確認し、燭台を貫いて壁に突き刺さる金票(しゅりけん)を透かすように見つつ呟く二十歳程度の青年。

どこかとぼけた顔に筋肉というものがほとんどついてなさそうなひ弱そうな体格。

長い髪はきっちりと耳の下あたりで束ねた後ろ姿は女性と間違えそうな風情である。

見たところ得物は持っておらず丸腰のようである。

彼の名は昭庸(しょうよう)

あまり戦闘に向いてはいないようだが黒烏の攻撃を防ぎきったからには何かあるのだろう。




三人は互いの姿を確認し、酒楼の入口に集まり、外を見る。

あの男の姿は当然ながら、無い。

「ったく嫌な時を狙われたもんだぜ。戦える奴がほとんどいねえ時に……」

「だから狙われたんでしょう。どうします? 追います? 」

歯噛みする覇玉に昭庸はごく落ち着いた様子で判断を仰ぐ。

「追うに決まってんだろ。ぶった斬らねえと気が済まねえよ! 」

その言葉に蒼旋は噛みつく様に返答する。その顔は朱がさし、瞳には殺意が見られる。

明らかに冷静さを失っている様子に、二人は落ち着けとばかりに肩を叩く。

「ですね。義慶の方に奴が行ったらまずいです」

「だな。捕らえて色々吐かせなきゃならねえし」

年長の二人は冷静な判断に、蒼旋は捕らえる、という判断に非常に不満そうに頬を膨らませる。

「皆を傷つけたのに、生かすのか? 」

「何でも殺しゃいいってわけじゃねえんだよ。とにかく追うぞ」

「皆はそれほどひどい傷は負ってません。とにかく、多少傷つけても捕らえる方向で」

そんな彼を口々に窘め、二人は地を蹴る。

「そうだけどよ……殺さずに何とかできるのか? あの化け物」

蒼旋はその言葉に頷き、ぶつぶつと呟きつつ彼らの後を追った。







街の東のはずれの紅華楼から街の中心を抜けた西の路地。そこの空き家の屋根で黒烏はただ静かに追跡者を待っていた。

彼は痕跡はあらゆるところに残した上に、目立つ位置にいるため余程の阿呆でない限り、まあと一刻もすれば追跡してくるだろうと考えていた。

夜哭から与えられた腰の刀の鞘を撫でながら、ただ彼は過去を思い出す。


皓州のある村で彼は忌子として生まれた。

この国では双子は忌み嫌われており、彼も例外でなかった。

彼の片割れは半年も生きず死んだが、それでも彼が忌子であるのには変わりはなかった。

妙に物分かりの良い彼自身の性格もあったかもしれない。

周りの人間はただ彼に冷たく当たり、彼自身はただ彼らと壁を作った。


彼の心の中は凍てついた湖のようであった。

凍てつくことで風がどんなに吹いてもその身を揺らがせることのない湖。

気味が悪いと思われるのもうなずける。


そして彼は夜哭党に買われた。

夜哭党は通常、物心のつかない年頃の子供を買い、暗殺者として育て上げる。

年の割に精神的に成熟していた彼は、このときから冷酷な暗殺者の目をしていた。

そんな彼の訓練や面倒を見たのが現在の夜哭である。

夜哭は珍しく十を過ぎた頃に当時太子であった永寶(えいほう)の手で連れて来られ、それほど時を重ねぬうちに、夜哭党の片腕とも言えるほどになっていた。

悪逆非道ではあるものの感受性豊かで、黒烏の面倒をよく見た彼に夜哭は肉親にも近い情を感じ、絶対の忠誠を誓っていた。

そんな彼を夜哭は手駒の一つにしか思っていなくとも重用していたし、珍しい舶来品の刀も、彼が黒烏に与えた。


黒烏は自分が使える駒程度にしか思われていないことは理解していたが、それでよかった。

彼にとって夜哭はまさに凍てついた湖面を照らす月であったのだ。


この髪や服も、夜哭の名を継ぐ前の兄弟子の姿を真似たものだ。

人格というものが希薄な彼にとっては唯一といっても良い嗜好であり、これからも変えるつもりはない。

一月ほど前に、黒鵺にしてやられた時は、大きく心揺さぶられたが、今ではどうでもよい。

別に己の強さは変わらぬのだから。


――必然。我は夜哭様の為に戦うのみ。



そこまで思考したとき彼の耳は遠くから聞こえてくる足音を捉えた。

――その数は三。

一瞬目を細め、刀の柄に手をかける。

その口はほんの僅かではあるが笑みに歪む。


奴等はこちらの策に乗せられたようだ。



皓州と榎州との境での黒鵺との会談、その時彼女はある策を提案した。

『あの標的のそばには十傑が一人、覇玉とその他の手練が常に数名いる。故に、網の張り方を考えないか? 』

『疑問、どのように? 』

すると黒鵺は幹の反対側でニヤリと笑い片目を閉じつつ答える。

『囮と暗殺の二手に分かれる。囮も殺す気でかかれば良い、無理と判断したら残った人間を標的から引き離せ』

『了解。もう一方は? 』

『人を隠すには人の中。私達が隠形する時も然り』

そう彼女はごく冷静に呟いた。

ちなみに、酒楼で黒烏がひと暴れしたのは、状況を鑑みての彼の独断だったりする。

人を殺めるのを躊躇うくせに、殺すと決めたら恐ろしいまでの頭の回転で最良の方法を選び躊躇なく実行する。

ただただ策を告げる黒鵺の二面性は、黒烏もある程度は理解していた。

ただあの女は得体が知れない、彼は忌々しく思いつつもそんな感想を常に持っていた。


さらに近づいてきた足音に彼は思考を現実に戻す。もう見えるところまで追っ手は来ていた。

「笑止。その程度で心揺らぐなぞあってはならぬ」

呟き一瞬であるが瞑想し、屋根から飛び降り、彼らを待ち受けた。







紅華楼の裏口を抜けしばし走った街の外れ、そこに十名ほどの集団がいた。

「大丈夫? 」

耳の下で輪を二つ作るように髪を結った少女が肩を裂かれた風月を気遣う。

「何とか……多分後から昭庸さんに診てもらえれば何とかなると思う」

風月は袖を破き肩口を縛ったまま力なく笑う。

昭庸、先ほど黒烏の追跡に向かったあの男は実は医者である。

同じく医者である祖父と二人して鵬に属している。

彼女の右で、それはよかったと呟く義慶、その隣から彼女の様子を見つつ紅蘭は腕を組んで安堵したかのようにため息をつき微笑む。

「それはよかったね。にしてもあの男何のつもりなんだか……」

険しい目をする紅蘭を落ち着かせるように肩を抱き、大男、義慶は静かに告げる。

「恐らくは王の狗、夜哭党の人間だろうな」

その言葉に紅蘭は目を大きく見開く。

夜哭党、その名は彼らの中で禁軍以上に危険と考えていた。

「そんなっ」

「いずれは来ることだったんだ。問題はない」

義慶は大刀(だいとう)を片手に力強く告げる。

それはこの国を変えようとする者の力強い意志。

その言葉に、ほかの者は勇気づけられ互いに顔を見合せ、その意思を確認し合う。

鵬が王に恐れられる理由はただ一つ。

互いを信じ、仲間割れなぞないかのように、目的に向かって飛翔すること。

まるで本当に一羽の巨大な鳥のように。




そんな様子を黒鵺はただ冷めた目で見つめていた。

この時すでに黒鵺はこの中の一人として紛れ込んでいる。

心の中で彼らにあこがれの様なものを抱きつつも、頭を殺す意思は微塵も揺らがない。

殺すのは嫌だ。だが、殺さねばあの子たちが殺される。

あの子達、それは孤児院の生き残りたち。

約定によってかろうじて守れている命。

また、義慶という男が自分程度にやられるのなら到底世は変えられぬ、とも彼女は考えていた。

舜水……

一瞬浮かんだ愛しい者の顔を振り払いつつ状況を整理していく。


黒烏は恐らくうまくやっているはずだ。

あの男は本当に機械のように正確なのだから。

あとはこちらがうまくやれば良い。


今が好機。



心の中で呟き彼女、隠形していた闇は動きだす。

袖口より現われた小さな刃物。

先には致死の毒。掠めただけでたちまち血を吐き絶命する。


小さな斬撃は目にもとまらぬ速さで全ての者の死角を縫うように標的の喉へ振るわれた。





――ただ一片の殺意もなく当然の節理の如く


長ったらしい駄文をお読みいただきありがとうございます。

今回は黒烏中心で終盤主人公(黒鵺もとい黎)登場

まだまだバトル展開は続きます。


しかし勢いのある戦闘描写は難しい……

こんな展開ならファンタジーに移籍した方がいいんでしょうか?


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