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華と剣―fencer and assassin―  作者: 鋼玉
第一章 双恋双殺
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一、血霞解逅

もし残酷描写が苦手な方がいましたらご注意ください。

――汝は何を剣に託すか

――汝は何故に強さを求めるか



「畜生! 」

喧騒と剣戟、そして血霞の漂う戦場。

その一角にて肉を裂く音とともに空を血が舞う。


斬り裂かれた者は己の血で紅く染まった顔を苦痛に歪ませ、喉を破らんばかりに怒りの咆哮をあげ敵に剣を突き入れようとする。

足に力を入れた瞬間、脇腹の数か所より血が吹き出す。

さらに進もうするが不意にその者は焦点を失い、地面に倒れ伏した。

そしてその者のまわりにはゆっくりと血の池が広がり始める。

「ざまあねえな」

血の滴る剣を握りつつ、斬った男は笑みすら浮かべ敗者の腹の傷を抉るように蹴り飛ばす。

男の方も無傷ではなく、満身創痍であり、顔の半分を血のにじんだ布で応急的に手当てしている。その布の間からは明らかに黒髪から変じた白色の髪が覗く。


広がりつつある己の血の池に伏す敗者は己が敵を憎々しげに睨みつける。

その印象的な黒眼がちの瞳に――あきらめは無い。

そしていつの間にか握り替えた匕首(ひしゅ)をせめてもの反撃と彼の足に突き刺さんとする。

「諦めが悪いな。貴様は俺が剣先をほんのちょいと動かしゃ死ぬ惨めな負け犬だ」

敗者を見下ろす視線をそらすことなく彼は匕首跳ね飛ばし、敗者の首に剣の先を突き付ける。今度こそ敗者は完全に行動不能となり戦闘意欲を失わざるを得なかった。


「まあ女にしちゃよくやったと思うさ。あの男に負わされた傷を差し引いてもここまでやられるたあ思わなかったさ」

男は敗者にとっては何の慰めにならない言葉をかける。

敗者は完全に決した戦況にぎり、と歯を軋ませる。

そう、敗者は男のなりをしてはいるものの体格は明らかに男のものとは異なったものであった。その頭の頂上付近で黒髪をくくる紐には五弁の花の髪飾りがついている。

だが、彼女はそんなもの関係ないとばかりに男染みた言葉を吐く。

「殺せ」




そんな彼女を男はしばし沈黙し、ふむ、と考え込む。

「やだ」

「何故っ」

そしてあっさりと出された返答に彼女は目を見開き頭をあげようとする。

男は何と言うこともないように彼女の頭に手を置き地面に叩きつける。

女はたまらず、顔を強か打ちながら沈黙する。


「ま、気分だな」

そして手と彼女から放し、首に添えていた剣先を離しつつ立ち上がり背を向ける。

女は、剣による傷の他にすり傷だらけになった顔をゆっくり上げつつ憎悪の視線を向ける。

不意に振り返り、何かを言おうとしている女に向かってにやりと笑う。

「せいぜい生き残るんだな。そして強くなって俺の前に戻ってこい」



「畜生……」

目の上が裂かれたために、よく見えない視界に去りゆく男を映しつつ女は涙する。

先ほどまで聞こえていた喧騒が止んでいる。

それが戦いの舞台が移動したためか、彼女の耳が聞こえなくなったためか定かではない。

情けを掛けられた、という悔しさより、彼女は己が仇敵を討てなかったことを悔んでいた。


痛みと身体から溢れる血で急速に意識が奪われていくのを感じた。

視界を男の去った方向よりずらすと遠くに同じように全身を血に染め血に転がる動かぬ人影が見える。

彼女は悲しげにそれを視界に入れゆっくりと動かぬ身体を動かしそれに這い寄ろうとする。

しかし、あとわずかといったところで力尽きる。

もともと彼女に戦えるほど余力等ない。

とっくに死んでいてもおかしくない傷を負っているのだから。



死にかけるのは何度目だろう……

どんどんぼやけていく視界を歪め苦笑する。

その脳裏に走馬灯のように過去の記憶が蘇る。


――その中には一人の男との思い出があった。

――それは時に鮮やかで、時に悲壮に満ちたものであった。


必死に差し伸べた指先が、僅かに何かに触れる。

それは目指していた人影なのか彼女の幻覚なのか……

しかし彼女にとってはどちらでも良かった。

もう指先はぴくりとも動かない。

しかし彼女は血にまみれた顔に微笑みを浮かべていた。


薄れゆく意識の中彼女はかすれた声で歌う。

それはある男への恋歌であった。


『華は想いを抱き  剣は願いを叶えんとす

野に咲き誇るもの 己が敵に振るうもの

それは異にして同一 すべては己と想い人のために

忘ろうものなら光は途絶え 離さぬのなら光は消えぬ

我が君よ 我が半身よ 我は貴方に全てを捧ぐ

あの氷雨の振りしあの日の邂逅の日より 幾年経とうとも――』


そして彼女は始まりの時を思い出していた。





二十数年前――

女が生まれた国は特に決まった名が無かった。

故に近隣の国からは皓、祷、柏、榎、楼、寧、洟、漣の八つ州から成り立つことから便宜上八州国と呼ばれ、小さいながらも『大陸の宝玉』と謳われる豊かな国であった。

しかし、それは女が生まれた頃崩れ去る。

女が生まれた頃、この国は先王崩御を発端として、朝廷が二派に分かれて相争い国政が大いに乱れた。

政治の機能は停止に近い状態となり、地方では奸臣がのさばり民は困窮した。

それに目をつけた西方の隣国、当時賢王と名高かったその国の国主は今が宝玉を掌中に収めし時と躊躇うことなく八州国への進攻を開始した。

しかし、その進攻は共通の敵を見つけ一時的に立て直された八州国の抵抗にあい、そして王の崩御と共に敢え無く失敗する。

だが、進行を防いだもののその爪痕は深く、国は荒廃した。


王都のある皓州は勿論、それを囲う七州は大陸の宝玉などという名は影も形の無い状態であった。


とくに農村部は身売りに子捨て姥捨てが横行していた。

働けぬ子や婆など捨ててしまえ。

娘が居ればまだ良い方、息子は売れぬ。

そのような言葉が当たり前に囁かれる時代であったのだ。

そして女も五つになるかならないかの時父親によって山奥に捨てられた。


『みんなの為なんだ。堪忍してくれよ』


父親はそう言って彼女の頭を撫で、去っていった。

『父さん? どうしたの? 』

始めはただ首をかしげて佇むだけだった彼女は自分の置かれている状況を理解するのに数日かかった。ただただ親の姿を求め山をさまよったが当然見つかるはずがなかった。

何日も経つ間に叫んでいた親の名は次第に漏咽に変わり、次第にかすれていった。

それでも生きる本能のままに歩き続けた。

一週間ほどが過ぎた頃、彼女は山の斜面で足をすべらせ、斜面を滑り落ちてしまった。

身体を強か打ってしまったのと、一週間も飲まず食わずで山をさまよった彼女に起き上がる体力なぞ残されていなかった。


途切れることがなく降りしきる雨は、喉の乾きを潤したが地面に倒れた彼女の体温をじわじわと奪っていった。雨から逃れようと手足に力をこめるが、泥まみれの指先がわずかに動くだけ。


死にたく無い……


彼女はそう思い続けた。

しかし、本来生き延びるなんて土台無理なことなのだ。

彼女は眉間に皺を寄せ涙を流そうとしたが、涙は当の昔に枯れ果ててしまっていた。

彼女の何が悪かったという訳ではない。

不幸だっただけだ。



しかし、神には見放されていなかった。



目を閉じただただ死を待つしか無かったとき、雨の向こうから声が響いた。

「誰かいるのか? 」

幼さがはっきりと分かるよく響く声。

聞こえるはずのない声に彼女は視線をゆっくりと動かす。

そして視界の端からから誰かが駆けてくるのを見た。


「おい! 」

その人物は彼女の痩せ細った体を抱き上げる。

彼女より少し大きいくらいの体格で彼女を抱え、声をかけているのは彼女とそう歳の変わらない少年だった。

びっしょりと濡れ、顔に貼り付いた黒髪の間から、猫を思わせる大きな瞳が彼女を心配そうに見つめ、細い両の腕が彼女をこの世に引き留めんと揺さぶり続ける。

その様子に答えようと彼女は首をわずかに起こし喉を震わせる。


「あう……あ……」

しかし、枯れ果てた喉では言葉を紡ぐに至らなかった。

「とにかく、運ばなきゃ」

彼は自らの着物を彼女に被せて自らの背に背負う。

彼女はなされるがままにするしかなかったが、助かったことだけは理解していた。


「……君の名前は? 」

彼女を背負って歩きながら彼は話しかける。

彼の背中の温もりを感じながら彼女はゆっくりと首を振る。

そう。彼女には名前がなかった。チビ、末の、と言えば親は彼女を見分けられたから。

「そっか。あ、僕の名前言って無かったね。僕は舜、李舜水(りしゅんすい)っていうんだ」

「しゅん……すい……」

彼女は途切れ途切れに己に刻みつけるようにその名を復唱し、口の端を微笑もうとしたのか僅かにあげる。


それが彼、舜水(しゅんすい)と少女との出会いであった。






時代考証はしてません;;;

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