二人の距離
TO:瑞希さん
瑞希さんっていうんですね。メルアド聞いて、名前聞き忘れてました。
明日また同じ電車乗るんで、よかったら。
じゃ、また明日。サトルによろしく。
――ってメールが届いた。栄一君から。
アドレス交換したその日に、メールって送るもんなんだね。びっくりした。メールのやり取りなんて久しぶりだ。友人からは良くメールが来るけど、仕事が忙しくてなかなか返信できないし、あとは保育園からの連絡メールばっかりだ。
それが、男の子からのメール。
ちゃらららんって鳴ったメールの着信音。
びっくりしたけど、嬉しかった。時計を確認する。もうすぐ12時――まだ明日になってないから、セーフかな。画面と時計を二回見比べてから、正座してメールを打ち込んだ。
TO:栄一くん
遅い時間にごめんなさい。メールをありがとう。
明日私も同じ電車に乗ります。智も栄一君に会うのを楽しみにしています。あ、今はもう寝ちゃってるんだけど。
話したら喜ぶと思うから。
じゃあまた明日。おやすみなさい
――そんなメールを打った。
誤字脱字がないか、何回も読み直す。こんな短い文章で、誤字も脱字もないけど、返信していいのかためらいながら、なかなか決定ボタンが押せないでいた。
よし!
目を閉じてピッと決定ボタンを押す。画面に送信中と文字が現れて、心臓がバクバクした。メールを送信しました、の文字が出てきたとき、ほっとしたのと同時にこの文章が栄一君のところに届くのかと思ったら、なんだか恥ずかしかった。
今栄一君、何してるんだろう。
部屋のカーテンを開けて空を見上げた。いつも見慣れている星空なのに、いつもよりも星がきれいに見える。
ちょっと、メール事務的な文章だったかな? 硬かったかな? もうちょっと若者ぶったメールの方が喜ばれたかな。もっとデコればよかったかな? なんて、いろいろ考えたら心臓の音が全然収まらなくて、痛いくらいになる。
ちゃらららんってまた鳴ったメールの着信音に、一瞬驚いて「ひゃっ!」と声を上げてしまった。
FROM:栄一くん
瑞稀さんから返信もらえるとは思ってなかったんで、ちょっと舞い上がってます。
おやすみなさい。
――返信画面を見て、顔が熱くなった。
……舞い上がっているのは、多分私の方だと思う……けどな。栄一君がメールを打っている姿を想像して、ちょっとにやけてしまう。
横で眠っている智の顔を見た。幸せそうなその笑顔を見て、私もつい微笑んでしまう。そして、メール画面を見て、またにやけてしまった。
や、ややや。でも、なんか、私、変だ。だって、栄一君は高校生で、智と仲良しだからメールくれたのに。なのに、私が喜んでどうするんだ。まして同じ高校の同じクラスに、好きな子がいるって言ってたのに。このメールだって、アドレス間違ってないかの確認かもしれないのに。何で、私、にやけちゃってるんだろう。やだな、一人で舞い上がって。栄一君はそんなつもりあるはずないのに。――ってどんなつもりだと思ってるわけ? そんなこと考えたら、私、栄一君のこと気になっているみたいじゃないかー!
ぶんぶんと頭を振った。
えーっと、思わせぶりなメールを送ってくるから、すっかり舞い上がってしまった自分が急に恥ずかしくなって、メールの画面を見て、むっと眉をしかめると、息を一つぷはっと吐いた。
そんなこと、あるはずないのにね。
自分の生活にあんまりにも潤いがないから、ちょっと妄想入ってる。
こんな子持ちの22歳を相手にする高校生なんて、いるわけがない。それをすっかり失念していた。
まして、栄一くんなんて見た目も今時の子でかなりかっこいいのに。私なんかにラブっぽいメールを送らなくても、相手に不自由してないっていうの。
明日会ったら、精神的説教だな。こりゃ。おばさんに気をよくさせるメールを送っても、何も出てきませんって。
でも、なんだか明日の確約なんて、ちょっと嬉しいな。
身内や友達は別にして、誰かと待ち合わせをするなんて、ここ何年もなかった。
そのせいで、明日何を着ていこうかな……なんて、柄にもないことをつい、考えてしまった。